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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第86話 花劇


ゆっくりと開き切った劇場車。


その舞台の背景には美しい森が描かれ、中心には一本の美しい若木が佇み。


若木の枝の上には、柔らかく幼さを感じさせる若葉色のドレスに身を包んだユナリアが腰掛けています。


『古木ですらも知りえぬ程に古き森。


 そこでは、若木の精霊である彼女を始め、森にはお喋りな木々が語り合う葉擦れの音だけが響いていました』


葉族が己の葉のような手をこすり合わせ、葉擦れの音を響かせて。


そこに、何時もとは違う演者としてのロココの、落ち着いたよく通る声が会場に響き渡ります。


『穏やかな、でも代わり映えのしない日々。


 若木である彼女は、その退屈な日々に何の疑問も抱いていませんでした。


 そんなある日のこと』


激しく森の木々が騒めきます。


聞いたことのない、異変を示すよう響き渡る葉擦れの合唱に、若木の精霊が不安そうに周囲を見回します。


その時。


一人の背の高い人影が、舞台脇から歩み出ます。


それは、全身鎧をまとった、傷だらけの男。


美しい装飾の施された鎧は、ひび割れ、欠けていました。


欠けた手甲からは、樹皮のような肌が覗いています。


『傷つき、故郷を追われた器人の男が、死に場所を求めて森へと足を踏み入れました』


葉擦れの雨に出迎えられた男は、力なく歩み、折れた剣を投げ出すように倒れ込みます。


そして、若木の根元にたどり着くと、その背を幹に預けます。


『そのまま、男は動きません。僅かに響く鼓動だけが、男が生きていることを示していました』


自分の根元に背を預けた男に、若木の精霊は枝の上から興味深そうに見下ろします。


『若木は、初めて見る人間に興味を惹かれます。代わり映えのしない退屈な日々が終わりを告げたのですから』


若木の精霊が両手を胸に抱き、息を吹き込むと、そこには一つの果実が現れました。


彼女は、枝の上からその果実を男の手元に落とします。


落ちてきた果実に、今まで動かなかった男が視線を向けます。


「……生きろと、いうのか」


男が問う。


若者にも老人にも聞こえる男の声に、若木の精霊は葉擦れの音で返します。


男は果実を手に取り、口に運びます。


『死に場所を求めていた男は、物言わぬ若木の好意だからこそ、受け入れることにしたのです』




『男の傷が癒えるまで、若木は多くの物を与えました。


 腹を空かせば果実を落とし、夜の寒さに震えれば木の葉を積もらせ男を覆いました。


 男には若木の精霊の姿は見えません。


 それでも、男は確かな若木の優しさを感じました』


果実で腹を満たし、木の葉に包まれ夜を過ごした男は、少しずつ傷を癒していき。


背景の昼と夜が何度となく超えたある日。


男が現れた時とは違う、悲鳴のような葉擦れの音が響き渡ります。


『穏やかな日々を過ごしていた若木と男の元に、異変が起こります。


 豊かな森を知った魔獣が、己の領域に取り込もうと襲い掛かってきたのです』


背景の森が火に包まれ、魔獣に扮した葉族達が、若木と男を取り囲みます。


魔獣の口元からは、まるで火が零れるように赤く塗られ、その口先を若木に向けます。


『若木の精霊は仲間達が燃やされる悲鳴に、ただ恐怖に震えるしかありません』


魔獣は、火を灯した牙で若木を燃やそうと飛び掛かり。


――木の葉が舞い上がり、魔獣を吹き飛ばします。


そして、そこには折れた剣を手に、立ち上がった男の姿。


『まだ傷も癒えきっていない男は、それでも若木を救うべく立ち上がりました。


 剣と共に折れた誓いを、もう一度奮い立たせ。


 今度こそと、男は誓いを胸に叫ぶのです』


木の葉が舞い散る中で、男が折れた剣を構え。


「一度は捨てた我が命。


 一度は折れた我が誓い。


 なれど、この恩に報いるためならば奮い立とうぞ!」


若木を守るべく、男は折れた剣を振るい魔獣を打ち払う。


数え切れぬ数の魔獣が何度も男に襲い掛かる。


男は傷付くも、一匹一匹と打倒し、たった一人で戦い抜いた。


若木の精霊は、それを辛そうに、けれど食い入るように見つめていた。


『数え切れぬ魔獣の群れを、夜を越え朝を迎え、また夜になる程の間、男は戦い抜き。


 男は、若木を守り抜いたのです』


倒れ伏した魔獣達の中心で、男だけが剣を構えて立っていました。


戦い切った男は、ふらつきながら若木の根元にたどり着くと、いつもの様にその背を若木に預けます。


背景が切り替わり、豊かだった森は焼き消え、若木だけが残りました。


「お前だけは、守れた」


男が、優しく若木に触れ。


その瞬間、優しい笛の音色が響き渡る。


『男の想いを受け取った若木の精霊は――この時ようやく、己の想いを自覚したのです』


若木の精霊が、枝の上から思慕の想いが溢れる眼差しで、男を見つめていた。




劇場車脇に控えた根族の二人が車輪を回す。


舞台の中心である、若木と精霊と男のいる床が回転し、二人と若木の姿を隠す。


魔獣に扮した葉族は散り、背景の焼けた森が、少しずつ豊かに切り替わっていく。


芽が出た幼木が、若木に育つだけの年月が流れ。


今一度、舞台の床が回りだす。


そこには、立派な巨木に成長した若木と。


錆び付き、崩れ落ちそうな程に老いた男の姿があった。


その周りには、何匹もの巨大な魔獣が倒れ伏し、男が守り抜いたのだとわかります。


『若木にとっては一瞬の、男にとっては長い時が流れました。


 男は二度目の誓いを守り続けました。


 老い、最早立つことすらままならぬ身になってなお、男は若木の側に居続けました。


 ですが』


守り続けた男は、咳き込み、膝をつき。


それでも、最後はいつもの様にあろうと、あの日がずっとそうし続けたように、若木にその背を預けます。


「俺を受け入れてくれたお前に、俺は何をしてやれただろうか」


男が、若木に触れて語り掛けます。


枯れ果てた声に、深い想いが込められ。


「この恩を、少しは返せただろうか」


まだ恩に報いるには足りないと、男の声には後悔が滲んでいました。


『男は、最後の力を振り絞り。若木を傷付けまいと一度として触れることのなかった、己の魔器たる折れた剣を掲げます』


震える手で、捧げるように掲げられた剣を、若木の洞に託します。


「この身は朽ちてお前の糧になり。我が想いだけでも、お前の側に居続けよう」


最後の力を振り絞り、そう言い残した男は力尽き――



「ようやく、貴方の心に触れられました」



慈しむような、喜びに満ちた少女の声。


深緑色のドレスを纏った、大人びた姿となった精霊が現れ、男を抱き留めます。


「ずっと、見ていました。貴方が、私を守ってくれていたことを」


愛おしそうに男を抱きしめ、その頭を優しく撫でます。


男は、震える手を伸ばし、精霊はその手を取り握りしめます。


「ずっと、想い続けていました。貴方と、こうして触れ合える日を」


「俺は」


男は、噛みしめるように呟き。


「お前に、恩を返せただろうか」


縋るように、精霊に語り掛けます。


「私が、貴方を愛する程に。私の器を満たして溢れるほどに、返して頂きました」


初めの日に、男を包み込んだように、木の葉が舞い散り。


男を覆うように包んでいきます。


「そうか」


男は、その言葉を噛みしめ。


「……そうか」


震える声で、頷きました。


そして、安心するように全身の力を抜き、精霊にその身体を預けました。


眠る男を抱きしめて、精霊が優しく語り掛けます。


「今度は、私が貴方を守るときです」


その言葉と共に、舞台が大きく揺れ動きだします。


精霊が顔を上げ、高らかに謳います。


「私は、貴方への恩に報い、貴方と共にあり続けることを誓います。


 貴方に守り育まれ、積み重ねたこの想いで、この領域の王となってでも!」


舞台が何段にもせり上がり、かつての若木の根元は、まるで玉座の様に変わります。


奏でられる荘厳な音色と共に、若木は大樹へと姿を変え。


豊かな葉と美しい花を咲かせる枝を天に伸ばしていきます。


『精霊は、ようやく想いが通じ合った愛しい人を抱き、彼を守るためにその身を大樹へと変えました。


 何人たりとも、彼を傷付けさせはしないのだと』


男を抱き玉座に座っていた精霊が、男を守る様に背を向けると、玉座が回り二人の姿を隠します。




ゆっくりと、脇に控えていた根族の二人が舞台の下にまで移動し、大樹を支えるように手を伸ばします。


『そして、男と大樹の想いが混ざり合い、大樹から新たな種が芽生えていきます』


ふわりと、燐光が根族の二人の周りで踊りだします。


『その身を支える強靭な根からは、何人たりとも寄せ付けぬ番人たる根族が』


大樹の葉から、葉族達が顔を覗かせます。


『その身を纏う鮮やかな葉からは、大樹を管理する労働者たる葉族が』


大樹に咲いた花から、花族の衣装をまとったユナリアが起き上がり。


『その身を彩る美しき花々からは、人と大樹を繋ぐ奉仕者たる花族が』


玉座があった側の枝の陰から、長身の樹皮の肌を持った、若草色の法衣を纏った男が現れ。


『その身を掲げるしなやかな枝からは、子供達をまとめる統率者たる枝族が』


枝族が手を伸ばし、一つの大きな果実を模した装飾に手を触れます。


『そして、瑞々しき果実からは、男と大樹の想いを次代に継ぐ大樹の子たる姫が』


熱を込めて、ロココが謳う。


根族が、葉族が、花族が、枝族が。


果実を支えるように、果実を中心に集う。


『天を衝く大樹からは、男と共にある歓喜の涙が雨となって滴り。


 その雨は想いを映し輝き、虹の橋を架け大地と大樹を繋ぐ桟橋となる。


 雨は大地を潤し、歓喜の想いは美しき花劇を育む。


 それこそが我らが母なる大樹、樹人達の母。


 ――虹桟の大樹ペルムシエル』


万感の想いを込めてロココが謳い上げると。


枝族の男が、客席に向かいその両手を広げて伸ばす。


「我ら、父たる器人と母なる大樹に育まれた子供達。


 どうか、汝らと同じ血を持つ仲間として、父と母の様に共にあらんことを!」


強く想いの込められた、その言葉と想いが告げられると。




――会場を、万雷の拍手が埋め尽くした。

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