第97話 陽葵
■陽葵視点
「姉さん、行ってくるね」
「陽葵、土産には期待しておけよ!」
大事で可愛い妹と、大事で格好いい幼馴染の男の子。
そんな二人が一緒に修学旅行に出かけるのに、身体の弱い私は付いていけなくて。
仲間はずれだと拗ねてしまった私に、二人は仕方なさそうに笑っていた。
「……うん、行ってらっしゃい」
拗ねてしまった私の気持ちが声に出る。
それでも、二人は気にしないでくれて、元気に「行ってきます」と言ってくれた。
私はこの時。
二人の顔をまっすぐに見れなかったことをずっと後悔し続けている。
――中学校の修学旅行バスが、崖から転落。現場は火に包まれており、教師と生徒合わせ三十名が死亡。
夕方に流れた報道には、私たちの学校の名前があった。
場所は、二人の修学旅行先。
頭が真っ白になり、呼吸が上手くできない。
二人じゃない。
他のクラスに違いない。
そんな私の願いは。
間を置かずに鳴った電話に、震えながら出た母の悲鳴に打ち砕かれた。
見慣れた笑顔の写真。
中身のない空っぽの棺。
お葬式でも、私には現実感がなくて。
涙一つ零れなかった。
それからは毎日が上の空で。
元気が取り柄だった私は、空元気すらでなくなった。
ある日。
幼馴染の男の子のお母さんが、小さな包みを持ってきてくれた。
明るかったおばさんは、泣きそうな表情を浮かべて。
それでも、これは陽葵ちゃんが持っていた方がいいと思って。
そう言って、私に小さな包みを渡してくれた。
少し重みのある、小さな包みを開けると。
そこには、ひび割れ、焼け焦げていたけど、原形をとどめた白い豚の貯金箱があった。
私と妹が、小さい頃に彼の誕生日に贈った貯金箱だ。
妹がふざけて付けた変な名前を、素直に格好いいと受け取った彼が採用して。
由来を知ってからも、男が一度付けた名前を変えられるかと、意地になっていたのを覚えてる。
「あの子、修学旅行にも持って行ってて……最後の時まで、これを抱きしめていたって」
――ありがとな! 俺、こいつを宝物でいっぱいにしてやるんだ。
そんな彼の笑顔がよぎって。
ようやく、私は彼が居なくなったのだと理解できて。
白い豚の貯金箱を抱きかかえて、私はその場で泣き崩れた。
白い豚の貯金箱の中には、彼を思い出せる宝物がいっぱいだった。
珍しいメダル、私たちが作った手作りのお守り、使い終わった遊園地のチケット……。
他にも数え切れない小さな宝物の中に。
私が妹に贈ったネックレスも入っていた。
少し血の付いたそれは、きっと最後に妹が彼に託したのだろう。
そして。
『陽葵へ』
そう書かれた袋に入っていた、小さな旗のアクセサリー。
向日葵が描かれた、私へのお土産。
大事な宝物たちを、この子は最後まで守ってくれたのだ。
私は泣いて。
泣いて。
泣き続けて。
それでも、立ち上がれたのは、二人が残してくれたこの子がいたから。
それから五年。
自分でも頑張ったと思う。
二人が居なくなってから、私の身体は目に見えて弱っていった。
二人が支えてくれたから、私は元気でいられたのだと実感する。
でも。
もう、いいよね。
二人を待たせてしまったけど。
私も、二人の所に。
そうして、私は宝物を詰め込んだ白い豚の貯金箱を抱えながら。
眠るように最後の時を迎えた。
□
気付けば、私の前には病院じゃない、煌びやかな空間が広がっていて。
人とは思えない、美しい女性が私の前に座っていた。
今際の際に見る夢のようで。
どこかふわふわとした頭は、うまく働かなくて。
『君には、異なる世界に行ってもらうことになります』
心に直接響くような声に、そういうのも悪くないと思えて、自然と頷いていた。
『一つだけ。思い入れの強い物か、理想を形にした物を持っていくことができるから』
だったら、決まっている。
彼の残した、白い豚の貯金箱。
そんな私の選択に。
涼やかだった女性の顔が曇る。
『……ごめんね、それはもう既に選ばれているみたい』
選ばれている?
これを、選んだ人。
まさか、それって。
『そうか、君はあの時の者達の関係者なんだ。悪いんだけど、同じ起源の品は、一つの世界に一つまでって決まりなの』
彼は、向こうにいるんですか?
『送ったのは間違いないけれど、今どうしているかは知りえないの』
妹も、向こうにいるんですか?
『同じく送ったのは間違いないけれど、今どうしているかは知りえないの』
だったら。
私は、二人が私だと気付いてもらえるように。
あの旗を。
向日葵の旗を、私は掲げたい。
二人がくれた、あの旗を。
『承りました。あとは、時が来るまで眠るといいでしょう』
その言葉に安心したのか、私の意識は途絶え。
□
次に目が覚めた時、私は誰もいない石造りの広場の上に座り込んでいた。
周囲は石造りの古風な塀で覆われ、半分だけ覆われた天井から光が入り込んでいる。
手元を覗けば、病室でのやせ細った私の手ではなく。
二人が居た頃の、元気だった私の手だ。
服装も、よく見れば中学校の制服姿。
きっと、私の時間はあの時で止まったままだったのだろう。
立ち上がることもできなかった時と違い、思った通りに立ち上がれる。
立ち上がる時に、肩へ重みがかかる。
よく見れば、竹刀袋のようなものを肩にかけていた。
開けてみると、中には布にくるまれた棒状の何か。
取り出してみると、それは旗のキーホルダーに描かれた、向日葵の模様が刺繍された旗だった。
何故か不思議と重さを感じない旗を振り回してみる。
中学生当時の私と比べても、びっくりするぐらいに体が動く。
それでも、人並み程度だと思うけど、私からすれば一大事だ。
旗の重さに振られることもなく、くるりと回せば旗は不思議と巻き上げられる。
巻く手間を考えなくていいのは助かるなと思いながら竹刀袋に仕舞い込む。
他にも体を動かしたり、所持品の確認をしてみた。
残念なことに、制服一式とスニーカー、旗と竹刀袋以外は何も持っていなかった。
他にも異世界定番の、ステータスオープンとかも色々試したけど何も起きなかった。
――これからどうしよう。
ここがどこかの説明とかもなく。
何をどうしたらいいとかも説明もない。
あのきれいな女性――多分神様は、すっごい不親切だ。
異世界に行くなら、もっと何かあってしかるべきだと思う。
不安に駆られながらも、誰もいない広場を見渡す。
すると、出口と思わしき場所に、看板が立てかけてあった。
『この先、チュートリアルの酒場』
日本語で書かれた看板に、思わず肩の力が抜ける。
「用意してあるなら言ってほしいなぁ」
どうやら、この異世界にはチュートリアルがあるらしい。
私は順路に従って、入り組んだ道を進む。
最後に扉を開いてくぐると。
背後からガチャ、という音と共に扉が閉まった。
振り返ると、くぐったばかりの扉には鍵がかかったみたい。
「一方通行なんだ……」
ゲームのようだと思いながら、辺りを見回すと。
西洋のような、異世界としか思えない、石と木でできた建物達。
そして、一目でわかる酒場の姿。
看板には、不思議と理解できる文字で「チュートリアルの酒場」とあった。
近付けば、酒場は年季の入った建物で。
でも、大事にされているのが分かる程に手入れが行き届いている。
――きっと、どこかに二人がいる。
そう信じるためにも、私はチュートリアルを終わらせないといけない。
扉に手をかけると、中から喧騒があふれ出す。
びっくりする私に、小さくて可愛い、リスのような耳と尻尾の女の子が駆け寄ってきた。
「ようこそ、チュートリアルの酒場へ! いらっしゃい、新しい来訪者さん」
私の手を掴むその暖かな温もりに。
本当に、異世界に来たのだという実感が胸を熱くさせた。




