第9話 採取依頼
本日のランチと腸詰で腹を満たし、エールで英気を養った俺は、結局最後まで下りなかったルメールを背負ったまま掲示板に向かい依頼票を眺める。
「なんだヴァイス、依頼を受けるのか?」
「俺じゃねぇよ。二人のチュートリアル用の依頼探してんの」
幸いにも、予定してあった若い奴への指導は他の古参が請け負ってくれたからな。
来訪者の指導は他に任せるわけにはいかないんで、俺が空いてる今のうちに、できるだけ面倒を見ておきたい。
「なぁヴァイス、この依頼とかどうだい?」
「ルメール、それお前が受けたいだけだろ。高難易度の討伐依頼に連れてったら二人が死ぬだろが」
「ちぇー」
相変わらずの戦闘狂ですこと。
まぁ、戦闘好きなのはルメールの体質的に当たり前ではあるんだが。
「それに、来訪したての二人に討伐依頼は早いっての。まずは……これでいいだろ」
俺は掲示板に貼られた依頼票から、採取依頼の一つを剥がす。
キノコやら、果物やら、森由来の品を採取してくる奴だ。
「採取依頼ぃ?えぇ、ぼくそんなのつまらないよ」
「お前は連れていきませんからね!」
「なんでぇ!?」
打つな、顎で頭頂部を穿つな!
「燃費最悪のお前を連れてったら大赤字じゃい!」
「ヴァイスのけち!」
「俺がどけちなのはよく知ってるだろうが!」
趣味は貯金なんでね!
お前もよく知ってるだろうが。
「そうだよね、豚の貯金箱に魔石を貯めるのが生きがいだもんね……ごめん、ね?」
「憐れまないで貰えますかぁ!?」
必要だからやってるんですぅ!
「夫婦漫才は、そろそろ終いでいいか?」
料理がひと段落ついて手が空いたからか、普段は酒場のマスターをしている男が、受付から声をかけてくる。
「誰が夫婦だ誰が」
「ぼくたちだよ?」
可愛く言うんじゃない!
「どう見てもそうだろう、お似合いだぞヴァイス」
「うるせぇシンザキ!」
日本人がイメージする酒場のマスターそのままの格好で、眼鏡をかけたオールバックのおっさん。
俺の級友であり、来訪者仲間の生き残りの一人で、開拓団【チュートリアルの酒場】の酒場の店主。
今はただ、シンザキと名乗っている友人だ。
「で、どうだ二人は」
「まぁ、俺たちよりは有望だろうよ」
「ヴァイス。俺たち以下が早々居るわけないだろう」
「違いねぇ」
お互いに自嘲を込めた苦笑いを浮かべ合う。
どれだけ俺たちが馬鹿だったかは、俺たちが一番よくわかっているからな。
「冗談は置いといて……“二人一緒なら”かなり伸びるだろう」
「そういうタイプか」
なんで、俺たちができる限りサポートしないとな。
俺は、こっちを覗いていた優斗と那砂を呼び寄せる。
「優斗、那砂。こいつがシンザキ。俺と同期の来訪者で、酒場のマスターで、激うま飯を作ってる料理人だ」
「シンザキだ。暇なときは受付もするが、基本は料理人だ。食いたいものがあったら大体は作ってやる」
「あ、那砂です!本当に美味しいご飯ありがとうございます!」
「……優斗です。飯、マジでうまかったです」
うんうん、胃袋掴まれたらそりゃ素直にもなるか。
「……それにしても、俺とは態度違い過ぎねぇか優斗?」
「そりゃ、おっさんはくたびれた飲んだくれにしか見えなかったし、シンザキさんはほら、カッコいいし?」
くっそ、ぐうの音も出ねぇ!
実戦で長いこと使い古してくたびれた俺の装備と、荒事のないバーテンダー衣装のシンザキじゃ社会的信用度が違い過ぎたか!
「ヴァイスはもうちょっと、身だしなみを整えたほうがいいよー」
通りすがりに言葉の刃ありがとね、マリネちゃん!
「あの、それにシンザキさんのほうがヴァイスさんより年上ですよね?それもあるかなと」
「……那砂、俺とシンザキ何歳に見える?」
フォローをしてくれただろう那砂に、にやりと笑って問いかける。
シンザキはまたか、と軽くため息をついていたけど。
「えっと、ヴァイスさんは20代後半で、シンザキさんは30代後半ぐらいかなって」
まぁ、見てくれはそうだよな。
「俺もシンザキも同い年だよ。ま、たぶん30代後半あたりだな」
「おっさんマジでおっさんなのか!?」
うるせぇ坊主、そうだよおっさんだよ!
「この世界だと、一定以上の強さになったり色々な要因で老化が止まったりするからな。ヴァイスもその口だ」
「どうも、永遠の20代でーす」
中には永遠の美貌を求めて鍛え続けて、若さより強さで有名になったロリババアとかいるし。
そういう意味ではルメールも老化とは無縁か。
魔人だし体はビスクドールだし。そもそもこいつが何歳か知らないけど。
「まぁ、年齢の話はいいとして。二人連れて、一泊二日の採取ツアーしてくるわ」
俺が依頼票を差し出すと、シンザキが受け取り目を通す。
「樹鹿の森の採取依頼だな」
「あぁ、一度森とかの支配領域は経験させとかねぇと危ないしな」
俺の言葉に、シンザキが頷きながら、依頼を受理してくれる。
「最近眷属の目撃例が多いらしい、気をつけろ」
「マジか」
この街は、近隣に何種類かの森と接していて、“樹鹿の森”はその中でも比較的マシな方なんだが。
「あの、“樹鹿の森”ってどういう森なんですか?」
お、優等生な那砂くん、いい質問だ。
「森とか、洞窟とか、山とかには、その領域を支配する主がいるんだよ。で、大体そいつの種族や固有名詞がその支配してる領域の名前になる」
樹鹿の森だから、樹鹿ってやつが領域支配者になるわけだ。
「で、領域支配者は、自分が支配してる領域を自分が住みやすいように作り替えていく」
「その、樹鹿さんの場合はどうなるんです?」
「草食動物の天下、って感じか。木々が過ごしやすい快適な感覚で生い茂り、草食や雑食の動物が好む木の実が豊富だな」
俺たちからしても、美味い果物や木の実、芋とかもあるから楽園みたいなものなんだが……。
「それだと、肉食動物がすごいやってきません?」
「いや、森の主の樹鹿とその眷属は植物と共生してて超強いし、植物系と虫系の魔物が大量にして外敵排除するから、まぁ返り討ちが関の山だな」
意気揚々と森に入っていった大型肉食魔獣が、後日森で苗床になってたのは時々見る光景だ。
生態系のピラミッドなんて言葉、この世界だと参考にしかならないいい例だな。
支配領域ってのは、それ一つが軍隊を持った国に匹敵する。
それが砦なんて目じゃない森で待ち構えているわけで。
「え、それって危ないんじゃないですか?」
「何言ってんだ那砂」
俺は、満面の笑顔で答えてやる。
「危ないんじゃない。超危険地帯なんだよ、森は」
チュートリアルのなかった俺たちが、何人それで森に食われていったことか。
採取だけでも命がけなんだよ、この世界は。
「その森を命がけで切り開くから、俺達は開拓者って言われてんだよ」