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第19話 備えは万全に


(前の三人組よりも強い人間が攻めてくるだってぇ!?)


 さて、ダンジョンに戻ってきたケルノストたちがそのことを話せば、誰にも聞こえない叫び声をあげてジオが驚いていた。


(ちょ、ちょちょどうしよう!? 今度こそダンジョンを封鎖した方がいいか!? いや、でもなんだか迎え撃つ気満々だし、そこはケルノストたちの意思を尊重した方が――ああもうどうしたらいいんだ!!)


 あわわあわわ。


(……いや、落ち着け俺……とりあえず魔物たちの様子を見て考えよう)


 そう言ってジオはざわめく心を落ち着かせつつ、風景(ビジョン)の先に居る魔物たちを見た。


(ダンジョンを守る――そのためには、あいつらが成長しなきゃいけないからな)


 ジオにできることは限られている。

 それに、例え全滅したとしても、奥の手がジオにはある。

 そうである以上、過保護に守っているだけではだめだ、とジオは思ったようだ。


「――と、言うわけで近々人間たちが攻めてくる」

「わふぅ!?」

「ちゅうッ!?」


 さて、そんな風にリムサの説明が終わったところで、事態を理解して驚きの声を上げるのは二匹。ボルドクとスミネの二匹だ。


「がうがうがっ!」


 騒ぐボルドクは、それが本当かを確かめるようにリムサに詰め寄るけれど――


「ボルドク。何言ってるのかわかんない」

「がうっ!?」


 コボルトの言語がわからないリムサには、何を言っているのかさっぱりであった。それでがっくりと項垂れてしまったボルドクはとぼとぼと後ろに下がり、その様子を見ていたケルノストが呟く。


「ボルドク。おぬし……進化せぬのか?」

「わふっ!? わ、わんわ……わんっ」


 ケルノストの言葉にびくりと肩を振るわせるボルドク。何やら取り繕うように鳴くボルドクだけれど、実際彼は既に20レべを超えていて、リムサたちがそうであったように、進化していてもおかしくはないのだ。


 なのに進化しない。

 それはジオだけではなく、ケルノストたちも不思議に思っているらしい。


 ただ――


「がう!」


 皆まで言うなとボルドクは黙秘を貫いた――いや、言葉がわからないため、自然と黙秘のようになってしまっただけだが。


 ともかく、そんなボルドクのことを不思議に思いつつ、ダンジョンの隅で怯えていたスミネをつまんで連れてきた後、リムサは再び話を始めた。


「襲撃に来る冒険者はおそらく五人。これは確定ね」


 この情報は、クリスたちより齎されたものだ。

 曰く――


『この近辺で一番強いのは間違いなく【旅路の黄金鐘(ゴールドベル)】の連中だ。十中八九、ダンジョンの探索には奴らが抜擢されることだろう。ついでに言えば、協力者を募ることはないだろうな。俺たち田舎の冒険者のことを見下した奴らだ。絶対にありえない』


 とのこと。

 確かに、あの酒場での一場面を切り取れば、プライドが高く傲慢な人物像を容易に汲み取れる。だからクリスのその話も、信用できる。


「一見したら数はこっちが有利。五対七。だけどそれじゃ勝てない――ボルドクは、よくわかってるよね?」

「がうぅ……」


 ボルドクが低く唸る通り、こちらの方が数が多いからと言って油断はできない。

 


「スミネ嬢たちは知らぬだろうが、前に三人の人間が来たことがあってな。その時、我々は為すすべもなくやられた。あの時は油断してたってのもあるとは思うが……それを指し引いても、何の策もなしに迎え撃つことはできない相手、と思った方がいい」


 それはリムサたちにとってはとても苦い記憶だ。

 獣相手に連戦連勝。その勢いに乗って襲い掛かった人間に、あっけなくやられてしまった、敗北の記録――


「だから作戦をたてる。勝てる確率を少しでも上げる――」


 そう言ってリムサは、とある作戦を提案した。


「相手を分断する」


 リムサがダンジョンに転がる石を集めて、それを冒険者と自分たち魔物に見たてて並べ、それを動かしながらケルノストが説明を引き継いだ。


「まず、相手は五人。その中でも要注意の人物が二人おる。ゴルドとシルバというらしい。どんな連携をするかは詳しくは知らんが、とにかく二人同時に相手することは避けたい」


 大きな石二つ。

 これを引き離す。


「最低でもゴルドとシルバを分断する。スミネ嬢。おぬしらには残る三人を相手してもらいたい」

「ちゅっ!?」


 さて、そこで突然名前を呼ばれて驚くスミネ。対し、その横で話を聞いていたアムとリングラは興味深そうに並べられた石を眺めている。


「安心しろ。スミネ嬢とアム嬢の魔法、それにリングラ嬢の攻撃力にロックのタフネスがあれば、残る三人は問題なく戦える相手だろう。問題は――」

「がうぅ……」

「今言ったことはわかるぞボルドク。そう、ゴルドとシルバだ」


 それほどまでに警戒する相手。

 ごくりと、この場にいる全員が唾をのむ。


「こ奴らの分断だが――こればっかりは、我らが()の力を借りるほかあるまい」


 その言葉に、魔物たちは全員が賛同した。

 ただ――


(神……?)


 話を聞いていたジオ一人が、話について行けずに首を傾げた。


(神ってなんだろ。もしかしてケルノストたち、外の村に行って宗教に感化されたのかな)


 そんな風に思っていたジオだけれど、次の瞬間にその考えを改めた。なぜならば――


「そこに居られますかダンジョンの神よ! 我が声が届いているのなら、どうかお話をお聞きください!」


 ケルノストが、空に向かってそう叫ぶ。

 それは奇しくも、風景(ビジョン)で魔物たちの様子を見ているジオが居る方向だ。


 これにはさすがのジオも気づいた。


(あーはいはいダンジョンの神って俺のこと――って俺神様扱いなの!?)


 驚くジオだけれど仕方あるまい。

 なにせ――


「我らが創造主よ――このダンジョンの危機にお力をお貸しください。貴方の力によってダンジョンの形を変え、襲撃者たちを分断してほしいのです」


 このダンジョンの形を自由に変えれるものなど、ジオを置いて他にいないのだから。そもそも魔物たちにとって、ジオは自分たちを作り出した創造主。神と言っても過言ではない。


 そしてケルノストに倣うように他の魔物たちも天を仰ぎ、祈り出した。こうなればもう、ジオは自分が彼らの言う神であると認めるほかないだろう。


(といってもどうやって伝えれば……俺の声は届かないし――そうだ!)


 そう言って、ジオは〈ダンジョン改築〉のスキルを起動する。

 すると魔物たちのいた空間がどんどんと広がっていく――


「こ、これは……!」

「おおー」


 ケルノストが驚愕し、何を考えているのかわからないような表情をしたリムサもさすがに驚いた声を上げて、高くなった天井を見上げる。


(これだけあれば、自由に戦えるでしょ! それに壁を作ればどこでも分断できる! いやぁ俺って天才!)


 なんとダンジョンの中に、とてつもなく広い空洞ができあがったのだ。

 高さはおよそ十メートル。面積は60平方メートル程度の巨大空間は、現在ジオが操作できるダンジョンの敷地の最大面積であり、それらをすべて巨大空間として改築した形だ。


 ちなみに、改築に伴って消費された土砂はすべてダンジョン倉庫に収納されている。これを使えば、再び壁を作り、侵入者を分断することもできるだろう。


 ただ――


「か、神よ……流石にやりすぎです……」

(え、まじ?)

「ここまで広いと作戦もくそもないよね~」

(……ごめん)


 おそらくは自分たちの特性を活かした作戦を考えていたであろうケルノストたちは、ジオが調子に乗って広くし過ぎた空間に苦言を呈するのだった。


 ともあれ、空間の拡張、襲撃者の分断はジオの役目となった。


「あ、神様。私、戦法的に結構部屋みたいな空間が欲しいんだけど~」

(ちょっと待ってちょっと待って。今、ダンジョン元に戻してるから……)

「聞こえてますー?」

(聞こえてるから待って!)


 戦場については、主にリムサとケルノストが、ジオに頼み込んで作ることになり、ちゃくちゃくと準備は進んでいく。


 そして、最後――


「ゴルドとシルバはそれぞれ、我とリムサが一対一で請け負う」

「がう」

「ボルドク。お主は――そうだな。あの四匹の戦いを見ていてくれ。流石に進化できていないことを考えると、ゴルドとシルバの相手は厳しいだろう」


 もっともな意見だ。

 どうやらその二人の冒険者は、以前相手にした三人よりも強いらしい。進化していないボルドクは、力不足だろう。


 ただ――


「……ボルドク」

「がう?」


 ケルノストは言う。


「進化できていないだけで気後れするでない。お主がどんな魔物であっても、我らの仲間であることには変わりないのだからな」


 そう言って、ケルノストはボルドクの肩に手を置いた。


「くぅん……」


 どこか申し訳なさそうにするボルドクは、そんな風に小さく鳴き声を上げるのだった。

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