第5話 豊かなる森の探索と、初めての狩猟
第5話 豊かなる森の探索と、初めての狩猟
木漏れ日が斑模様を描く森の小道は、ふかふかとした腐葉土に覆われており、歩くたびに心地よい沈み込みを感じさせた。
洞窟の拠点から一歩足を踏み入れると、そこは海辺の開けた空間とは全く異なる、緑と生命の匂いがむせ返るような別世界だった。見上げるほどの巨木が立ち並び、その太い幹には青白い燐光を放つ苔がびっしりと群生している。地球の熱帯雨林のような湿気はなく、むしろ高原のように涼やかで澄んだ空気が肺を満たしていく。
「それにしても、見事な森だ……」
僕は立ち止まり、周囲をぐるりと見渡した。
葉の擦れる音、名も知らぬ小鳥たちのさえずり、そして遠くで聞こえる微かな水のせせらぎ。それらが幾重にも重なり合い、天然のオーケストラとなって鼓膜を優しく震わせる。
地球にいた頃、僕は常に人工的な音と、人々の感情がぶつかり合う不協和音の中にいた。親父の怒鳴り声、お袋のヒステリックな泣き声、親戚たちの終わりのない相続争いの愚痴、そして「長男なんだから」「仏壇はどうするんだ」という、古臭い因習がもたらす重圧の言葉たち。
それらが一切存在しないこの完全なる静寂は、僕にとって何よりの癒しだった。名前すら捨て去った今の僕には、守るべき家柄も、背負うべき墓も仏壇もない。ただ、目の前にある自然と向き合い、今日をどう生きるか、それだけを考えればいいのだ。
「さて、感傷に浸るのはこれくらいにして、今日の夕食の食材を探さないとな」
僕は気を取り直し、森の奥へと歩を進めた。
腰には『万能創造』で作り出した鋭利なサバイバルナイフを提げ、手には新しく魔法で編み込んだ強靭なツル製の採取カゴを持っている。
まずは、植物系の食材だ。昨日は湖畔でリンゴのような果実と香草を見つけたが、この広大な森にはもっと多種多様な植物が自生しているはずである。
歩きながら、僕は視界に入る植物に対して次々と『解析』のスキルを発動させていった。
(名称:シダ草の一種。食用不可。微量の麻痺毒あり)
(名称:青光苔。食用不可。夜間の光源として利用可能)
(名称:甘露キノコ。食用可能。加熱することで強い甘みが出る)
「おっ、キノコか。これはいいな」
大木の根元に群生している、傘がほんのりとピンク色がかった手のひらサイズのキノコを見つけ、僕は慎重にナイフで刈り取ってカゴに入れた。毒がないと分かっているだけで、野生のキノコを採る恐怖感が全くないのはチートスキルの大きな恩恵だ。
さらに森を探索していくと、少し開けた日当たりの良い斜面に出た。
そこには、地球のジャガイモの葉に似た植物が一面に群生していた。
すかさず『解析』をかける。
(名称:土魔芋。食用可能。デンプン質が豊富で、加熱するとホクホクとした食感になる。根の部分に微弱な魔力を蓄えている)
「ビンゴだ。やっぱり、主食になるような炭水化物は絶対に必要だからな」
僕は膝をつき、土を素手で掘り返し始めた。少し掘っただけで、ゴロゴロとした大人の握り拳ほどの大きさの芋が次々と姿を現す。皮は薄茶色で、地球のジャガイモとサツマイモの中間のような見た目をしている。
『万能創造』を使えば一瞬で収穫することも可能だが、こうして自分の手で土に触れ、作物を掘り出すという原始的な作業が、今の僕にはたまらなく楽しく感じられた。泥だらけになることも厭わず、夢中になって芋を掘り出し、あっという間に採取カゴの半分を土魔芋で埋め尽くした。
「よし、炭水化物と野菜は確保した。あとは……」
やはり、肉が欲しい。
昨日の魚も極上だったが、体が資本の開拓生活において、動物性タンパク質、それもガツンとくるような肉の脂は必要不可欠だ。
神様は「強力な魔物しか近寄れない結界」と言っていたが、それはつまり、結界の外には凶悪な魔物がいるが、結界の内側には無害、あるいは弱い野生動物が取り残されている可能性があるということだ。
僕は採取カゴを一度その場に置き、気配を消して森のさらに奥へと足を踏み入れた。
足音を立てないように慎重に歩みを進める。耳を澄ませ、風の匂いを嗅ぐ。
すると、前方数十メートルの茂みの向こうから、ガサガサという低い音が聞こえてきた。
身を屈め、木の幹に隠れながらそっと覗き込む。
そこには、体長一メートルほどの、丸々と太ったイノシシのような生物がいた。しかし、地球のイノシシとは決定的に違う点がある。背中には緑色の硬そうな苔のようなものが生えており、額からは鋭い一本の角が突き出しているのだ。
『解析』を発動する。
(名称:突角豚。危険度:低。食用可能。肉質は非常に柔らかく、脂身に強い旨味を持つ。気性が荒いため突進に注意)
「豚肉か……! 最高の獲物じゃないか」
口の中にじゅわりと唾液が広がるのを感じながら、僕は狩猟の準備を始めた。
相手はイノシシに近い生き物だ。不用意に近づけば、あの鋭い角で手痛い反撃を受けるだろう。
遠距離から一撃で仕留める必要がある。
僕は足元に落ちていた手頃な石を拾い上げ、『万能創造』を発動させた。石の形状を変化させ、空気抵抗を極限まで減らした流線型の弾丸――地球のライフル弾のような形へと変成させる。さらに、石の内部に魔力を圧縮して詰め込み、着弾と同時に炸裂するような構造を組み込んだ。即席の「魔法徹甲弾」の完成だ。
深呼吸をし、神経を研ぎ澄ます。
『全ステータス補正』の恩恵で、僕の動体視力と腕力は常人を遥かに超えている。
右手に魔法徹甲弾を握り込み、野球のピッチャーのように大きく振りかぶった。
狙うは、突角豚の頭部、眉間のど真ん中。
「……ふっ!」
短い呼気と共に、全力で石の弾丸を投擲した。
ヒュッ、という空気を切り裂く鋭い音。
次の瞬間、ドッ! という鈍い衝撃音と共に、突角豚が悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちた。僕の投げた石は、寸分の狂いもなく標的の眉間に命中し、内部の魔力が弾けて脳を一撃で破壊したのだ。苦痛を与えることもなく、完璧な一撃必殺だった。
「ふう、上手くいった」
僕は警戒を解き、倒れた突角豚の元へと歩み寄った。
近くで見ると、想像以上に丸々と太っており、肉の詰まり具合は最高だ。
さっそく解体作業に取り掛かる。地球にいた頃、動画サイトなどで猟師の解体作業を見たことはあったが、実際にやるのは初めてだ。しかし、僕には魔法がある。
『万能創造』の応用で、サバイバルナイフの刃先に微弱な振動魔力を付与し、超音波カッターのような状態にする。
皮を傷つけないように慎重に刃を入れると、まるでバターを切るようにスルスルと肉が裂けていく。内臓を傷つけないように取り出し、血抜きを完璧に行う。この血抜きの工程も、魔力で血液だけを抽出して排出することで、一瞬にして完璧な処理が完了した。
毛皮を綺麗に剥ぎ取り、肉を部位ごとに切り分けていく。ロース、バラ、モモ、ヒレ。どれも美しいピンク色をしており、赤身と脂身のバランスが芸術的だった。
「大豊作だな。これなら数日は肉祭りだ」
切り分けた大量の肉は、葉っぱで丁寧に包み、さらに魔力で一時的な保冷効果を付与して傷むのを防ぐ。
大荷物となった採取カゴと肉の塊を抱え、僕はホクホク顔で洞窟の拠点へと帰還した。
時刻は夕暮れ。空が茜色に染まり始めている。
拠点に戻った僕は、すぐさま調理に取り掛かった。
今日手に入れた極上の素材たち、そして、午前中に精製したあの純白の「特製天然塩」がある。これらを組み合わせれば、どんな絶品料理が生まれるのか、想像するだけで胸が高鳴る。
まずは、新設した石造りのコンロに火を入れ、厚みのある石板を熱する。フライパン代わりの石焼きプレートだ。
そこに、突角豚のバラ肉を厚めにスライスして乗せる。
ジュゥゥゥゥッ……!
という強烈な音と共に、肉から溢れ出した脂が石板の上で弾け、香ばしい匂いが爆発的に広がる。豚肉特有の甘い脂の香りが、食欲をダイレクトに刺激してくる。
表面がカリッと黄金色に焼けたところで裏返し、仕上げに精製したばかりの天然塩をパラリと振りかける。
さらに、隣のコンロでは土魔芋と甘露キノコのスープを作る。
『万能創造』で作った陶磁器の深鍋に湖の水を張り、細かく切った突角豚の端肉を入れて出汁をとる。そこに、乱切りにした土魔芋と、手で割いた甘露キノコを投入し、コトコトと煮込んでいく。味付けは塩のみだ。
「よし、完成だ」
手作りの白磁の皿に、こんがりと焼き上がった突角豚の塩焼きを盛り付ける。
マグカップには、熱々の土魔芋とキノコのスープ。
僕は洞窟の入り口近くに作った石のテーブルに腰掛け、手を合わせた。
「いただきます」
まずは、突角豚の塩焼きから。
熱々の肉切れを口に放り込む。
「……っ!! 旨い!!」
噛んだ瞬間、カリッとした表面を突き破って、中から信じられないほど甘くて濃厚な肉汁が溢れ出した。肉質は驚くほど柔らかく、筋張ったところは一切ない。そして何より、特製天然塩が肉の旨味を極限まで引き出している。塩の持つほのかな甘みと、肉の暴力的なまでの旨味が口の中で見事なハーモニーを奏でていた。
すかさず、スープを口に運ぶ。
ホクホクに煮えた土魔芋は、ジャガイモの甘みとサツマイモの滑らかさを併せ持っており、口の中でとろけていく。甘露キノコからは信じられないほど濃厚なキノコの出汁が出ており、それが豚肉のスープと絡み合って、五臓六腑に染み渡るような優しい味わいになっていた。
「最高だ……。高級レストランのフルコースだって、これには敵わないぞ」
誰の目も気にせず、僕は無心で肉を食らい、スープを飲み干した。
食事中の会話もない。テレビの音もない。ただ、波の音をBGMに、自分で狩り、自分で育てた火で調理した命をいただく。
これほどまでに豊かで、贅沢な時間があっただろうか。
親戚の集まりで食べさせられた、冷めきった高級仕出し弁当の味など、もはや思い出すことすらできない。
腹がはち切れんばかりに満たされた後、僕は食後の余韻に浸りながら、夜の海を眺めた。
空には、地球では見たこともないほど巨大で、青白く輝く月が浮かんでいた。無数の星々がこぼれ落ちそうなほどに瞬いている。
「……そうだ、風呂を作ろう」
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
美味しいご飯を食べた後は、やはり温かい風呂に浸かって一日の疲れを癒やしたい。日本人の魂、いや、地球人の魂とも言えるだろう。
僕は立ち上がり、洞窟の奥にある少し窪んだスペースへと向かった。
『万能創造』の出番だ。
床の岩盤を四角く深くくり抜き、大人二人が足を伸ばして入れるサイズの浴槽を形作る。表面は、汚れがつきにくく肌触りの良い滑らかな大理石風に加工する。
さらに、湖から直接水を引いてくるための地下水脈を魔法で形成し、浴槽の底には、常に一定の温度(四十二度)を保つための『魔力温熱回路』を刻み込んだ。
バルブを捻ると(これも魔法で作った石造りの蛇口だ)、勢いよく澄み切ったお湯が浴槽を満たしていく。
湯気が立ち上り、洞窟内にしっとりとした暖かさが広がる。
服を脱ぎ捨て、僕は完成したばかりの特製露天(洞窟内だが)風呂へと足を踏み入れた。
「……っあぁぁぁぁ〜〜〜」
思わず、だらしない声が漏れてしまう。
適温に熱されたお湯が、肉体の隅々まで染み渡っていく。
『魔力無限』のおかげで肉体的な疲労はなかったが、精神的なリラックス効果は絶大だった。首までお湯に浸かり、目を閉じる。
今日一日で、住居、水、塩、食器、そして狩猟と風呂まで手に入れた。
地球の知識とチート魔法の組み合わせは、まさに無敵だ。
「明日は、何をしようかな」
湯船の中で手足を伸ばしながら、僕はこれからの計画に思いを馳せる。
調味料をもっと増やしたい。砂糖の代わりになる植物や、香辛料を探すのもいい。
拠点の周辺を整備して、畑を作るのも面白そうだ。
服や靴など、身の回りの布製品も作らなければならない。
やりたいことは、山のようにある。焦る必要はどこにもない。ここは僕だけの世界なのだから。
僕は深く息を吐き出し、異世界での完全な自由を、全身で噛み締めていた。
【ステータス】
名前:なし
年齢:18(肉体年齢)
職業:開拓者
レベル:6
HP:210/210
MP:∞/∞
スキル:
・万能創造Lv.5
・魔力無限
・空間転移Lv.1
・全ステータス補正(大)
・地球の知識
・解析Lv.3
【所持拠点】無名の洞窟(本拠点・生活インフラ、風呂完備)
【所有物】魔光石のランタン、極上ボタニカルベッド、高級白磁食器一式、特製天然塩、土魔芋、甘露キノコ、突角豚の肉
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