第4話 ダンジョンとして
現れたのは狼二匹。
白く光る牙が、洞窟の奥から睨みを利かせている。
(あれはやばい――!!)
対するこちらは、スライムとスケルトンとコボルトの三匹。
武器も持たず、生まれたばかりの魔物たち。
男の目には、とてもじゃないが狼に太刀打ちできるように見えなかった。
(あ、危ない! 逃げろ!)
狼が浮かべる牙に恐怖を覚えた男は、すぐに逃げろと叫ぶけれど、やはりその声は届かない。
その間にも、爛々と肉食獣の目を光らせた狼たちが、ボルドクへと襲い掛かる!
(ボルドク!)
ボルドクの肌に狼たちの牙が刺さる――男がそんな光景を幻視したが――そうはならなかった。
(ケルノスト!)
その手前で、ケルノストが身を挺してボルドクをかばったのだ。
(すごい……全然、狼の牙が通ってない!)
ケルノストの骨の体はとても硬く、狼にかじりつかれても折れる気配が見えない。その間に、ボルドクが狼の一匹の顔を殴った。小さな悲鳴が漏れる。
(そう、だ……彼らは魔物。ダンジョンの侵入者を蹴散らすために創られた存在――)
三匹の存在意義。
それはダンジョンを守ること。
ならば男がダンジョンとして出すべき指示は、逃げろではなくて――
(ああ、そうだ。この程度の相手、簡単に蹴散らせなきゃダンジョンなんて守れない――だから、みんな)
(戦え!!)
その時初めて、風景の向こう側と、何かが繋がったような気がした。
「ワオン!!」
その声に呼応するように、ボルドクが叫んだ。
(行け、ボルドク!)
畳みかけるようにボルドクが狼へと攻撃を加える。武器がないから素手の攻撃。けれどその素手には、魔物らしく鋭い爪が付いていて、それによるひっかきは狼をひるませるのには十分な威力を持っていた。
(守れ、ケルノスト!)
ボルドクの攻撃を受ける狼を守るように、もう一匹の狼がボルドクに噛みつこうとするが、ケルノストが再びそれを防いだ。
(からめとれ、リムサ!)
ボルドクの攻撃にひるみ、逃げ出そうとする狼。けれど、その足にリムサが近づき、絡みついた。逃がさないという強い意志を携えて。
(とどめだ!)
「ギャウ!!」
ボルドクの爪が狼の頭を捉えた。それが致命傷となり、狼が倒れた。
倒れた片割れを見つめるもう一匹の狼。男は残った一匹を睨み、三匹も同じように狼を睨んだ。それに恐れをなしたのか、その狼は走って逃げて行ってしまった。
そうして戦いは終わりを告げ、肩から荷物を降ろしたような脱力感が男を襲った。
(つ、疲れたー……)
戦いの疲労は濃い。ただ、眠たい、だるいなどといった肉体的な疲れはなく、本当に自分はダンジョンという構造物になってしまったのだと、そんな実感が湧いてくるばかりだ。
ともあれ、戦いに勝った。
弱肉強食の戦いに。
『ダンジョンレベルが上がりました』
『〈ダンジョン Lv.2〉→〈ダンジョン Lv.3〉』
そこでアナウンスが流れる。
(やっぱり、ダンジョン内で生き物を殺すとレベルが上がるのかな)
男は考える。
(いや、それだけじゃない気もする。……まあそこは、手探りかな)
ダンジョンのレベル。経験。おそらくは、ダンジョンらしいことをすればレベルが上がるのだろうけれど、それは決して、侵入者を殺すだけではないはずだ。でなければ、男の考える箱庭からは遠く離れた場所になってしまう。
まあ男には、そうでないことを願うことしかできないけれど。
『スキルを獲得しました』
『〈ダンジョン倉庫〉を獲得しました』
『〈ステータス鑑定≪魔物≫ Lv.1〉を獲得しました』
『〈戦闘指揮 Lv.1〉を獲得しました』
『〈複製魔法〉を獲得しました』
ぼんやりとしている内に、ダンジョンレベルの上昇に伴うスキル獲得の群れが押し寄せてくる。既に獲得していたスキルはレベルアップしなかったものの、新たなるスキルが四つも追加された。
(〈複製魔法〉?)
獲得したいくつかは、スキルの名前からその効果を想像することができるけれど――唯一〈複製魔法〉だけが、その効果を理解しきれない。
ただ――
「ワォオオオン!」
「カタカタカタ――」
それを確認するよりも先に、男は風景の向こうで勝利の雄たけびを上げている魔物たちを見た。
(お疲れさま)
この声は届いていないかもしれない。
けれど、それでも言わずにはいられなかった労いを彼らへ。