17. 旅の仲間
「ネル、ネル!」
こうして、アルサスに起こされるのは二度目の出来事だった。ネルはゆっくりと目を開けた。そこは、食堂通りに近い場所。たしか、ルウがアルサスを助けるために駆け出して、それを見計らったかのように、シャドウズが現れて……。途中で気を失ってしまったため、それ以上のことをネルは覚えていない。
だが、シャドウズの姿はどこにもなく、目の前にいるのは、アルサスだけだ。アルサスは、ネルが目を覚ましたことにほっとしたのか、顔をほころばせた。
「良かった。どこか痛いところはない?」
「だ、大丈夫です。それより、影走りさんたちは?」
ネルはぼんやりとした頭を抱えながら、立ち上がった。
「追い払ったよ」
と答えるアルサスの顔色が少しおかしい。何故か、ネルと視線を合わせようとしない。気を失っている間に、何かあったのだろうか、怪訝に思ったネルは、アルサスの顔を覗き込んだが、彼の内心まで見抜くことは出来なかった。
港の方では、絶え間なく振動と轟音が鳴り響いている。推察するまでもなく、ガムウは依然健在で、港で暴れているのだろう。
「俺はこれから、ルウたちのところに戻る。ネルは、魔法学校へ非難するんだ。食堂のおばさんを見つけて、一緒にいるといい。あの人は、信用できる」
早口にそれだけ言うと、アルサスはネルを残し、港の方に駆け出そうとした。その足を、ネルが止める。
「ま、待ってください! わたしも連れて行ってくださいっ!!」
ネルの声に振り向いたアルサスの目は、明らかに「ダメだ」と言っているようだった。
「ガムウは、シャドウズに操られていたんだ。あのレバードの魔法装置には、罠が仕掛けてある。遠隔操作器は壊したけど、いつその罠が暴発するか分からない。だから、君は安全なところへ……」
「い、いやですっ! わたしも行きますっ。だって、ガムウさまが暴れているのは、わたしの所為なんでしょ?」
確かに、ネルを攫うために、ガムウは無理矢理操られているのだ。それを心苦しく思う気持ちは、アルサスにもよく分かる。
しかし、ネルは知らないことだが、アルサスがシャドウズを殺してしまったことにより、ガムウに取り付けられた魔法装置を解除する手立てはなくなってしまった。無論、彼らを殺さなくても、彼らは魔法装置の止め方を知らなかっただろう。
魔法装置に、罠が仕掛けてあると分かった以上、無理に魔法装置を破壊しようとすれば、暴発は免れない。結局、ガムウを止める唯一の方法は、ガムウを仕留める……即ち殺す以外に残されていないのだ。
「行って、君に何が出来る?」
アルサスの言うことは、ネルにとってもっともなことだった。だけど、非力なままでいるわけには行かないと、ネルは思う。
「何も出来ないかもしれません。でも、わたしには『奏世の力』があります」
アルサスの顔を見つめるネルの視線は、一度も揺らいだりしない。
「あの力なら、ガムウさまを魔法装置から解放して差し上げられるかもしれません」
「かもしれません、で連れて行くわけにはいかない。見ただろう? 船を叩き壊すほどのあいつの力は、尋常じゃない。ネルを庇いながら、戦えるほど俺は器用じゃないんだ」
「アルサスが、わたしのことを思ってくれる気持ちは、嬉しいです。でも、ガムウさまをこのままにしておくわけにはいきません。どうしても、と仰るなら、わたし、一人で行きます」
そう言うと、ネルはアルサスの脇をすり抜けて、港の方へと歩き出した。石畳の通りを歩く、ネルの靴音だけが振動と轟音の隙間で響き渡る。
「ネルが頑固者だなんて、知らなかったよ……」
ネルの背中に降りかかってきた、アルサスの声は、少しばかり呆れたような声音だった。
「分かった、そこまで言うなら、一緒に行こう。危ないと思ったらこれを使え。どうしようもないと思ったら、すぐに逃げろ」
アルサスはそう言って、ポケットから魔法カードを取り出した。カルチェトの街で買った、四枚の盾のカードだ。その内、一枚はカルチェトで、もう一枚は先ほど使ってしまった。残りは、風と火のカードだけだ。
「かもしれない、に期待するつもりはないけれど、もしもあの力が使えるなら、ガムウを救うことが出来るかもしれない。それが、最良の策なら、賭けてみるのも悪くない。行こう、ネル」
カードを手渡されたネルは、アルサスの言葉にこくりと頷いた。
自信はほとんど皆無と言っていい。どうやったら、あの時の力を発揮できるのか分からない。魔法でもない、未知なる力。でも、もう一度あの力を使うことが出来たなら、人間に操られるハイ・エンシェントを救うことが出来る。三ヶ月前のあの日、村の人たちを救えなかったネルにとって、半ばそれは使命のように感じていた。
急ぎ港へと舞い戻ると、そこは、つい先ほどよりも、悲惨な状況だった。ガムウは、ついにその巨体を上陸させたものの、二十本もあった腕のほとんどを失い、体中から青色の体液をあふれ出していた。
そんな満身創痍のガムウの周りでは、魔法生徒たちもまた満身創痍となっていた。頭から血を流して倒れこむ者、声をからして助けを呼ぶ者、果敢に最後の力を振り絞って戦う者。ルウもまた、残り少ない気力で、ガムウに立ち向かっていた。
「危ないです、ルウっ!!」
ネルが叫ぶ。その声はルウの耳に届いたのか、ルウがこちらを振り向いた。その瞬間、ガムウの食指が、少年の小さな体をなぎ払う。投げ飛ばされたルウの悲鳴が聞こえたかもしれない。だが、それよりも大きくガムウの叫びが、港中にこだました。
「るおおおんっ!!」
痛みに対する叫びなのか、あまりにもその声は悲痛に聞こえる。
「ネルは下がってて!」
アルサスが剣を鞘から引き抜いて駆け出した。無謀とも思える突撃だが、アルサスはひらりひらりと、食指をかわす。そのすばやさたるや、雷が空を駆け抜けるかのようだった。
ネルがその背中を不安気に見守る中、アルサスはガムウに接近すると、ポケットの中からカードを取り出した。そして、カードを剣身にこすり付けると、封印を解く呪文を口にする。
すると、魔法カードが俄かに輝きを帯び、発現した魔法が剣身に炎を帯びさせた。まさに、アルサスの剣が、炎の剣に変化したのだ。
唸り声か、それとも叫び声か、アルサスは腹の底から声を上げると、地面を強くけって高らかに飛翔した。そして、空中で剣を逆手に持ち変えると、落下の勢いに任せて、切っ先をガムウの眉間に突き立てる。
やったか!? 意識のある者たちは、誰もが唾を飲み下した。
「だめだ……!」
しかし、アルサスの呟きは、ガムウの悲鳴によってかき消される。人間ならば容易く切り殺せる剣も、ハイ・エンシェントの厚い肉は貫き通せなかったようだ。その瞬間、もがき、苦しみ、暴れるガムウに、アルサスは剣ごと振り落とされてしまった。
「攻撃が通らない……。いくら食指を切り落としたところで、どうにもならないぞっ」
ネルの近くにいた、魔法生徒の一人が呻く。彼もまた、左腕をだらりとたらし、油汗を額に浮かべていた。ネルは、改めて周囲を見渡した。
港はほぼ全壊して、ルミナス島に到着したときのような、賑わいはどこにもない。その代わり、生徒の泣き叫ぶ声や、うめき声だけが反響し続ける。食指に投げ飛ばされたルウは、気を失ってい、減らず口も聞こえてこない。そして、ガムウに振り落とされたアルサスは、地面に強く体を打ちつけながらも、立ち上がり、再び剣を両手で構える。
誰もが島を守るために必死だ。逃げ出す者は誰もいない。
あの日、黒衣の騎士団が村を襲った夜に、一人だけ地下室の中でうずくまって泣いていた自分はどうだ? 目の前の勇敢な者たちに比べて、なんて情けないんだろう……。
『お願いします、アストレアさま! 今一度、今一度わたしに力を貸して下さい! みんなを、ガムウさまをお助けください!!』
ネルは胸の前で両手を合わせて、祈りよ届けとばかりに、天を仰ぎ見る。
『お願いしますっ!!』
強く祈り、両の瞳を瞑ったその瞬間、合わせた手のひらから、眩しい光が閃いた。みるみるうちに、光は大きく膨れ上がり、あたりを包み込む。傷ついた魔法生徒を、倒れこんだルウを、剣を振り上げるアルサスを、叫び声を上げるガムウを、光が満たしていく。
それは、眩しいはずなのに、心安らぐような柔らかな光。そう、アトリアの森でアルサスの傷を癒した、あの奏世の光だ。
やがて、戦いの喧騒も、風の音も、波の音もすべてが消えうせて、辺りには、静寂が訪れた。
「キミは……銀の乙女?」
声が聞こえて、ネルはそっと瞳を開いた。幼い少年のような、愛らしい声だ。しかし、辺りは光に満たされて、誰の姿も見えない。それでも、声は語りかけてくる。
「そっか……。おいら、キミたちにいろいろと迷惑をかけちゃったね。ごめんね」
「あなたは、ガムウさまですか?」
何の確信があったわけではないが、ネルが問いかけると、声の主は「そうだよ」と答えた。あの巨躯からは想像できないほど幼い声だが、ガムウは確かにそう答えたのだ。
「ガムウさま、どうかわたしたちを許してください。あなたを無理矢理操って、悪いことさせたのは、人間です。そして、あなたを傷つけたのは、わたしたちです。ですが、どうか慈悲の心で、みんなを許してください!」
「キミは優しい女の子なんだね。でも……キミが謝ることじゃないよ。だって、おいらに希石の機械を取り付けたのは、キミたちじゃない。おいらこそ、みんなを傷つけたこと、許して欲しい」
声だけしか届かないが、どうやらガムウはにっこりと笑ったようだ。魔物と称され、人間に恐れられる生き物だが、トンキチと同じく、どこか人間くさい優しさを持ち合わせている。それが、ハイ・エンシェントなんだと気づいたネルは、そっと手を伸ばした。
細い指先に、ぬるりとした何かが触れる。ガムウの食指だ。島を守るためとは言え、シャドウズに操られたガムウを傷つけ、その体を痛めつけたことに、ネルは涙を流す。アルサスたちが感じた痛みとおなじように、きっと、痛かったろう、苦しかったろう。
「大丈夫、泣かないで、銀の乙女。おいらの傷は、キミの力が癒してくれる。おいらは仲間のスキードたちのところへ帰るよ」
「ガムウさま……」
「その力、正しく使えばキミの助けになるはずだ。ヴォールフのバセットたちが懸念するような事態にはならない。なぜなら、キミは心優しい女の子だから。じゃあね、おいらは行くよ。キミにアストレアさまのご加護あらんことを……」
するりと、ガムウの食指がネルの指先から離れる。それと同時に、奏世の光はしゅるしゅるとネルの手のひらへと収束して、何事もなかったかのように消え失せた。
音が、風が、波が戻ってくる。
「一体なんなんだ? あれ……? 腕が、痛くないっ!!」
突然声を上げたのは、ネルの近くにいた魔法生徒だ。だらりとたらしていたはずの左手を振り回して、嬉々とする。やがて、その場にいる誰もが騒然となった。ガムウと戦い、傷ついた者たちが、意識を取り戻し立ち上がる。そして、自らの傷が完全に癒えていることに驚いた。
さらに、彼らの視線は、ある一点に集中する。先ほどまで、そこで暴れていたはずのガムウの姿がどこにも見当たらないのだ。
ネルは一人だけ、分かっていた。ガムウがいた場所には、砕けたレバードの魔法装置の破片が散らばり、海にはわずかな、白波が立っている。彼は仲間のところに帰ったのだ。。
「ネルっ!!」
「ネルお姉ちゃんっ!!」
アルサスと、ルウが駆け寄ってくる。無論、彼らの傷も、何事もなかったかのように癒えている。ネルの奏世の力は、ガムウを含めてその場にいた者たちの傷を癒しただけではない、ガムウに取り付けられ、彼を無理矢理使役していた魔法装置も破壊したのだ。
その驚くべき現象に、ルウは目を白黒させていた。
「ネルお姉ちゃん、何したの? あの光は何?」
彼の知識ではおおよそ分かりかねる事態に、半ばうろたえつつも、瞳をキラキラと輝かせていた。その疑問に、答えたのはアルサスだった。
「奏世の力を使ったんだね」
アルサスの言葉に、ネルはこくりと頷く。
「少しだけ、分かった気がします。わたしのこの力、きっと誰かを助けるための力なんだと……」
そう言って、ネルは視線を皆の方に向けた。港のあちこちで、危機が去ったことに喜び抱き合う、魔法生徒や魔法使いの姿が見受けられる。
絶望的と思われていたことが、ネルの力ひとつで、ひっくり返ったのだ。それは、驚嘆に値することだった。ルウの言葉を借りるなら、その力は魔法ではない。即ち、奇跡の力だ。そんなものが、自分に備わっていることに、ネルは幾分か懐疑的だった。だが、二度目の奇跡は今目の前で起きたのだ。あの慈愛に満ちた優しい光、それによって、ガムウも島の者たちも助けられた。
目の前で喜び合う者たちの姿は、確かに現実のもの。「奏世の力」は現実に存在し、それは紛れもなく、自分が「銀の乙女」であると言う証拠だった。
「正しく使う……」
光の中でガムウが告げた言葉を何度も反芻しながら、ネルは、何にせよ自分が誰かの役に立てることを、心から嬉しく思った。
ギルドは国家とは違う。共同体としての側面が、より強固なのだ。そのため、魔法使いギルドの対応は素早かった。直ちに、島の機能は復旧し、元通りとは行かないまでも、夕刻が迫るまでには、賑わいを取り戻しつつあった。
ただし、ルミナス島が「誰かに操られた」魔物によって襲撃されたと言う事実は、ギルド首脳部に衝撃を与え、アダー行きの連絡船を最後に、しばらくの間、島は封鎖されることとなった。
ちょっと待った! 港の船はすべて、ガムウによって破壊されたはずではないのか? そう思う方もいるかもしれないが、ルミナスには玄関口と呼ばれる「ルミナス-カルチェト港」以外に、島の北端に「ルミナス-アダー港」という勝手口が存在している。玄関口は、ガムウによって半壊させられてしまい、ほぼ港としての機能を消失しており、復旧に時間がかかるが、勝手口は無傷だった。そのため、封鎖されることになったのは、この勝手口側の港である。
ちなみに、アダーとは、ガモーフ神国領内の小さな港町であり、言い換えれば、ルミナス島へ入島できる港は、カルチェトとアダー以外に存在していない。その、勝手口が封鎖されれば、島から出られなくなってしまう。泳ぐには陸地は遠く、港の封鎖解除を待つには、旅費も気になるところだ。
それ以前に、アルサスには、島を一刻も早く出なければいけない理由があった。そう、アルサスが殺めたシャドウズのことだ。遺体は、島の下宿通りの奥に転がったままだ。あれが発見されれば、必然的に「殺人事件」が取り沙汰されることとなる。
なるべく、ネルに知られたくない。シャドウズが死んでいたと耳にすれば、犯人がアルサスであることに彼女は気づくだろう。そして、また「わたしの所為で」と顔を曇らせてしまう。そんなネルを見たくはなかった。
だから、アルサスは昼間の食堂に置いてきた、旅のリュックを引き取りに向かい、あの世話焼き大好きな、食堂のおばさんにお礼とお別れを告げたその足で、ネルの手を引っ張って、勝手口の港へと急いだ。
すでに、陽の光が赤くなり始めている。
「急げ、急げっ!!」
と、アルサスは街を駆け抜けた。それ一個が共同体として成立するほど大きくはない島とは言え、南側にある食堂通りから、北端の港まではそれなりの距離がある。魔法学校の校舎を迂回して、裏手にある住居や施設の間を駆け抜ける。
「わっ、わわっ、は、早いですっ!!」
ネルは、足がもつれそうになるのを必死で耐えながら、箱型のカチュアの帽子が飛ばされないように、抑えた。山育ちで、足腰は鍛えられているネルだが、ごつごつとした石が敷き詰められた、石畳の道は、走りにくいことこの上ない。
「もうすぐ港だ、がんばって! あの船を逃したら、ウェスアへは行けなくなっちまうっ!!」
ぐいっと、手を引きながら、アルサスが言う。
ガムウが去った後、ガモーフ国領にある「ウェスア大教会」へ行きたいと言い出したのは、ネルだった。二度目の奇跡を起こして、「奏世の力のこと、もっとちゃんと知りたい」という思いを強くしたのかもしれない。そんなネルは、ルウが昼間に「行ってみるといい」と言ったことを、覚えていたようだ。もともと、どこにあるかも分からない「答え」を探す旅だ。そして、ウェスアは、ベスタ教の総本山。少しでも可能性があるのなら、行ってみる価値はある。
だからなおさら、最後の船に乗り遅れるわけには行かなかった。
と、その時だ。アルサスの背後を、「おおーい! アルサスっ、ネルお姉ちゃん」と呼び声が追いかけてきた。アルサスとネルは驚き顔を見合わせて、立ち止まり、ほぼ同時に振り返った。
「ルウ!?」
見れば、制服姿のルウが、鞄を肩から提げ、身の丈の倍はあろうかと言う長めの魔法杖を手に、こちらへと走ってくる。
「待って、待ってよう。ボクも行くっ! ボクもウェスア大教会へ連れて行ってっ!!」
息を切らせながら駆け寄ってきたルウは、そう言うと、丸ぶちメガネの奥で満面の笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ、お前、学校があるだろう? しっかり勉強しなきゃ立派な魔法使いにはなれないぞ!!」
アルサスが困った顔をして言うと、ルウはぷいっと顔をそっぽ向けて、
「レイヴンのアルサスに言われたくないよ。あんなすごい力を見せられて、学校の勉強なんかやってらんないよっ! ボクも『奏世の力』のこと、知りたいんだ!」
と言った。そして、付け加える「ねえ、ついて行ってもいいでしょう?」のセリフは、どこかおねだりする子どもに似ていて、思わずアルサスとネルは苦笑してしまう。減らず口を叩いたり、舌を巻くほどの知識を披露したりと、神童を自称するだけあって、十歳の子どもに見えないところもあるが、基本的に、自分の興味に正直なルウはやはり子どもなのだ。
「また、魔物に襲われるかもしれないぞ?」
アルサスはちょっとだけ脅かすような口調で言う。だが、ルウは、そんな脅しなど意にも介さず、キラキラとした瞳を向けて、
「ボクの魔法の力は見たでしょ? 少なくとも、アルサスの剣なみには役には立つと思うよ」
と、豪語した。もちろん、張ったりではなく、ガムウとの戦いで見せた魔法の腕前は、確かに言葉どおりだ。だが、アルサスは、どうしたものかと悩んでしまう。いくらなんでも、子どもだ。
「一緒に来てくれますか、ルウ?」
アルサスが悩んでいる間に、ネルがそっとルウに手を差し伸べた。こくりと頷いて、「もちろんだよ」とルウがその手を取り、にっこりと笑いあう。アルサスは、そんな二人の姿を見て、半ば溜息混じりに、
「仕方ないな……」
と、ルウの随伴を許した。
ちょうどそのタイミングで、港のほうから、出航を知らせる半鐘の鐘が鳴り響く。
「やばいっ! くそっ、ネル、ルウ全力で走れっ!!」
アルサスは、ネルの手を引き、ネルはルウの手を引き、三人は港へと全力疾走した。彼らが港に駆け込んだとき、まさにアダー行きの船は帆を張り、艀を下ろそうとしているところだった。あと一分でも遅れていたら、呆然と船を見送ることになっていただろう。
この幸運が、アストレアの導きであるか否かはさておいても、旅の続きは、新たな仲間を加えて、一路ガモーフ神国ウェスア大教会へ……。
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