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第23話 ゴルドという冒険者


 冒険者なんて簡単な仕事だ。


 冒険者協会に登録したあの日から今まで、俺は一度だって負けたことはなかった。


 戦いはつらく苦しいものだというやつが居る。それは違う。それはお前らが弱いからだ。


 冒険者は稼げずひもじいものだというやつが居る。それは違う。それはお前らが弱いからだ。


 魔物は酷く恐ろしいものだというやつが居る。それは違う。それはお前らが弱いからだ。


 俺は違う。俺たちは違う。

 俺たちは強い。

 魔物を相手に負けたことなど一度もない。

 今までに一度として依頼を失敗したことなどない。

 溢れるほどの酒を毎日飲んだところで俺の金が尽きることはない。


 それは俺たちが強いから。

 お前たちとは違うんだ俺たちは。

 苦しいと感じたことなど一度もない、恐ろしいと感じたことなど一度もない、ひもじいと感じたことなど一度もない。


 ほんとうに?


「あぁああああ!!!」

「ハッハァ!!」


 なんてことはないダンジョン探索の依頼。

 すぐに終わると思っていた戦い。


 けれど出てきたのは未知の怪物。

 人語を解する魔物だなんて、見たことも聞いたこともない。


 しかも俺の目の前にいる、この狼と人が交じり合ったような姿をした魔物は、今まで戦ったどの魔物よりも強かった。


「ゴルドっつったっけお前! なんだか動きが鈍くなってんぞおい!」

「くっ……そんなわけあるか!」


 狼人の爪が迫る。

 俺はそれを剣で弾く。けれど狼人は軽やかな身のこなしで跳躍したかと思えば、俺が剣を振った後隙をついて、背中をその爪で切り刻んだ。


「ぐぅ……!!」

「鈍ぇぜ人間!!」


 背中に痛みが走る。同時に奴が俺の胴体を蹴った。

 恐ろしい威力の蹴りによって俺の体はボールのようにダンジョンの中を飛び、壁に叩きつけられた。


「ガ……ハッ……!!」


 血を吐いた。

 俺が。


 シルバの奴と共に、無敵のコンビと恐れられた俺が。


 血を吐くのは、いつも俺たちの前に立つ奴らだったってのに――


 今は、俺が、血を――


「おい、人間」


 足がふらつく。

 剣を握る手に力が入らない。

 立っているだけで死にそうなほどに痛い。


「神はどうにもお前らに優しいみたいだからな」


 呼吸が苦しい。あばらが折れたかもしれない。

 切り付けられた傷から血が零れている。体温がどんどん失われているのがわかる。

 恐ろしい。ただただ、目の前の怪物が恐ろしい。


「一つ、提案をしてやるよ」


 俺の前に立つ怪物が言った。


「降伏しろ。そうすりゃ、命だけは助けてやる」


 命。

 そうだ、降伏すれば命だけは助かるんだ。

 ああ、こんな恐ろしい戦いも終わるし、俺はもう痛い思いもしなくて済む。

 それは、それはとても素晴らしい――


「降伏なんてするわけねぇだろが!!」


 否! 否だ!

 いくら魔物が喋るからと言って、俺は冒険者! 魔物を相手に戦い、ダンジョンを攻略する絶対強者。死ぬのが怖い痛いのが苦しいそれでも――!!


 ――それでも俺は、魔物を前に挫ける雑魚にはなりたくない。


「……こんな状況でもそう言える根性だけは、見直してやるよ」


 怪物が動いた。

 奴の狼のような獣脚が一瞬ブレたかと思えば、俺の体に怪物の足が突き刺さる。

 強烈な衝撃が全身を貫いた。

 そして俺の意識は、闇に落ちた――



 ◆



「あー……安心しろ神様。殺しちゃいねぇよ」


 意識を失い倒れたゴルドの前で、耳の後ろをぼりぼりとかきながらボルドクはそう言った。どうやら彼は、僅かではあるものの神の声が聞こえているらしい。ただ、それはとてもぼんやりとしていて、明朗に聞こえたのは進化直前の一度きり。


 だからなんとなく殺すなと命令をしてきた神に向けてそう言ってみたはいいけれど、返答がこないことに彼はため息を付いた。


「さて、あいつらはどうなってるかね。これで負けましたってんなら、復活したときに笑ってやるか!」


 なんて風に冗談めかしくボルドクがにやりと笑みを浮かべれば、大きな音を立ててダンジョンの壁が動いた。


「お、そっちが先か」


 ダンジョンの壁の先に居たのは、リムサたちではなくロックたち四匹。強いと言われていたゴルドとシルバから分断した、取り巻き三人の相手を任せていたチームだけれど――


「いやぁ、後輩が有能だと安心できるぜまったく」


 冒険者三人は、それはもう無残な姿となっていた。

 作戦完了! とばかりにぶひっと敬礼をするロックの背後には敗北した冒険者の姿。一人はスミネの魔法によって全身氷漬けになっており、一人はアムの悪戯によってトラウマを背負ってしまったのか何かに怯えるように蹲って動かなくなってしまっていて、最後の一人に至ってはふふふーふと笑うリングラの椅子になっていた。


「私は椅子になれてとても幸せです! 私は椅子になれてとても幸せです! 私は椅子になれてとても幸せです!」


 果たして何があったのか。恐ろしくて聞く気になれない。

 ただ、彼らも冒険者を殺していないようで、氷漬けになっている彼女も一応生きているようだ。……まあこれは、スミネの手加減というよりは、冒険者の生命力を評価するべきだろうけれど。


 そしてまた少し時間が経てば、またもやダンジョンの壁が動き、リムサたちが姿を現した。そしてリムサたちの後ろには、敗北し意識を失ったシルバが倒れている。


 それを見て、戦いの終わりを悟ったボルドクは、徐に手をあげてリムサたちへと言った。


「俺たちの勝利だな」

「おうよ」


 ぴょんと飛び跳ねたリムサが、ボルドクの手にハイタッチをした。


(……ひとまず、一件落着~!!)


 そんな様子を見ていたジオは、胸を撫でおろす思いで、そう言うのだった。

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