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第18話 いい話


 トント村の村はずれの森の中、ケルノストとゲルドラの剣が交わった。


「ま、魔物が喋ってる……!!」


 キンと鳴り響く金属質。森をつんざく悲鳴のような剣の音に遅れて、ベルがそんな言葉を驚愕と共に口にした。


「ベル! クリスを連れて村に戻れ! 今すぐにだ!」


 ケルノストの骨剣を押し返しつつ、ゲルドラはそうベルへと指示を出した。


 こんな村の近くにまで魔物が来ている。しかも人に擬態して喋るだなんて、緊急事態もいいところだ。


 兄の指示に従って、ベルがすぐに村の方を向くけれど――そこで、再びケルノストの声が森の中へと響いた。


「待て」


 とてつもなく重い声だ。

 その声に待てと言われれば、逃げようとする足すら竦んで、動きを止めてしまう。


「先に言っただろう。我らは貴様らの脅威となるつもりはないと」

「どうだか」


 努めて会話の姿勢を崩さないケルノスト。けれど、人間からしてみれば魔物は、獣と何ら変わりない外敵であり、対話をするという発想すら浮かばない対象だ。


 信用できない。

 そんな言葉が、ゲルドラの顔に浮かんでいる。


 対話は成立しない――


「ではこうしよう」


 ケルノストが、骨剣を地面へと突き立てた。


「ッ!?」


 ゲルドラはそれを何らかの攻撃の予兆と感じ取り、警戒をより強めるけれど――ケルノストは突き立てた剣を背後に置いて、ゲルドラへと近づいた。


 一歩。二歩。その足取りはまるで木漏れ日の中を散歩するよう。


「我らに敵意はない」


 どう見ても無防備な姿のまま、ゲルドラの前に立った。


「ッ……!!」


 ゲルドラの剣がケルノストへと振られる。けれど――


「やめとけ」


 その剣を振りかぶった腕を、いつの間にかゲルドラの隣にいたクリスが止めた。


「何をするクリス!」

「意味がない。ここで戦う、意味がないだろ」


 クリスは語る。


「わざわざこいつらが俺たちの前に姿を現した理由はなんだ? それ以前に、敵対するのなら姿を隠したまま闇討ちをするのが最善だ。だが――こいつらは正体を晒した。俺たちに攻撃されるリスクを背負ってな」


 先ほどの怒り狂った姿とは、まったく違った顔を見せるクリス。

 けれど、人が変わってしまったというわけではない。今までのクリスは、あらゆる矜持をズタズタにされた彼だからこそ、みじめな怒りを爆発させていただけで――


「そもそも――喋る魔物だ。金儲けの匂いがする!」


 これがゲルドラのよく知る、クリスという男なのだ。


「調子を戻したみたいだな」

「いいや、怒りを忘れたわけじゃねぇぜゲルドラ。気に食わねぇもんは気に食わねぇ。あのスケルトンも、後ろで見てるもうひとりも、顔を見るだけではらわたが煮えくり返る」

「じゃあこのまま戦うのか?」

「ハッ! 馬鹿言えゲルドラ! 俺の夢を忘れたのかお前は!」


 かつてないほどに快活で、それでいていやらしい笑みを浮かべてクリス。そんな彼が、今まで幾度ともなく繰り返してきた野望を、懐かしむようにゲルドラは言った。


「王都に豪邸を建てる、だろ?」

「おうよ! ってなわけで剣を収めろ。奴らが話し合いを望むってんなら、俺たちもそうするべきだ」

「……そうだな。お前が言うなら、仕方ない」


 クリスの言葉に従って、ゲルドラはしぶしぶと剣を鞘に納めた。ただ、その顔はどこか嬉しそうで、だからこそだろうか、ケルノストへと彼は話しかけた。


「ケルノスト……だったか」

「うむ。我が名はケルノストである」

「俺はまだお前らのことを信用していない。だが――剣を向けて悪かったな。お前らが俺たちに危害を加えないというのなら、俺はもうお前らに剣を向けることはないだろう」

「ならば重畳。それはつまり、二度と剣を向けられることはないということにほかならぬ言葉だ」


 クリスの介入により、ゲルドラとケルノストの戦いは終わった。

 ゲルドラがそうしたように、ケルノストもまた地面に突き刺した骨の剣を回収する。そこで、クリスたち三人に聞こえないぐらいの小声で、リムサが話しかけてきた。


「ケルノスト」

「どうした、リムサ嬢?」

「ケルノストも性格悪いよね~。ケルノストの防御力なら、あの人たちに傷つけられないってわかっててやったんでしょ、今の」

「さてな。ともかく、話し合いの場を設けることには成功した。ここからはリムサ嬢の番だ」

「らじゃ~」


 果たしてゲルドラの剣はケルノストを傷つけることができたのか。二人が協力関係を築いている限り、それを確かめられる日が訪れることはないだろう。


 ともあれ、話し合いだ。

 リムサが言い出した、人間側の協力者を作る作戦。

 いずれ訪れるであろう【旅路の黄金鐘(ゴールドベル)】の襲来に向けて、自分たちにできること――


「私はリムサ。スライムだよん」

「……そうか。そっちはスライムか。となればあのコボルトも、今頃は喋っているのか?」

「いんや、ボルドクはまだまだだね~。でもいずれはボルドクも進化すると思う」

「進化……進化ねぇ……」


 ケルノストに代わって交渉の場に出てきたリムサ。

 ゲルドラはその姿を見て、あの時自分たちが戦った魔物のことを思い出す。

 進化。鎧袖一触で倒したあの時の魔物たちが、進化しただけで人語を解し、更にはあの時よりもはるかにパワーアップしているとは――考えただけでも恐ろしい。


 果たしてそんな魔物たちが何を言い出すのか。


「それで、話ってなんだよ」


 クリスがリムサへそう尋ねた。


「私たちの目的はダンジョンの防衛。あそこは私たちが生きる居場所。それを奪わせないために、私たちは戦っている」


 リムサがまず話したのは自分たちの目的。

 ダンジョンさえ守れればいい。その言葉を、彼女ははっきりと明言した。


 対して、クリスは怪訝そうな顔をして言う。


「そうかよ。だが、生憎と人間を裏切れってんなら無理な話だぜ。俺たちにも守るべき居場所と立場がある。それを捨ててまで、お前たちを守る義理は無いし、意味がない――」


 ダンジョンを守るため。そう聞いて、彼はピンと来たようだ。

 おそらく自分たちにこの二匹が接触してきたのは、協会がダンジョン攻略のために、冒険者を派遣しようとしていることを知ったから。


 そしてその対策に、こいつらは自分たちに協力を求めてきた――


 一呼吸。

 ためを作るように間をおいて、彼は力強く言った。


「何よりも金だ! 俺たちに何かをしてほしいってんなら、金に換えられる何かをもってこい! 話はそれからだ!」


 金、金、金。

 俗物的だが、わかりやすい。

 ここに来る前に、村で学んだ金の価値を頭の中に巡らせながら、リムサは一つの提案をした。


「これ、欲しい?」


 これ、と彼女が言ったのはケルノストの骨の剣。

 ゲルドラの剣を受けても刃こぼれはなく、その白き輝きは工芸品として見ても価値がありそうな一品だ。


「欲しい!」


 金になりそうだ。

 そう思ったクリスは二つ返事でそう言った。

 おいおい、とゲルドラとベルの二人が、飛びついたクリスの欲望塗れな顔に呆れる。


「じゃあ取引。【旅路の黄金鐘】のメンバーの特徴と戦い方を教えて。別に、貴方たちを戦力としては見ていない」

「いいね、乗った!」


 いいのかよ!? とクリスの背後でゲルドラとベルの二人が目を丸くして驚いているけれど、やはり二つ返事で取引を了承したクリスは言うのだ。


「おい、ゲルドラ。確かに同業者を売るってんのは褒められた行為じゃねぇかもしれねぇがなぁ――俺はあいつらが情けない面で負けて帰ってくるのを見てぇんだよ! お前だってそうだろ? あの傲慢野郎どもの高っけぇ鼻がへし折れるところを見たいだろ!」

「そう、か……まあ、好きにしろ。俺はお前に従う」

「ぼ、僕も兄さんに同じです!」

「ってことで決まりだな!」


 憎しみ一つ、恨み一つ。

 ここぞとばかりに馬鹿にされたことを根に持っていたクリスは、対価を受け取るやいなや、オウムのようにぺらぺらと喋り始めた。


 【旅路の黄金鐘】の構成。役割。戦法。人間関係、エトセトラ――彼の知る限りのあれやこれやをつぶさに語り明かしたあと――彼は言う。


「はっきり言うが、実力は間違いない連中だ。特にリーダーの二人――ゴルドとシルバの二人がヤバイ」


 クリスの言葉にリムサが訊ねる。


「というと?」

「ウサギ小屋の中に二匹だけ猛獣がいるみたいなパーティーなんだよ。近接特化のゴルドと、支援特化のシルバ――二人合わせて金銀コンビ。あいつらがここに来る前は、そんな名前で通ってたぐらいだ」

「強いの?」

「だから言ってんだろ――」


 再びクリスは語る。

 力強く、悔しそうに。


「奴らは、強い」


 けれどリムサは、そんなクリスへと言うのだ。


「私たちも強いよ」


 その言葉にクリスはきょとんとしたような、不思議な顔をした。

 虚を突かれたような、びっくりしたような。

 ただ、少ししたあと、彼は愉快そうに笑って言った。


「俺に負けたやつがよく言うぜ」

「前の私とは違う。次やったら泣かすぜ」

「おう、その調子であいつらにも半べそかかせてくれよ」

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