第16話 酒場の喧嘩
トント村の酒場にて、机をダンッと叩く音が響いた。
「だから! 本当に居たんだよ魔物が!」
「ああ、ああそうだなクリス。お前のケガも、転んだんじゃなくて、魔物さんにやられたんだよな」
「っ……!! 馬鹿にしやがって!」
喧嘩のようだ。
酒場の机を囲み、何人かの男が騒いでいる。
その内のクリスという男は大声をあげて、苦汁をかみつぶしたような表情を浮かべている。クリスの対面には五人の男女。その中心に座る薄ら笑いを浮かべる男が、クリスへ向けて愉快そうに言った。
「いやはや、そんな大けがを負ったんだ。さぞや強力な魔物なんだろう。まさか低等級の――それもコボルトやスケルトンのような雑魚にやられた、なんて言わないよな?」
男が言うように、クリスは大けがを負っている。
足は折れて松葉杖をついているし、頭にも包帯を巻いていて、まさに重症者と言った様子。
そんな姿のクリスを見て、薄ら笑いを浮かべる男と、その仲間と思われる周囲の人間たちは、嘲笑するように笑い声をあげた。
「馬鹿にすんじゃねぇ!」
「お、おいクリス……やめとけよ……」
「そうだ。冷静さを持てクリス」
「うるせぇ!」
苛立ちを隠せずに大声を上げるクリスに対して、クリスの仲間と思しき二人の兄弟がクリスを宥めている。けれどその言葉も聞かずに、クリスは薄ら笑いを浮かべる男に食って掛かった。
「だから、言ってんだろ! スケルトン共以外にも居たってな!」
「はいはい。仮にそんな強力な魔物が居て? それで? まさかダンジョンを見つけたってのに報告もせずに中に入ったのか?」
「ぐぅ……」
ダンジョンは発見し次第、協会に報告する。世界で定められたルールである。もしもダンジョンを独占しようものなら、それは違法行為にあたる。
それがわかっているからこそ、クリスは何も言えなくなってしまった。
「まあいいさ。じきに協会からお達しが来る。そうすれば、ダンジョン探索の任務がくだされるだろう。その時になれば、どちらが優秀なパーティーなのかがわかるさ」
「チッ!」
薄ら笑いを浮かべる男の言葉へ、クリスは気に入らないとばかりに舌打ちをした。
「まあ、我らが【旅路の黄金鐘】にかかれば、発生したばかりのダンジョンなどすぐに攻略してしまうだろうさ。どこぞの貧相なパーティと違ってな」
クリスは男の言葉に反応しなかった。
男へと背を向けて、何も言わずに酒場から出ていく。
「っ……感じの悪い奴らだ」
「兄さん、僕たちも行こう」
クリスの仲間と思しき兄弟もまた、クリスの後を追って酒場から出て行った。そして彼らの姿が見えなくなったとき――
「ぷっははははははは!!」
彼ら――【旅路の黄金鐘】と名乗ったパーティの面々が、堰を切ったように笑い出した。
「見たかよ、あいつらの顔! 情けないったらありゃしない!」
「まったくだ! 俺たちにとっちゃこんな田舎のダンジョンすら役不足だってのに、それすらまともに攻略できないのに食って掛かってきてよ!」
「雑魚は雑魚なりにウサギの尻でも追いかけてればいいのよね!」
口々にクリスたちを馬鹿にするような言葉を言って盛り上がる【旅路の黄金鐘】のパーティーメンバー。彼らの声は、酒場の客全員の注目を集めている。
「今しがた出て行ったのは、我らがダンジョンに訪れた弓使いであったな」
「そうだっけ? そうかも……? 燃やされたからかわからないけど、見た目はそんなに覚えてない」
そして今しがたのクリスと【旅路の黄金鐘】のやり取りを眺めていた二人が居た。
いや、二人というか二匹。
「それにしても気づかれない」
「思ったよりも人間とは、自らのホームゾーンの中においては気を抜いてしまうものなのかもしれぬな」
酒場の入り口から最も遠い席に座るのは、つい先日言葉を獲得したばかりのケルノストとリムサの二人であった。
人間を見に行こうとダンジョンを飛び出した二人は、何と正体に気づかれることなく、人間の村の酒場に客として侵入することに成功していたのだ。
「使い古した外套が捨ててあって幸運だったな」
現在彼らは、フード付きのコートを着ている。このコートは、町のはずれにあった打ち捨てられた廃屋の中にあったものだ。リムサもケルノストも、そのままの姿だと魔物だとすぐばれてしまうこともあって、何とも幸運な拾い物だったと言えるだろう。
「ケルノストが器用なのもある。ほねほねなケルノストの顔がばれたらおじゃんだからって、仮面まで作れるってズルすぎ?」
ついでに言えば、二人とも仮面を被っている。
これによって完全に地肌の露出は断たれ、外見から二人が魔物であることがバレることはないだろう。
まあ、フードの着いたコートに仮面を被った人間は、それはそれで怪しさ抜群なのだけれど。魔物とバレるよりは全然ましだ。
「だが、人間の村に来て正解だったな」
「だね」
今しがたの【旅路の黄金鐘】の話を聞き、二人はそんな結論を出した。というのも――
「近いうちに、また人間たちがダンジョンに攻めてくる。あの集団の言いようからして、数日中だろう。早急にダンジョンに帰り、このことを皆に報せなくては」
そう言って、急いだ様子でケルノストが立ち上がる。
ただ――
「んぅ……ちょっと待った」
ぶらぶらと椅子に座って宙に浮いた足を動かすリムサが、酒場を出ようとするケルノストを呼び止めた。
「なにかあったかリムサ嬢?」
「うぅん、人間が攻めてくるのを報せに行くのは私も賛成だ・け・ど~……その前にやりたいことがある」
やりたいこと。
ダンジョンに残る仲間たちに危険を報せるよりもやりたいことなど、いったい何をやるつもりなのか。
リムサは言った。
「あのクリスって人に協力を頼もう」
「なんだと?」
その提案には、流石のケルノストも驚きを隠せない。
「人間側の協力者がいれば、都合がいいのは間違いないが……しかし相手は人間、それも前に我らを殺した手合いだ。リスクが高すぎる」
安易には受け入れられない作戦だ。
そもそも人間の村に潜入するという時点で大きなリスクを背負っているのだから、更なるリスクを抱え込みたくはないケルノスト。
そんな彼にリムサは続ける。
「数日じゃできる対策も限られてる。しかも、人数も実力も、あっちの五人組の方が高い。このまま帰っても勝率は低い。違う?」
「……まあ、そうだな」
自分たちも強くなったとはいえ、油断することはできない。少なくとも、以前に人間を戦ったときは、なすすべもなくやられてしまったのだから。
「それに――」
ぺろりと、舌なめずりをしてリムサは言う。
「クリスは欲に目が眩んだ人間。こっちが十分な欲を提供してあげれば、また目も眩むよ」
「……アム嬢よりも悪魔みたいなことをするのだな」
リムサの話を一理あるとしておきながらも、他人を都合よく利用することに一切躊躇のない発言に、ケルノストは呆れた声をあげた。
ただ、どちらにせよ、誰かを利用することに彼らは躊躇はしない。なにせ彼らは魔物。正義の味方でもなければ、人間でもないのだから。
「リムサ嬢。まさかとは思うが……以前、燃やされたことを根に持っているのではないのか?」
「べっつにー? 全然気にしてないよ。私」
「普段よりも言葉が棒読みであるぞ……」




