第17話 交渉の時間
「チッ……なんだってんだあいつらは!」
トント村の小路にて、酒場で馬鹿にされたうっぷんを晴らすように、クリスが怒声をあげた。
「自業自得だクリス。未知数のダンジョンを無理やり進んだのは俺たちだ。命があっただけ儲けものと考えるしかあるまい」
怒るクリスを宥めるのは、クリスの仲間であるゲルドラだ。剣と盾を担いだ偉丈夫である彼は、落ち着いた口調でクリスの怒りを鎮めようとしている。
しかし――
「こんな恥をかくなら、死んでた方よかったよ……!」
「お前……!!」
ゲルドラの言葉は、クリスの怒りを更に強くするばかりだった。
「よくもそんなことを言えたなクリス!」
「いくらでも言ってやる! 見ろよ、この俺の姿をよ! 骨をやっちまってしばらくは右腕と左足がまともに動かせねぇ! 仕事道具もあのダンジョンの中! こんな姿を晒して、これからどうやって生きろってんだ!」
まともに戦うこともできず、ウサギを追いかけることすらもできないけが人になった自分を嘆くように、クリスはそう言った。その上、気分を直そうと酒を買いに行けば、酒場で嘲笑を向けられる。
クリスのプライドは襤褸切れのようにズタズタになっていた。
「死んだほうがましだった!」
「冗談でも言っていいことじゃねぇぞクリス!」
衝動的に言い放ったクリスの言葉にゲルドラは腹を立て、その拳をクリスの頬に放った。けが人相手だろうと容赦のない拳だ。クリスの体が地面に放り出される。
「や、やめようよ! 僕たちで喧嘩したって意味ないじゃん!」
「黙ってろベル」
「でも……!」
ゲルドラの弟であるベルが二人の仲裁に入ろうとするけれど、焼け石に水。睨みあう二人の怒りを鎮めるに至らない。
睨みあうクリスとゲルドラ。
仲間として活動していた二人の関係に、亀裂が生じた――その時だった。
「少しいいかなそこのお三人」
あまりに場違いな少女の声が、抑揚なく三人を呼んだ。
「なんだ……お前……」
呻くクリスが、体を起こしながら声のする方を見れば、そこには仮面をつけ、コートを羽織った人物が二人いた。片方はとても背が高く、もう片方は子供のように背が低い。
今の少女の声は――背の小さい方のものか。
わかるのは――放つ雰囲気から、二人がただものではないということだ。
「貴殿ら三人に話がある」
少女の次は、男の声が聞こえてきた。地の底から這い出てきた亡霊のような声色だ。
「だが、ここは少し人目がある。場所を移したい」
ただ、背の高い男は周囲を見て、そう言った。確かに、この小道には少なからず人が居る。何よりも今しがたのクリスたちの喧嘩で、少なくない人目を集めてしまっている。
だから場所を移したいと、コートの二人は人気のない方――村のはずれの方へと向いた。
「なに、損はさせるつもりはない。貴殿らも、あの【旅路の黄金鐘】とやらを見返したいだろう?」
そう言って、クリスたちを誘うように二人は歩き始めてしまう。
「……ま、待て!」
「なにかな?」
辛うじてその背中をゲルドラが止めた。
ゲルドラは言う。
「お前らは……協会の人間か?」
「違う」
「…………」
協会――冒険者をまとめ、ダンジョンを管理する組織。ゲルドラはこの二人を、協会が派遣した人間かと思ったが――違うらしい。
だとしたらいったいどこの誰なのか。
何もかもを晒さないその風体は、あまりにも怪しく、信用できない。
だから歩いて行く彼らの背を、ゲルドラは眺めることしかできなかった。
ただ――
「俺は行くぞ」
「クリス!」
立ち上がったクリスが、二人の背を追いかけて歩き始めた。
「都合のいいことはわかってる。……だが、大した話じゃなけりゃ、そのまま帰ればいいだけだ。だろ? ゲルドラ」
「だが……奴らはただモノじゃないぞ!」
「俺にはもう後がねぇんだよ! こんな……笑いものにされて終われるかよ!」
そう言って、クリスはゲルドラの制止を振り払って行ってしまった。
「兄さん……」
ベルが、ゲルドラの顔を見る。
自分はどうしたらいいのかと、迷いを浮かべた表情だ。
「……俺たちも行く。あいつが大けがを負ってんのも、戦士の俺が守り切れなかったせいだからな」
そうしてゲルドラとベルも、二人の後に付いて行った。
少し歩き、村はずれ。
放牧された羊たちの見える森と草原の境界線。そこで立ち止まった二人が振り返ると、クリスたち三人が居た。
「ふふん、三人ともいる」
抑揚のない声で、少女の方がそう言った。
「それで、話ってなんだよ」
けれどその言葉に反応することもなく、クリスが要件を急かすのだ。なんだかつまらなそうにぶーという声が少女の方から聞こえたけれど、長身の男もまた反応することなく、クリスへと返事をした。
「先んじて一つ、約束をしてほしい」
「約束?」
「ああ、約束だ」
男は言う。
「我々は貴殿らに危害を加えるつもりはない。故に貴殿らも、どんなことがあろうと我らに攻撃をするな」
「……それはつまり、下手をすれば争いになることをしようとしている、と?」
「それは――我々の正体を見ればわかるだろう」
そう言って、長身の男――ケルノストは、己の顔を隠していた仮面を外した。
「なっ……!!」
そしてスケルトンとしての髑髏の顔を見た三人は、驚きの表情で固まってしまった。
そこでケルノストは、自分たちの身分を明かした。
「我が名はケルノスト。以前、貴様らに殺されたスケルトンである」
瞬間、反射的にゲルドラが剣を抜いた。
閃く剣線。切っ先はケルノストに向けられ、その刃が肉薄する。
かつてのケルノストであれば、避けることもできず、この一撃を受けてしまっていただろう。けれど、今は違う――
彼は進化したのだ。
「攻撃はしてくれるな、と言ったはずだが?」
ケルノストもまた、剣を抜いた。
白く輝く骨の剣。
それはゲルドラが抜いた剣とぶつかり合い、火花を迸らせた――




