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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第二章
14/117

14. 食堂通り

 お礼に昼食でも奢るよ、と言い出したのは、アルサスの方だった。もちろん、行き先はルウを紹介してくれた、おばさんの食堂だ。折しも時刻は、ちょうどお昼近く。結局、「奏世の力」が何であるのか、まったく分からない、というお粗末な結果に終わったことに落胆しても、お腹はすくものだ。

 図書館のある校舎を後にして、階段状のコンコースを下って、食堂へと向かう。こうして上から見ると、コンコースに広がる、購買部や食堂、その奥にある学生寮の建物は、さながら城下町のように見える。

「もしかしたら、エルフォードさまなら知っていたかも」

 フォローのつもりなのか、食堂に向かう道すがら、ルウが言った。

「エルフォードって、あれだろ? 初代魔法ギルドの長で、大魔法使いだったって言う。もう、ずっと昔にあの世にいってるじゃないか」

 ルウの隣を歩くアルサスがあきれる。

「そうだけど……。瀕死の傷を治癒する『奏世の力』なんて、この世に知ってる人がいるなんて思えなくて」

 実際、何百人もの生徒を母親代わりに見守っている、食堂のおばさんが推薦してくれただけのことはあって、ルウの魔法に対する、若干十歳の子どもとは思えない、知識の豊富さと、造詣の深さは、感心するに値した。だが、そんなルウにも「奏世の力」が何なのか、分からなかった。

「ハイ・エンシェントが殺意を持って、人を殺そうとするってのも、俄かには信じられないくらいなんだ。本能に正直な普通の魔物たちとは違って、ハイ・エンシェントはとても崇高な精神と理性を持ってるって言われてる。実際に見たことはないけれど、彼らは故なく、人を殺そうとはしない」

 ルウは、まるで難しい課題でも出されたかのように、頭をひねった。その割りに、いつの間にか、ルウの目は輝いていた。誰も知らないことを知ることが出来たら、どんなに素敵なことだろう。

「じゃあ、俺たちがわざわざお前に嘘吐くために、ルミナス島まで来たって言うのかよ?」

「違うよ。赤目のお兄ちゃんはともかくとして、銀色の髪のお姉ちゃんが嘘を吐くとは思えない。信じたくないんじゃなくて、信じられないだけ」

「なんだよ、それ」

 ルウの言葉に、アルサスは小さく溜息をついた。ふと、隣に視線を向けると、ネルが俯きがちに、石畳を数えている。結局何も分からなかったことに、落ち込む気持ちも分からなくもない。

 学園へと一直線につながる大通りを曲がってひとつ路地に入ると、そこはいい香りがする食堂の店舗が立ち並ぶ通りだった。通称「食堂通り」と呼ばれている。

 ギルドには国境がないため、センテ・レーバン人や、ガモーフ人、ダイムガルド人が集まっており、味の好みも様々だ。そのため、各地方の食材や、料理がルミナス島の食堂通りに集まっており、お昼時ともなれば、そこは万国食品祭りのような様相を呈する。

 ルウを紹介してくれたおばさんが営む食堂は、その中でも、あまり大きな店ではなかった。それでも、すでに学生や研究員たちで賑わっており、おばさんがアルサスたちの姿を見つけてくれなかったら、席に座ることも出来なかっただろう。

「約束どおり、来てくれたね! ルウちゃんも一緒だったんだね。さあ、遠慮はいらないよ、なんでも注文しておくれ! ここは、あたしが奢ってやろう」

 本当に脂肪がついて太っ腹なお腹を、ぽーんと叩いて、おばさんは威勢良く言った。見るからに世話好きそうな顔には、子どもたちがお腹いっぱいご飯を食べる姿を想像して、満面の笑みで埋め尽くされていた。

「おばちゃん、ルウちゃんってのはやめてよう」

 そう言いながらも、アルサスの向かいに座るルウはメニュー表を眺めた。アルサスもメニュー表を手に取り、隣に腰掛けたネルに、

「何か美味いもん食べて、元気だしなよ」

 と、微笑みかける。ネルは、少しだけその笑顔に答えるように頷くと、メニューを受け取った。

 店舗の小ささに比べ、メニューは実に充実していた。ルミナス島に近いガモーフの料理だけでなく、ダイムガルドの料理や、センテ・レーバンの料理も並んでいる。

「ボク、マティネ(※4)のサラダ」

「わたしは……キャチャのスープをお願いします」

「俺は、この『今日のオススメ定食』大盛りで」

 三者三様の注文を告げると、おばさんはエプロンのポケットから伝票用紙を取り出しそれを、書き込んでいく。そして、最後ににっこりと笑って、

「お嬢ちゃんの分と、ルウちゃんの分も大盛りにしてあげるからね」

 と言って、ルウがとめるのも聞かず、厨房の方へと踵を返した。厨房では、おばさんの旦那さんと思しきおじさんが、フライパンを巧みに操っている。どうやら、推察するまでもなく、夫婦で切り盛りしているようだ。

 料理が運ばれてくるまでの間、その時間をつい持ち余してしまいがちになるのは、なにもアルサスたちに限った話しではない。そういったとき、大抵人は、連れとの会話に花を咲かせる。

「そう言や、カルチェトの船が来てたよな」

 隣の席に座る学生も、料理を待つ間、連れと話をしていた。

「ああ。今回の補給物資、少なかったな」

 ルミナス島は、全島が学園都市となっているため、農地などはなく、水以外の食料を外部に頼っている。特に、どこの国家に属さないため、空白地帯であるカルチェトからの物資は重要なライフラインなのだ。

「どこも貧乏ってことだよ。北のセンテ・レーバンじゃ、飢饉(ききん)が起きて、貧困に喘ぐ辺境の村が次々と滅びてるって話だぜ」

「らしいな。ガモーフでも、随分と湿気た話題が多くなってきてるし。やだねえ、世の中景気の悪い話ばかりで。十年前の悲劇のおかげで、戦争がやっと終わったと思ったら、今度は、貧困だぜ」

「ま、俺たち魔法使いギルドにゃ、あんまり関係のない話だよな。こうして、勉強するだけで、美味いメシも食えるわけだし」

「そうとも言えないぜ、おかげで物資補給が少なくなってんだから」

「飢饉が終われば、元通りさ。俺たちが悩むことじゃねえよ」

「違いない」

 そう言い合って、二人は声を立てて笑いあう。他の席でも、話題はほとんど同じような内容だった。空白地帯のカルチェトや、ここルミナスは、それなりに人で賑わっているが、世界は今、辺境に行けば行くほど、貧困によって飢えや病気が蔓延し始めている。それは、センテ・レーバン王国でも、ガモーフ神国でも、変わらない状態だった。

 放浪者・レイヴンとして、世界中を旅したアルサスは、(つぶさ)にその現状を目の当たりにしてきた。目の当たりにした分だけ、お気楽な魔法学生たちの会話に溜息が出る。

 苦しみや痛みと言うのは、自分がその危機に直面しなければ分からない。国家ではなく、大手ギルドと言う温床に守られた人間には、到底それが分からないだろう。わざわざ目くじらを立てることもない。

 学生たちの会話に耳を傾けていたアルサスは、同じく会話に耳を傾けて、ネルとルウが浮かない顔をしているのを嫌って、

「そういえば、まだ自己紹介したなかったな」

 と、あえて隣の会話を耳に入れないように、切り出した。

「俺の名前は、アルサス・テイル。お前の言うところの、チンピラ・レイヴンだよ」

 アルサスの自己紹介に続いて、ネルも顔を上げる。

「わたしは、ネル・リュミレです。色々と教えてくださって、ありがとうございました、ルウさん」

「え、えと、どういたしまして。あ、あとボクのことは、ルウって呼んでよ、ネルお姉ちゃん。ボク、堅苦しいのと、子ども扱いされるのは嫌いなんだ」

 ルウは、突然自己紹介を始めたアルサスの意図を理解したのか、にっこりと微笑んだ。子どもらしく愛らしいルウの笑顔に、ネルもつい顔を綻ばせる。

「ところでアルサス、ずっと聞きたかったんだけどさ」

 ルウがアルサスの方を向いた。

「ちょっと待て、俺には『さん』はつかないわけ? 一応、お前より年上だぞ、俺」

「面倒くさいよ。呼び捨てでいいでしょ? 男同士なんだし」

 カラリと笑ってそう言うと、ルウはアルサスの剣を指差した。装飾は少ないが、魔法の文字が剣身に刻まれた、アルサス愛用の両刃片手剣だ。

「その剣。レイヴンがもつ剣にしちゃ、すごくいい剣だよね。魔法の力で鍛えられた、きっと名剣だよ」

「そうなのか? ノミの市でこのギルド・リッターの鎧と一緒に、格安で売られてたんだよ。じゃあ、俺、得したんだな」

 まるで他人事のように、アルサスは言う。すると、ルウは多少の疑いの目をむけて、「ノミの市でねえ……」と呟いた。

「なんだよ。ちょっとは信じろよ。そんな風に、なんでも疑ってたら、友達出来ないぞ」

「余計なお世話だよ、アルサス! そんなことより、これからどうするの? もしも『奏世の力』について、知りたいとまだ思っているなら、ガモーフの『ウェスア大教会』へ行ってみるのもいいかもしれないよ」

「ウェスア大教会か」

 とルウの言葉に頷きつつ、アルサスは脳裏にガモーフの地図を思い浮かべた。ウェスア大教会とは、ガモーフ神都(※5)と並んで、ベスタ教の中心地である。バセットたちの言った「銀の乙女」は、ベスタ教の信奉する女神アストレアに仕えた天使の一人。ルウの言うことは、あながち間違ってはいないだろう

「ウェスアなら、ラクシャ村への通り道だけど……どうする、ネル? このまま諦めてラクシャ村へ帰るのも、大教会を訪ねてウェスアに行くのも、君次第だよ」

「アルサス……」

 ネルはちらりと、アルサスの視線にあわせた。優しく言葉を投げかけるアルサスに、ネルは少しだけ不安を感じていた。あてどなく、「奏世の力」を求めて、旅をしてもいいのだろうか? アルサスにも迷惑がかかるかもしれないし、何より、三ヶ月前に別れ別れになってしまったラクシャ村の家族が心配だ。

「ま、今日はルミナスに宿をとるつもりだから、ゆっくり考えたらいいよ。ネルが、どうしても『奏世の力』のことを知りたいって、言うのなら、俺は依頼を受けたレイヴンとして、最後まで付き合うから」

 アルサスのその言葉を最後に、ちょうど料理が運ばれてきたため、話題はそこで途切れた。

「なんだか、深刻な話でもしてたのかい? 浮かない顔してるよ、三人とも。そんな時は、ウチの料理をもりもり食べて、元気だしな!」

 と言いながら、食堂のおばさんは、大盛りのサラダ、スープ、それに定食をそれぞれの目の前に並べる。

「美味そうだな。いただきまーす」

「いただきます」

 ネルとアルサスはほぼ同時にそう言うと、料理に口をつけた。アルサスの注文した料理は、センテ・レーバンの料理に近いものだったが、味付けはガモーフに近い、奇妙な料理だった。しかし、思っていた以上に、美味い。ネルもスープのおいしさに、嬉しそうだった。ただ一人、ルウだけが山のような、マティネのサラダを目の前にして、うへえ、とあからさまに顔をゆがめていた。

 まさにその時だった……。

 港の半鐘が、ルミナス島全土に響き渡る。船の出港を知らせる鐘の音ではなかった。危険が訪れたことを知らせる早鐘だ。そんな空気を切り裂くような甲高い鐘の音は、アルサスたちのいる食堂まで届いた。何事だ、何事だ、と食堂は騒然となる。食事をしていたものはフォークを止め、厨房の旦那さんはフライパンを持ったまま、おばさんは別の客から注文をとりながら、全員の視線が港の方角に集中した。

 ごうっ! 突然地鳴りのような振動がいくつか連続して、破裂するような、爆発するような音が、半鐘の忙しない音を止めた。

「た、大変だっ!!」

 食堂の表通りを誰かが、そう叫びながら走ってくる。

「魔物だ、港に魔物が出たぞっ!!」


※4 マティネ……ガモーフ特産の野菜。色や味は人参に似ているが、丸いカブのような形をしている。

※5 神都……ガモーフ神国では、首都のことをこう呼ぶ。

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