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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十一章
103/117

103. ヒトの可能性

「アルサスが、アストレアの末裔!?」

 素っ頓狂な声を上げるルウ。フランチェスカもクロウも、妹のシオンでさえも眼を丸くして、視線をアルサスに集中させた。

「冗談なら勘弁してくれよ。アストレアの子は、メッツェとネルだろ? 俺はセンテ・レーバン国王の父と、神子の母の間に生まれた、王国にとって望まれない子どもだ。俺が、アストレアの子孫だなんて言ったら、シオンに申し訳が立たないよ」

 ハハハ、とアルサスは空笑いした。しかし、アリスの顔は真剣そのものだ。

「マリア博士には彼女の血を引く子どもはいません。ですが、マリア博士の記憶はフォトンによって守られ、現在に脈々と受け継がれています。あなたの母、フェリス・テイルは間違いなく、マリア博士のフォトンを受け継いだ子孫、そしてあなたも」

「どうして、そんなことが分かる!?」

「ナノマシンであるフォトンは、人の体に取り付くと、宿主には分からないほど微弱な固有駆動振動を発します。それは、人それぞれに違いがあり、いわば顔や声が違うように、みんなそれぞれの固有駆動振動を持っています。そして、フォトンの情報は細胞内の遺伝子と同様に、人から人へ受け継がれていくものなのです。あなたの体にあるフォトンは、マリア博士のフォトンにとても近しい振動を発しています」

「まさか……母が聞こえると言っていた、神さまの神託までも、フォトンの仕業だとか言うんじゃないだろうな?」

 神子と呼ばれた母は、時として預言の言葉を聞くことがあった。ベスタ教を信奉しないセンテ・レーバンにおいて、その神秘の力はほとんど無意味に等しく、母はお城で給仕の仕事をしていた。父も、母のそういう神秘的なところではなく、人としての心根や優しさに惚れて、母を見初めたと言っていた。

 しかし、母は確かに、神託を得ていた。そして今際の床でアルサスに、世界に迫り来る危機を伝え、その危機を回避するために、奏世の力を持つ銀の乙女を殺めるよう託したのだ。母が最初で最後に口にした「殺せ」という言葉。アルサスは耳を疑いながらも、それが神託によるものだと信じて、母の遺した遺言を受け入れた。

「マリア・アストレアは、ネルにとって母親のような存在だったんだろう? だったら、どうしてネルを殺すような神託を与える? 世界を生まれ変わらせる力をネルに与えたのは、マリア本人じゃないか!」

「人の心は、わたしには分かりません。ただ……その時代の人が、再誕に抗うことが出来たなら、それは『約束の日』ではないということ。博士は、きっとあなたたち今を生きる人たちに、チャンスを与えたのではないでしょうか……?」

「ネルを殺すことがチャンスだって? とんだ女神さまだな!」

「だけど、あなたはハンナを殺すつもりはない、そうでしょう? 言わずとも、あなたの顔を見ていれば良く分かります。だって、血の繋がりはなくとも、あなたの顔は眼の色以外、輪郭も髪の色もその眼のまっすぐさも、マリア博士に良く似ている。あなたには、好きな女の子を殺すことなんて出来ない。そういう人のように、わたしの(センサー)には映っています」

「なっ!?」

 突然のアリスの発言に、アルサスは頭上から湯気を立ち上らせた。やはり全員の視線がアルサスに痛いほど集中する。

「あなたが、母の遺言を果たすべきか迷ったのは、あなたがハンナを想っていたから。あなたは、その想いを彼女に伝えたいと思っている。ならば、あなたが彼女を殺すことはない。それでも、あなたは二人の手から世界を救いたい。それは、ある種矛盾しているとも言えます。彼らを説得し、彼らが抱えた心の闇を、あなたに解き放つことが出来ますか?」

「出来るか出来ないかじゃない。俺たちは、俺たちの力で未来を切り開きたい。それが例え平和な世界ではなくても、少しでも苦しみのない世界に出来るのは、きっと俺たちの意志だけだ。誰かの価値観だけに縛られた未来を俺たちは望んでいない。その世界に、メッツェもネルも生きるべきだと俺は思う。ちょっと押し付けっぽいけどな……でも、そのためには二人を殺して得る未来じゃだめなんだ」

「奪うことのない未来、それが理想だと言うのですか? それは途方もなく険しい道のりです。いっそ、『奏世計画』にその身を委ねた方が楽でしょう。あなたの望むことと、アストレアの天使が望むことは、同じなのですから」

「いや、違う。メッツェもネルも人の可能性を信じられなくなってる。俺は、たとえどんなヤツだろうと、その可能性を信じたい。そういうことを、俺は旅の中で学んだつもりだ」

「あなたは、心から他人を信じられるのですか?」

「まあ、天才科学者のフォトンを受け継いだ子孫だなんて言われても、俺はあんまり頭のいい方じゃない。そういうのは、他の皆に任せて、俺にできることは信じることくらいだから。大事なのは、二千年前の昔話じゃない。そうだろ? たとえ過去に何度も大きな過ちがあって、文明が滅びたとしても、俺たちはこうして今を生きている。それは、その可能性を選び取ったからだ。それなら、今を生きる俺たちは、この危機に対して新たな可能性を選び取らなきゃいけない。未来のために」

 アリスは、しばらくの間黙って、アルサスの顔をじっと見つめた。曇りのない眼というのは、こういうことを言うのだろうか……。その眼差しは、フォトン計画を思いつき、それを話してくれたときのマリアに良く似ていた。

 あくまでアリスは記録を集め保存する、自動機械に過ぎない。しかし、マリアはフォンとハンナを引き取り愛情を注いだように、アリスにも人間の名を与え、尊厳と思考を与えてくれた。そうして、いつでも友のように語り掛けてくれた。そんなマリアを、アリスは母のように思い、慕っていた。

 しかし、フォンとハンナ、二人の孤児にフォトン・アクシオンへの適応性があったことが、二人の人生に影を落としたなら、それはマリアの過ちだ。彼らに世界の命運をすべて託し、彼らからいくつもある可能性の未来を摘み取ってしまった。彼女は、きっと絶命する時まで、その事を後悔していたに違いない。だからこそ、マリアは脈々と子孫に受け継がれるフォトンに、彼らを安息へ導くようにメッセージを残したのだろう。たとえそれが、二人の天使を殺めることであったとしても……。

 しかし、今目の前にいる、マリアの子孫の少年は、清清しささえ感じるほど明朗な顔で、まるでマリアの贖罪を果たそうとしている。それは転じて、マリアの責任をすべてその両肩に背負わんとしているのだ。

 人間とは傲慢で自己愛に満ちた生き物だと、アリスは二千年間記録を集め続けながら、マリアから与えられた思考プログラムで考え至った。それを変えたい、というマリアの遺志も、ひたすらに彼女の遺志を継ごうとする、二人の天使のことも、理解していたつもりだ。

 すべては人間が選び取ること。自分は、記憶ドライブの自動機械として、事実を伝える役目を果たすだけ。いつか、黄金の鍵と呼ばれるようになった、アーカイブの解除キーを持って現れる人間のために。

 それがよもや、マリアのフォトンを受け継いだ子孫であるとは、たとえただの自動機械であっても、思わず「運命」と言う言葉を思い浮かべてしまう。ただのプログラムに過ぎない感情は、そういう神がかり的なものまで、演算の対象とはしない。偶然や運命などと言ったものは、ただの数列的ランダマイズの結果であり、起こりうる可能性の一つでしかないのだ。

 だが、人間と言うのはおかしなもので、その可能性のひとつを汲み上げて見せた。そうして、アリスの前に、二千年の時を経て、ついにアストレアと天使の「約束の日」が実現されるその瞬間を前にして、再びアストレアが姿を現したのだ。それを「運命」と呼ぶ以外、アリスには適当な言葉が思い浮かばなかった。

 ここに「運命」的な事象が起こりえたなら、この少年とそして現在を生きる人たちが、かつてマリアを絶望させ、文明を崩壊させた過ちから抜け出し、「奏世の力」による強制的な世界再誕ではなく、今を生きる人間たちがその心根を以って、新たな未来を切り開くことができる、という可能性もあるのかもしれない。

 無論、可能性とは、「かもしれない」という不可視的存在。それこそ、ランダムに、無数にある分岐点のどれを選ぶかは分からない。ITS標準言語であった「英語」を用いるなら、沢山のイフが存在している中で、その一つを選ぶのだ。反対に、万に一つ最悪の道、即ち世界の滅亡という分岐点を選ぶこともあるかもしれない。それでも、その不確定要素に賭けてみる価値はある。事実、マリアから、「アストレアの天使を守れ」というプログラムは施されていない。自分の進む道は自分で選ぶ権利を、アリスは与えられているのだ。

 そこまで思考が及んで、アリスはふと自分に苦笑した。不確定なことに自らを委ねようとするなんて、まるで人間のような思考だ、と。だが、厭な気はしないし、システムもエラーを起こさない。それは、アーカイブの開発者であるマリアが、アリスに人間と等しい尊厳と思考を与えてくれたからに他ならなかった。だから、アーカイブ開発後、マリアがハイゼノンへと赴任し直接顔を合わせることがなくなって二千年、ようやくめぐり合った少年に、どこか懐かしささえ覚えた。

「アストレアの天使は現在、アトリア山脈は霊峰シエラ山の山頂より、擬似次元空間ベルテスにいます」

 アリスはドーム内壁に、現代の地図を映し出す。ガモーフとセンテ・レーバンの間に横たわる国境線はアトリア連峰の、最高峰に赤く光点が現れた。そここそが『擬似次元空間ベルテス』である。だが、聞き慣れない言葉に、アルサスたちは一様に小首をかしげた。

「ぎじじけんくうかん……?」

「原理を説明するのはとても難しいのですが、マリア博士の光子応用学によって作り出された、時間軸を異にする、別次元とでも言うべきでしょうか。それほど広い次元ではないのですが、ベルテスはいわば貝殻のようなもの。内部から閉じてしまえば、外部から侵入することは大変難しいでしょう」

「要は、それが彼らの城と言うわけね?」

 フランチェスカがあえて分かりやすい言葉に平たくする。アリスはクスリと笑って「そうです」と言った。

「もともとは、フォトン化した人間の情報を退避させる場所です」

 アリスの言葉に合わせて、ドーム内壁に緑色の線で描かれたちょうど貝殻のような形をしたものが現れる。ベルテスは視認できるものではないため、いわば仮の姿でアリスが表現したものである。

 映像のベルテスは、シエラ山の山頂に乗っかるような形で、がま口を半開きにしている。そこからあふれ出すような矢印が何を意味しているのか、アルサスには分かっていた。

「翼ある人……」

「はい。翼ある人、即ちフォトン化機兵『エンゲル・フェーダー』は、銀の乙女のフォトン・アクシオンを再構成する、いわば天使の兵隊です。それをこの次元に解き放つ間だけ、ベルテスの口が開きます。とは言え、それは一瞬のこと。その間にベルテス内部に侵入するのは、たとえダイムガルドの『飛航鯨』を以ってしても無理でしょう。そこで……」

 アリスは黄金の鍵が刺さったままの脊柱に小さな手のひらで触れた。すると、石柱が縦に割れて、内部から本より少し大きい、黒い石版が現れた。石版はまるで自ら意志を持つかのように、アルサスの手元に浮遊する。

「その石版には、ベルテスの口をこちらから無理矢理こじ開けるための魔法が記されています。膨大な魔力を必要としなければなりませんが、それ以外にベルテスへ突入する方法はなく、ベルテスに突入しなければ、アストレアの天使を説得することは出来ません。あなた方の最後の戦い、それは、その魔法が完遂できるかにかかっています」

「でも、これ何も書いてないよ」

 アルサスの横からひょっこりと顔を出したルウが、石版を覗き込んで言う。黒い艶やかな盤面には、それらしきものは書かれておらず、ただの黒い石の板にしか見えない。

「触れてみてください」

 と、アリスは促した。アルサスは石版をルウに手渡す。そして、ルウは指先で石版の盤面をなぞった。すると、まるで遺跡船の中にあった巨大な石版を思わせるかのように、光り輝き魔法文字が現れた。

「すごいっ」

 感嘆の声を漏らすルウ。それも、二千年前の技術なのだろう。触れれば文字が現れる板などと、現代のものさしではありえないことだが、二千年前その素晴らしくも発展した文明社会は、その発展ゆえに滅びた。だが、発展したから滅びたのではない。それを享受すべき人の心が滅ぼしたのだ。

「いいのか? 俺たちにこれを渡すということは、あんたはアストレアを裏切ることになる」

 アルサスは、静かに問い質した。すると、アリスはその少女の姿に良く似合うような笑顔で、「構いません」と言った。

「あなた方は、彼らに対抗する方法を手にするためにここへ来たのでしょう? それに、わたしもあなた方の可能性に賭けてみたい。マリア博士はもう二千年も前に死にました。今あるのは、今を生きるあなた方。わたしは一度だけ、親に歯向かってみます」 

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