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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十二章
108/117

108. ルートニアの崩壊

「タイムガルド帝国陸軍近衛騎士団! 進軍開始!」

 近衛騎士団大隊長アルフレッド・ノース大佐の号令とともに、金色の鎧に身を包み、ダイムガルド国旗を掲げる一団がルートニア要塞を出発する。

「センテ・レーバン王国騎士団! 進めっ!!」

 続いて、王国騎士団総長クロウ・ヴェイルの掛け声で、銀色の鎧に身を包んだ騎士が、剣と盾の紋章を掲げながら、ダイムガルド軍に続いてルートニアを出発する。

 その軍列はぞろぞろと四方に長い帯を作りつつ、遠く地平にまで続き、さらには飛航鯨の艦隊が空を埋め尽くす。その壮観な眺めは、一大決戦の様相を示していた。そんな、軍隊の長い列を、ルートニア要塞の屋上から見つめるのは、シオンとアイシャである。

 戦う術を持たない二人は、大臣たちと共に、このルートニアに残ることとなった。ほぼ全勢力を決戦の地ヨルン平原へと差し向けているため、ルートニアを守備するのはたった百名程度の衛兵のみである。それでも、自らの安全より、この戦いに勝利することの方が大事だと言う認識は、二人の共通した想いであった。

「勝てるでしょうか……」

 ふと、口をついて漏れ出した言葉に、シオンはアイシャの横顔をちらと見た。アイシャは、草原より流れてくる風に、髪を押さえながら、漆黒の瞳でじっと軍列を見つめている。

「王国騎士団は、兵力の大部分を構成する諸侯の勢力を欠いています。ストライン宰相の呼びかけに馳せ参じた諸侯は、たったの二十。八百諸侯と呼ばれるほど多くの諸侯が存在していると言うのに……。それに、同じヨルン平原の戦いと言っても、十年前とは比べ物にならないくらい寡兵です」

 アイシャが何も答えないため、シオンはここぞとばかりに、胸に過ぎる一抹の不安を吐露した。

 飢饉や異常気象などによる影響で、センテ・レーバンのみならず世界中の人口が減少している傾向にある昨今、十年前に比べると、騎士や軍人の数は圧倒的に少なくなっている。いくらダイムガルドに新兵器があっても、戦を決するのが数でないと言っても、相手は奏世の力によって生み出された、終末の使者。何度でも蘇り、何の思考も持たぬまま、ひたすらに生き物をフォトン化していく、フォトンでできた戦闘機械である。そのため、一人でも多くの人が同じ志を抱いて戦わなければならないのだ。

 だが、クロウの親書を持ってウェスアのギルド・リッター支部へ向かったフランチェスカからは、予定されていたエーアデ通信の便りも来ない。彼女が、支部に辿り着けたかどうかさえ定かではない。さらに、ガモーフ法王宛に、シオンとアイシャの連名で親書を送ったが、そちらも音信不通のままである。

 折角、センテ・レーバンとダイムガルドが、長年の敵対関係を解いて、互いに手を取り合う事を選んだのだ。できれば、その輪の中に、ガモーフとギルド連盟も加わってほしい。そうして、世界の人が、アストレアの天使に、世界再誕を拒む意思を伝えなければならないのだ。だが、この危機に及んでも、人は分かり合えないままだ。諸侯も、ガモーフも、ギルドも、すべてが分かり合えないままで、決戦に臨んでいる。それを不安と呼ばずにはいられなかった。

 ところが、アイシャはそんなシオンの内心を見透かしたように微笑むと、「大丈夫じゃ」と言った。

「今はまだ分かり合えなくても、十年、二十年先、きっと分かり合える日が来る。そういう世界を、わらわたちの手で作ると決めたのじゃ。その想いは、アルサスだって一緒。みんな同じ想いで、ヨルンへ向かっている。この戦いこそが、分かり合える未来の先駆けとなるのじゃ」

「そう、ですね……ええ、そうですよね」

 アイシャの一言で、ふっと不安が草原の風に吹き飛ばされていったような気がした。アイシャが言うとおり、自分たちはただ世界再誕を拒むのではない。その先に、分かり合える未来を作り上げるという使命が待っているのだ。

「どうかご無事で、お兄さま……」

 信じるべき神を持たないセンテ・レーバン人であるが、それでもシオンは両手を胸の前で合わせて、天に向け祈りを捧げた。

「おお、ここに居られましたか、シオン陛下、それにアイシャさまも!」

 かつかつと、靴のかかとを鳴らしながら屋上への階段を駆け上がってきたのは、宰相のストラインである。シオンたちの傍に控えていた衛兵たちは、ストラインの姿を見るや否や、かしこまって敬礼をする。それは、衛兵たちからストラインへの敬意の顕れであった。

 王室きっての及び腰と揶揄されたストラインではあったが、シオンから宰相の任を授かって以降、ダイムガルド軍との折衝や、諸侯たちへの働きかけなど、寝食を惜しんでの奮闘ぶりは、いつの間にか及び腰の汚名を雪いでいた。それは、シオンにとって嬉しいことである。

「お兄さま……いえ、戦いに赴くみなさんを見送っていました」

 シオンはくるりと振り向いてストラインに言った。ストラインはアライグマのような顔をぐっと引き締める。

「左様にございますか、それはご苦労様です。しかし、ここは風も強く、何より危険です。ささ、お二人とも中へ。フェルト殿下が戦っておられる間も、我らにはガモーフへの呼びかけなど、まだまだやるべきことが残されています。それが、われわれ武器を持たぬものの戦いなのですから」

「ええ、分かっています。アイシャさま、中に入りましょう」

 と、ストラインに同意して促したが、アイシャはじっと空を見つめていた。その視線の先にあるのは、アトリア連峰。浮かぶ艦隊の船団の行く手に、白い鳥の群のようなものが飛んでいる。

「あれは……」

 シオンが呟く。アイシャが「敵じゃ」という前に、その群が「翼ある人」であることに気づいた。その数は千に上るだろうか。

 飛航鯨もそれを察知して、ウーンウーンと、警報を響かせる。直ちに、鯨の背や腹に備え付けられた、大型パイル・バレット砲塔が旋回して、狙いを定めると火を噴いた。打ち出された、大きなパイルは、群の中心を射抜く。四散する白い群。だが、一見統率のない一団が、白い帯を作りながら、再び固まりあって、艦隊をすばやくかわしていく。

 飛航鯨は、巨体ゆえに、安易に回頭することが出来ず、空しく主砲塔を唸らせるだけ。小型艦である駆逐鯨は、艦列を乱すことが出来ず、もたついており、あっという間に「翼ある人」の群は艦隊を通り過ぎた。

「こっちへ来るぞ!」

 腹に響き渡るような砲撃の音の隙間で、ストラインが唸る。「翼ある人」の群は、まるで艦隊にも地上を行く連合軍の部隊にも、一切目もくれず、こちらへと背中の翼をはためかせる。

「陛下、要塞の中へ、お急ぎ下さい! 衛兵! 連合軍に引き返すよう、信号魔法弾を打ち上げろ!」

「ダメです、宰相っ! 今、引き返せば勝利は遠のきます。アストレアの天使はそれが分かっていて、このタイミングで仕掛けてきたのです」

 シオンは咄嗟に、衛兵を視線で制止し、ストラインの袖を掴んだ。

「しかし、要塞を守るのは、百余名の守備隊だけ。とても守りきることは出来ません!」

「それなら、わたしたちも戦います。大臣にも武器を持たせてください。ここで引き下がることだけはあってはならないのです。衛兵さん、直ちに武器の用意を。対空防御は最低限の守りで、お願いします!」

 そう言うと、シオンはすばやく衛兵に命令を下し、アイシャを引き連れて、城内へと入った。すでに騒然となっている会議室の広間では、武器の扱いにも慣れていない大臣たちが、剣を恐る恐る手にする。

 先に城内に戻っていたストラインが、シオンとアイシャに剣を持ってくる。騎士団で使われるブロードソードは、少女たちの手にずしりと圧し掛かる。

「ごめんなさい、アイシャさま」

 シオンは独断を詫びた。すると、アイシャ先ほどと同じように、「大丈夫じゃ」と言った。ここにあって、二人の少女は、大臣たちよりも勇敢な顔をしていた。

 大臣たちは、出発したばかりの連合軍が引き返してくれると思っている。しかし、エイブラムス大将が一角の人物であるなら、シオンと同じ結論を出して、そのまま進軍を続けるはずだ。そのために、信号魔法弾は上げなかった。たとえ、ルートニアを見捨てる結果となっても、ここで引き下がれば、士気は挫かれ、連合軍は瓦解する。そして、敗北の二文字だけが目の前に突きつけられることとなるのだ。それが分かっているのは、シオンとアイシャだけであった。

「ストライン、お兄さまの真似事ですが、いざとなったら、脱出通路を使いルートニアを破棄します。そのための爆索の準備をお願いします」

 大臣には聞こえないように、小声でストラインに指示を与える。

「そう仰ると思い、すでに準備させております。せめて、お二人だけでも今から脱出通路へ」

「いえ。戦ってもいないのに、わたしが背を向ければ、守備隊の皆さんに顔向け出来ません。わたしたちは、国を統べる、国王と皇帝なのですから」

「頼もしいお言葉。このストライン、お二人をお守りいたしましょう。何、剣の扱いならば、多少は心得がありますゆえ」

 ストラインは、俄かに笑うと、いつになく頼りがいのある言葉と共に、腰の剣を構えた。

 ずんっ、とルートニア要塞が震え、敵が到着した事を知らせる。守備隊は弓矢に魔法をかけて、放つが、空から舞い降りる敵に、軽々と避けられていく。そしてその魔法が空で弾け飛ぶ際に起きる振動だ。

「敵が、城内に入ってきたぞーっ!!」

 廊下の先から衛兵たちの声が聞こえてきた。しかし、その声はあっという間に悲鳴に変わる。不穏な空気が会議室に流れ、翼のはためく音が会議室の前で止まる。続いて、突然扉を乱暴に叩く音。緊張感が、全員の顔を凍りつかせる。

「来たっ!」

 大臣の誰かが言った。ドンっ、ドンっ! ノックすると言うよりは、扉の向こうで蹴破ろうとしているような音。終末の使者「翼ある人」は、そこに人間の気配を感じれば、それが誰であろうと、フォトンに変えようとする。だから、扉が破れるまで彼らが諦めないことは分かっていた。

 しかし、会議室の扉は、屈強な四人の守備兵が全身を使って、押さえつけている。しかも頑丈な樫の扉は、簡単に打ち破れるものではなかった。すると、ピタリと扉を叩く音がやんだ。やや沈黙があって、それを自ら破るかのように、扉の向こうから、三叉の槍が飛び出してくる。それは、衛兵の胸を正確に貫いて、体の反対側からせんたんが飛び出す。

「い、いやだ、死にたくないっ」

 その悲鳴と同時に、衛兵の体は光の粒になって砕け散った。仲間のフォトン化を目の当たりにした残りの三人は、うろたえながら、扉から離れた。

「蹴破られるぞ! 大臣ども、お二人をお守りしろ!!」

 ストラインが声を張り上げるのと、「翼ある人」の無表情な顔が飛び込んでくるのはほぼ同時だった。

「ひいっ!!」

 大臣たちは腰を抜かすだけで、ストラインの掛け声に答えるものはいない。会議室に雪崩れ込んできた、五匹の「翼ある人」は獲物を物色するかのように、大臣たちの顔をぐるりと見渡すと、尻餅をついて剣を無闇に振るう、大臣の一人に標的を絞った。その大臣の末路は語るまでもない。

 狩りは、圧倒的に「翼ある人」たちの独壇場だった。一度三叉槍を繰り出せば、一人、また一人と、大臣たちは光の粒に変わる。いくつもの悲鳴が折り重なる中、ストラインはシオンとアイシャを守り、曲りなりの迅雷の剣技を見せるが、アルサスやクロウのように鍛錬と経験を積んだ剣士がようやく歯が立つか立たないかの瀬戸際である敵に、切れのないストラインの剣は通用しない。かと言って、戦う方法の一つも知らない、シオンが剣を振りかざしたところで、足手まといは目に見えていた。そもそも、剣を振り上げることすら難しく、「戦う」と豪語した事を、恥ずかしく思う。

「くっ、我ら文人には歯が立たぬかっ。衛兵! 脱出通路へ!」

 ストラインは吐き捨てるように言うと、剣を振って衛兵に指示を与える。その一瞬の隙を付いて、一匹の「翼ある人」が三叉槍をストラインの腹に突き立てた。肉を断つ独特の音はしないが、背中から飛び出した槍の先端に、アイシャは思わず「きゃっ!」と悲鳴を上げて目を瞑る。

「シオン陛下! 早くお逃げください!!」

「ストライン宰相!」

 ストラインの名を叫ぶシオンの手を、衛兵が掴んで引っ張る。

「ワシがライオットとは違うところを見せてやるっ! かかって来い、羽つきの化物ども!!」

 腹に槍を突き刺したまま、ストラインは怒号を上げると、剣を振りかざし、自らを貫いた「翼ある人」を切り裂いた。ストラインの体が光の粒となり弾け飛ぶのと、「翼ある人」の体がフォトン・アクシオンに戻るのはほぼ同時だった。だが、ストラインのフォトンが消え去るのを見届ける暇もなく、シオンとアイシャは衛兵に連れられて、会議室を飛び出した。

 要塞のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。阿鼻叫喚の地獄絵図。きっとそんな光景が繰り広げられ、百余名の守備隊は十倍の軍勢によって悉く光の粒に変えていくのだろう。彼らに、容赦や情けを説くことは出来ない。

 シオンたちは「翼ある人」に追いかけられながら、廊下を曲がり、階段を駆け下りる。目指すは地下にめぐらされた脱出口である。センテ・レーバンの城は、何処でもそういう抜け穴のトンネルが設けられている。

 ようやく、廊下の先に脱出通路の扉が見えた。すでに、脱出通路で待っていた別の衛兵が「こちらです、早く!」と、鉄の扉に手をかけて、シオンたちを手招きする。

 そのときだった、シオンの耳元に、シュっと風切り音が響いた。背後を追いすがる「翼ある人」の一匹が、投擲よろしく、三叉槍を放り投げたのだ。それは見事な精度で、脱出口の鉄扉で待つ衛兵を貫いて、フォトンに変えた。悲鳴も聞こえなかった。

「アイシャさま、先にっ!!」

 鉄扉に辿り着いたシオンは、アイシャの背中を押して、脱出口に押し込んだ。

「衛兵さんも、先に!」

 シオンたちを会議室から連れてきた衛兵の背中も押し込める。そして、シオンは小さく笑った。振り向いたアイシャは凍りつく。その笑顔に、シオンが何を考えているのか悟ったのだ。

「だめじゃ!」

 アイシャが手を伸ばす。だがその前に、シオンは鉄扉を細い腕で閉じた。慌てたのは、アイシャだけではない、脱出口に逃げ込んだ数名の衛兵たちも「陛下、陛下、何をなさるおつもりですか!?」と叫んだ。

「わたしがライオットの暴走を止められていたら……いいえ、もっと強い王であったなら、この世界を守ることも出来たでしょう。でも、わたしはお父さまやお兄さまのように強くはない。だから、せめて、皆さんには生き延びてほしいのです」

 扉の向こうに、シオンの声は届かない。分かっていても言わずに入られなかった。そして、剣を扉の取っ手に引っ掛けると、魔法の言葉をすばやく唱え、人差し指で剣身を撫でた。すると、指先より現れた炎が、剣を溶かし、扉の取っ手に絡みついた。

「わたしは、センテ・レーバン国王、シオン・コルネ・レーバン! 臆するものではありません!」

 轟くシオンの声が、迫り来る翼ある人を射抜いた瞬間、シオンの目の前が光で満たされた。

「シオンさまっ!!」

 鉄扉の向こうで、シオンの息遣いや気配が聞こえなくなったことに感づいたアイシャは、扉を強く叩いた。だが、扉の向こうではシオンが剣を溶かして扉を溶接してしまった。びくともしなければ、もう二度とその扉を開けることも出来ない。

 涙が零れ落ちる。思えば、初めて出来た同年代の友ち呼べる少女だった……。

「アイシャ皇帝陛下。ここに長居するわけには行きません。爆索に点火されれば、この脱出通路も持ちこたえられるかどうか分かりません。どうか気丈に」

 衛兵の一人が、心痛な面持ちでアイシャを促した。彼らにとってもシオンは、忠誠を誓う女王陛下だったのだ。アイシャは、涙を拭いて頷いた。

「うむ。いくのじゃ。なんとしてもわらわたちは脱出する」

 と、アイシャが言ったそのとき、別の衛兵の声が重なる。

「何で、こいつらがここに!? 出口から入ってきやがったのか!」

 衛兵たちが手持ちの魔法装置の灯りで照らす、脱出口の先。白い翼がはためく。後ろに逃げることも、前に進むことも出来なくなってしまった。やがて、頭上でルートニア要塞が仕掛けられた魔法装置の爆弾によって、崩壊する音が聞こえてくる。

「まだじゃ! 強行突破するのじゃ!!」

 アイシャは、要塞が崩壊する振動の中で、剣を構えた。

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