第22話 氷獄の薄造りと、極熱と極寒の究極温浴
第22話 氷獄の薄造りと、極熱と極寒の究極温浴
西の空が燃えるような茜色から、深い深い群青色へとその姿を変え、無数の星々が夜空に瞬き始めた頃。
無名の浜辺に創り上げた僕の拠点、その広大なウッドデッキテラスは、心地よい夜の海風と、静かに打ち寄せる波の音に包まれていた。
テラスの巨大なテーブルの上には、先ほどの極寒の地下迷宮での死闘を忘れさせるような、美しく、そして荘厳な光景が広がっていた。
「……完璧だ。これぞ究極の芸術品だな」
僕が丹精を込めて魔法で焼き上げた、直径五十センチはあろうかという巨大な青磁の平皿。その上に、花びらを一枚一枚重ねるようにして美しく並べられているのは、昼間に仕留めた特A+ランクの魔獣『氷獄の白蛇』の薄造りだ。
魔鋼のサバイバルナイフに風の魔力を極限まで薄く纏わせ、透き通るような白身肉を、皿の青い模様が完全に透けて見えるほどの薄さに切り分けた。地球におけるフグ刺し(てっさ)の技法を、僕のチートスキルと強化された肉体能力で完全に再現、いや、それ以上の精度で成し遂げたのだ。
氷獄の白蛇の肉は、切り分けられた後も微かに青白い冷気を帯びており、星明かりを反射してまるで本物の氷の結晶のようにキラキラと輝いている。
猛毒を持つ魔獣だったが、『万能創造』の力で毒腺や毒素を含む部位は完全に分子レベルで分離・消去してあるため、安全面は絶対的に保証されている。
その隣には、白蛇の分厚い皮を熱湯でサッと湯引きし、氷水で急激に締めて細切りにした『湯引き皮』の小鉢。さらに、畑で育てた柑橘系の果実をたっぷりと絞り、錬成醤油と合わせた特製のポン酢。そして、大根に似た白い根菜と、唐辛子に似た赤い香辛料を魔法ですりおろして混ぜ合わせた『紅葉おろし』も用意した。
もちろん、主役である薄造りを迎え撃つための「最高の相棒」も忘れてはいない。
地下ワインセラーで熟成させていた、水魔稲から造り上げた『純米大吟醸』だ。切子細工を施したガラスの徳利と、美しいお猪口に、キンキンに冷やした美酒がたっぷりと注がれている。
(主よ……なんだこの美しく並べられた透明な肉は。肉というより、まるで氷の彫刻ではないか)
(冷気を帯びているのがわかる。あの恐ろしい白蛇の肉を、ここまで薄く切るとは……主の刃捌きは恐ろしいな)
クロとアカが、所定の巨大クッションの上から身を乗り出し、喉をゴクリと鳴らしながら薄造りの大輪の花を見つめている。彼ら特Aランクの魔獣にとっても、同じ特A+クラスの強力な魔獣の肉を食べる機会など、そうそうあるものではないのだろう。
「これは『薄造り』といって、こうやって薄く切ることで、肉の極限の弾力と旨味を一番美味しく味わえる切り方なんだ。さあ、夜の宴の始まりだ。いただきます!」
僕は黒檀を削り出して作った箸を持ち、薄造りを三、四枚まとめて贅沢にすくい上げた。
特製ポン酢に軽くくぐらせ、紅葉おろしを少しだけ乗せて、そのまま口の中へと運ぶ。
「…………っっっっ!!!!」
脳髄に、稲妻のような衝撃が走った。
噛み締めた瞬間、コリッ!という、これまでのどんな魚や肉でも味わったことのない、凄まじいまでの弾力が歯を押し返してきた。
そして、その強靭な身を噛み切った途端、白蛇の肉が蓄えていた極寒の冷気が口の中でスッと溶け出し、圧倒的で、それでいてどこまでも上品な、純度百パーセントの旨味へと変化して爆発したのだ。
ポン酢の爽やかな酸味と、紅葉おろしのピリッとした辛味が、その暴力的なまでの旨味の輪郭をくっきりと際立たせている。生臭さなど微塵も存在しない。ただひたすらに、冷たく、甘く、そして美味い。
「……酒だ」
僕は震える手でお猪口を持ち上げ、冷えた純米大吟醸を口に含んだ。
白蛇の強烈な旨味が残る口内を、フルーティーで華やかな日本酒の香りが優しく包み込み、そして完璧な調和を奏でながら胃の奥へと落ちていく。
冷たい肉と、冷たい酒。それが胃袋に落ちた瞬間、身体の中心からカッと熱い幸福感が沸き上がってくる。
「美味すぎる……。これは地球のどんな高級料亭に何百万払っても、絶対に食えない味だ……」
(我も! 我も食うぞ!!)
(主よ、我の分を早くポン酢とやらに漬けて口に放り込んでくれ!)
僕のあまりの感動ぶりに、クロとアカが耐えきれずに念話を飛ばしてきた。
僕は二匹の巨大な口に向けて、薄造りを十枚ほどまとめてポン酢に絡め、放り込んでやった。
(な、なんだこの噛みごたえは!! ゴムのように跳ね返してくるが、噛めば噛むほど信じられない甘い汁が溢れてくるぞ!!)
クロが目を剥き出しにして咀嚼を繰り返す。
(うおおおっ!! 飲み込むのがもったいない! この酸っぱい汁(ポン酢)が、肉の味を何倍にも引き上げておる! 究極だ、これは究極の美味だ主よ!)
アカも羽をバサバサと羽ばたかせながら、喜びの舞を踊っている。
湯引きした皮も、ゼラチン質のプリプリとした食感がたまらなく、これもまた酒の消費速度を恐ろしい勢いで加速させた。
満天の星空の下、波の音をBGMに、僕たちは氷獄の白蛇という伝説級の魔獣の肉を、一晩で綺麗さっぱり平らげてしまった。
酔いと満腹感、そして極上の多幸感に包まれながら、僕はテラスの椅子で静かに目を閉じた。
地球にいた頃、誰かと酒を飲むという行為は、常に気遣いとストレスの連続だった。上司のグラスが空いていないか確認し、親戚の自慢話や愚痴に愛想笑いで相槌を打ち、自分の本当の感情などすべて押し殺さなければならなかった。
しかし、今はどうだ。
本当に心から美味いと思えるものを、腹を割って(念話だが)語り合える家族と共に、誰に気兼ねすることなく貪り食う。これこそが、僕が魂の底から求めていた真のスローライフの姿だった。
心地よい酔いの中で、僕はそのままクロのモフモフとした腹に寄りかかり、深い眠りへと落ちていった。
◇
翌朝。
海鳥の鳴き声と、波の音で目を覚ました。
リビングのベッドに移動するのも面倒で、結局テラスでクロとアカと一緒に雑魚寝をしてしまったが、究極の複合素材で創ったルームウェアの『温度調節』機能と、魔力無限による疲労回復効果のおかげで、身体の痛みも二日酔いも全くない。
「ふわぁ……よく寝た。おはよう、お前たち」
(むにゃ……主よ、もう朝か……。昨日の透明な肉の夢を見ておったというのに……)
(うむ……我もだ。あの噛みごたえ、忘れられん……)
寝ぼけ眼の二匹の頭を撫でてやりながら、僕はテラスから立ち上がり、キッチンへと向かった。
朝食は、昨日残しておいた白蛇の『巨大な中骨』を使ったメニューだ。
鍋に魔導水道の純水を張り、白蛇の中骨を放り込んで火魔石のコンロでじっくりと煮出す。すると、白蛇の骨から濃厚なコラーゲンと極上の旨味エキスが溶け出し、スープがあっという間に白濁したトロトロの状態に変わった。
そこに特製天然塩と錬成醤油で薄く味をつけ、水魔稲の白米を投入する。ご飯がスープをたっぷりと吸い込んだところで、溶き卵を回し入れ、香草を散らして火を止める。
白蛇の濃厚コラーゲン雑炊の完成だ。
熱々の雑炊をすすると、骨の髄まで染み渡るような優しくも強烈な旨味が、寝起きの胃袋を心地よく温めてくれた。クロとアカも、火傷しそうになりながらハフハフと巨大なボウルの雑炊を平らげた。
食後のコーヒーを淹れながら、僕はふと、昨日手に入れたもう一つの『特大の戦利品』のことを思い出していた。
「そういえば、あの『絶対零度の核』……アイスクリームメーカーの冷源として使ったけど、まだまだ有り余るほどの冷気と魔力を放っていたな」
あの最強の氷魔石の使い道。
食材の冷凍保存庫を作るのもいいし、夏の空調を作るのもいい。
しかし、僕の『地球の知識』が、もっと究極の、もっと堕落したリラクゼーションのアイデアを強烈にプッシュしてきていた。
「……風呂だ。いや、『温浴施設』のさらなる拡張だ」
現在、拠点の奥には、洞窟を拡張して創り上げた、十人は余裕で入れる巨大な岩風呂がある。常に四十二度に保たれた魔力温熱回路のおかげで、いつでも極上の風呂に入れる状態だ。
しかし、現代日本において、真の風呂好きが求める究極の癒やしとは、単なる「お湯に浸かること」ではない。
極限まで身体を熱し、限界まで冷やし、そして外気浴で意識を飛ばす。
そう、『サウナ』と『水風呂』による『ととのう(Totono)』という名のトランス状態である。
前世の僕は、ストレスに押しつぶされそうになった時、たまの休日にカプセルホテルのサウナへ逃げ込み、熱と冷水の暴力によって強制的に脳のスイッチを切ることで、なんとか自我を保っていた。
この世界にはストレスなど皆無だが、あの『ととのう』という極上の快感だけは、どうしてもこの異世界で再現したかった。
しかも、中途半端な設備ではない。僕には『万能創造』があり、火魔石があり、そして何より『絶対零度の核』があるのだ。地球のどんな高級スパリゾートにも絶対に真似できない、魔法と大自然が融合した究極のサウナ施設を創ることができる。
「よし! 今日の午前中は、大浴場の超拡張工事、『異世界最強のサウナ&極寒水風呂リゾート』の建設だ!」
僕が拳を握りしめて宣言すると、クロとアカが不思議そうな顔をした。
(さうな……? なんだそれは。また新しい料理の名前か?)
「いや、料理じゃない。お前たちも体験すれば絶対に病みつきになる、究極の『癒やし』の儀式だよ」
僕はすぐさま大浴場のエリアへと向かった。
まずは、サウナ室の建設だ。
大浴場の岩壁の一部に手を当て、『空間拡張』を発動させる。岩盤が豆腐のようにくり抜かれ、広さ二十畳ほどの新たな空間が生まれた。
僕はそこに、以前森の奥で採取しておいた、ヒノキに似た強烈なリラックス効果のある芳香を放つ『癒しの香木』を大量に空間転移で呼び寄せた。
「製材、防腐処理、及び組み上げ!」
香木が魔法の力で美しい板材へと加工され、壁、天井、そして三段の階段状になったベンチへと瞬く間に組み上がっていく。木の温もりと、むせ返るような素晴らしい香りが空間を満たした。
サウナの心臓部となる『ストーブ』には、大量の耐熱石を積み上げ、その中心に高純度の『火魔石』を複数個配置した。魔力を流せば、石が真っ赤になるほどの超高温を半永久的に維持できる。地球のような電気代や薪の心配は一切無用だ。
さらに、ストーブの上には、香草を煮出したアロマウォーターを自動で滴下させる魔導パイプを設置した。これで、常に極上の蒸気が発生し、室内を適度な湿度と超高温の熱波で包み込むことができる。
温度設定は、地球のハードコアなサウナーも納得の『百十度』に調整した。
「よし、サウナ室は完璧だ。次は……一番重要な『水風呂』だな」
サウナ室を出たすぐ横のスペースに、僕は巨大な岩をくり抜いて、深さ一・五メートルほどの立ち湯サイズに近い浴槽を創り出した。
そして、その浴槽の底の魔力回路に、氷獄の白蛇から手に入れた『絶対零度の核』の欠片を組み込んだ。
魔導水道から純水を注ぎ込み、冷却回路をオンにする。
ピキキキキッ……!!
という音と共に、浴槽の水が急激に温度を下げていく。
地球の水風呂はだいたい十六度から十八度だが、僕は魔法の精密なコントロールにより、この水風呂の温度を『シングル』と呼ばれる、サウナー狂喜の『九度』に設定した。
水面からは白い冷気がモヤモヤと立ち昇り、手を浸すと、骨の髄まで凍りつくような刺すような冷たさが襲ってくる。絶対零度の核の力により、この水温はどれだけ人が入ろうと一ミリたりともブレることはない。
「サウナ、水風呂。そして最後は『外気浴』だ!」
僕は大浴場の海側に面した岩壁を、ドカンと丸ごとぶち抜いた。
視界が一気に開け、エメラルドグリーンの海と、青い空、そしてどこまでも続く水平線がパノラマとなって飛び込んでくる。
くり抜いたテラス部分に、究極の複合素材と木材で作った、無重力状態を味わえる最高級のインフィニティ・チェアを三脚並べた。
「完成だ……。名付けて、天空と深淵の魔導スパ・リゾート!」
僕は早速服を脱ぎ捨て、全裸になった。
クロとアカは、突然全裸になった僕を見て首を傾げている。
(主よ、どうして服を脱ぐのだ? これから何を始めるつもりだ?)
「お前たちも来い! これから、究極の世界へ連れて行ってやる!」
僕はクロとアカを無理やり大浴場へと招き入れ、まずは身体の汚れをシャワーでしっかりと落とさせた(アカは羽が濡れるのを少し嫌がったが、僕の魔法でサッと乾かせることを知ると大人しくなった)。
「よし、まずはあの木の部屋に入るぞ」
重厚な木の扉を開け、僕たちは百十度に熱されたサウナ室へと足を踏み入れた。
「……ッッ!!」
入った瞬間、壁のように分厚い熱の塊が、全身を容赦なく叩きつけた。
癒しの香木の素晴らしい香りが、熱気と共に肺の奥底まで流れ込んでくる。
(な、なんだこの暑さは!? 身体の水分がすべて蒸発してしまいそうだぞ!)
(熱い! 熱いぞ主よ! これは拷問か何かか!?)
クロとアカがパニックになりかけるが、僕は二匹を最上段のベンチに座らせ、自分もあぐらをかいて座った。
「動くな! ここでじっと耐えるんだ。この熱が、後で最高の快感に変わる魔法の儀式なんだよ!」
僕がそう言うと、二匹は渋々といった様子で舌を出してハアハアと息を吐きながら熱に耐え始めた。特Aランクの彼らの肉体なら、百十度の熱など火傷には至らない。
五分が経過した。
僕の全身の毛穴から、滝のような汗が吹き出している。前世のストレスや、体内に溜まっていたあらゆる老廃物が、この尋常ではない汗と共にすべて外へ押し流されていくような感覚。心臓の鼓動が早くなり、血流が全身を猛烈な勢いで巡っているのがわかる。
さらに僕は、ストーブの上に設置した魔導パイプのバルブを開いた。
ジャァァァァァッ……!!
柑橘系の香草を煮出したアロマウォーターが、真っ赤に焼けた火魔石のストーブに降り注ぐ。
直後、強烈な蒸気の爆発が起こり、サウナ室内の体感温度が一気に跳ね上がった。
「あぁぁぁ……これだ、これこそがサウナだ……!」
焼けるような熱波が背中を打ち据える。クロとアカも「クゥゥゥ……」と唸り声を上げながら、極限の熱に耐えている。
十分経過。
限界だ。
「よし! 出るぞ!!」
僕の号令とともに、三人はサウナ室を飛び出した。
掛け水をして汗をサッと流し、僕は目の前にある、絶対零度の核で冷やされた『九度の水風呂』へと、一気に飛び込んだ。
「…………ッッッァァァァアアアアッ!!!!」
声にならない絶叫が脳内で爆発した。
百十度の極限状態から、九度の極寒への急転直下。
全身の毛穴が瞬時に引き締まり、皮膚の表面が悲鳴を上げる。しかし、数秒耐えると、皮膚と冷水の間に、自分自身の体温で温められた薄い膜『温度の羽衣』が形成されるのがわかった。
刺すような冷たさが、徐々に心地よい冷涼感へと変わり、心臓の鼓動がドクン、ドクンと全身の血管に冷えた血液を送り出していく。
(主よ! なんだこの氷のような水は! 死ぬ! 凍え死ぬぞ!)
(熱いと思ったら次は氷河か! 主よ、お前は我らを殺す気か!?)
サウナ室から飛び出してきたクロとアカも、僕に倣って水風呂に飛び込み、あまりの温度差に目を白黒させている。
「一分だけ耐えろ! 動くと羽衣が壊れるからじっとしろ!」
僕たちは極寒の水風呂の中で、彫像のように一分間、じっと冷気に耐えた。
「よし! 上がるぞ! 外へ行け!」
水風呂から這い上がり、フラフラする足取りで、ぶち抜いた岩壁の外、海風が吹き込む外気浴テラスへと向かう。
用意しておいたインフィニティ・チェアに、深く、深く身体を沈め、目を閉じる。
――その瞬間、世界が反転した。
ドクン、ドクン、ドクン。
極限まで収縮していた血管が、外気浴によって一気に解放され、全身に大量の酸素と血液が駆け巡り始める。
視界の端がフワフワと白く霞み、身体の重力が完全に消失したかのような、圧倒的な浮遊感が僕を包み込んだ。
海から吹いてくる潮風が、火照った皮膚を優しく撫でていく。
波の音、鳥の声、風の匂い。
すべての感覚が極限まで研ぎ澄まされ、世界と自分が完全に一体化していくような、究極のトランス状態。
これが、魔法でもスキルでもない、人間の肉体が持つ究極のリラクゼーション機能。
「…………ととのったぁぁ…………」
僕は恍惚の表情を浮かべ、完全に意識の彼方へと旅立った。
隣のチェアを見ると、クロとアカも完全に脱力し、舌をだらしなく垂らし、目を半開きにしてアヘ顔のような表情を浮かべていた。
(あぁぁぁ……なんだこの、身体が空に溶けていくような感覚は……)
(熱いのも冷たいのも苦痛であったはずなのに……今は、すべてがどうでもよくなるほどの快感だ……。翼が、翼が生えたままで天に昇っていくようだ……)
特Aランクの恐るべき魔獣たちが、サウナと水風呂の温度差が生み出す『ととのい』の魔力に、完全に屈服した瞬間だった。
そのまま二十分ほど外気浴を楽しみ、再びサウナ、水風呂、外気浴のルーティンを三セット繰り返した。
三セット目が終わる頃には、僕たちの身体も心も、生まれたての赤ん坊のように純真無垢で、塵一つないほどに澄み切っていた。
魔法による肉体の疲労回復とは違う、脳の芯、魂の奥底からの深い癒やし。
過去の記憶など、もはや一片の影すら残っていない。今の僕は、ただこの圧倒的な幸福感の中を漂うだけの存在だ。
◇
サウナで極限まで汗をかき、心身をととのえた後。
人間の身体が最も強烈に求めるものがある。それは、塩分とカロリーの暴力、いわゆる『サ飯(サウナ飯)』である。
僕はバスタオル一枚の姿のままキッチンに立ち、この極限状態の身体を満たすための、最強のスタミナ料理の調理を開始した。
「よし、今日は『突角豚の特厚・極旨スパイシーガーリック豚丼』だ!」
フライパンを火魔石でガンガンに熱し、突角豚の脂身からラードを抽出する。
そこに、分厚くスライスした突角豚のバラ肉を大量に投入。
ジュワァァァァッ!! という爆音と共に、肉が焼ける暴力的な匂いが立ち昇る。
さらに、森で採取してきた強烈な匂いを持つガーリック系の香草を、これでもかというほど大量にみじん切りにして放り込み、昨日地底湖で見つけた赤い香辛料(唐辛子に似たもの)をたっぷりと振りかける。
肉の表面がカリカリに焼け、香草とスパイスの香りが爆発したところで、錬成醤油、上白糖、黄金の蜂蜜、そして酒(純米大吟醸の残り)を合わせた特製の甘辛ダレを一気に回しかけた。
ジュワリィィィッ!!
タレが焦げ付き、カラメル状になって肉に完璧に絡みつく。この匂いだけで、ご飯が三杯は食えそうだ。
巨大な木製の丼に、羽釜で炊きたての水魔稲の白米を山のように盛り付ける。
その白米の山を覆い尽くすように、テカテカに輝く極厚のガーリック豚肉を敷き詰め、余った甘辛いタレを上からたっぷりと回しかける。
仕上げに、中央に窪みを作り、そこに巨大な鳥の卵の黄身だけをポトリと乗せた。
異世界最強のサ飯、極厚スパイシーガーリック豚丼の完成だ。
(主よ!! 早く!! 早くそれを我の口の中に!!)
(サウナで死にかけた甲斐があった! この匂い、腹の虫が暴動を起こしておる!!)
ととのって生まれ変わったクロとアカが、テーブルをバンバンと叩いて(クロは前足で、アカは翼で)催促してくる。
「さあ、食え! これがサウナの後の究極の儀式だ!」
僕たちは無言で丼に喰らいついた。
箸で分厚い豚肉と白米を同時にすくい上げ、大きく口を開けて掻き込む。
「…………ッッッ!!!!」
ガツン!! と、ガーリックとスパイスの強烈なパンチが脳を揺らした。
サウナで塩分を欲していた身体の全細胞が、甘辛く焦げた濃厚なタレと豚の脂を、スポンジのように猛烈な勢いで吸収していく。
カリッと焼けた豚バラ肉を噛み締めると、中からジュワッと甘い肉汁が溢れ出し、それが水魔稲のモチモチとした白米と口の中で完璧な一体感を生み出す。
途中で、中央に乗せた黄身を箸で崩す。
トローリと溢れ出した濃厚な黄身が、スパイシーな豚肉とタレを優しくコーティングし、味を一段とマイルドかつ暴力的に進化させた。
「美味すぎる……。悪魔の食い物だ、これは」
僕は狂ったように箸を動かし、山のような豚丼を胃袋へと流し込んでいった。
途中で、絶対零度の核でキンキンに冷やした地底湖の純水をコップで呷る。
クゥゥゥッ! と冷たい水が食道を通り抜ける快感が、サウナ後の火照った身体に最高のエクスタシーをもたらす。
(美味い!! なんだこの味が濃くて脂ギッシュな食い物は!! サウナの後の肉は、いつもの十倍美味く感じるぞ!!)
(うむ!! 腹の底から力が湧いてくる!! 我の炎の魔力が、さらに高まるのを感じるぞ!!)
二匹の相棒も、丼に顔を突っ込んで一心不乱に肉と米を貪っている。
サウナで極限まで浄化された身体を、最強のスタミナ飯で満たす。
食後、僕たちは再びテラスのインフィニティ・チェアに寝転がり、波の音を聞きながら、腹を撫でて幸せなため息をついた。
農地と家畜の管理は、ゴレとレムが完璧にこなしてくれている。
インフラは、魔導水道から地下ワインセラー、そして究極のサウナ施設まで、地球の現代科学すら凌駕するレベルで完成した。
食の豊かさも、米、海鮮、肉、酒、そしてスイーツに至るまで、一切の隙がない。
「……もう、思い残すことは何もないな。いや、まだだ。この世界には、僕がまだ知らない美味いものや、面白い魔物がたくさんいるはずだ」
満天の星空を見上げながら、僕はゆっくりと呟いた。
名前も、家族の記憶も、地球のしがらみも。すべてを捨ててゼロから始めたこの異世界スローライフは、僕自身の飽くなき探求心と創造力によって、とどまることなく豊かさを増していく。
明日からは、この最高のサウナを日課にしつつ、また新しい料理の開発や、未踏のエリアへの探索に出かけてみよう。
何にも縛られない、僕だけの永遠の夏休みは、究極の温浴施設という最強のピースをはめ込み、さらに光り輝く未来へと続いていくのだった。
【ステータス】
名前:なし
年齢:18(肉体年齢)
職業:開拓者
レベル:69
HP:1550/1550
MP:∞/∞
スキル:
・万能創造Lv.20
・魔力無限
・空間転移Lv.7
・全ステータス補正(大)
・地球の知識
・解析Lv.17
・空間拡張Lv.8
・重力操作Lv.5
・従魔契約(Lv.9)
・水流操作Lv.7
【所持拠点】無名の洞窟(各種インフラ・石窯・魔導冷凍設備・『天空と深淵の魔導スパ・リゾート(サウナ&極寒水風呂)』完備)、開拓農地、牧畜エリア、地下迷宮
【従魔】
・クロ(雷影狼・特Aランク)
・アカ(焔翼の獅子鷲・特Aランク)
・甘乳牛(4頭)
・柔毛羊(6頭)
【従者】
・ゴレ、レム
【所有物】究極の複合素材ウェア、絶対零度の核、各種極上食材・魔道具多数
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