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第22話 存在証明


 俺に与えられたのは力だった。


 目の前に見える敵を殴り、切り裂き、貪り食らう力。

 一番槍となって敵陣に飛び込み、敵の注目を一番に集めながら戦う力。


 強いことが、俺の存在意義だった。

 強いことが、俺の存在証明だった。


 あの日、俺の強さは打ち砕かれた。


 獣相手に連戦連勝。戦えば勝てると信じ、誰よりも早く侵入者の下へと駆けて行った俺を待っていたのは、残酷な現実。


 たった三人の人間に、俺たちは負けた。

 俺は、弱かった。


 しかもただ負けたわけじゃない。

 俺には神が、ダンジョンを閉じようとしていた動きがわかっていた。

 初めて遭遇する人間に、神も驚いていたのかもしれない。そして俺たちを守るために、ダンジョンを動かしていた――それを知ってて、俺は駆けだした。


 だからあの時、もしも誰が悪かったのかといえば――俺だ。

 相手の力量も知らず、ケルノストとリムサたちを連れ出して、敵に向かって行った俺が、悪いんだ。


 俺が――


「くぅん……」


 今、リムサたちが戦っている。

 相手はあの時の三人の人間よりもはるかに強い二人組だ。


 嵐のように繰り出される剣に、ケルノストなんて圧倒されてしまっている。次の瞬間には、その太刀筋に切り伏せられてしまってもおかしくない。


 でも、あいつらは戦っている。


 恐ろしいはずなのに。

 どうして――いや、わかってる。


 ダンジョンを守るため。

 この居場所を守るために、戦っている。


 だけど俺は、あの時の俺は、ダンジョンを守るとかよりも――ただ、勝つことが気持ちよかったから――だから、あの時、神の意思も無視して俺は駆けだした。


 だから、俺は、戦うあいつらの横には並べない。

 俺は情けない俺だから――


「あーあ! あともう一人いればなー!!」


 リムサの声が聞こえた。

 きっとあいつが叫んでいるのは俺のことかもしれない。


 でも、今の俺は何もできない。

 あの時の弱い俺のまま。

 進化もできずに、覚悟も決められない俺じゃあ、お前の横に並べる資格がない。


「ボルドク!」


 ケルノストの声が聞こえた。


「我らの方は心配するな!」


 だめだケルノスト。

 その言葉はだめだ。

 俺が情けなくなる。

 俺がみじめになる。


 俺が、何のために、このダンジョンに居るのか、わからなくなる。


 俺は――


(ボルドク)


 声が、聞こえてきた。


 その声が誰の声なのか、俺は知っている。


(ダンジョンのためとか考えなくていい。ただ、お前がやりたいようにやってくれ!)


 これは、神の、声だ。


 たまに聞こえてくる、俺たちを作り出した神の声。

 その声が言うのだ。


 俺のやりたいようにしていい?


 ――俺は


 俺は――






 違う!

 過去の失敗を肯定するな!

 今の自分に納得するな!


 俺がやりたいこと? 知ったもんか!

 そうやってあの時、俺は間違えて、今もその失敗を引きずってるんじゃねぇか!


 だったら俺は――


 俺は――


 あいつらの横に並べるような、誇り高き強さが欲しい!



 『――跳躍進化の条件を満たしました』




 ◆ 




『眷属「ボルドク」の跳躍進化が可能になりました』

『跳躍進化を行いますか?』


(『跳躍進化』……?)


 突然聞こえてきたアナウンス。果たしてそれがなんなのか、ジオにはまったくわからなかった。


(いままで魔物の進化に俺が関わったことはなかった。それなのに、今になって俺の許可が必要になるのはどうしてだ? ……いや、いい。あいつが進化するってんなら、俺はその背中を押すだけだ!)


 そう言って、ジオは高らかに叫んだ。


(跳躍進化、起動!)


 その時、戦場に風が吹いた。

 強烈な風だ。吹き飛ばされそうになるほど強烈な風が、ダンジョンの奥から吹きすさぶ。


「なんだ!?」

「気を付けろよ、シルバ!」


 一体何が起きたのか。

 ゴルドとシルバが警戒を強める中――ケルノストは振り向いて言った。


「遅いぞ、ボルドク」


 瞬間、ケルノストの後方より何かが飛んできた。


「ッ!?」


 その何かはゴルドに肉薄すると同時に、ゴルドへと攻撃を仕掛け、もろともゴルドを大きく吹き飛ばした。


「ゴルド!」


 ゴルドの体が壁に叩きつけられた。

 何とか防御は間に合ったようで、まだ立ち上がる余力はあるらしい。


 ただ――ゴルドの前には、ゴルドを吹き飛ばした何かが立っていた。


「真打の登場だぜ」


 灰色の体毛を備えた巨躯。痩躯でありながら力に満ち溢れており、人間のように二足歩行でそれは立つ。


 狼のような顔には鋭い牙。人の手には獣のような爪。その瞳は、悪辣さと凶暴さを凝縮したように輝いている。


「俺ん名はボルドク! 遅れて悪かったな!」

「寝坊すけー!」

「ははっ! 許せよリムサ!」


 その人狼こそが、新たなるボルドクが進化によって獲得した姿であった。


〇ボルドク

 ・Lv27

 種族【ワーウルフ】


「おい、お前ら! こっちの男は俺が相手する! だからそっちのは任せたぞ!」


 そこでジオは気が付いた。

 ボルドクの突撃によって、ゴルドとシルバは引き離された。


 その距離はおおよそ七メートルほど。壁を作り、二度目の分断をするにはあまりにもちょうどいい空白だ。


 だからジオは、すぐに〈ダンジョン改築〉を起動して、ゴルドとシルバ。そしてボルドクとリムサたちを分断した。


「まさかこんなことになるとはな――」


 盛り上がっていくダンジョンの壁を見て、そんな風に嘆息するゴルド。けれどその戦意は衰えることなく、剣を握る拳に力が入る。


 そんな彼に、ボルドクは叫んだ。


「さぁ、やろうぜ人間! 俺は強いぞ!」

「いいぜクソ魔物! 人間の恐ろしさをその身に刻んでやる!!」


 最終決戦が始まる――

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