第8話 木漏れ日の森より
洞窟の岩肌とは違う柔らかな地面。ふわりと香る木漏れ日の匂い。柔らかな日差しがぽつりぽつりと落ちる森の中、大きな岩がポツンと一つ。
「わん……がうがっ!」
岩の根元には洞窟があり、そこから一匹のコボルトファイターが顔を出した。
ボルドクだ。ボルドクはすんすんと、初めて味わう外の香りを堪能しつつ、光に誘われるように洞窟の外に出る。
そのあとに続くように、ケルノストとリムサもまた洞窟の外に出た。
「カタカタ」
狼狽えるように骨を鳴らすケルノスト。スケルトンと言えばアンデッド。やはり日の光には弱いのだろうか。
そんなケルノストの横を通り抜けて、リムサがボルドクの隣に並ぶ。
さて、そうして洞窟の外に出た三匹だけれど、なぜ彼らは外へ出たのか――
「わんっ!」
何かを報せるように、ボルドクがリムサを叩く。ぽよんと揺れたリムサは、顔? をボルドクの方へと向けると、ボルドクは肉球のついた手で一本の木を指した。
大きな木だ。まっすぐと空へと伸びた、奇麗な立ち姿をしている。
「わんわ、わぅ。わわんわ、がうがっ!」
それからボルドクはその木に近づいて、今度は木の幹をバシバシと叩き始めた。そして何かを語るようにリムサたちへと鳴くけれど、生憎とその言葉はリムサたちには伝わらないらしく――。
きょとんと首を傾げる(傾げるように体を傾ける)リムサ。
ダンシングスライムに進化してからは、大きくなった体を存分に生かしたボディランゲージを発揮するリムサである。
おかげで”リムサがボルドクがなにをいっているかわからない”のは伝わったようだ。
「がうぅ……! わ、わんわわん! がうが、わんわんわがうがぅ!」
なので理解してもらおうとするけれど、やっぱりリムサには伝わらない。指を指したり木を叩いたり、頑張っているのは間違いないのだけれども――こればっかりは、種族ごとに言葉が違うので仕方がないことだ。
「うぅ……がう!」
さて、そうして伝えることを諦めたボルドクは、少しだけ唸って考え込んだ後、そうだと気付いて、のしのしとケルノストの方へと歩いて行った。
なお、ケルノストは地面に座り込んで空を見上げていた。ダンジョンでは仲間を守る盾となり、あんなにも頼もしく見えたケルノストだけれども、どうにも陽の光には弱い様子。
「わん!」
そんなケルノストに近づいたボルドクは、最初はケルノストを引っ張って木のところまで連れて行こうとするけれど、調子が悪いケルノストは動こうとしない。
なのでケルノストを連れて行くことを諦めたボルドクは、代わりに彼が手に持っていた骨の剣を奪い取ってしまった。
「がうがう!」
さて、何か文句を言うように吠えるボルドクは、それから再び一本の木に近寄る。そして、記憶の中のケルノストの真似をするように骨の剣を構え――ボルドクは木を切りつけた!
「ギャウッ!!」
びくともしない木へともう一度。渾身の気合を込めた叫び声と共に、ボルドクは斬りつけるけれど、木が折れる気配はみじんもない。
「がうぅ!」
そんな木を蹴り飛ばすボルドク。けれどやっぱりびくともしない。
「ぷるぷる」
なんだかうまく行っていないボルドクの肩を叩くリムサ。慰めているのだろうか。その動きは少し優しげだ。
「がうが! がうっがうがぅ!」
「ぷるぷる」
果たしてボルドクは何をしたいのか。何かを伝えようとしてきているのはわかるのだけれど――と、そこで。
「かたかた」
騒ぐ二匹の後ろから、のっそりとケルノストが現れた。
ケルノストは何かを伝えるように骨を鳴らした後、ボルドクから骨の剣を取り返した後、彼もまたジェスチャーを始めた。
木を指さし、洞窟を指さす。
そこで初めて、ボルドクがこの木を洞窟の中に運びたかったのだと気付いたリムサであった。
そしてなぜボルドクがリムサにそのことを伝えようとしていたのかと言えば――それはリムサがスライムだから。雑食なリムサは何でも食べる。だから木の根元を食べてもらって、木を折ろうとしていたようだ。
早速、木の幹に取り付くリムサ。
彼女の手にかかればみるみると取り付いた部分が消化されていき、ドスンと大きな音を立てて木が倒れた。
「わふぅん!」
流石! と言った風にリムサを叩くボルドクである。それからボルドクは意気揚々と倒れた木の幹に手をかけ、持ち上げようとする――がしかし。
「くぅん?」
持ち上がらない。
木が重すぎるのだ。
「かたかたかた――」
「ぷるぷる」
リムサとケルノストも運ぶのを手伝うけれど、少しは動く程度。幸い、ダンジョンに続く洞窟の入り口は広いから、ここから動かせさえできれば運び込むことはできるが――動かないとなればどうにもならない。
「がうっ!!」
と、苛立たしげに吠えるボルドクであった。
心なしか、リムサも悲しげに身を縮ませている。
「かたかた」
ただ、顎骨に手を当てて木を見ていたケルノストは、徐に倒した木から、剣を使って枝を取り除き始めた。
「わふぅ?」
なにをしているのか訊ねるボルドク。けれど、黙ってみていろと言わんばかりにケルノストはそれを無視して、作業を進める。
木の幹から枝をすべて取り除いた後、集めた枝の中からまっすぐなものを選ぶ。それから近くの木からも、まっすぐと伸びた枝を集めた後、彼はそれを洞窟の入り口へと並べ始めた。
「かたかた」
その後、彼はジェスチャーで二匹を呼んで、木をほんの少しだけ持ち上げる。そして木と地面の隙間にも枝を挟むと――木の枝の絨毯の上を、木が動き出した!
「わふぅ!」
下の枝が転がることで、少ない力でも木を動かす。それに驚きつつも、とても嬉しそうな顔をして、ボルドクはころころと転がる枝の上で木を押した。
枝が転がり木が動く。前方に枝が無くなったら、次々とケルノストが足していき、ついに木は洞窟までたどり着いた。
そして――
(お前らどこ行ってたんだよー!!!)
ようやく、彼ら三匹の姿はジオの風景へと戻ってきたのだった。
三匹が居ない間のジオと言えば、それはもう叫びに叫んで、三匹のことを心配していた。もし彼に顔があれば、顔面蒼白となっていたことだろう。
なので帰ってきた三匹に怪我がないかを確かめて、そこで初めて三匹が持ってきたものに目が行った。
(それって……まさか、俺のために持ってきてくれたのか……?)
言葉は届かない。
けれど心のどこかで、彼らはジオの欲しいものに気づいていたのだろう。
そう思うと、なんだか心の奥の方があったかくなるジオであった。
(いやぁ、なんか涙がでて……ないんだけど。体ないから。けどありがとう! あとは俺が運んでおくよ)
そう言って、ジオが〈ダンジョン改築〉の力を使って、入り口の木をそのままダンジョンの部屋まで一瞬で飛ばしてしまった。
「がうっ!」
それにちょっとびっくりするボルドクだけれど、それがジオの仕業であることに気づいているのか、そこまで取り乱すことはなかった。
(いやぁ! 洞窟の外に出られたし、ボルドクたちが木を持ってくれたし、これからいろんなことができるぞ!)




