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ベッカライウグイス⑮ 古賀さんの「こ」

古賀さんが、帰ってきました!

しかも、ごく普通に、何気なく?

ご近所のマダム赤間さんが、古賀さんの正体を明かすとき、

ベッカライは驚きに包まれる……。

ベッカライウグイス第15話、よろしくお願いします!

 静かに黙っていると、室内まで虫の饗奏が忍んでくる。虫たちの薄い羽が静寂しじまを透かし、擦り合わされる。少しずつ摩滅して、闇に溶けるように消えてしまうのを、仲間同士が堰き止めようと合図を繰り返す。途切れ途切れに、知っていることを口承していく声が、零れ落ちる。 


 ベッカライウグイス宿舎の夜。

 先日の弘子さんのお見合い会で使われたときに残ったワインとチーズを、シューさんは食卓で堪能していた。

 「リスも来春こはるも、いいの?チーズ、全部食べちゃうよ?」

 私たちは、とりあえずのお誘いの載って、テーブルまで様子を見に行った。見ると、シューさんがもぐもぐと口にしているのは、山羊のチーズ。

 「どうぞ召し上がってください!ワインも!」

 私たちは、丁寧に辞し、これまたお見合い会で残った、葡萄とジンジャーのコーディアルをソーダで割ると食卓に着いた。

 

 私たちは、弘子さんの幸せを祈って乾杯した。

 「弘子さん、週末の約束してましたよねー」

 リスさんと私は、それがどんなことになるのか、こっそりついていって見守りたい気持ちである。

 「海鮮とは……樹森さんよっぽど解剖したいのね」

 「今度は、何の解剖だと思う?」

 「弘子に見せたいんだね!」

 「えっ、そうなの?」

 信じられない、とリスさんと私はシューさんを見た。

 シューさんは、赤ワインのグラスを上げた。

 「ぼくなら、見せたい」

 「え、そうなの?」

 「かっこいいところ、もちろん見せたい」

 「アサリの解剖が、かっこいいの?」

 「かっこいい!」

 リスさんと私は、不承不承な顔を見合わせた。

 もぐもぐもぐ。シューさんは、チーズが進む。

 リスさんが、思い出したように言った。

 「そういえば、来春こはるさん、ごめんなさい。来春さんのお部屋のカーテン、冬物に替えるの、すっかり遅くなっちゃって」

 「えっ?冬のもあるんですか?」

 「そうなの。あれじゃ、薄すぎるでしょ?さくらさん渾身の冬バージョンがあるのよ」

 「えーっ!楽しみ!」

 今度はどんな色合わせで、部屋の雰囲気はどう変わるのか、私はすっかり心を奪われてしまった。

 「弘子さんが解剖に行っている間に、換えましょう!」

 「はい!」

 「それが済んだら、今度はそろそろシュトーレンの季節ね……」

 リスさんの何気ない言葉だったが、シューさんがものすごい形相で突然慌てだした。「シュトーレン」が、「存亡の危機」に聞こえたかのようである。

 「あフ?!シュトレン?!どういうこと?もう作るの?!」

 シューさんが、リスさんに詰め寄る。それから、思い当たることが心に浮かんだ。シューさん、もしかしてアクシデントの収拾を待って、ここまで帰国を引き延ばしていたのでは……。

 「たいへん!!月子さん!ミア!帰らないと!」

 リスさんは、どういうことか分からないという表情でシューさんに聞いた。

 「それは、帰らないと行けないと思うけど、お仕事は?目処がついたの?」

 「えっ」

 立ち上がったシューさんが、そのまま固まった。

 ……どうやら、仕事の方もアクシデントだったらしい。困った状況のシューさんである。



  古賀さんが訪れなくなってふた月。

 ベッカライウグイスは、本格的な秋を迎えていた。

 私は、この頃、羽鳥さんの後を継いでお店の床を磨き上げると、外の落ち葉を掃きに出るようになった。秋が深まるに連れ、そぼ濡れた落ち葉が、小舗石しょうほせきに散らばって張り付いている。それを力を込めて剥がして集める。

 様々な黄色や赤の落ち葉は、吹きだまって、集まりが悪い。収拾できない記憶のようで、少し疲れ、見上げた秋の空は、どんどん私から遠ざかった。


 リスさんも、みっちゃんたちも、もう古賀さんが来ないことにすっかり慣れてしまったようだった。

 慣れないのは、私ばかりである。

 私は、古賀さんがリスさんを好きなことが、とても好きだった。古賀さんがリスさんのパンを美味しそうに頬張り、ときどきそっとリスさんを見る。みっちゃんと一緒にカウンターに向かい、特に何も話さない、静かな時間を過ごす。リスさんが、二人にコーヒーを注ぎに行く。

 人の好意は、周囲を温かくするのだな、とはじめて知った。

 「今頃、どこにいるのかな」

 私は、口に出して言ってみた。

 どこに?

 私は、はたと思い当たった。

 学区内にいるに決まっているじゃない。

 そして、そのことに気づいて愕然とした。

 そう。古賀さんは、○○小学校のPTAなのだから、この辺り一帯のどこかに住んでいるのである。二人のお嬢さんと一緒に。

 そんな古賀さんが、もうここへはこないというのなら、それはそういうことなのだろう……。

 私は、箒の柄に凭れるようにして、溜息を吐いた。



 カランコロン

 「こんにちは!」

 「いらっしゃいませ」


 さくらさんがやってきた。

 さくらさんは、古賀さんの訪れない状態を楽しんでいる唯一の人物である。いや、それは語弊があるのだろうが、古賀さんの姿が見えなくなってから、なぜかいつにも増して笑顔が絶えないのだ。私には、その理由が分からなかった。


 「いらっしゃいませ」

 リスさんが、言った。

 

 「あ、今日は白あんパンがあるの?やったぁ!じゃ、それをお願いね」

 「はい」

 私は、さくらさんを迎え、トレーの準備を始めた。


 さくらさんは、既に来ていたみっちゃんの隣に腰掛けた。

 やはり、ご機嫌な様子だ。みっちゃんも、そんなさくらさんに気づいて尋ねた。

 「何かいいことでもあったの?」

 みっちゃんは、のんびりしていて、単刀直入な人である。

 さくらさんは、そう尋ねられ、勢いよく首を回して愛想のいい笑顔をみっちゃんに見せた。

 「聞いて、みっちゃん」

 みっちゃんは、無言で構えた。

 「なんと!」

 なんと?

 「じゃじゃーん」

 ?

 「完成したのよぉ」

 何でしょう?

 私たちの頭の中は、疑問符でいっぱいになった。

 「窯が!!」

 窯がぁ!

 みっちゃんは、驚きながら言った。

 「そりゃ、おめでとう、さくらさん!」

 さくらさんが、市の陶芸教室で造ろうとしている外窯の話をしていたのは、いつのことだったろう……。私にはそれがずっと昔のように思えた。

 リスさんは、久しぶりに明るい気分になったのか、コーヒーサーバーを持ってさくらさんに駆け寄った。

 「おめでとう、さくらさん!」

 私は、白芥子ののった白あんパンと、空のカップをのせたトレーを運び、リスさんはサーバーから湯気の出るコーヒーを注ぎ入れた。

 「おめでとうございます、さくらさん」

 「リスちゃんも、来春さんもありがとう!」

 みっちゃんも、嬉しそうである。

 「それにね、なんと!」

 まだ、なんと?

 「『さくらさんの粘土探しツアー』も決定したのよ!」

 みっちゃんが、ぱくぱくさせる口の中で呟いた。

 「粘土探しツアー……」

 みっちゃんは、それから、見覚えのある遠い目をして、窓の外を見た。

 「みずほさんも、行きたがっていたじゃないですか?」

 「そうでしょ?、もちろん、誘うわよ」

 「でも、もう寒くなりますよ?」

 「来春らいはるなのよ。募集期間や、もしかして抽選もあるから、広報には1月号に載せられるみたい」

 「1月号……もうですか」

 私が呟くと、さくらさんが揚々として言った。

 「来春さん、もうすぐ11月よ~。早いわよね、一年なんて」

 「でも、抽選なんて!人気なのね『粘土探しツアー』」

 リスさんが、楽しそうである。

 「リスちゃんも、行ってみる?」

 「えーっ、行ってみたいけどお店があるもの」

 「そこは、さくらさんにどんと任せて!ちゃんとベッカライウグイスの定休日にしてあるのよ!」

 「えっ!」

 リスさんが、身を乗り出して尋ねた。

 「さくらさん、どの辺りにいい粘土があるんですか?」

 「それがね……ふふふ」

 なにやら、秘密めいた笑いである。

 「もう30年も前になるけど、生徒たちと取りに行った秘密の場所があるのよ。川沿いなんだけど」

 「……そんなことしてたんですか、授業中……」

 「昔は、いい時代だったからね~」

 時代は変わっていく。さくらさんには、その時代がもっともよく思えても、今の子どもたちにはどうなのかは分からない。一緒に粘土を取りに行った子どもたちは、もう中年になり、その頃のことをどう懐かしむのだろう。何が正解かなのは、本人が決めればいいことだ。さくらさんが幸せだと思うのならばそれでいいし、生徒たちの中にいい思い出として残っているのならばそれでいい。

 「ふふふ」

 さくらさんは、笑う。

 

 そして、さくらさんは、ベッカライウグイスに登り運を連れてきたのであった。



 みっちゃんとさくらさんが、秋の庭を眺めながらのんびりとコーヒーを飲んでいる。その上で、壁に掛けられた時計の針は、予期せぬ午後へと向かって進んでいた。

 

 その日も、一番人気は栗のペストリーだった。近くにある会社の職員さんや、営業の途中で訪れてくださるお客さんが、それを見つけて購入される。

 残りもあと僅かになったとき、お昼のお客さんの波がやってきた。

 カランコロン

 と重たい扉が押され、3、4人のお客さんが一度に来店くださった。


 「いらっしゃいませ」

 リスさんは、工場から焼きたてのカレーパンを出してパン置き場に並べていた。お客さんたちは、順番にショーケースの前に並んで注文をはじめる。

 「店内で召し上がりますか?」

 と私は、まだみっちゃんとさくらさんしかいないカウンターの席を見る。いつもは椅子が3脚しか置かれていないが、カウンターは、壁の端から端までにに造り付けられていた。予備の椅子を入れても十分余裕があった。

 「いえ、持ち帰りでお願いします」

 「かしこまりました」

 私は、お客さんの注文をトレイに並べはじめた。

 「あ、カレーパンもお願いします」

 「はい、ありがとうございます」

 リスさんが、すぐに手にしていたトングで、私の持っていたトレイにカレーパンを載せた。

 そのときだった。


 リスさんのトングが、カレーパンから離れなかった。

 どうしたのだろう?

 私は、リスさんの手元からその顔へ視線を動かした。

 リスさんは、目を見張り、お店の扉の方を見ていた。

 手前のお客さんに隠れ、その先にいたのは…………。


 私は、息を呑んだ。

 

 あまりにも違和感なく、あまりにもごく普通に、古賀さんがお客さんの最後尾に並んでいたのだった。

 古賀さ……んっ…!

 思わずその名前を呼びそうになったが、リスさんの手元に視線を戻し、そっとその手からトングを受け取った。

 私の手が触れ、リスさんは驚いてこちらを見た。


 リスさんが、腰を伸ばして、レジの横のカウンターに向かった。天板を跳ね上げ、ショーケースの中から外へと出る。古賀さんに、声をかけるのだと思った。


 だが、その向かった先は…………みっちゃんたちの方だった。

 私には、どうすることもできない。目の前のお客さんで手いっぱいである。

 古賀さんは、二か月前と何も変わらずいそいそした様子で、ショーケースを見ながら自分の順番を待っている。

 その、切れ間というものを感じさせない、何食わぬ様子が、私の頭の中の時間の感覚を狂わせ、かすかな怒りを覚えた。 



 カランコロン

 そこへ、さらにお客さんが扉を押して来店した。

 「こんにちは……あら、ごめんなさい」


 赤間さんである。

 赤間さんの押した扉が、古賀さんの背に当たり、詫びたのだった。


 「いいえ、大丈夫です」

 古賀さんは、斜め前に移動して後ろを振り返った。

 赤間さんは、おやっ?という表情で古賀さんを見た。


 「あら!先生!」

 「あ、こんにちは」

 「こちらに戻っていらしてたんですか?」


 ……赤間さん……今、なんて……?

 私は、お客さんの注文を受けながら、耳は古賀さんと赤間さんのことでいっぱいだった。

 リスさんが、ショーケースの中に戻ってきた。

 古賀さんが、リスさんの方を見るのが分かる。

 リスさんが、次のお客さんの注文を承る。

 「次のお客さま、お決まりでしょうか?」

 私は、レジへ移動する。


 ……先生?

 古賀さんは、何かの先生なの?

 だめだ。レジを打ちを間違いそうになり、私は仕事に集中した。だが、どうしたって耳に二人の会話がなだれ込んでくる。

 

 先生が、多すぎる。

 だいたい、二か月も旅行に行ける先生なんて、日本にいるのだろうか?その間、娘さんたちはどうしているというのか?…………やはり、古賀さんは結婚しているのでは……。私は、愕然として手が止まりそうだった。


 「……ご注文を、どうぞ」

 古賀さんの番だった。ぎこちない応対しかできない。

 リスさんは、前のお客さんの会計に、レジへ移動している。

 お店の中に、レジスターの音だけが、カタカタと響いた。


 すべて、私の勘違いだったのだろうか……。


 赤間さんは、ふと、何気なく辺りを見渡した。

 そして、この場で、ベッカライウグイスに集う全員が、黙って古賀さんに注目していることに気づいた様子だった。えもいわれぬ緊張感を感じ取ったのかも知れない。

 赤間さんは、いつもと同じように、趣味のよいエプロンをけ、ちょっとそこまでという様子でサンダルを履いている。その、なんら変わることのない雰囲気だけが、この状況の救いに思えた。

 赤間さんは、ショーケースの前で注文を迷う古賀さんの横に立ち、ご近所仲間のみっちゃんを見た。

 みっちゃんが、赤間さんから古賀さんへ視線を移すと、赤間さんは、にっこりして大きく二度頷いた。そして、高らかに告げたのだった。

 

 「古賀先生はね、我が街の誇る、マエストロ、指揮者なのよ!」



 どのくらい、その場がしーんとしていただろう。

 度肝を抜かれていたのだった。 

 私は、人生ではじめて、度肝を抜かれるという意味を知った。



 「指揮者って?オーケストラの……?」

 リスさんが、尻つぼみの音量になりながら、沈黙を破った。


 赤間さんの「あ」は、「明るい」の「あ」である。

 「そうよ~。すごいわよねぇ。市民芸術賞も受賞されてるわよ!いつでしたっけ、先生?」

 古賀さんは、顔の前で手を振って、謙遜した。だが、それが本心のようだった。それから、こんなに淀みなく話す古賀さんを、我々ははじめて見た。

 「なんにもすごくなんて、ありませんよ。すごいのは、音を出している演奏者ですから。ひとりひとり、ものすごく練習を積んで、素晴らしい音を響かせる。ぼくの振る棒からは、どうやたって音はでませんからね。ひとり芝居になっちゃいますよ」

 赤間さんは、あきれたように言った。

 「でも、先生、指揮者がいなければオーケストラは誰がまとめるんです?まとめ役は大事じゃないですか、オーケストラでも、町内会でも」

 赤間さんは、今年度、町内会の婦人部長になってしまったのだ。おかわいそうに。

 古賀さんは、考えながら言った。

 「……確かに、演奏しているオーボエさんにまとめ役をやってくださいっていったら、それはオーボエさんたいへんになってしまいますけどね……。指揮者は、道案内っていうか、たまーに迷っちゃう人がいるので、舵取りですよね。音は、あくまで演奏者が出してくれているんです」

 古賀さんには確固とした持論があって指揮者をしているようだった。

 赤間さんは、言った。

 「ま、そんな奥ゆかしいところが先生のいいところですよね。そういえば、先生、市民オーケストラ、来年も引き受けられたんですってね?あぁそれから、葵ちゃんのお母さんが言っていたけれど、葵ちゃんのピアノ、コンクール前にみてもらえないかしら、って」

 赤間さんの話題は、次々に移り変わっていく。


 ピアノ……。


 私は気がついた。

 そうだ。古賀さんのあの姿勢である。腰が入り、体幹がものすごくしっかりとして伸びているのに、肩から腕の力は抜けている、あの姿勢は、私が子どもの頃、よくピアノの先生からそうあるべきだと注意を受けていた姿勢のお手本、そのものだったのだ。


 私は、リスさんを見た。

 リスさんは、真面目な表情をして、赤間さんの話を聞いていた。

 なんだろう。リスさんは、喜んではいない。

 古賀さんが久しぶりにベッカライウグイスを訪れ、その職業まで明らかになったというのに、リスさんの表情は、なにか、心のさざ波が凪いでしまったように、沈黙して見えたのだった。


 古賀さんは、赤間さんに答えた。

 「しばらくこちらにいるので、葵ちゃんのお母さんには、ぼくからメールをしてみますね」

 「あら、ありがとう先生。そうだ、もうすぐポスターも貼られるわね。クリスマスは、今年も第九?」

 「はい。あと、バレエ団からの依頼で、くるみ割り人形もあります。まだ先ですけれど、…………って結構すぐですね」

 「ふふふ。私、この前のS響の定期演奏会、聴きに行ったんですよ。この前の前がベートーヴェンだったから、もうプロコが楽しくって楽しくって。ピアニストの人も、魔法使いみたいだったわねぇ」

 赤間さんは、音楽好きのようで古賀さんと会話が弾む。

 だが、ベッカライウグイスの面々は、どこか置いてきぼりになったように、それぞれが逡巡している。

 「ピアニストの海斗くん、こんどヨーロッパのコンクールに出るので、そのリハーサルにもなったんですけれど、あ、彼もぼくたちも、リハーサルだなんて思って演奏はしてないですよ?いつでも、音楽に全力です。海斗くんは、綿密に楽譜をさらうのを楽しんでいましたね」


 ちゃんと普通に喋れるんだ……。

 私たちは、古賀さんと赤間さんの会話を、ただただ聞いていた。


 それから赤間さんは、古賀さんが注文を迷っている間に、さっさと自分の注文をまとめ、先にお会計をして帰って行った。



 赤間さんが帰ったその後には、我に返ったかのように、挙動不審に辺りをキョロキョロと見る古賀さんが取り残された。

 なぜこうも豹変してしまうのだろうか。不思議だが、誰も何も話さない私たちも悪い。


 そして、とうとういたたまれなくなった古賀さんは、最後の力を振り絞るように

 「あの……あの……、お土産なんですけど、……リスさんに!と、皆さんに!」

 とだけ言うと、ショーケースの上に白い紙袋を置いて、思い切り、重たい扉を引っ張って外へ出て行ってしまった。

 店内には、ぽかんとした表情の私たちが残された。


 しかし次の瞬間、

 カランコロン

 再び勢いよく扉が押され、我々の耳目が、一点に注がれた。

 そこに立っていたのは、古賀さんだった。


 私たちはあっけにとられ、その姿を見つめた。

 「あ、あのっ」

 古賀さんは、もうしどろもどろだった。

 「あ、あのっ、ぼく、旅行に行っていて……来られなかったんですけれど、また、来ますっ!よろしくお願いします!」


 再び現われ、再び帰って行った古賀さんを、私たちはほとんど呆然として見送った。


 

 それから、さくらさんが、吹き出しそうになって優しく笑った。

 「すっごい頑張ったわね!」

 「なかなかしっかりた若者だよ」

 みっちゃんが褒めた。

 私は、頷いてリスさんを見た。

 リスさんは、合わせた両手を口元に寄せて立ち尽くしていた。

 私は、今、みっちゃんがリスさんを見ればいいのにと思いながら、もう消えてしまった古賀さんの行く先を、窓の向こうに探した。

 私たちは、笑いを堪えきれなかった。

 それは、再び古賀さんが訪れるであろう、安堵の笑いだった。そして、リスさんのそれにはどこかはにかみが混じっているように見えた。 

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