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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十二章
107/117

107. 聖剣アンドゥーリル

 爆発音が鳴り止む前に、フランチェスカはベイクと共に、地下牢からの階段を駆け上がった。支部の廊下はすでに白煙に包まれており、あちらこちらから、混乱した支部駐留隊員たちの混乱と怒号が鳴り響いていた。どうやら、ランティがフランチェスカを助けるために、派手な魔法を使ったらしい。

「ベイク、親書はまだ支部長の手にあるのね?」

「ええ、まあそうでしょう。あの石頭が破り捨てていない限り」

 ベイクは煙から喉を守るため口元を押さえながら言った。おそらく、親書を破り捨ててはいない。あれには、クロウの名とともにセンテ・レーバン騎士団の名が記してある。それをむげに破り捨てれば、国際問題にギルドが片足を突っ込むことになるのだ。そういうことが出来るほど、肝の据わった人間でないことは分かっている。そうでなければ、とっくの昔にフランチェスカの言を聞き入れて、ギルド・リッター本部に掛け合ってくれているはずだ。

「支部長が石頭なら、あれをギルド長のいる本部へ直接持っていく。そのためには取り返さなければいけない」

「何言ってるんですか、隊長っ! 折角ランティが脱獄のチャンスを与えてくれたんです。さっさとずらかりましょう。その後のことは、それから考えればいいことです」

「いいえ、その余裕はないわ。騎士さまはわたしからの連絡を待っている。それに、ギルド・リッターならガモーフも動かせるかもしれない。もはや、国と国がいがみ合っている時代は終わり、二千年前の過ちを繰り返さないためには、三つの国がともに手を取り合って、戦わなければいけないのよ。そのための使者としてわたしはいる。十年前に生き残った者のそれが使命かもしれないと思ってね」

「隊長……」

 ベイクにはフランチェスカの言葉はあまりにも酔狂に聞こえた。支部に戻れば、命令違反の罪を犯した以上捕まってしまうことは分かっていたのに、無謀にも戻ってきたことも酔狂だが、ガモーフ神国まで動かそうという腹積もりは、さらに酔狂だと思う。その一方で、冗談を言うことがが好きなフランチェスカの眼は、いつになく真剣そのものであった。袂を分かってからの数ヶ月、彼女に何があったのか知らないベイクにはその真剣さの意味も分からないが、信頼に足りる人だと言うことは、分かっている。さらに、フランチェスカが多少頑固者であることを思い出したベイクはフッと小さく笑った。

「分かりました、支部長室へ殴りこみましょう。実戦経験なら実務担当の俺たちの方が上です」

 と、ベイクが言うと、煙の向こうから「脱獄だ! フランチェスカ・ハイとが脱獄したぞ!」と言う声が響いてきた。さらに、建物の外からはガモーフ神衛騎士団のものと思しき声も聞こえてくる。この混乱を収めるには、やはり親書が必要である。

「ベイクっ、援護を!」

 フランチェスカはそう言うと、白煙に包まれた廊下を駆け抜けた。


 クロウがセンテ・レーバン国王名義でギルド・リッターへ直接親書を出して三日、ダイムガルドも同様に皇帝名義の協力をギルド・リッターへ打診したものの、返信が来ることはなく、またフランチェスカからの音信もないままに、ついに出陣の日が訪れた。

 センテ・レーバン騎士団長たち、ダイムガルド軍上層士官たちは、出陣を前にした緊張感に包まれながら、ルートニア要塞の簡易謁見の間に集まった。その列の最後尾に、アルサスたちセシリア隊の姿もある。本来セシリア隊は、いち大隊の末端であり、このような場に呼ばれることはない。事実、他の小隊や騎士団の一般兵はみな、出陣の儀が終わるのを、城外で待っている。無論、セシリア隊がこの儀に呼ばれたのは、他ならぬアルサスのおかげでもあった。

「祭典の剣をここに」

 玉座がある壇上で、シオンがストラインに言う。シオンの傍らには、ダイムガルドの皇帝であるアイシャが並び、ストラインの持ってきた「祭典の剣」を一振りずつその手に取った。「祭典の剣」は、センテ・レーバンで行われる必勝の祈願儀式用の剣であるため、丈が短く、実戦にはそぐわない華美な装飾が施されていた。

「これより我らは、アストレアの天使と戦う。我らは、ベスタの信徒ではないが、それでも我らの戦いは神殺しに等しい!」

 凛と張ったシオンの声は謁見の間に響き渡った。

「だが、滅びを甘んじて受け入れていいのか!? わたしたちは、わたしたちの未来を守り、この世界をわたしたちの力で変えていく責任がある。そのために、戦うのであって、神殺しはわたしたちの正義だ!」

 シオンに続きアイシャが声を張り上げる。

「子々孫々にまで、未来を繋ぐ。みな、心して戦おうっ!!」

 そして二人の声が重なり合い、両者の剣がガチンっと打ち合った。それにあわせて、みなから歓声の声が上がる。いよいよ高まった士気は頂点に達した。

 誰もが、この世界に苦しみながら、だが誰もがこの世界を愛しているからこそ、戦いたいのだ。確かに、アストレアの天使が生まれ変わらせる世界は、とても素晴らしいものかもしれない。それでも、甘んじて受け入れてはならない。なぜなら、そこにヒトの成長はないからだ。失敗を繰り返しながら、それでも成長していく。その果てに築かれるものそが「分かり合える世界」だと思いたい。

 もちろん、ここにあつまった全員が同じ志を抱いているとは言い切れないが、少なくとも、アストレアの天使に立ち向かおうとしていることだけは確かだ。それが「神殺し」に値するとしても。

「作戦の概要を今一度確認する。エイブラムス大将、ご説明願いたい」

 と、ストラインが言うと、一礼したエイブラムスが壇上に上がる。それと同時に、壇上に運ばれてきたのは「遠見の鏡」に良く似た、おおきな石版である。それをモニターと呼ぶ。当然のことだが、これもダイムガルド軍がウルガンより授かった二千年前の知識で作り上げたものである。

「現在、アストレアの天使は、シエラ山頂に築かれた異空間『ベルテス』に篭っている」

 遠見の鏡が俄かに輝き、大きな地図が映し出される。シエラ山を中心とした近郊である。シエラ山の直上には、赤い光点が点滅を繰り返していた。

「ベルテスは、フォトン・アクシオンによって作り出された、こことは異なる次元空間である。故に、かたく扉を閉ざした要塞城と同義のものと捉えていいだろう。そこで、我らは陸と空からシエラ山に総攻撃を仕掛け、その間に魔法使い部隊が『アリスの魔法』によって、ベルテスの固く閉ざされた口を開き、少数精鋭の突入部隊がここを突破する。詳細は以下の通りだ。まず、連合軍・総攻撃部隊は四軍に分かれる。第一軍の司令官は、センテ・レーバン騎士団長クロウ・ヴェイルどの。第二軍の司令官は、ダイムガルド陸軍中将バーソロミュー・クレイ。第三軍の司令官は、センテ・レーバン騎士団長、キリク・クォーツどの。第四軍の司令官は、同じく騎士団長、ナックス・ハーレイドどの。続いて、空からの攻撃に海軍中将ミシェル・ヤード率いる、我がダイムガルドの飛航鯨艦隊。および、この作戦の根幹とも言える魔法使い部隊はセンテ・レーバン騎士団長カレン・ミラ・ソアードどのが率いる」

 読み上げと共に、エイブラムスが地図上に細長い鞭をあてがうと、そこに、四つの赤色をした矢印の紋様と、青色をした艦隊を表す矢印、さらに緑色に色分けられた魔法使い部隊を表す矢印が浮かび上がる。

「総攻撃部隊は、ルートニアを出発後、一軍と二軍は魔法使い部隊を援護しつつ空白地帯を東進し、ガモーフ領内ヨルン平原へ進駐。第三軍は、一路北上した後、ガルナック方面よりシエラ山麓へ進軍。四軍は海路より、ヨルン平原を南より進軍。同時に、艦隊はアトリア連峰に沿って、軍を進める」

 四つの矢印がそれぞれのルートをたどるように、シエラ山を臨むヨルン平原へと進む。ヨルン平原……十年前、三国の軍勢が一堂に介し決戦を行った地が、最後の戦いの舞台となるのは、ある種因縁さえも感じてしまう。

「総攻撃部隊は三方向よりシエラ山を取り囲み、同時攻撃を開始する。おそらく、『翼ある人』の攻勢は激しいだろうが、なんとしても持ちこたえなければならない。そのためには、どの部隊も突出することなく、同時刻に攻撃を開始する。これを支援するのは、飛航鯨艦隊である。総力を結集し、空からシエラ山を攻める。その間に魔法使い部隊は『アリスの魔法』を発動。魔法の力によって、ベルテスの口が開いたら、ダイムガルド陸軍突入部隊は駆逐鯨『ユキカゼ』にて、ベルテス内部へと突撃する。その後、突入部隊は速やかにアストレアの天使を見つけ出すこと。突入部隊の成否は、決戦の勝敗に直結するものである。故にその任は重い」

 そう言うと、エイブラムスはちらりと部屋の片隅に並ぶ、セシリア隊に目をやった。

 現在突入部隊は、センテ・レーバン親衛騎士団とガモーフ近衛騎士団から、各二十五名の精鋭を選抜している。その中に、セシリア隊も含まれる。むしろ、彼らの場合は、自ら志願して突入部隊に参加することとなったと言う経緯があり、また、彼らの部隊はエイブラムスにとっても因縁がないわけではない。

 小隊長であるセシリア・ラインは、エイブラムスの戦友、オスカー・ラインの養女である。また、彼らの部隊は子飼いの将であるアルフレッド・ノースのき下にある。だが、何と言っても、忘れられないのは、ダイムガルド軍始まって以来の、センテ・レーバン人の兵士、アルサス・テイルの存在である。

 皇居でのクーデター事件の際、単身乗り込んできた少年を只者ではないと思っていた。だから、記憶がないという彼を、アイシャが軍属に入れるというのを、強く反対しなかったのだが、まさかそれがセンテ・レーバンの王子だと言うではないか。しかも記憶を取り戻した今も、ダイムガルド軍の軍服に身を包み、あまつさえ突入隊に志願した。

 彼には彼の思惑があるにしろ、ある意味で金の卵を拾ってしまったような感覚をエイブラムスは感じていた。ダイムガルド軍人は「かも知れない」などという曖昧な確率に賭けたりはしない。確証をもって戦略を立て、忠実にその命令を守ってこその軍隊の規律が生まれ、強い軍隊が形成されるのだ。しかし、一個人として見たとき、アルサスと言う少年の破格ぶりには、期待をかけたくなる。

 そもそも、自分たちの可能性のために戦う、という曖昧な大義で戦に臨もうとしている。言ってみれば、それはアストレアの天使への反発であり、そこに確たる正義はない。この世界に住む人間の生存本能だと言い換えてもいいかもしれない。ならば、アルサスという少年に賭けを興じるのも、また面白いことだ、とエイブラムスは思うのである。

「ダイムガルド近衛騎士、アルサス・テイル少尉。こちらへ!」

 エイブラムスはその名を呼ぶと、ちらりとシオンに目配せをした。居並ぶ騎士団長やダイムガルド士官の視線を一手に受けながら、戸惑いがちにアルサスが壇上へと向かってくる。

 シオンはすばやくストラインに視線を送ると頷いた。

「アルサスさん……いいえ、お兄さま。あなたにこれを授けます」

 深くお辞儀するアルサスに、そう言うとシオンはストラインが持ってきた一振りの剣を手に取った。それは、先ほどの祭典用の剣とは違い、実戦用の長剣である。シオンは、その剣を鞘から引き抜くと、剣身を両手で持って、アルサスに差し出した。

「これは……!」

 アルサスは思わず驚きを口にする。差し出された剣は見事なミスリルの輝きを放っていた。剣身には、細かな魔法文字の細工。装飾が少ないのは、却ってその剣に神秘的な華麗さを与えているようにさえ見える。

「お兄さまが、キリク将軍に預けた、ナルシルの剣です。王都一の刀匠に折れた剣身を修復させました」

 とシオンに説明されるまでもなく、アルサスにはそれが、ガルナックの戦いで折れてしまった、「ナルシルの剣」であることに気付いていた。王家に伝わる聖剣であり、アルサスが旅立つ際に、城から持ち出した剣だ。本来なら、それを受け継ぐのは、王位継承者であるシオンなのだが、新たに再生して戻ってきたナルシルは、主人の手元に戻れることを喜ぶかのように輝いていた。

「名も新たに『アンドゥーリル』と名付けました。未来を照らす輝きの剣、と言う意味です。名付け親はアイシャさまです」

「だけど、これはお前が受け継ぐものだ」

「わたしは戦うことが出来ません。ここにいて、皆さんの無事を願うことしか出来ない。だからこそ、アイシャまの想い、そして世界中の人の想いが込められたこの剣を、わたしの一番大好きなお兄さまにお持ちいただきたいのです。そして、ネルさんにお兄さまの想いと一緒に届けてください。わたしたちの願いを」

「シオン……、分かった。必ず、お前たちの想いをあいつに伝えるよ。そして、この剣を持つべきお前の元に、必ず返す」

 アルサスは強く頷き、新たに「アンドゥーリル」の名を与えられた聖剣を受け取った。ずしりと両手に、以前よりも増した重みが伝わる。

「アルサス少尉、今一度、フェルト殿下として、皆に言葉をかけられよ」

 端で見守っていたエイブラムスが言う。アルサスは、くるりと踵を返すと、みなの方に向き直った。いつになく真剣な顔つきは、アルサス・テイルではなく、フェルト・テイル・レーバンの顔のように見えた。

「仲間にも言われたけど……俺は、あまり頭のいい方じゃない。だから、堅苦しいことはいいっこなしだ。センテ・レーバンの兵士も、ダイムガルドの兵士も、皆でここに生きて帰ってこよう。必ず!!」

 天井高く、アンドゥーリルをかざす。その美しいミスリルの剣身が輝き、一際大きな歓声が、謁見の間を埋め尽くした。

 アルサスの言葉を出陣の号令として、連合軍がルートニアを出立したのは、翌日の早朝である。作戦通り、クロウ率いる一軍と二軍は、魔法使い部隊を護衛して東進を開始した。その中に、アルサスたちセシリア隊も続いた。決戦の地、ヨルン平原へ……。


 

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