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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十一章
101/117

101. 奏世計画と女神アストレア

 世界を二分化した戦争は、苛烈さを増しながら、何十年もに及んだ。すでに、第二次世界大戦ごろに予想されていた、核兵器による最終戦争、すなわち、第三次世界大戦である。そもそも、戦争の始まりが、民族問題や経済問題、宗教問題に根ざしたものであったとしても、すでにそれらの大義名分はすべて形骸化してしまい、残されたのは、己の利を通すためだけの殲滅戦となった。

 通常、戦争というのを一般論化することは難しいとしても、殲滅に至ることは稀である。太古の昔、まだ文明と呼べるものが勃興するかしないかのころ、人々が石や木を手に戦争していた時代とは訳が違う。一定の利潤を得るか、政治的な取引や、首魁の降格、経済的・外交的な圧力などをもって、何らかの形で戦争は終息を向かえるものなのである。戦争を続けるには、戦争する人たちの属する社会に、体力が残されていなければならない。しかし、その体力如何ではなく、ITSとATUという二極化した戦争において、取引も圧力もありえないことだった。そのため、両者は慢性的な疲弊をずるすへると引きずりながらも、戦争は惰性しながら続いていったのである。

 その結果、空は常に灰色の雲に覆われ、その隙間から降る黒い雨は、あらゆる緑を枯らし、海を染めていった。太陽を臨むことも、風を肌に感じることも、その放射能の降り注ぐ大地で生き物が生きていくことも難しく成り果てた死の世界は、神々の時代などと言う厳かなこと言葉よりも、暗黒の時代と呼ぶほうが、より相応しいものではなかっただろうか。それでも、殲滅戦争をやめないのは、人間の愚の骨頂でもあった……。

 そんな折、ITSに一人の秀才にして天才なる科学者が現れる。名をマリア・アストレア。当時若干二十歳の新進気鋭の女性科学者であった。彼女は、正義の女神と同じ名を持つ科学者の家系に生まれ、その類稀なる才能を如何なく発揮しては、次々と新なる兵器を生み出していった。粒子加速砲、流体組成バリア、光子力技術、それらは、核兵器を持たない、使わない、ITSにとってまさにそれに代わる兵器であった。そのため、誰もが彼女の才能を女神の御業と称した。

「そうして、彼女が作り上げた技術……例えばハイゼノンの『ウォール』と呼ばれる合成金属『ミスリル』でできた壁は、流体組成バリアによって街に放射能が降り注ぐのを防ぐ装置、ダイムガルドの方々がお使いになられているバヨネットは、粒子加速砲の技術が下敷きとなっているのですが、それらによりますます戦争は激しさを増していきました。そうして、あるとき、わたしの生みの親であるマリア博士は、焦土と化したこの世界を前にして、自らの過ちに絶望したのです。その時彼女に何があったのか、数列のプログラムに過ぎないわたしには、例え産みの母親とは言え、そっすることは出来ません。ただ、彼女の陥った絶望は、ありきたりな、科学者のたどる末路とも言えなくもないでしょう……」

 自分が生み出した兵器によって、世界が滅ぶ。自分も罪であるなら、その兵器を何の疑いもなく殺戮のために使う兵隊も、核兵器に頼る敵もすべてが罪人である。しかし、その贖罪はすでに人間が滅びるほか道は残されていなかった。たとえ、ITSが勝利を収めても、ATUが核の恐怖で世界を制しても、そう遠くはない未来、この腐敗した大地で人間や動物が生きていくことは難しい。なぜこうなるので、自分を含めた人間は、理解しあおうともせずに、闇雲に武器を振り回すのか。

「マリア博士は、罪の意識に打ちひしがれました。あらゆる開発計画を中止し、再三にわたるITS首脳部の命令にも逆らい続けた彼女は、中央に疎んじられ、辺境であったハイゼノンへと左遷されると言う憂き目に会いました。しかし、そんな彼女を救ったのは、二人の子ども。奇しくもハイゼノンの路地裏に溜まる、戦争被害者の浮浪児でした」

 アリスの左手が掲げられるのを合図に、マリア・アストレアの映像は端に追いやられ、続いて二枚の写真が現れる。どちらも幼い子どもの写真。一人は、金髪に青い瞳の少年。年のころは、十歳前後といったところだろうか。薄汚れた頬をこすりながら、こちらをにらみ付ける目はどこか他人を寄せ付けないような冷たさを感じる。もう一人は、少年よりも更に幼い、銀色の髪をした少女。海の色に似た無垢な瞳で、興味深そうにこちらを見つめている。

 その二人が誰であるか、言うまでもなく、たしかな(おもかげ)がすべてを物語っていた。

「マリア博士は、戦争で両親をなくし、互いに血の繋がりはなくとも、兄妹のようにして肩を寄せ合い、その日の食事も満足に得られない乞食暮らしをしていた二人を、引き取ることにしました。事実上、彼らはアストレアの子となったのです。せめてもの罪滅ぼし、いや、罪滅ぼしにもならないと、彼女は自嘲気味に回顧していましたが。そうして、博士は二人に名前を与えました。少年の名を、フォン・フリューゲル。少女の名をハンナ・フリューゲル」

「メッツェとネルか……」

「そうです。あなた方に、メッツェ・カーネリア、ネル・リミュレと名乗っている後のアストレアの天使たちです。彼らは、その子ども故の純真さで、マリア博士の傷つき折れかけた心を癒しました。ですが、それで何もかもが終わったわけではありません。世界はなおも戦争に明け暮れ、ヒロシマの街のようにいくつもの街が核兵器に焼かれ、自然と名のつくすべてが、汚れていきました」

「でも、あなたの言うことがすべて真実だとして、今現在、わたしたちは放射能などという毒に、脅かされてはいません。それよりももっと恐れるべきものは、その女神アストレア……いえ、マリア・アストレアが引き取ったと言う子どもたちです。彼らが、二千年近く昔、神々の時代の人だと言うなら、何故彼らが今もわたしたちの前にいるのですか? 彼らは人間ではないのですか?」

 シオンが口を挟むように問いかけた。その疑問はシオンだけでなく、誰もが感じていた。アリスの話すことは、すべて遠い遠い昔のこと、伝説に近い話であるはずなのだ。

「いいえ、彼らは純然たる人間です。あなた方が放射能に脅かされないのも、彼らが二千年の時を越えて未来に存在するのも、すべてはフォトンのためです」

「フォトン……!」

 何度も聴いた言葉。ある種都合のいい理由図家の言葉のようにさえ聞こえていた言葉が、突然アリスの口から語られて、アルサスは驚かずにいられなかった。

「フォトンって一体何なんだ?」

「フォトンは、本来光子と呼ばれる目には見えない微粒子の事を指す言葉です。ですが、我々がフォトンと呼ぶのは、光子の名を持つ、ナノマシンのことを指します。ご覧下さい」

 そう言って、アリスがドーム内壁に映し出したのは、小判型の虫のような形をしたものだった。しかし、それが生き物でないことは、目も口もなければ、艶やかな光沢とエッジの立ったボディラインからも明らかだった。強いて言うなら、あの遺跡船でアルサスたちに襲い掛かってきた鉄の魔物に良く似ていた。

「これがナノマシン『フォトン・ゲージ』です。マリア博士は、フォンとハンナに出会うことで、一つの決意をしたのです。それは……未来、その子どもたちが平和に過ごしていける時代を作るため、自分が持ちうるすべての知識と才能を賭けるということでした」

 マリア・アストレアは、ITSにいくつかの議題を提出した。その一つが「フォトン計画」だった。

 ナノマシンとは、ナノという神々の時代の単位を表す言葉が示すとおり、目には見えない極小の機械を指す。殊に『フォトン・ゲージ』は有機的な材質で作られており、その名のマシンを無数に身に纏うことにより、本人の身体能力の向上、恒常性の安定化、放射能への耐性、と同時に本人の意識から細胞レベルに至るまでの記憶と情報を取得することの出来る万能生体維持装置であり、その機能が発現する時、フォトンはわずかな発光を示す。あたかも、光の粒が輝いているかのように見えるのだ。そのため、マリア・アストレアの研究課題であった「光子応用学」からその名をとって、フォトンと名づけられたのである。

「当初は、動植物にフォトンを適応化させることで、その細胞、遺伝子レベルで強制的に生態を進化させると言う実験が試みられました。表向きには、動物を兵器化するという、ITS首脳部が求める新兵器開発と言う命令に従うかのようなカムフラージュをして」

 そうして生み出されたのが、進化系亜種生物である。しかし、まだまだ実験段階であった試作品のフォトンが適応できたのは、狼、鷹、猪、烏賊、樫の木、蠍、蜥蜴の七種類である。それぞれは、それぞれが持つ生態を最大限に拡張すると同時に、放射能への適応、さらには副産物的に、人間に類似した脳の進化まで果たした。

「それって、まさか……!」

「お察しの通り、この世界で魔物、それもハイ・エンシェントと呼ばれる者たちのことです。魔物とは、魔界から訪れた未知の生物ではなく、科学によって生み出された進化系亜種生物なのです」

 マリア・アストレアは、実験の成功を受けて、フォトンの改良と増産を続けた。ところが、ITS首脳部は、動植物が、誰も想像し得なかった進化を遂げたことに着目し、動物へのフォトン適応による、動物兵器の開発を中座させ、人間にフォトンを使い、戦闘人間を生み出すことをマリアに命じた。

 戦闘にのみすべての意識を投じるフォトンの狂戦士。それを「ウルク・ハイ」と呼ぶ。

「まさか、ギャレットやリアーナがフォトンを暴走させたのって……その。ウルク・ハイの技なのか?」

「そうです。彼らは、フォン……即ちメッツェに教えられ、自らのフォトンを極限にまで高める、ウルク・ハイになることを決めたのです。やがて、彼らは自我をフォトンにのっとられることでしょう。そうなれば、名実共に、彼らはウルク・ハイになってしまう」

 だが、マリアはそんなウルク・ハイを生み出すために、フォトンを作ったのではない。

 フォンやハンナといった子どもたちが、放射能まみれになった世界でも平和に過ごしていけるように、フォトンを考え出したのである。そのことを、ITSの首脳たちに叩きつけたものの、返ってきた返事は、命令に服従せよ、の一言だった。

 マリアはまたしても壁にぶつかった。今度の絶望は自分へではなく、戦争をする人たちに向けての絶望だった。

 どうして人はこうまで貪欲で、他人を思いやったり、理解しあったりしないのか。分かり合えないとしても、分かり合おうとしないために、戦争を続ける。沢山の人が死んで、自然を焼き尽くしても、まだ、そのことに気付かない。どう足掻いても、世界は滅びてしまう。人類がこの地上からいなくなってしまう……フォンも。ハンナも。

「首脳部からの命令を聞く振りをして、『奏世計画』を始めたマリア博士の顔は、鬼気迫るものがありました。残された限りある時間を、すべてその計画に捧げることを決意したのです」

 人がどうしても分かり合えないなら、分かり合える世界を作ればいい。どのようにその考えに至ったのか、それが分かるのは、マリア本人だけだろう。まして、ただの記録サーバーの出力ドライブであるアリスには、そんなもの到底分かるはずもなかった。

 しかし、マリアは「フォトン計画」を推し進める傍らで、フォトン・ゲージとは異なるフォトンを作り上げた。それが「フォトン・アクシオン」である。

 フォトンは、万人に適応しなければならない。しかし、フォトン・アクシオンは万人に適応する必要はなく、愛するわが子である、フォンとハンナの二人にだけ適応すればよかった。そうして、完成したフォトン・アクシオンは、二つの異能力を与えられ、フォンとハンナに宿った。

 二つの異能力、即ち世界が誤った道を進まないか監視する『奏世の眼』と、もしも世界が謝った場合それを滅ぼし新たに生まれ変わらせる『奏世の力』である。そして、眼を与えられた少年を「金の若子」、力を与えられた少女を「銀の乙女」と、彼らの髪の色から、便宜上の名をつけた。

「フォンとハンナに与えられた使命はひとつ。もしも、世界が再び白き龍を求め、絶望的な戦争へと足を踏み入れようとするならば、その時はこの世界を滅ぼして、新たに平和で誰もが分かり合える世界を作ること。フォンとハンナは、マリアの意図を理解し、マリアの絶望を我が物と受け止めて、『奏世の子』となる事を受け入れた、と聞いています」

 やがて、当初の計画通り、大量に生産されたナノマシン「フォトン・ゲージ」はあまねく、ITS中にばら撒かれた。人間が殺戮の狂戦士にならないよう、調整と改良を重ねた「フォトン・ゲージ」により、滅び行く世界の中で、人は守られることとなった。

 しかし、ITSの首脳部は、命令を聞かなかったマリアを許さなかった。こともあろうか、味方の大軍がハイゼノンに押し寄せてきた。そして、『奏世の眼』であるフォンが味方によってダスカード基地へと連れ去られた。さらに、その手はハンナにも及ぶ。ハンナを渡さなければ、ハイゼノン研究所にいる、マリアを含めた研究員を皆殺しにすると言い出したのだ。なんと、粗野で粗暴なことだろうか。だが、そんなことに心を痛めている余裕はなかった。

 ハンナにすべての希望を託して、彼らに利用されないように機械的に記憶を封じ、冷凍睡眠にかけて、ダスカードへと送り出した。

「その直後です。ハイゼノンに白き龍。即ち、核兵器が投下されたのは……」

 ハイゼノンは、流体組成バリア発生装置である、ミスリルの壁だけを残して地図から消滅した。そして、冷凍睡眠つれてダスカードへと運ばれるハンナを乗せた輸送飛行機、通称「鉄の鳥」は、アトリア山脈を越えた先で、ATUの攻撃を受けて墜落した。その森が後に「エントの森」と呼ばれるようになる事は誰も知らなかった。

「さらに、ダスカードも敵の襲撃を受けました。その際、金の若子・フォンの行方も分からなくなってしまいました。そうして、ついに両軍は正面衝突し、マリアの希望とともに、あなた方が神々の時代と呼ぶものは、滅びを迎えたのです。すなわち、文明の崩壊です」


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