大河のごとく
週末、港へ出かけた。かつて相思相愛だった人が、人魚のように自ら飛び込み、死後の居場所にと選んだ瀬戸内海が、目の前に広がっている。遥か彼方まで広がる太平洋とは比べものにならないくらい、狭い海だ。宇宙人には見えづらい地球の一部である。龍宮らしき優雅な城は、ちゃんと存在するのだろうか。彼女はそこにすんなり馴染めているのだろうかと、老婆心ながら案じた。
人魚になった彼女は、率直に言って、生前はさほど名の知れない小説家だった。運良く処女作で芥川賞を獲得したものの、次から次へとバッド・エンドな私小説のオンパレードを発表していた。いずれの作品も、主人公を含め登場人物は皆、代わり映えしない人物像に仕上がっていた。おそらく、リアリティを追求し過ぎたのだろう。彼女自身、激甚災害のような人生を強いられてきた。子どもへの愛情の傾け方や距離感が分からず、娘を動物同然に扱ってきた親御さん。八方塞がりになって自分を見失い、万引きという犯罪に手を染め、結果多数の友人を失った。冷たく自分よがりな男と、身体だけの関係にのめり込んだ挙げ句、堕胎してしまった。需要が多いという理由だけで従事した介護職の現場で、目を覆ってしまうクラスの虐待を何件も、目の当たりにした。彼女が亡くなった後、彼女の自死を面白おかしくそしる冷たい知人が、何人かいた。彼女は、自分が小説家として大成できなかったのは、自分のこれまでの人生は何ら意味をなさないのだと、決定づけられたからだと、そう卑屈に感じていたのだと思う。俺はそんなふうに察している。
先日、夢に彼女が現れた。記憶の中で鮮やかに生きる、在りし日の彼女なのか、それとも海底の城から帰還し、わざわざだらしがないこの俺に、会いに来てくれた彼女なのかは、分からない。姿格好は、最初で最後のデートをした日と、同じ出で立ちであった。髪は漆黒のボブカット。年季を感じさせるほどに色あせたデニムのジャケットとジーンズ。細い首元に目をやると、ややよれた白いトップスが見え隠れした。そして、髪や瞳と同じくつややかな黒色だが、目を凝らすとかすかなすり傷を確認できるショートブーツ。顔には、切なさがにじんだ力なき笑みをたたえていた。振り返ると、俺が知っている彼女は、いつもそんな表情を浮かべていた。彼女のデニムを彷彿とさせる、太陽光を浴び過ぎたうえに、錆びついた古めかしい水色の灯台を目指して、まだうら若かった俺たちは二人で駆けて行った。行き止まりになって、なぜか俺のほうが海に飛び込もうとした。すると彼女は、全身を使って引き止めてきた。身体を密着させた瞬間、くせがなくすっきりとした洗濯用洗剤のかぐわしい香りを、かすかに覚えた。そして、俺の代わりに海に飛び込んでしまった。俺が彼女の名前を叫んだ直後、夢が醒めた。枕元に鎮座した目覚まし時計を確認すると、針は午前三時を廻っていた。肌寒かった深夜なのに、じんわりとした汗を少々かいていた。
次の週末に港を訪れ、再び愛おしさがわいた彼女を、俺なりに弔った。自殺する人は、きっと人一倍、人間について、人生について、深く考察できる、繊細な人なのだと思う。まともな神経で、こんな理不尽かつ計り知れない連中や人生について悶々と考えていると、まぎれもなく嫌気が差し、暗澹たる気持ちに陥るに決まっている。
夢の中の彼女はなぜ、俺が死のうとしたのを、かばったのだろう。龍宮城で、あれほど渇望していた、愛情や共感を手に入れたから、俺にも分け与えてくれたのだろうか。愛情とは、共感とは、人間にとって心臓そのものなのよ、と。
港を囲む岩陰に潜み、時折姿を見せ、一体何に急いでいるのか、素早く歩く朱色の小蟹を、何気なくしばらくぼんやりと眺めていた。人間の何千分の一の大きさに過ぎない小蟹にも、小蟹にしか分からない独自の世界がある。目の前で波打つ瀬戸内海も、果てしない太平洋に比べると海というよりもまるで大きな河だが、人知れぬ未知なる世界が潜んでいるのは間違いなさそうだ。そう思うと、何事も深く考えすぎることは、もしかしたらいささか良からぬことなのかもしれない。なんだか単細胞の人がうらやましく思えた。
そういえば、港に到着した際、ふと何気なく視線を足もとまで下げると、道路のアスファルトの割れ目から、小さくて素敵なものが目に映った。白い肌の上に、淡いピンクの口紅を引いたような、清楚なすみれが、密やかかつ控えめに顔を出していた。わびしくたたずんでいた在りし日の彼女を、ごく自然に投影できた。俺も彼女の命を短くした共犯者の一人であるような気がしてきた。そう思うと、ひどく哀しみに打ちひしがれ、容赦ない寂寥感に襲われた。
彼女が書いた小説は、確かにワンパターンが目立っていたが、登場人物一人一人の尊厳には、常に重きを置いていた。そんな思いをめぐらせていると、年輪という言葉が、熱気球のように頭に浮かんだ。それに連なって、遠い日のデート中に、彼女がふざけて抱きついたメタセコイアを思い起こした。緩慢に生きる俺ではなく、彼女のほうが、メタセコイアのように度量が大きい人だった。
その後、彼女が亡くなってから三カ月くらいが経過した休日に、俺は墓参りをした。その日の空は、どこまでも白く厚い雲が広がった、幻想的な天を描いていた。片田舎にある墓地で、最近流行している樹木葬だった。彼女の名前が刻まれた控えめな楕円形の石碑の後ろに、白樺が一本立っていた。彼女の名前が美智子だから、ご家族は皇室の美智子さまのお印である白樺を、あえて選んだのだろうか。生前の美智子と俺との間には、一切縁のない樹木だが、色白かつおとなしくて謙虚な彼女にはよく似合うとも思えた。
ただ、俺には彼女が墓の中で横たわって眠っているなんて、一ミリも信じられない。死者というのは、墓というあんな狭い世界で永遠に眠っているのではなく、その人をいつまでも忘れられずに、大切でかけがえのない存在だと思い続けている人の心の中にのみ、活き活きと存在しているのではないかと、俺は強く考えている。彼女の死を契機に、おぼろげで頼りなかった価値観や哲学が、色鮮やかにはっきりと描かれたのだ。学校での勉強や読書とは比較にならないくらい、真剣な恋愛こそが、当事者を必ず成長させるものだと思っている。




