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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第89話 再会

何度となく訪れた樹鹿の森の領域に足を踏み入れる。


初めて訪れた時は溺れそうになった程に濃く重い空気だが、今では馴染み心地よさを感じるほどだ。


俺に続いて領域に足を踏み入れた高枝の方は、俺以上に自然体だ。


まぁ、あれだけ似た空気を纏っているのなら当然だろう。


樹鹿の森。


俺がもう数え切れないほど訪れている場所だ。


外周はたまに魔虫がうろついてる程度で、大した脅威はない。


時折見かける眷属も、ちゃんとルールを守っていればやり過ごすのは難しくない。


圧倒的強者の余裕なのか、最も強大な支配領域でありながら、懐の広い場所でもある。


……そのルールを守るのが難しい上に、眷属によってその許容範囲も違うので、強大さに比べたら、という話だ。


だが、それはよくて中層までの話だ。


欲を出して深奥にまで足を踏み入れた冒険馬鹿は、誰一人返ってこなかった。


俺もその話は、先輩方に脅されながら叩き込まれたもんだ。


そして。


その深奥に今回は用がある、と。


「それで、深奥にはどうやって?」


流石に俺も冒険馬鹿の仲間入りはごめんだ。


赴く手段があるのであれば、是非ともご教授願いたい。


「あぁ、問題ない。すぐに迎えが来る」


近くの木に手を触れていた高枝の方が、事もなげにそう語る。


「……迎え?」


俺がそう返した瞬間。


森の奥から、何か妙に見知った気配が漂ってきた。


「んー?」


俺がそちらの方をじっと見つめていると。


巨大な何かが、ゆっくりと木々の間から顔を覗かせる。


何処か気まずそうな瞳と目が合った。


見上げるような巨躯。


全身に蔦を纏い枝を生やした、象のように巨大な狸。


「いやお前かよ」


あの時、俺を見逃し、俺が見逃した樹狸だった。


「ほう、知り合いか」


「まぁ、一応」


時々顔を合わせると、挨拶をして別れる程度には知り合いだ。


とは言え、警戒心もなく敵意も全くない状態で会うのは初めてだ。


「急な来訪ですまないが、聞いているのであろう。案内を頼む」


高枝の方の言葉に、樹狸がその身を伏せる。


誇り高き眷属が見せるその仕草に流石に俺も驚きを隠せない。


今、俺はとんでもないものを見せられているのでは?


今更ながら思い至った事実に、頬が引きつる。


その光景に俺が戸惑っていると、高枝の方は躊躇することなく、当たり前のように樹狸の背に跨った。


なるほど、樹狸の背に乗って移動すると。


想像外の光景に俺が呆然と眺めていると。


「キミも乗りたまえ」


「へ?」


俺も乗っていいの?


樹狸に確認するように視線を向けると、ものすごく嫌そうな瞳と目が合う。


だが、嫌そうにしながらも、仕方ないと言わんばかりに深く息を吐く。


じゃあ、お言葉に甘えるとしよう。


二度と経験できなそうだしな!




樹狸の背中は、意外と柔らかく、背に生えた蔦や枝のお陰で掴まるところも多く乗り心地は悪くない。


背の高枝の方を気遣ってか、殆ど揺れもなく快適と言っていいだろう。


日の入る明るい森を、木々を縫うように駆け抜けていく。


樹鹿の森は、奥に行くにつれて木は大きくなり、間隔も広くなっていくので、象程の巨体である樹狸でも悠々と移動できる。


人の足では乗り越えるのも一苦労の障害物になる巨大な根も、樹狸の前には関係ないようだ。


魔虫も樹狸を恐れて近寄ってこないので、行楽気分で眺める余裕があった。


「前にも樹鹿の森には来たことが?」


この異常な光景を、当たり前のように享受している高枝の方だ。


初めてとは思えないのだが。


「いや、初めて訪れる」


まじかよ。


堂々としすぎだし、余りにも馴染みすぎだろう。


「だが、ここには当時の彼女と何も変わらぬ空気が漂っていた。ならば、こちらの態度を変える必要はなかろう」


何も変わらないのだから、何も変えない。


言うは易いが、それを容易く行うのは流石と言ったところか。


「しかし、よいな。彼女の眷属と思えば愛しくもある」


声色は変わらずとも、込められた想いは優し気で。


樹狸の背を撫でる手は幼子を撫でるようだった。


撫でられた樹狸が、心地よさそうに喉を鳴らす。


……お前、そんな猫みたいな音だせるんだな。


恐るべき眷属であり、好敵手だとしか思っていなかった樹狸。


そんな存在の可愛げすら感じる姿に、俺はちょっと現実が受け入れられずにいた。


現実逃避がてら、折角警戒無しで樹鹿の森を観光できる機会だと、周囲を眺めていると一つの事に気付いた。


「……眷属が、一匹もいない?」


出迎えに来た樹狸以外の、眷属の姿がない。


各所に個々の縄張りを持っているのは知っているが、広大な森だけあって眷属の数は多い。


それに眷属はかなりの巨体が多い。


外周から深奥に向かって移動すれば、目につかないはずがない。


だが、いない。


その事実と、濃くなっていく空気の重さに、俺は息を呑むしかなかった。




樹鹿の森の深奥。


一度として踏み入れた事のない場所。


誰一人、帰ってこれなかった場所と言う事実と、その余りの空気の重さに呑まれそうだ。


一つ一つが塔のような巨木の群れ。


樹狸ですら、とび越えねばならぬ巨大な根を飛び越えていく。


巨大なはずの樹狸が、ただの狸にしか見えない大きさに感覚がおかしくなる。


さしずめ、俺は狸に乗って冒険する小人といった所か。


巨人の国に迷い込んだと錯覚するほどの威容に、ただ圧倒されていた。


そしてふと。


景色が変わった。


巨木の葉の隙間から零れる木漏れ日から、遮るもののない明るさに一瞬目がくらむ。


目を細め、瞬けば視界は戻り。


全身を緑の匂いが覆いつくす。


世界が、変わった。


「……まじかよ」


乾いた声を出すので精一杯だった。


開けた空間。


その中央には、今まで見てきたどの巨木よりも巨大な、一本の樹。


――違う。


そこには、高層ビルの如き大きさの、樹でできた鹿が鎮座していた。


遠目で見た記憶しかないが、間違いない。


まだ遠く離れているにもかかわらず、その神々しさに膝をつきそうになる。


少しでも気を緩めれば、身に纏う領域すら剥がれ、吞み込まれると確信する程の領域圧。


下手な魔人であれば、自分自身を失い霧散しかねない程の存在感。


――これが、樹鹿。


そして、その樹鹿の存在感と縮尺の違いで気付かなかった。


樹鹿を囲う様に、壁のように眷属の群れが控えていた。


数えきれない程の眷属の中には、恐れられる樹猪や、樹狸すら数えられないほどいる。


そして、樹狸よりも巨大な、出会ったら運がなかったと諦めろと言い聞かされる怪物の、樹兎さえも何匹も見える。


恐らく、樹鹿の森の眷属が全部ここに集っている。


そりゃ、一匹たりとも見えない訳だ。


もしもここで一斉に襲われたら、何をどうしても助からないだろう。


流石の俺でも、これをどうにかできる姿は想像できそうにない。


そんな想像をせずにいられない俺を乗せて、樹狸は歩みを進める。


高枝の方を見ても、先ほどと何も変わっていない。


……びびっているのは俺だけか。


それに気付けたのは幸いだ。


深く息を吸い、息を整える。


俺だけがびびっていたら笑い者だ。


虚勢を張れ。


俺は、びびってなんかいないってな。




気付けば、座する樹鹿の目の前に辿り着いていた。


近くで見ればよくわかる。


樹鹿は完全な樹木だ。


他の眷属のような、植物の生えた動物とは根本的に異なっている。


樹狸が伏せる。


高枝の方は立ち上がると、散歩でもするかのように首筋から樹狸の頭へと足を移し、鼻先を通って静かに地へ降りた。


樹狸は嫌そうに目を細めながらも、その動きを咎めなかった。


俺も、遅れないように飛び降りた。


流石に俺が頭の上を踏んだら怒られそうだからな。


……しかし、大樹の姫とやらはどこにいるんだ?


樹鹿の領域に呑まれて気配は探れないが、少なくとも樹鹿と眷属以外の姿は見えない。


俺が視線を高枝の方に向けると、彼は巨大な樹鹿をまっすぐに見つめていた。


そして花劇の時のように両腕を伸ばし。


「久しきは愛しき子よ。母なる大樹の娘、次代の大樹の若木よ」


樹鹿に向かって語り掛ける。


そうか。


若木の精霊は、大樹となった。


なら、樹鹿が樹ならば。


果実が芽吹けば、樹となるのが当然か!


目の前で、樹鹿の首元の樹皮が解けていく。


幾重にも編まれた繊維が解けるように、解けた繊維が道となり。


その奥から、何者かが現れる。


「久しいな、兄さま」


愛おしげな、可憐な声が響く。


「あぁ、久しい。息災であったか、大樹の姫よ」


愛おしげに、高枝の方が呼びかける。


そこには、どこかユナリアに似た、若葉色の長い髪を揺らした一人の少女の姿があった。

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