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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十二章
106/117

106. 地下牢のフランチェスカ

 飛航鯨と呼ばれる、ダイムガルド航空戦艦の艦隊と共に、ダイムガルド陸軍本隊がルートニアに到着した。ルートニアには、両軍あわせて、数万の兵隊がごった返すこととなってしまったが、センテ・レーバン諸侯の多くが、新宰相ストラインの呼びかけに応じることなく、馳せ参じることはなかった。そのため、十年前の大戦(おおいくさ)、ヨルンの戦いの時に比べて、その戦力は極端に少ないと言える。一方で、ネルの生み出す「翼ある人」は無限で不死身。何故なら、フォトン・アクシオンの集合体であり、生き物ではないのだ。彼我(ひが)の戦力差を埋め合わせるには、ダイムガルドの新兵器は必要不可欠なものであった。

 かくして、到着したダイムガルド軍は、ルートニアの草原地帯にキャンプを張り、来るべき戦いに備え、センテ・レーバン騎士団は、敵国であったダイムガルドの技術力に圧倒されながらも、同盟国となった元敵軍との足並みをそろえるための訓練に明け暮れていた。

「フランチェスカさんからの連絡はまだですか?」

 会議室から私室への廊下、狭苦しい通路で並び歩くクロウは、傍らのブレック副官に尋ねた。ブレックから色よい返事は返ってこない。

 フランチェスカ・ハイトが、クロウの要請を受けて、ギルド・リッターへの作戦参加を呼びかけるための使者として旅立ったのが、一週間前。全力で馬を飛ばせば、今頃はウェスアに到着していることだろう。目下、「翼ある人」たちがガモーフへの攻勢を強めているとは言え、ウェスアの途上で、フランチェスカが命を落としたとは考えにくい。彼女は顔に見せないだけで、武器を選ばない、相当な手練である。となると、ギルド・リッターはフランチェスカの言には耳を貸さず、彼女を拘束したと考えるのが、妥当だろう。

 しかし、今クロウたちには彼女を救出する人的余裕がない。ようやく、ダイムガルドと足並みをそろえることが出来そうだ、というのに、ギルド連盟にしても、諸侯たちにしても、この期に及んで、まだ事態の全容を把握していないとは、頭の痛い問題である。

「彼女がしくじったとなれば、ギルドの戦力は当てに出来ません。やはり、ダイムガルド軍主導と言う形で、我が騎士団との連合軍でヨルンへ進駐するほかありません」

「無論、ベルテスへ突入するには、ダイムガルドの航空戦艦が必要不可欠だ。しかし、一人でも多くの人間が力を一つにしなければ、アストレアの天使に我らの意思は示せません。彼女の担う役割はそれだけ大きいのです。今しばらく、連絡を待つ他ないでしょう」

「しかし、フランチェスカどのは、シオン陛下の親書を携えています。それにもかかわらず、成否の連絡がないのは、しくじったと考えなければならんと、私は思いますぞ。すでに他の騎士団長やダイムガルドの軍部は、いつ出陣するのか、やきもきしています。このままでは、全軍の士気にかかわる問題。日和見主義の諸侯どもと同じく、端から当てに出来ない、ギルドの勢力など期待には及びません。何なら、私が一騎当千の働きをばお見せいたしましょう!」

 冷静沈着な補佐役のブレックにしては、珍しく血気盛んな事を言う。今、センテ・レーバン王国騎士団と、ダイムガルド陸海軍の連合勢力は、ブレックと同じように士気に満ち溢れていた。戦争において、士気の優劣が大きく大局に影響する時代ではないことは、ガルナックの戦いで学んだつもりだが、それでも戦う意思と勇気はなくてはならないものである。それでも……、

『戦いでしか、未来が切り開けないこの状況にいたるまで、何も知らず、何も出来なかったことは、忸怩たるものだ』

 ブレックには言わないが、そう思わずにはいられない。事実として、ライオットの凶行を見逃していたのは、クロウ自身であり、本来ならばその忠誠心からライオットを諌めるべきであった。そうすれば、メッツェは目的に及ぶことが出来ず、ギャレット・ガルシアやリアーナ・ロシェットを野放しにすることもなかっただろう。結局のところ、自分は親友であるアルサスの両肩にその責任を押し付けていただけではないのか。そして、とうとう戦わなければならなくなった。

 騎士とは、平和を守るための存在。戦争をすることが本分ではないという、クロウの持論はもろくも崩れ去ったも同然であり、かといって、今更後悔した所で、すべてが遅い。トライゼンより、騎士団の全権を預かり、今は騎士団総長の代行を務めている。そんな自分に出来る事をやるしかない。それは、親友のためでも、国家・国民のためでもなく、自分自身のけじめのためだ。

「フランチェスカさんを信用しないわけではないが、騎士団からも、正式な支援要請の親書を送るべきでしょう。ダイムガルド軍にも同様の親書を送るよう打診してみます。副官、書務院に騎士団名義の親書を準備させてください」

「はっ! かしこまりました」

 ブレックは敬礼と共に、廊下をすばやく引き返した。


 その頃、ウェスアでは……。

 もうじき、ガモーフ弧月湾を赤い夕日が染め上げる時刻。だが、薄暗い地下牢に閉じ込められたフランチェスカには、その夕日を眺めることは出来なかった。

 ここは、ウェスアのギルド・リッター支部。フランチェスカがウェスアに到着したのはその日の午前。以前訪れた時とは、ウェスアの町は様相を変えていた。ガモーフ神衛騎士団が、教会堂を本拠に町全体にバリケードを形成し、許可のない何人の出入りも禁止されていた。しかし、それは法王と教会勢力の対立のためではない。

 少しばかり時計の針を戻そう。アルサスたちがルミナス島から遠路ウェスアに辿り着いた頃、ウェスアでは一つの騒動が起きていた。ベスタ教会の大司祭であり、この街の首長であるウルド・リーが、ガモーフ法王の政策に異を唱えたため、ベスタ教会の軍隊である教会騎士団とガモーフ神国の軍隊神衛騎士団の間に対立が生まれたのである。この辺りは、ガモーフが特殊な宗教国家である点に起因する。ガモーフ法王はガモーフ神国の最高意思決定者であると同時に、ベスタ教のトップである。しかし、事実上ベスタ教を纏め上げているのは、聖地ウェスアの大司祭という「ねじれ」があった。そのため、飢饉などに心を痛めたウルド・リーはその立場から、法王に苦言を呈したのである。それが、法王の怒りを買うことは火を見るより明らかで、ウルド・リーの逮捕と同時に、街は神衛騎士団の制圧下に置かれた。そして、ウルド・リーの処刑が執行されるや否や、教会勢力は止むを得ず法王への恭順を示し、事態は沈静化に向かったのだ。

 ところが、ひと月前、ルミナス島が消えた。ルミナスは魔法使いギルドの管轄する土地ではあるが、ガモーフにとっては国境をまたいだすぐ隣である。しかも、こともあろうに、ルミナスに続く標的にウェスアが選ばれた事を知った法王は、センテ・レーバンに宣戦布告して、大軍をもって敵のガルナック砦へと進軍したのである。

 結果、教会騎士団を取り込んだガモーフ軍は圧倒的な戦力を見せ付けたものの、事態は急転直下する。「翼ある人」の出現である。ガモーフ法王が、かつて自らの犯した罪を省みなかったはずはない。

 十年前、ヨルンの戦いにおいて、悲劇を生んだのは法王である。経典研究を自らのライフワークと位置づける彼は、その中で「十六個の解除キー」を見つけたのである。そして、それこそがベスタの教えに従わない敵国センテ・レーバンに神罰を下すものだと信じた彼は、戦いの最中「白き龍」を解き放った。そうして、どうなったのかは、歴史が物語っている。それは、彼にとって、唯一指摘されたくない大罪であり、その真実を知るウルド・リーがそれを指摘したことはあまり知られていない。

 しかし、その大罪に対する神罰が自分に下ろうとしている事を悟った法王は、「翼ある人」に抗うために、センテ・レーバンへの侵攻を中座しても、各地の主要都市の防備に当たらせた。往生際が悪いと言われても、このまま死んでしまうのは、厭だと思う、聖職者よりも人間としての本質が露になったのである。

 そのおかげで、フランチェスカがウェスアの街に入るには、苦労した。クロウより預かった王国の親書を見せたところで、バリケードを守る番兵は通してくれない。それこそ、これからアルサスたちが突入しようとするベルテスの貝殻のように、ウェスアは殻に閉じこもっているようだった。

 そこで、フランチェスカはふと、ある事を思い出した。それは、アルサスたちが街を抜け出すために使った、地下水道のことである。この町は、地下に上下水のトンネルが張り巡らされている。あの時アルサスたちがたどった道を逆にたどれば街に入れるはずた、と踏んだフランチェスカは一路郊外の丘を目指し、そこから地下水道に入った。

 迷路のように入り組んだ地下水道を無事抜け出すことが出来たのは、運が良かったとしか言いようがない。彼女の卓越した方向センスと、理論による正しい分かれ道の選択によって、その日の正午には街の中へと侵入した。目指すは、ウェスアにあるギルド・リッター支部である。センテ・レーバンからは、ギルド・リッターを含めたほとんどのギルド連盟が引き上げてしまっているし、フランチェスカたちが所属していたレメンシアの支部はとうに消えてなくなった。残るは、ガモーフにあるギルド・リッター支部か本部へと向かう他なかったのだが、その中でも最も大規模でかつ、ルートニアから近い支部はウェスアだった。

 ところが、支部に到着するなり、支部長によってフランチェスカは拘束されてしまった。支部長は、あの時ガモーフ法王直々の要請に従って「銀の乙女を殺せ」と命じた男である。

 今にして思えば、ネルを殺しておけば、このような事態にはならなかったのかもしれないが、かと言って、世界の真実と奏世の力の真実を知った今でも、ネルを殺したいとは思えない。だからこそ、ギルドもセンテ・レーバンとダイムガルドの連合軍に助力すべきだ、と思ってここへ来たというのに、支部長は耳を貸すどころか、フランチェスカの命令違反および、勝手な脱退に腹を立てて、激昂したままフランチェスカを地下牢に閉じ込めたのである。

「どうしたものかしらね……」

 溜息を吐き出しても、狭くて暗い地下牢から抜け出す場所が見つからず、またフランチェスカの元へと戻ってくるだけだ。脱獄しようにも、武具は奪われた。さすがのフランチェスカも、徒手空拳でギルド・リッターの兵隊と戦うのは難しい。

 丸裸にされなかっただけマシというものだが、それにしても時間がないというのに、石頭の支部長を説得することも出来ず、なおかつ閉じ込められてしまったとなると、騎士さま……クロウに顔向けが出来ない。

「ほれ、飯の時間だ」

 唐突に守衛の声がして、鉄扉の下面に設けられた小さな扉が開いて、トレイに乗せられた食事が現れる。ガモーフの料理だが、湯気も立っていないいわゆる「冷たい飯」である。石造りの地下牢は、格子戸も取り付けられておらず、守衛の顔を拝むこともかなわないが、フランチェスカは「ありがとう」と礼を言った。すると、帰ってきたのは意外な言葉だった。

「まさか、あんたに冷や飯を運ぶことになるとは思わなかったよ」

 よく聞くと、なんだか聞き覚えのある声のような気がしてきた。フランチェスカはそっと扉に近づいた。

「それは、石頭の支部長がわたしの言葉に耳を貸さないから。アストレアの天使は明日にでも、この世界を滅ぼして、そこに新しい自分たちの理想の世界を創ろうとしている。シオン女王陛下も、アイシャ皇帝陛下も、自分たちの世界を守るために共に手を取り合い立ち上がった。わたしたちギルドも、志を同じくする必要があるわ」

「だからと言って、あんたがセンテ・レーバンの味方をする必要はないだろ?」

「そうじゃない。民族とか国境とか、そういったものの先にこの戦いはある。それに、わたしはセンテ・レーバンのためじゃなく、共に旅したアルサスやネルのため、そして自分のために協力しているだけ。もっとも、シオンさまはとても聡明な方よ。あなたが思うよりもね……ベイク」

 フランチェスカは扉越しに、懐かしい名前を口にした。懐かしい、と言っても、部下であった彼らと袂を分かったのは、数ヶ月前のこと。それなのに、何年も昔のことのように思えるのは、少しばかり不思議だった。

「そういうことを言ってのけられるのは、隊長らしいと言えば、隊長らしいか」

 扉をはさんで、ベイクはそう言うと、おもむろに牢の鍵を開けた。

「お久しぶりです、隊長。あなたに、ここは似合いません」

「あら、そうかしら。住めば都かも知れないわよ。雨露しのげて、食事だって運んできてくれるし」

 フランチェスカは、ベイクの浅黒い顔を見つめながら、にこりと笑った。すると、ベイクはにたりと笑みを浮かべて、

「冷たい飯でいいんですか? それなら、もう一度鍵をかけますけど」

 と軽妙に返した。

「言うわね、ベイク」

「冗談ですよ。隊長の武具はこちらに」

 ギルド・リッターの白銀の甲冑とともに差し出された鉄槍は、もともとベイクの武器である。フランチェスカがアルサスたちに同行することを決めたときに、餞別としてもらったものだ。その名を「グラムドリング」というのだが、それはベイクもフランチェスカも知らないことだった。

 フランチェスカは甲冑を身に纏いながら、ベイクに問う。

「ランティはどうしたの?」

 と、尋ねたその瞬間だった、ちょうど頭上で激しい揺れと爆発音が聞こえてきた。再びベイクがにたりとする。

「奴さん始めたみたいです。さっ、はやくここからずらかりましょうや」 

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