第13話 いつもよりもにぎやかに
新たな仲間が増えて数日が経過する。
「ブモォオオオ!!」
猛る獣の声が、ダンジョンの中にこだまする。
侵入者だ。イノシシの侵入者。
楕円形のフォルムに、目の前の敵を貫くように伸びた二本の牙。魔物ではないけれど、引けを取らない野生の力強さを持っている。
そんな侵入者を相手するのは、スミネ、アム、リングラ、ロックの四匹だ。
(突撃しろロック!)
戦いの始まりはロックの突進から。
「ブゥウウウ!!!」
雄たけびと共にロックがイノシシへと突撃する。イノシシもまた、向かってくる敵に対して、ミサイルのように飛び出した!
二者のぶつかり合う音がダンジョン内に響き渡る。
(援護しろスミネ、アム!)
ロックがイノシシとぶつかり合ったその瞬間、スミネとアムが魔法を使った!
「チュウ!」
「キキィ!」
二匹が魔法の詠唱を行うと、少し遅れて魔法が発動される。まずスミネの魔法が空中に氷のつぶてを作りだし、それをイノシシへと浴びせかけた。
「ブモォ!?」
氷のつぶてを受けて苦しそうにするイノシシ。そこへ襲い掛かるのは第二の魔法。アムが魔法を使うと、地面が泥となりイノシシの足に絡みついた!
足を取られたイノシシは、呻き声をあげて地面に転がる。
「キキキッ!」
その姿を嬉しそうに笑うアムが、空中を飛んでいた。
(とどめだ、行けリングラ!)
そして身動きが取れなくなったところを、棍棒を持ったリングラが襲い掛かる。ボルドクと同じくらいの背丈のリングラ。その手に握られるのは、木製の野球バットのような、けれど明らかに木製バットよりも太くずっしりと重い巨大棍棒。
それを軽々しく振り回して、リングラはイノシシにとどめを刺した。
戦闘、終了だ――
(獣相手なら、スミネたちに任せても問題なさそうだな)
未だ時折ダンジョンに迷い込んでる獣を相手に、新たな仲間四匹の実力を見るジオ。
リムサたちは、それぞれがバランスよく分担したチームワークを発揮していたけれど、こちらの四匹はその形が少し偏っていて、主に前衛をロック一匹に頼り切っていた。
(とはいえ、それを差し引てもロックは頼もしいし、スミネたちの魔法も強力だ)
けれど、前衛をロック一匹に任せきりというのは別に悪いことではない。特に後衛に立つスミネとアムの二匹の魔法援護が、想像以上に強力なのだ。
スミネの攻撃魔法は確実に敵の体力を削り、アムの妨害魔法が敵の隙を無理やり作りだす。完璧なチームワークだ。
そしてとどめのリングラ。リングラが持つ武器は、ケルノストが木から作り出した棍棒で、リングラはそういった武器を使って戦うことが得意らしい。その一撃はボルドクに迫るものがある。ただ、攻撃一辺倒な性格なのか、守りは苦手としているらしく、だからロックに受けを任せて、ヒット&アウェイの要領でリングラは戦いに貢献していた。
最初の頃はボルドクたちを待機させていたけれど、特に不安もなく撃退していく姿を四匹が見せたことで、ジオの不安も解消された。
(それにしても、意外と〈戦闘指揮〉のスキルは細かく指示を出せるんだな)
戦いの指揮を行うスキル――と思しき〈戦闘指揮〉。このスキルのおかげか、戦闘中のみに限って、ジオは彼らと意思疎通がとれているように感じられる。
ただ、あくまでも指示できるのは戦闘に限ったことだけ。けれどその戦闘に限った指示の範囲はそこそこ広い。
退け、攻めろ、はもちろんのこと、誰が戦うか、誰が控えに回って様子を伺うか、どんな陣形で戦うか、どこから攻撃を加えるのか――戦いを経て〈戦闘指揮〉のレベルが上がったこともあってか、スムーズにそういった指示を行うことができる。
(これも侵入者を撃退するため、か)
戦い、生き残る。
なんだか、当初ジオが思い描いていた理想の箱庭から、どんどん遠のいて行ってしまっているような気がしてならない。
(……死んだら、元も子もないか)
そんな風に言い訳をして、ジオはとりあえず倒したイノシシを〈ダンジョン倉庫〉へと格納し、魔物たちの様子を見た。
(新人四匹は引き続きダンジョンの防衛を任せるとして、リムサたちはそろそろ狩りにでも行ってもらおうかな)
少し心配なのはリムサだ。人間との戦いから、リムサはグニャグニャと形を変えて、部屋に閉じこもってしまっている。落ち込んでいるのか、後遺症か。その不安が解消されない以上、少し心配になってしまう。
(何事もないといいが……)
さて、そんなジオの心配とは裏腹に、ダンジョンの中は、魔物たちが増えたこともあって賑わっている。労うように四匹へと近づくボルドク。けれどいつの間にかボルドクの足元に泥沼ができていて――すってんころりん。キキキと笑うような声が聞こえてくる。
転んだボルドクをロックが心配して駆け寄るけれど、心配無用とガウと吠えたボルドクが飛び起きた。鋭いボルドクの視線が空を飛ぶアムへと向く。そして炸裂する渾身のパンチ! 怒りのままにそれは飛び出し――けれど空を飛ぶアムには届かない。
ボルドクの怒りは更に高まり、アムの笑みはさらに深まった。それを見ていたスミネは恐れおののきダンジョンの隅に逃げて行ってしまったし、ケルノストとリングラはバットの調子を確かめるためか、そちらの方を気にするそぶりが一切見えない。
(アムの悪戯好きには困ったもんだな……)
こちらもまた心配になるけれど、こればっかりは仕方がない。というよりも、彼らに語り掛けることのできないジオには、本当にどうしようもない問題だ。とにかく、彼らの間で解決してくれることを願いつつ、風景を見る。
それにしても、いやはやにぎやかになったものだ。
空を飛ぶアム。バットを検分するケルノストとリングラ。怒るボルドクとそれを宥めようとするロック、怯えるスミネ、佇む人形――人形?
(な、なんだあれ!?)
粘液質の表面を持った人形が、ダンジョンの中に佇んでいる。それはおおよそ人――人間の子供ぐらいの大きさをしていて、けれどぶよぶよとスライムのような表面をしているから少し不気味だ。
ただ――
(まさか……リムサか!)
ボルドク辺りが目を丸くしていたけれど、誰も敵としてそれを認識しないことから、この粘液人形がリムサであることにジオは気づいた!
(まさか……前々から体の形を変えてたのは、人に擬態するためだったのか……)
ここ最近のリムサの行動に得心が言ったジオ。ただ、それはそれとして――
(……まだ人型になるのが限界っぽいな)
リムサの擬態はまだまだ不完全なものだった。あくまでも人型。手と足と頭を作って、人の形を保つのが精いっぱいという様子。
それにしても、なぜこんな姿に?
(そういえば、リムサはダンシングスライムに進化したんだったな……)
思い返せば、進化を経てリムサの体積は大幅に増えた。背丈も、ボルドクに迫る勢いだ。
(もしかして……ダンシングスライムになったのも、ボディランゲージを使ってコミュニケーションを取りたかったのかな)
体をくねらせ、何かを伝えようとするリムサは、思い返してみれば仲間としてボルドクたちに近づこうとしていたように見えなくもない。
そう思うと、少しほっこりするジオであった。
(この調子で進化したら、完璧に人に擬態できるようになったりしてな~)
――さて、そんなことを想像した数日後のことである。
〇リムサ
・Lv.20
【ヒューマンスライム】
「ん……進化、した……」
(シャベッタァァァァァ!?!?!?!?!)
リムサが人の姿と言葉を獲得したのであった。




