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奏世コンテイル  作者: 雪宮鉄馬
第一章
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1. 空から落ちてきた少年

はじめまして&こんにちは。


苦手分野であるファンタジー小説に再挑戦したいと思い、製作開始しました。

今作は、拙作ファンタジー「トーコと黒いこうもり傘」とは少し違い、架空の世界を舞台にした「剣と魔法のファンタジー」です。

いろいろと、試行錯誤しながらも、より良い物語を届けられるよう、がんばっていく所存ですので、最後までお付き合いいただけたら、幸いと存じます。よろしくお願いします。

 白き龍が目覚めるとき、この世界に、無限の安定と永遠の平和が約束され、世界から、憎しみも悲しみも、争いも飢えも、消えてなくなる……。それは、神とヒトが交わした、悠久の約束である。


 果てしない草原には、長く地平線まで延びる三本の街道が見える。南から伸びる街道は、砂漠の鋼鉄国家「ダイムガルド帝国」から続いている。北から伸びる街道は、八百諸侯を束ねる連合国家「センテ・レーバン王国」から続いている。そして東より伸びる街道は、ベスタ教の聖地を首都とする宗教国家「ガモーフ神国(しんこく)」から続いている。

 その三本の街道は、草原のちょうど中心で交じり合い交差点をなしている。その街道を一台の馬車が、センテ・レーバンへ向かって走り抜けていく。「ウォーラ」と呼ばれる、三頭立ての辻馬車である。

 辻馬車とは、人を町から町へと運ぶ、交通機関のことを指す。その証拠に「辻馬車ギルド(組合)」の黄色い三角の旗が、荷台の幌の上にはためいていた。

 しかし、この辻馬車を操るのは、何処から見てもカタギの人間には見えない御者(ぎょしゃ)。頬に傷、狼のような目つき、腰に帯びた曲刀。言わば、チンピラの類である。

 そんな男が操る、馬車の荷台に、乗客は一人。両手を、鎖の錠でつながれた、少女である。銀色の髪、輪郭の細い指先、透き通るような白い肌。誰もが、美しいと思えるような女の子の、可憐な青い瞳から、ほろりと涙が落ちる。

 そう、この馬車は辻馬車などではなく、「人買い」の馬車である。少女の名はネル。遠くガモーフ神国の、辺境の村から連れられてきた。人買いに攫われる、それは、もう二度と故郷へは帰れないということは、ネルにも分かっていた。だから、涙が零れ落ちるのだ。幌布の隙間から見える景色は、少しずつ北国のそれに変わってきている。もうじき、見知らぬ国にたどり着き、やがて自分は誰かに売られてしまうのだ。

 故郷に残した、父や母、妹は無事でいるだろうか。悲しみに暮れているのではないだろうか。自分は、これからどうなってしまうのか。涙は、とめどなくネルの白い頬を濡らしていく。

 ネルのかぶる箱型の帽子や、赤いワンピースの裾には、互い違いに重なった輪の文様が描かれている。故郷の村に伝わる、「カチュアの模様」である。カチュアとは、ガモーフの古い言葉で、「幸福あらんことを」という意味だ。しかし、自分の行く末に幸福はあるのだろうか。

 ネルは、幌馬車のすみで、顔を膝に埋めた。しかし、あふれ出す涙は止まらない。たった、十六年の人生だが、これほどまでに悲しい気持ちに囚われ、これほどまでに神さまに祈ったことはない。

『ああ、正義の女神アストレアさま。どうか、どうか、わたしを故郷に帰してください。帰りたい、お父さんと、お母さん、メルのいるお家に帰りたい……!』

 故郷を離れセンテ・レーバンへ至る、この数ヶ月。ガモーフ神国が、国教に定める「ベスタ教」の女神、アストレアに祈りを捧げても、その声は今日まで、届くことはなかった。やがて、国境を越えれば、そこはベスタ教の庇護なき王国。か弱い少女の運命は、もはや絶望の淵に打ち捨てられたも同じだった。

「なんだ、あれは!? 人が空から降ってくる?」

 馬車を操る御者の不穏な声が、幌越しに聞こえてきて、ネルは顔を上げた。その瞬間、はるか頭上から別の声が聞こえてくる。男の子の声? ネルは幌の天井を見上げた。幌には、ところどころ朽ちて、大小の穴が開いている。その隙間からネルの涙で潤んだ瞳に映ったのは、青空の彼方から落ちてくる、栗色の髪をした少年の姿だった。

「うわあぁっ!! いっえーいっ!!」

 悲鳴なのか、喜んでいるのか、よく分からない声で、少年の体は自由落下してくる。そして、ややもしないうちに、少年は幌馬車の幌に直撃した。激しい振動、幌の裂ける音とともに、少年はネルの目の前に落ちてきた。派手に尻餅をついて。

「痛ってえ。やっぱ、空から降りてくるんじゃなかったっ!!」

 涙目になりながら、少年は自らのお尻をさする。見たところ、ネルと大して歳の変わらない少年は、右手に抜き身の剣を携え、深緑色のインナーウェアと対照的な、白銀の胸当てを纏っている。

 ネルは、少年の真っ赤な瞳を吸い込まれるように見つめた。少年は、その視線に気づいたらしい。ニッとまるでいたずら小僧がいたずらに失敗したときのように、苦笑する。

「あ、あの。大丈夫ですか?」

 ネルは、少年に尋ねた。この人は一体なんなのか、何で空から降ってきたのか、何で抜き身剣を持っているのか……ネルの脳裏をいろいろな疑問符が飛び交うが、少年はそれに答えなかった。いや、正確には答えられなかった。

 馬車が急ブレーキをかけて、街道の真ん中で止まったのだ。そして、幌が刃物で引き裂かれて、曲刀を構えた御者の男が、荷台に入ってくる。

「な、何なんだてめえっ!?」

 御者は、ひどく汚らしい声で、乱暴に少年に問いかけた。

「正義の味方。って言ったら、納得するか、チンピラ野郎」

 皮肉のようにも聞こえる言葉を吐き出して、少年は立ち上がり、剣を両手で構える。美しい輝きを放つ、両刃の剣。その剣身には「魔法文字」と呼ばれる、今は誰も読むことが出来ない言葉が刻まれてた。

 しかし、御者はその美しい剣ではなく、少年の鎧のほうに目を奪われていた。

「その白銀の鎧……、まさか、お前『ギルド・リッター』の?」

 御者の顔が青くなる。すると、少年はなぜかカラカラと愉快そうに笑った。

「そうだよ……って言いたいところだけど、この鎧は、ノミの市で売られてたもの。俺は、『ギルド・リッター』の人間じゃない。良かったね、もしもリッターの遊撃警備隊なら、今頃あんたの首、すっ飛んでるところだよ」

「フンっ!! ビビって損したぜ。ギルドの人間でもないくせに、何のつもりだ? 答えによっちゃ、幌の修理代だけじゃ、済まされねえぜ」

 と言って、御者は荷台の天井を見遣った。そこには、少年が空から降りてきたときに出来た、大穴が開いている。

「心配すんな、幌の修理代なら、きちんと払ってやるよ。俺の要求はただひとつ。この子を解放しろ!」

 少年はちらりとネルの方に視線を送った。ネルは、視線を交わしながら、少年が自分を助けに来てくれたのだと知って、少しばかり驚いた。なぜなら、ネルは少年が何処の誰だか知らないのだ。

「人身売買は、国際法でも、ギルド協定でも禁止されていることくらい、あんたでも知ってるだろ? ここから、三クリーグ(※1)先に、ギルド・リッターの小隊がいる。もしも、俺がヤツらに通報したら、あんたはあっと言う間に捕らえられて、この子をセンテ・レーバンへは、連れて行けない。でも、この子を解放してくれるなら、あんたを警備隊に突き出したりしないって、約束しよう」

「正義の味方って、そういうことかよ。でも、残念だが、俺は『人買い』じゃねえ。センテ・レーバン親衛隊直々の依頼で、この娘を攫ったまで。つまり、俺のバックには、センテ・レーバンの親衛隊がいるってわけよ」

「センテ・レーバン親衛隊……」

「そうだ。『アローズの関所』へたどり着けは、親衛隊の護衛部隊と合流する。そうなれば、いくらギルド・リッターでも手出しは出来ねえだろ? それに、俺がお前みたいなガキに負けるはずがない」

 御者は余裕たっぷりに笑い、狭い荷台の上でぶんぶんと曲刀を振り回した。一方の少年は、硬く厳しい表情になる。

「交渉決裂ってことだな。じゃあ、死んでも文句はいわないよな、おっさん」

 言い終わるや否や、魔法文字の刻まれた美しい剣と、少年の赤い瞳が、わずかに光った。

 殺し合いが始まる! ネルは、少年の言葉に怯えて、思わず瞳を閉じた。次の瞬間、肉を打つような鈍い音と、誰かが床に倒れこむ音が、ネルの鼓膜をたたいた。それと同時に、静寂が荷台を包み込む。聞こえてくるのは、自分の心臓の音と、誰かの息遣い。

「ねえ、君。大丈夫?」

 ネルの肩を誰かが揺らす。ネルは恐る恐る瞳を開いた。目の前にはし、赤い瞳の少年。そして、大の字で昏倒した御者の姿があった。

「死ん、でるの?」

 怯えた瞳で、ネルは少年に尋ねた。すると、少年は先ほどの厳しい顔とは打って変わって、穏やかににっこりと微笑んで、頭を左右に振る。

「大丈夫。気を失っただけ。人殺しは趣味じゃないんだ」

 どうやったのかは分からない。でも、一瞬のうちに、少年は御者を伸したらしい。安堵がネルを包み込む。しかし、この少年は一体何者なのか。なぜ自分を助けてくれるのか。何が目的なのか。悪い人には見えないが、いい人だと信じるだけの情報が、ネルにはなく、再び不安が胸を埋め尽くす。

 しかし、少年はそんなネルの猜疑心など気にも留めず、鎖でつながれたネルの両手を取った。

「やっぱり炎の魔法、フランメの暗号で鍵がかけてある」

 少年が親指で、錠のふちをなぞると、光の文字が浮かび上がった。ネルには読めない、魔法文字だ。少年は「これなら何とかなるよ」と笑って、ズボンのポケットから小さな紙切れを取り出した。ちょうど、賭博に使われるトランプほどの大きさだろうか。それを、ネルの手錠にかざす。

「これは、水の魔法のカードだよ。俺みたいな魔力がない人間でも魔法が使える、夢のアイテム。青の精霊、その封印を解き放ち、水の盾となれ。ヴァッサー・バックラー!」

 少年が小声で呪文を唱えると、カードに描かれた幾何学模様の魔法円が輝き、手錠を閉じていた魔法とぶつかり合って、まばゆく発光した。そして、その光が収まると同時に、ネルの手から、ぽろりと手錠が落ちる。

「あの、あなたは一体……?」

 ネルは立ち上がり、空から落ちてきた少年に、その名を尋ねた。

「俺は、アルサス。君は?」

「わたしは、ネル」

「その服のカチュアの文様……。君は、ガモーフ神国の人?」

「はい。辺境のラクシャの村に住んでいました」

「そっか……じゃあ、俺がラクシャまで送るよ。とにかく、このチンピラが目を覚ます前に、ここを立ち去ろう」

 アルサスは、またにっこりと微笑んで、ネルの手を引いた。聞きたいことはたくさんあるのに、アルサスは何故か急いでいるようだった。その答えは、すぐにネルにも分かった。ちょうど、辻馬車を装った荷馬車の荷台から降りようとしたそのとき、平原の彼方に舞い上がる土煙が、二人の目に映る。方角からすると、ダイムガルド。ここから、一クリーグほどの距離だろうか。

「やっぱりな。トンキチのやつ。ギルド・リッターの奴らに見られてたんだ。だから高度を上げろっていったのに」

 アルサスが、土煙を睨みつけて言う。

「トンキチ?」

 聞きなれない言葉に、ネルは小首をかしげた。

「質問は後。今、ギルド・リッターの遊撃警備隊に捕まったら、厄介だ。トンキチと、東の『アトリアの森』で合流する手はずになってるから、そこまで走ろう」

 アルサスは、ネルのてを強引に引っ張って走り出す。ネルは、わけも分からぬまま、謎の少年に救われ、少年に手を引かれて、背後に迫り来る土煙から、逃げる他なかった。


※1 クリーグ……この世界での長さの単位。一クリーグは、一キロメートルとほぼ同じ。

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