第15話 続くもの、続かないもの
我に与えられたのは知恵だった。
遥か遠き地平線。その先に見ゆるは霞の如き情景。
誰の記憶なのか判然としない彼方に手を伸ばし、零れ落ちた知恵を我が骨肉とする。
だが、足りない。
己が内の知恵だけでは、世界を知ることは叶わず。
世界から得た知恵だけでは、己が内を見通せない。
故に仲間も、主も、なにも守れない。
我は選ぶ。
正しく選び取れる知恵を――
◆
リムサに続くように、ケルノストもまた進化した。
進化が始まったのは、狩猟から帰還してすぐだった。
(ケルノストも進化か!)
「お~」
わくわくとした声を上げるジオ。対してやっぱり無表情なリムサは、おぉと感嘆しているような、していないような、よくわからない声をあげながらぱちぱちと手を鳴らしている。
また、他の魔物たちも淡く輝くケルノストに、なんだなんだと注目していた。
そうしてケルノストの進化が完了し、淡い光が消えた時――そこには、特段大きな変化のないケルノストが立っていた。
(変わった……のか?)
進化して変わったところと言えば、僅かに身長が伸びたぐらいか。数字にしてみれば190cm弱。魔物の中で一番背の高いロックに並んだ形だ。
ただ、最も大きな変化は見た目でわかるものではなかった――というのも、
「むむむ……リムサ嬢よりは劇的な進化とはならなかったか」
骨の奥底からおどろおどろしく、ケルノストは喋り始めたのだから。
「いぇーい。ケルノストいぇーい」
「ぬぉ……いぇーい?」
リムサがぴょんと飛び上がり、ケルノストに近づいてハイタッチ!
ただ、以前よりもさらに背が高くなったケルノストの手の位置は高く、リムサの手は空を空振った。
「感じ悪い、ケルノスト」
「む……すまぬなリムサ嬢。僅かとはいえ伸長したのだ。まだ慣れておらぬのだ」
相変わらず無表情なリムサだけれど、言葉から文句を言いたげなことが伝わってくる。なのでケルノストも、頭をかいて申し訳なさそうにしていた。
「んでんで? 進化してどんな感じ? 強くなった? あ、でもケルノストってそっちじゃないか」
それからくるくるとケルノストの周りをまわるリムサ。ケルノストの変化に先達として興味津々と言った様子だ。
(こう見ると、リムサが子供みたいだな)
ただ、リムサが年端も行かぬ少女の姿をしていることもあって、その様子はまるでお父さんに構ってほしい娘のようにしか見えない。
ジオは少しだけ微笑ましい気分になった。
「見た目に大きな変化はないのは、おそらく我が望んだ変化の結果だろう。以前にもまして思考が拡張された感覚がある。ただ、これを表面的に示せと言われると難しい所か」
「ふぅん。まあ前よりも性能アップって感じではあるんだよね」
「ああ、仲間を守るため、より尽力するつもりだ」
ドンと胸骨を叩いて強くなったと語るケルノスト。カタカタと動く骨の音は、以前にもましてずっしりと重く響き、彼が魔物として強くなったことを教えてくれる。
その頼もしい姿に感動しつつ、ジオは〈ステータス鑑定≪魔物≫〉を起動する。
〇ケルノスト
・Lv.20
【スケルトンパラディン】
【スケルトンナイト】から【スケルトンパラディン】へ。
【スライム】【ダンシングスライム】【ヒューマンスライム】と進化していったリムサに比べると、順当に進化しているように見える。
ただ――
(望んだ変化? ……もしかして、魔物の進化には、本人たちの意思が関わってたりするのか?)
ケルノストの言葉により、正体不明な進化のメカニズムを少し解明した――ような気がするジオ。
(と、すると――)
彼がちらりと風景を見る。
進化したケルノストと、彼の進化を喜ぶリムサと魔物たち。そんな中に紛れる一匹に、ジオは注目した。
〇ボルドク
Lv.20
【コボルトファイター】
先に進化したリムサやケルノストと同期であり、同じくレベル20へと到達したボルドクだけれど、どういうわけかボルドクだけが進化していなかった。
(十の倍数のレベルに到達することは十分条件じゃない? ……進化には、まだ俺の知らない条件があるのかもしれないな)
レベル20になれば進化できるわけではないらしい。
なぜボルドクだけが進化できていないのか。できることならば、ボルドクも進化してくれると、更なる戦力の増強が見込めるのだけれども――
(……やっぱり俺からは何もできないんだよな)
ジオにできることは限られている。
ダンジョンに欲しいものを魔物に持ってきてもらう。戦闘において大雑把な指示を出す。ダンジョンを改築する。何でもできるように見えて、何もできない。
そんな自分に歯がゆさを感じつつも、ジオは思う。
(まあリムサたちが進化してくれたし、急ぐ話でもないか。そもそもケルノストが言う通り、魔物が望むものが進化に影響するのだとしたら――それはボルドク自身の問題だ。それを解決できるのも、ボルドクだけ、だな)
そう、ジオは現状を結論付けた。
「ところでリムサ嬢」
さて、ジオがそんな風にボルドクのことを考えている間、ケルノストがとある提案をした。
「んぅ? なにケルノスト」
「我に一つ提案があるのだが――」
小首を傾げて反応するリムサへと告げた。
「我らは人間の言葉を解せるようになった。故にここで一度、我らで人間とやらを見に行かぬか?」
「いいね、さんせーい」
(ちょ……!!)
さて、あまりにも突然に提案された作戦に、ジオは大声をあげて驚いた。しかもリムサもノリノリで賛成するもんだから、ジオの驚きは加速する。
(そ、そんな危ないことダメに決まってんだろ!!)
なんて言葉を叫ぶけれど、生憎かな、彼の言葉は届かない――
「んじゃま森の先にれっつご~」
「我らが不在の間は、ダンジョンを任せたぞボルドク」
「わんっ!」
二人を送り出すボルドクは――
「わうぅ」
彼らの背中が森の中に消えた後に、どこか物憂げな鳴き声を上げるのだった。




