第9話 人間
ボルドクたちがダンジョンの外から木を運んできてから数日。
ダンジョンの中は、以前にもまして発展した。
(椅子に机にベッド。いやぁ、木製ってのはいいもんだなぁ)
手に入れた木を、ジオはさっそく〈ダンジョン改築〉の力を使って加工した。〈ダンジョン改築〉のスキルは、ダンジョン内にある素材であれば、自由に切ったり削ったりと加工することもできるのだ。
『スキルのレベルが上がりました』
『〈ダンジョン改築 Lv.1〉→〈ダンジョン改築 Lv.2〉』
と、加工している最中に、そんなアナウンスが流れる。
(お、やっぱりスキルのレベルアップは使用することで上がるのか)
〈ステータス鑑定≪魔物≫〉のレベルアップの際に薄々とわかっていたことだけれど、レベルのついたスキルは、それを使用することでレベルを上げるようだ。
(となると、〈魔物創造〉も使ってった方がいいのかもしれないが……うーん、食料がなぁ……)
外に出られるようになったため、食料の入手手段は格段に増えたように思えるけれど、生憎とジオが見られる風景は洞窟の入り口まで。ダンジョンレベルが上がったことで外の景色を見れるようになりはしたが、彼自体が外に出ることはできていない。
よってもしも獣を狩りに行くのなら、三匹を彼の目の届かないところに送らなければいけないのだ。
そして、まだそれは怖いジオである。
外に送り出して、帰ってこなかったらと思うとぞっとする。
せめて次の進化を終えてからでも遅くない、とジオは思っている。
〇リムサ
Lv.13
種族【ダンシングスライム】
〇ボルドク
Lv.12
種族【コボルトファイター】
〇ケルノスト
Lv.12
種族【スケルトンナイト】
(次の進化はレベル20か……?)
まあ、それがいつになるのかは、まったくわからないけれども。
(でもなぁ……)
とはいえ、食料は喫緊の課題だ。
一応、外で手に入れた木を使ってキノコの菌床もどきを作ってみたけれど、勝手がわからず食料に使えそうな量は生えていない。
そして洞窟の出口近くの土を〈ダンジョン改築〉の力で取り寄せて、ダンジョンの中に畑を作ってみたけれど、肝心の育てる野菜もないため何も埋められないままに放置されてしまっている。
よって、相も変わらずどこからか迷いこんでくる動物が、魔物たちの主な食料となっている。
けれどそうなると、魔物の軍勢を増やすには食料が足りない。三匹でなんとかやっていけているレベルなのだ。一匹だって増やす余裕はない。
(ウサギ用の罠でも作ってみるか)
まあ、急いで何かをしたところで、急激に解決する問題なら最初から問題ではないだろう、と割り切るジオ。
まずはできるところから。そう言って、ダンジョンの壁に生えていた蔦を〈ダンジョン改築〉でむしり取り、ちまちまと縄状に結ぶ。
それを枝や何やらと合わせて、ウサギ罠の完成だ。広がった蔦の縄にウサギが足を引っかければ、輪になった縄がウサギを捕まえる簡単なつくり。けれどこれなら、仮にボルドク辺りが引っかかっても致命傷にはなるまいと、ジオは満足する。
(とりあえず出入り口に設置しておこうかな。出入口の近くなら〈ダンジョン改築〉の力も届くし)
そう言って彼は、追加でもういくつか罠を作ってから、ダンジョンの外に通じる洞窟の出入り口の風景を見た。
(え……?)
そこで、罠を置こうとしていた手が止まる。
というのも、彼の見ていた風景の中に、あるものが映りこんだのだ。
洞窟の中から見える木漏れ日の森の景色の中に、彼にとってとてもよく知っている生き物が見えたのだ。
(人間……? 人間だ!)
人間が、ダンジョンへと向かって来ていた。
(武器を持ってる? それにどこか、何かを警戒している感じだ)
現れた人間は男が三人。それぞれが背中に武器と思しきものを背負っていて、そのうち一人が地面や木をじっくりと観察しながら、森の中を進んでいる。
(風景の視点が遠いと声が聞こえないな……さて、どうしたものか)
今はダンジョンなジオだけれど、生前は人間だったこともあり、対応には慎重になってしまう。そもそも彼はダンジョンで、自分の配下にすら声を届けられないのだ。
こちらから何かをするにしても、できることが限られ過ぎている。
(……しばらく観察してみるか)
とりあえず、ジオは彼らの出方を伺うことにした。
「おい、ここらへんなんだよな」
「あの爺が言ってた場所はな。魔物が居るってんなら、それなりの痕跡があるはずだからちょっと待ってろ」
洞窟の出口に近づいてきたことで、男たちの声がジオに届く。
「あの爺さん、結構酒が入ってただろ。信用できるのかぁ?」
「嘘だとしても調べとくもんだぜ、特にこういう話はな」
「だといいが」
這うように地面を調べるのは、弓を背負った鋭い目つきをした男。その後ろには、兄弟だろうか、似たような顔つきの二人がついて回る。二人の方はどちらも剣を背負っていて、片方はどこか不安そうに、逆に片方はどっしりと構えて落ちついた立ち姿だ。
三人ともまだ洞窟の存在には気づいていないようだけれど、それも時間の問題だろう。
「見ろ、足跡だ。この形は……大きさと形からしてコボルトとスケルトンだな」
「げっ、マジかよ……いったんギルドに戻るか?」
「馬鹿いえ。魔物が居るってことは、新造ダンジョンが近くにあるかもしれねぇだろ。見つけて俺たちで独占するんだ」
「ダンジョン独占は条約で禁止されてるだろ」
「バレなきゃいいんだよ! お前らだって、こんな田舎で、ウサギを追いかけ回して一生を終えたくはねぇだろ! 俺は嫌だね! 金をたんまり稼いで、王都に住むんだ!」
興奮したように立ち上がる弓使いの男。その言葉に他二人はたじろぐけれど、心のどこかで彼らも同じようなことを思ってるような顔をしていた。
(野心家か? 少し危ない感じがするな……少なくとも、リムサたちと合わせたら不味そうだ)
言葉の端々から不穏な気配を察知したジオは、彼らへの警戒を強める。
(〈ダンジョン改築〉を使って一時的にダンジョンの出入り口を封鎖した方が良さそうだ)
急ぎ、スキルを使って洞窟の先を塞ぐジオだけれど――ダンジョンの中を走る影が一つ。
(ボルドク!?)
先に何かを嗅ぎつけたボルドクが、壁でダンジョンが封鎖されるよりも早く駆け抜けて、人間たちのいる方へと向かって行ってしまった!
(っ……!! 今ここで封鎖することはできない……!)
このままダンジョンを塞げば、ボルドクが孤立してしまう。リムサたちがボルドクの後を追いかけているのが見えたこともあり、ジオはダンジョンの封鎖を中止した。
(そうだ。彼らはダンジョンの魔物――その使命は、侵入者の撃退。少なくとも、これが彼らの行動原理なんだ)
侵入者が現れたから、迎撃に向かう。
今まで野獣たちを相手にそうしてきたように、それは人間が相手でも変わらない。
ダンジョンに入ってくるなら、迎え撃つ。
それだけだ。
(なら俺は――)
ダンジョンとして、ジオは風景の先を見た。




