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第10話 邂逅



 相対する。


「ガルァァッ!!」

「出た、魔物だ!!」


 既に三人の男たちは洞窟の出入り口を発見しており、続くダンジョンへ侵入を果たしている。


 そこに現れたボルドクへ、弓使いの男が満面の笑みを向けた。


「あの爺さんが言ってたことは正しかったんだ!」

「まじかよ……ってことはここが――」

「ダンジョンか!」


 唸るボルドク。それを見据える三人の男。少し遅れて、リムサとケルノストとも現れる。


(俺は――)


 一触即発の空気がその場を支配する。

 その中でジオは――


(人を殺せるのか――?)


 ジオは、迷っていた。

 かつて人だった時の記憶が生み出す迷い。

 人間を敵として捉らえた時、いざその時なって、その指示を彼らに出すことができるのか。


 彼は迷う。

 けれど――


「先手必勝ってなぁ!」


 彼の答えを世界は待ってくれない。

 弓使いの男が誰よりも早く武器を抜き、引き絞った弦を鳴らして矢を放つ。


(ボルドク!)


 弓はボルドクの体を撃ち抜いた。


「グゥ……ギャワン!!」


 しかしボルドクは痛みを噛みしめ前を向く。

 敵は前にしかいないのだから――


「来たか!」


 ボルドクが弓使いに肉薄する。けれどその間に剣使いの男が割りこんできた。彼は左手に盾を持ち、ボルドクの爪を弾く。


「カタカタ――」

「魔物同士が連携!?」


 攻撃をスカされピンチに陥るボルドクだけれど、その隙を守るのがケルノストの仕事。ボルドクを狙って放たれた剣をケルノストは体で受け止める。


 その間に、リムサがずるりと体を平べったくして、足元から男たちに襲い掛かり、後ろへと下がらせる。


 そんな魔物同士の連携に、男たちは目を丸くして驚いた。ただ一人、満面の笑顔を浮かべる男を除いて。


「すげぇ……すげぇぜお前ら! 《《こいつらの素材はいったいいくらになる》》かなぁ!?」


 弓使いの男が、嬉々として弓矢を構えた。


「【ファイア】」


 同時に男がそう唱えると、矢の先に火が灯る。


(火……? まさかあれは……魔法!?)


 初めて見る他人の魔法にジオは驚き、そして――


(まずい、避けろリムサ!)


 けれどその忠告は遅かった。

 地面に広がったリムサへと火矢は当たり、リムサの体が燃え上がる。


「古今東西、スライムの弱点は火だぜ」


 声にならない悲鳴を上げて、リムサの体が燃えていく。

 燃えて、消える――


(リ、ムサ――)


「がうぅ……!!」


 燃えるリムサを見るボルドク。しかし今は戦闘中。そんな隙を晒してしまえば――


「魔物のくせに仲間想いかよ」


 ボルドクの体に剣が走る。

 赤い血が飛ぶ。


(ボルドク――)


 倒れたボルドクを、ケルノストが見ていた。

 スケルトンの髑髏から、彼の浮かべる感情は読み取れない。


 悲しいのか、悔しいのか。

 ともあれケルノストは剣を取った。

 最後に残った一匹として。


(ケルノスト――)


 三対一。

 多勢に無勢というほかなく、いくら硬いケルノストと言えど最後にその体はバラバラにされてしまった。


「ひゅー、あぶねぇあぶねぇ。よし、先に進もうぜ」


 男たちは、三匹の屍を踏んで洞窟の奥へ――ダンジョンの奥へと進む。

 ジオは――


(俺が……)


 ジオはただ、三匹の亡骸を見ていた。


(俺が、もっと、ちゃんとしてれば――)


 ちゃんと。

 ちゃんと、他の魔物を揃えていれば。

 ちゃんと、ボルドクたちと人間が鉢合わせないようにしていたら。


 ちゃんと、ダンジョンらしく振舞えていたら。


 後悔がジオの胸を貫く。

 彼の中の何かが黒く染まっていく。


『ダンジョン内の眷属が全滅しました』


 そんな彼の脳裏に、いつものようにアナウンスが流れる。


『封印解除――最終フェーズ進行――概念抽出開始――召喚起動――』


 それは淡々としていて、何の感情もなくて、まるで一つのシステムを動かす機械のよう。


 けれど今のジオの心には、その方が心地よかった。

 冷たくなっていく心に、機械の言葉は馴染むのだ。


『いってらっしゃいませ、ジオ』


 ジオの意識が、世界へと落ちていく――



 ――ダンジョン内部。


「なんで魔物が居ねぇんだよ! 畜生! さっきの奴らの素材を剥いどくべきだった!」

「落ち着け。下手に大声を出して魔物を引き寄せたらどうする」

「さっきの連中がいくら襲い掛かってきたところで怖くねぇよ! だろ?」


 魔物のいないダンジョンの中を、三人の男が歩く。彼らの目的は、ダンジョンに現れる魔物の素材。ダンジョンとは、魔物を生み出す迷宮。それを独占して、無限にあふれる魔物素材を売りさばけば――そんな野心で、彼らの頭は埋まっている。


 だから次なる魔物を探すように、彼らはダンジョンの中を突き進んでいた。


 そこで、それは現れた。


『■■■■■■■■■■■■■――!!』


 それは鎧。

 闇のように黒く、影のように深い全身鎧。

 それは意味不明の声を上げ、まるで幽霊のように現れた。


 その瞬間、男たち全員の背筋が凍り付いた。


「なんっ……だ、こいつ!!」


 弓使いが即座に矢を放つ。それはまっすぐ鎧を撃ち抜くが、傷一つ付けることができずに地面に落ちた。


「気を付けろ、さっきの奴らとは別格――ッ!!?」


 弓使いが仲間へと注意を促したその瞬間、弾けるように黒い鎧が飛び出した。剣も盾も鎧は持っていない。しかしその拳が弓使いへとさく裂したその瞬間、弓使いの体は宙を舞い、四、五メートルは向こうにある壁へと叩きつけられた。


『■■■■■■ッ!!』

「こいつっ!」


 鎧の動きを剣使いの男は捉えることができなかった。

 それだけの速さ。そして大の男を何メートルも弾き飛ばすパワー。

 魔法やスキル的な効果を使った様子もないことから、剣使いはある言葉を頭の中に巡らせた。


(こいつまさか……ダンジョンボスか!?)


 それはダンジョンの最奥に潜むとされる怪物。

 ダンジョンが持つ力の具現化であり、ダンジョンの化身そのもの――


「これは……分が悪いな……おい! 逃げるぞ! お前はそこで伸びてる馬鹿を連れてけ」

「お、おう!」


 剣使いは、もう一人の男へと指示を出した後、鎧へと剣を向ける。


「俺が時間を稼ぐ!」

「気を付けろよ!」


 ダンジョンボス。

 圧倒的な暴力を前に、剣使いの背筋に冷たいものが走る。


 気を抜いた瞬間、いつ自分の体が宙を舞っているかもわからない緊張の中、彼はごくりと息を呑んだ。


 ただ――


「なんだ……」


 鎧は動かない。

 襲い掛かってくる様子がない。

 一か八か、剣使いはゆっくりと鎧へ剣を向けたまま、後ろへと下がる。


「じゃあな……!」


 そして剣使いが何かを投げたと思えば、真っ白な煙が爆発するようにダンジョンの中に広がった。


 鎧は。


『■■■■……■■?』


 鎧は。


『終わった……のか?』


 ジオは、晴れていく煙の中で、人間たちがダンジョンから出て行ったことを感じた。


『侵入者を撃退しました』


 彼の脳裏にアナウンスが流れる。

 ただ――


(殺せなかった)


 ジオの中には、悲しみとふがいなさで溢れていた。


(あいつ……仲間をかばってた)


 頭に血が上ったように殴りに行ったジオ。けれど、剣使いが弓使いをかばう姿を見て、彼の中の怒りが冷めていくのを感じた。


 殺すという言葉が、彼の足を止めてしまった。


(でも、あいつらは――)


 リムサたちは、殺された。

 そんな後悔ばかりが、彼の胸中に渦巻く。

 救えなかったものを数えてしまう。


(俺は……俺は――情けない……!!)


『最終フェーズの終了を確認しました』

『ダンジョンを再起動』

『眷属を蘇生します』


(……へ?)


 と、ここでアナウンスの言葉に耳を疑うジオ。


(え、いや蘇生って……ちょ、まてやアナウンス! そんな話聞いてな――)

『再封印処置を開始します』

(ちょっとまてぇえええええ!!)


 黒い鎧に宿っていたジオの精神は、鎧から浮かび上がったかと思えば、再び風景(ビジョン)越しにダンジョンを見るだけの場所へと戻っていた。


 そしてその風景(ビジョン)の先では――


「くぅん?」

「ぷるぷるぷる」

「かたかた」


 どこからともなく蘇った三匹が、不思議そうな顔をして立っていた。

 死んだとばかり、思ってたのに。


(……ああ……生きててよかったぁ……)


 肩の力が抜けていくような、ほっと息を付いたジオであった。


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