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『出来損ないの四男は、魔法を仕組みに変える』 ―― 辺境伯家の四男による異世界魔導革命  作者: トトト
◆ 第一部 辺境の灯火 / 第三章 政敵と情報戦

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18/41

【幕間】隣領の策謀

フェルゼン城の朝は鐘ではなく鞭の音で始まる。

城壁の下に広がる練兵場では、まだ霧が地面を這っていた。

兵たちは2列に並び木剣を振る。

踏み込みが遅れた者の背へ教官の革鞭が飛んだ。


「血を惜しむな! 力なき者が生きられるのは、力ある者が守っているからだ!」


掛け声が湿った石壁に反響する。

ゲルハルト・フォン・フェルゼンは、塔の窓からそれを見下ろしていた。

50を越えた身体はなお大きい。

肩まで伸ばした灰色の髪。

左頬には若い頃の決闘で負った傷がある。

礼装の上からでも、剣を握るために鍛えられた腕の太さが分かった。

彼は教官の鞭を残酷だとは思わない。

弱さを放置する方が、よほど残酷だと信じている。

北の冬は祈りに答えない。

麦が実らなければ子が死ぬ。

魔物が柵を越えれば村が消える。

命令に迷う兵が1人いれば、その背後の10人が死ぬ。

だから強い者が決める。

優れた血が魔法を継ぎ、剣を執り、土地と民を率いる。

それがこの世界を保ってきた秩序だった。


「閣下」


背後で声がした。

振り向くと黒い上着を着た男が片膝をついていた。

グライフ商会の支配人、オスカー。

商人でありながら、値札より人の弱みを数えることを好む男だ。


「鷲鼻峠の件、ご報告を」


ゲルハルトは窓を離れた。

執務机には2枚の地図が広げられている。

1枚はフェルゼン領。

もう1枚は西隣、ファルケンハイト辺境伯領。

以前なら、後者の地図に印は少なかった。

痩せた村。

細い街道。

崩れかけた橋。

採算の合わない鉱床。

奪う価値さえ乏しい土地。

だが今は違う。

赤い印で記された工房。

麦の収量が増えた村。

新しく整えられた貯水池。

再開した街道。

そして、不自然なほど短期間に減った魔物被害。


変化の中心には、いつも同じ名があった。

ルクス・フォン・ファルケンハイト。

血統魔法を発現できない、辺境伯家の四男。


「盗賊団は崩されました」


オスカーが言った。


「頭目を含め、主だった者は捕縛。こちらから渡した荷の一部も押さえられた可能性があります。連絡役は処分しましたが、グライフの名まで辿られる恐れはございます」


「恐れ、ではない」


ゲルハルトは報告書を机へ置いた。


「辿られたと考えろ。敵を愚かだと思う者から死ぬ」


「は」


オスカーは頭を下げた。

交易路を盗賊に襲わせたのは、金貨のためではない。

道を細らせ、鉄を止め、塩を高くする。


工房は材料を失い、村は余剰を売れず、領主家の財庫は冬を越すだけで軽くなる。

そこへ融資を持ちかけ、返せなければ鉱山か通行権を取る。

剣を抜く前に、相手の膝を折る。

それが計画だった。

盗賊は悪党であればよかった。

餌と予定表を与えれば、街道を塞ぐ。

捕らえられても、隣領の領主まで口が届かないよう、命令は商会を2つ挟んだ。


整えた罠だった。

それを、8歳の子どもが崩した。

ゲルハルトは報告書をめくった。

偽の運行表。

複数の狼煙台。

囮の隊商。


盗賊が見ているものを逆に利用し、内部の漏洩元まで捕えた。

焔で焼き払ったのではない。

強い騎士が頭目を討ち取ったのでもない。

情報を分け、組み合わせ、人間を配置した。

そこが気に入らなかった。


「四男は、魔法を使わぬのだな」


「正確には、血統に依存しない道具を作っております。火を灯す盤。土を変える杭。工房では平民の若者にも工程を分け与えている、と」


「平民に魔法を?」


「魔法そのものではなく、魔法の働きを刻んだ道具だと申しております」


「言葉遊びだ」


ゲルハルトは吐き捨てた。

剣を平民に渡しても、すぐ騎士にはならない。

だが100人へ渡せば、騎士1人を囲める。

魔法も同じならどうなる。

尊い血に宿るからこそ、力には責任が伴う。

幼い頃から家名を背負い、統治を学び、命を差し出す覚悟を持つ者だけが扱う。

もし、誰でも同じ火を灯し、同じ土を耕し、同じ敵を倒せるなら。


民はやがて問うだろう。

なぜ、あの家が上に立つのか。

なぜ、自分たちは命令されるのか。


血の違いが力の違いでなくなれば、秩序を支える柱が1本、消える。


「危険なのは、杭ではない」


ゲルハルトは地図上の工房を指で押した。


「考え方だ。才のない者を集め、手順を与えれば、才ある者を越えられるという考え方。その毒は一度広がれば剣で切れぬ」


オスカーは商人らしく慎重に答えた。


「しかし、その毒は利益を生みます。育土杭が噂通りなら、我が領の南部でも収穫が増えるでしょう。製法を買い取るか、職人を引き抜く手も」


「買えるなら、すでに買っている」


「では、奪いますか」


その一言に、部屋の空気が静まった。

ゲルハルトはすぐに答えなかった。

ファルケンハイト家とは、国境を接する同格の辺境伯家だ。

理由なく兵を動かせば、王都が黙っていない。

まして、ヴォルフラムは古い戦で功を立てた武人である。


だが、理由は作れる。

街道の治安悪化。

魔法具の無許可流通。

領境を越えた盗賊の追跡。

家臣や村人への扇動。


ひとつでは弱い。

3つ重ねれば疑いになり、5つ重ねれば大義になる。


「奪う、ではない」


ゲルハルトは言った。


「正すのだ」


自分でも、その言葉に嘘はないと思っていた。

ファルケンハイトは弱っている。

長男には力があるが、短慮。

次男と三男は中央や軍へ出て、領内の足場が薄い。

当主は老い、四男は異端の知恵で平民を動かす。

放置すれば、いずれ内から裂ける。

ならば秩序を知る者が治めた方が、民のためでもある。

豊かになり始めた土地を手に入れられることは、結果にすぎない。


「オスカー。盗賊との繋がりは切れ」


「すでに」


「切ったように見せるのではない。知る者を消せ」


男の目が一瞬だけ揺れた。


「捕えられた者もおります」


「ならば家族を探せ。金で黙るなら金を。黙らぬなら、遠くへ送れ」


「承知いたしました」


「同時に、育土杭を買え」


「買うのですか」


「敵の道具を知らずに、敵を語るな。正規の値で3本。別の商人を使え。1本は畑へ、1本は鍛冶場へ、1本は魔術師へ渡す」


ゲルハルトは命じながら、別の紙を引き寄せた。

そこにはファルケンハイト家の系図があった。

ヴォルフラム。

長男ディーク。

そして四男ルクス。


「兄弟の仲は」


「良好とは申せません。長男は、四男の工房と平民登用を公然と嫌っております」


「ならば押せ」


「金を渡しますか」


「金を受け取る男ではない。誇りを与えろ。家の正統を守っているのは自分だと信じさせればよい」


人は欲だけで動かない。

自分が正しいと感じた時、最も深く踏み込む。

それをゲルハルトは知っていた。


「長男の耳へ商いの噂を入れろ。四男が家名を使って財を集めている。平民と商人を抱え、独自の力を築いている。そう聞けばあとは自ら動く」


「兄に弟を潰させる」


「潰れれば、それまでの器だ。耐えれば、家中の亀裂が見える」


どちらに転んでもよい。

盗賊の失敗で失ったのは、使い捨ての駒だけだ。

道を塞げないなら、家の内側へ石を置く。

それでも止まらなければ、次は兵を動かす。

ゲルハルトは窓際へ戻った。


霧は晴れ、練兵場の兵たちが見える。

教官が1人を列から引きずり出した。

足を痛めているらしい。

兵は歯を食いしばり、立とうとした。


「弱い者を守るために、強い者が支配する」


彼は誰に聞かせるでもなく呟いた。

かつて、彼にも弟がいた。

優しい男だった。

領民の訴えに1つずつ耳を傾け、罰より赦しを好んだ。

だが戦場で命令をためらい、部隊を半壊させ、自身も死んだ。

優しさは死者を救わない。

正しさには力が要る。

その記憶が、ゲルハルトの信念を石のように固めていた。


「四男は、自分が何を壊しているか分かっておらぬ」


「まだ8歳です」


「年齢で毒が薄まるか」


オスカーは答えなかった。

ゲルハルトは地図から指を離した。

工房の赤い印には、爪の跡が残っている。


「10日以内に、南の2個中隊を演習名目で領境へ寄せろ。兵糧は1月分。荷車は民間から借り上げる」


「挙兵の準備と受け取られます」


「だから演習だ。受け取らせたい者には、そう受け取らせろ」


「ファルケンハイトへ圧力を?」


「違う」


ゲルハルトは薄く笑った。


「選ばせるのだ。四男の道具を差し出し、古い秩序へ戻るか。それとも、血を流して異端を守るか」


遠くで、再び鞭が鳴った。

同じ頃、鷲鼻峠では交易路の再開を告げる狼煙が上がっていた。


細い煙は辺境の者たちにとって希望の印だった。

だが隣の城から見れば、それは別の意味を持つ。

獲物がまだ生きているという印。


そして急いで仕留めなければ、やがて牙を持つという警告だった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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