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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第十一章
100/117

100. 世界の真実

 真夏を思わせる雲ひとつない晴天に、眩い光が走る。轟音と衝撃波が巻き起こり、瞬くうちに建物も人も薙ぎ払い吹き飛ばす。後に残されたのは、もくもくと立ち昇る巨大なきのこ状の雲だった。これも記録映像なのだろうか……。アルサスたちは、食い入るように、ドームの内壁に映し出された映像を見つめた。

「これは、西暦一九四五年の夏、世界で始めて『白き龍』を投下された、ヒロシマという街の記録です」

 映像が切り替わる。炎と煙に包まれた街並み。全身にガラスの破片をつきたてて、泣きながら歩く人。血まみれになりながら、焼け爛れた皮膚と飛び出した眼球をぶら下げて、水を求めて彷徨う人。もはや、それが人であったことも分からない黒焦げの死骸。灰色の空から降り注ぐのは、インクのような真っ黒い雨。雨に打たれた人たちは、どす黒い血を吐き出しながら、その場に倒れて絶命する。男も女も子どもも老人も、動物も虫も無差別に死んでいく。

 それは、どんな戦争よりも残酷で悲惨な光景だった。これが白き龍の仕業だと言うのか。理解すら出来ない頭の中で、アルサスは憤りを募らせていた。

「もうよいのじゃ! わらわは、このようなひどいものを見るために、ここへ来たのではない!!」

 突然、アイシャが悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。彼女の膝を濡らすのは涙だ。凄惨な映像を直視することに耐え切れなくなったアイシャは、小刻みに肩を震わせていた。十五の少女にとって、あまりにも耐え難い光景だったに違いない。

「大丈夫か、アイシャっ」

 心配そうに膝を折るアルサスに、アイシャはしがみついた。アイシャほどでないにしても、その場にいる者すべてが、映し出された恐ろしい光景にただ必死に震えをこらえていた。特に、シオンやルウなどは、眼を逸らしたいが、必死に勇気を振り絞っているかのようだった。

「アリス。アイシャさまの仰るとおりだ! 我々は世界の真実、そして奏世の力とそれに対抗する術を教えてもらうためにここまで来たのだ!」

 気丈なセシリアの声もどこか上擦っていた。

「これが、世界の真実です。『白き龍』とは、生き物でもなければ神威の存在でもない。人間がこの世界に生み出した最悪の兵器……。『白き龍』とは、我々の時代の呼称に過ぎず、本当の名前は『核兵器』といいます」

「核兵器……?」

 言葉を詰まらせるのはクロウ。

「センテ・レーバンの伝承では、白き龍が世界に平和をもたらすと言われ、あまつさえ、女神アストレアを地上に遣わせたのが白き龍だとする言い伝えもあります」

「いいえ。長い年月の間に、何処でどのように事実が曲げられて伝えられたのか、あるいはATUのひとたちにとってはそれもまた真実ですが、少なくとも、わたしたちは、白き龍は平和などもたすものでない事を知っています。なぜなら、白き龍とは、絶対にして最悪の殺戮兵器だからです。たった一発の爆弾で、何万人もの命が奪われる。当時、このヒロシマの街には三十三万人もの人が住んでいました。しかし、このたった一発の核兵器によって、その命が潰えたのです。それはとても恐ろしいことである反面、ある意味核兵器には、神がかり的な魅惑が備わっていました」

「神がかり? さっき、あなたは神威の存在ではないと言い切ったはずよ」

 フランチェスカが顔を曇らせる。

「確かに、人間が産んだ武器に過ぎませんが、一瞬で沢山の命を奪える兵器はこの世の何処にもない。人間が戦争を欲する限り、それはなくてはならない兵器となってしまったのです。奇しくも、ヒロシマの街はそれを実証して見せたのですから。それからの何十年もの間、人々はこぞって核兵器開発に乗り出しました。世界に白き龍が溢れかえったのです。時には、核兵器を廃絶しようと呼びかけるある国の王もいましたが、その魅力の前には打ち勝てず、科学の進歩とともに、どんどん白き龍は力を蓄えていきました」

 アリスはあいもかわらず、抑揚のない機械的な口調でそう言うと、凄惨な映像を切り替えた。次にドームの内壁に映し出されたのは、初老の男である。センテ・レーバン人に似た顔つきと白い肌。だが、輪郭はひょろりと細長く、少しばかり疲れたような顔をしていた。

「この人物は、ヒロシマ型原子爆弾の生みの親である博士の子孫です。世界は長い間小さな小競り合いばかりが続き、平和とも戦禍ともに付かぬ時代が過ぎながら、経済や資源などの問題が山積し続けた結果、西暦二○五○年代に第三次世界大戦の戦端が切り開かれようとしていました。しかし、彼は、先祖が科学の虜となって生み出した兵器を、世界中の人々が使って戦争すれば、この世界は間違いなく滅びてしまうと世界に呼びかけ、ITSのさきがけを築き上げたのです。世界中の人たちが、核兵器を捨てて、新しい力関係を生み出しながら、安定を模索するべきだ。その訴えは、すぐには人々に浸透しませんでしたが、彼が打ち出した明確なプランは少しずつ、大きな国、とくにヒロシマの悲劇を教訓とする国々によって指示されていきました」

 説明の終わりと同時に、パッと映像が切り替わる。それは、アルサスたちの見たことのない星空だった。夜空よりも沢山のきらめきが漆黒の空を埋め尽くし、その眼下には青く輝く球体がある。それが、アルサスたちの住む世界、惑星「地球」だと前置いたアリスは、

「人々は、この世界の外側、即ち、宇宙にその活路を求めました。世界にある白き龍をすべて一つの場所に集めてだれにも触れないようにするということです」

 と言った。映像に映し出された星の海の中、奇妙な輪が、一本の軸に貫かれたようにいくつも連結されたような物体が現れる。それら輪は個々に回転しながら、星の海を漂っていた。目を凝らしてよく見れば、輪に見えたそれは、無数の円筒が縦に連なったものであると言うことが分かる。その一つ一つが「核兵器」即ち「白き龍」であると、アリスは説明する。数えることは難しいが、それだけで何十万もの数である。

「核兵器廃絶の条約に調印が行われ、すべての国が保有する核兵器は、それを管理する条約批准国連合ITSの管理下に置かれ、十六個の暗号コードによって秘匿されることとなりました。このコードを言葉にして発言するためには『モノリス』と名づけられた、ある装置が必要でしたしかし、これにより、世界から核兵器が消えた……はずだったのですが、ITSの理念に世界のすべての人が理解を示していたわけではありませんでした」

 ちらりと、アリスの視線がアイシャたちダイムガルドの人間に向けられた。訝るセシリアは、少しばかり疑る声で、「どういうことだ?」と問い返した。

「戦争それ自体が経済と密接につながっていることは、言うまでもないでしょう。特に、化石燃料以外の資源に乏しく、大地もまったく肥沃でない中東アジアの国々は、こぞってITSに反旗を翻し、秘密裏に核兵器を製造し続けました。なぜなら、核兵器廃絶に賛同した国々は、それぞれに問題を抱えていたとしても、経済国ばかりです。やがて、そんな中東アジアの国々が結束し、反ITS連盟、即ちATUを結束し、ぶつかり合うことは目に見えていました。事実上それが、第三次世界大戦の発端となりました」

 新たな映像に映るのは、砂漠の真ん中から、いくつもの飛び立つ、核兵器である。それらがたなびく白い煙は、さながら本当に御伽噺の世界の「白き龍」そのものだった。それらは、至る文明都市に落着して、ヒロシマの街と同じか、それ以上の破壊を行う。眩い光とともに……。

 アーカイブにいる八人の中で、唯一ヨルンの悲劇を目撃したことのあるフランチェスカは、まさにヨルンで見た光景を、昨日のことのように思い出していた。

「世界は、ITSとATUの二つの国に別れ、核戦争がはじまりました。何百発、何千発という核兵器が、この地上に降り注ぎ、焼け野が原と変えていきました。たとえば、あなた方がウェスアと呼ぶ街のほとりにある、弧月湾は、核兵器が落着し、大地を抉りこんだ痕です。ちょうどその頃です、世界中の都市が再編され、あなた方も知る地名となったのは。ですが、戦争が始まって、数年足らずで、世界の人口はやく半数以上死滅しました」

「世界の終わり……」

 アリスの淡々とした無感情な言葉に、薄ら寒さを覚えたクロウが呟く。

「ライオット閣下がネルさんに呼ばせたのも、ヨルンの悲劇で舞い降りたのも、あの星の空に浮かぶ『白き龍』、いや、核兵器だったのか?」

「でもメッツェが言っていた、十六個のコード……。その暗号コードは『モノリス』と呼ばれるものがなければ、解除できないんじゃないのか? ネルは『モノリス』なんてもの持ってなかったし、それに、ヨルンに白き龍を呼んだのは誰なんだよ!?」

 クロウの言葉を受けて、アルサスが疑問をアリスへとぶつけた。確かに、ネルは「モノリス」なるものを所持しておらず、メッツェもそんなことはいっていなかった。十六個のコードさえ、知っていれば、誰にでも解除できる、と。

 しかも、そもそもヨルンの悲劇を生み出した、あの「白き龍」は一体なんだったのか。「白き龍」が人間の作り出した兵器だと言うのなら、自らの意志で地上に舞い降りて二百万人もの人を殺した、などということは説明が付かないことだ。

「『モノリス』とは、高高度無電遠隔装置のことです。もともと、あなた方がドラグノから預かったという金の鍵は、モノリスを起動させるための鍵です。六つ作られた鍵のうち、現存するのがこの一つというのは事実ですが、モノリスはすでにわたしたちの時代に紐解かれていました。そして、そのモノリスを手にしたのが、モノリスを経典と崇め奉る『ベスタ教』だった……といえばあなた方にも、容易に想像つくはずです。ヨルン平原と呼ばれる場所に、白き龍を呼び寄せたのは、あなた方がガモーフと呼ぶ国の王です」

「なんだって!? じゃあ、十年前の悲劇はガモーフ軍の仕業だったって言うのか!?」

「はい。ただ、彼らがどの程度、白き龍について理解していたのかは分かりません。少なくとも、見方に被害が出るほど強力な兵器であるとは、思っても見なかったのでしょう……」

 と、アリスが言うと、なぜかそれを合図にするようにフランチェスカがポンと両手を打った。

「それで合点がいったわ。アルサス、覚えてる? わたしがあなたたたちに同行する事を決めた理由」

「ああ、ギルド・リッターにネル殺害の依頼が舞い込んだ……そうか、その依頼主はガモーフ法王。何も知らずに、強力な神の力だと信じたガモーフ王が、ヨルンの悲劇を目の当たりにして」

「そう、ライオット・シモンズがその力を手に入れようとするのを阻止するためだったのよ」

「でも、アリス。それじゃ、どうしてネルがガモーフ神都から遠く離れた、センテ・レーバン王都から十六個のコードを口にしただけで、白き龍を蘇らせることが出来たんだ!? だって、モノリスはベスタ教とガモーフ神国が持っているんだろう?」

 アリスの方に視線を向けると、アルサスは尋ねる。アリスは、「それには、別の人物をお教えしなければなりません」と言って、新たな映像に切り替える。

 再び、人の姿が映し出されたが、それは先ほどのの初老の男ではない。一見して美人だと分かる若い女性。白い長裾の服と相まって、知性を漂わせた眉目に、どこか疲れの色さえも見えた。センテ・レーバン人だろうか、そんな推測を思い浮かべる、クロウ、セシリア、ジャック、シオン、アイシャを他所に、アルサスとルウ、それにフランチェスカは声をそろえて「あっ!」と声を上げた。

 三人は、その女性に見覚えがあった。あれは、エントのローアンに教えられて訪れた、「遺跡船」と呼ばれる鉄の鳥の内部にあった、光る石版に映し出された女の顔だった。

「マリア博士だ!」

 と、言ったのはルウだった。それには、さすがのアリスが驚く。

「マリア博士をご存知なのですか?」

「いや、まあ知っているというか……エントの森って場所にある遺跡、俺たちは『遺跡船』と呼んでる鉄の鳥の腹の中で見たんだ。その時は、神々の時代の記録か何かだろう、と思ってたんだが、遠からず近からずだったわけだ」

 アルサスが答えると、アリスは意味深に「鉄の鳥、ですか」と呟いた。口調は無機質な割りに、妙に人間じみたところがあるのは不思議である。まさに人間がそうするように、仕切りなおしの咳払いをひとつ払うと、映し出された映像を指し示して言った。

「彼女は、わたしの生みの親でもあり、『奏世計画』を提唱した人物でもあります。彼女の名前は……マリア・アストレア。あなた方が女神アストレア、と呼ぶ方です」

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