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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第83話 撤退

■ガルド視点


自分の想像が正しかった事を、嫌と言うほどに体感していた。




仕留めきれなかったが、ルメールの左腕を奪う事には成功した。


まさか左腕を噛まれた瞬間、躊躇わずに腕を捨ててでも俺の牙を一本折るとは思わなかったが。


狼族の象徴である牙を一本失ったのは心身共に痛手だが、腕一つとならば悪くない。


だが、劇場車が開いたことで時間がなくなった。


部下への撤退の合図も兼ねた渾身の咆哮で、ルメールの動きを止めたまではよかった。


だが、そこまでだった。


即座に駆けつけてきたヴァイス・ブルスト。


ふざけた名前だが、その鉄剣を受けて分かった。


エリオが俺に匹敵すると評するのも納得だ。


そう思うほどに、その鉄剣は重く硬い。


一対一ですら、確実に勝てると言えない相手。


それが、手負いにさせたとはいえ、あの化け物と組んだのだ。


『人形使い』と呼ばれるだけのことはある。


領域を完全に同調させ、会話も身振りもなしでお互いの動きを補い合う。


ただの二対一ならば付け入る隙はいくらでもある。


双子の戦士であったとしても、だ。


だが、それがない。


あったように見えても、それは誘いでしかない。


自ら隙を晒し、俺の隙を誘う。


当たり前の様に互いに攻めと守りを切り替え、隙を作り隙を補う。


そして、未だにルメールは、劇場車を傷付けないように、その背の鉄槌を抜いていない。


最早、笑うしかあるまい。




爪が届かない。


蹴りが届いても、痛打にならない。


魔獣を数えきれない程屠ってきた一撃が、鉄剣に受け流され。


岩すら砕く蹴りが、あの華奢な人形の蹴りに相殺される。


だが、こちらは毛皮を切り裂かれ、肉にまで剣先が届く。


何と丁寧な剣だ。


確実に俺を削りながら、いつでも首を跳ねれるように備えている。


誘い以外の隙も見えない、無駄のない余力を保った剣捌き。


そして、それすらも魅せ技にして、ルメールの一撃を届かせてくる。


見事。


見事だ。


これ程までに、死の気配を感じるのは何時ぶりか。


首筋に牙が食い込む錯覚すら覚える。


見誤った。


辺境に、これ程の化け物が揃っているとは。


宿敵であるアルビオンの騎士ですら、これ程のものはそうはいない。


そして、これ程の相手には最早逃げる事すらできん。


短距離に限れば、この魔人は狼族の俺よりも速い。


背を向ければ終わりだ。


少なくとも、僅かな時間でも稼ぐ何かがなければ。




――その時、微かに獣の唸り声が聞こえた。




馬鹿者が。


奥歯を噛みしめる。


だが、判断は間違ってはいない。


俺がこのまま死ぬわけにはいかぬ。


同時に繰り出されたヴァイスの鉄剣とルメールの蹴りを、左右の爪で全力で弾く。


弾きながら、吸い込んだ大量の魔素に、意志を込めて魔力に変え、咆哮として解き放つ。


「はぁっ!」


多少の効果を見込んだ咆哮が、僅かな間に構えられたヴァイスの鉄剣によって両断される。


これでは、ルメールにも何の効果も及んでいないだろう。


だが、十分だ。


僅かだが、距離と時間は稼げた。


咆哮と同時に、撤退後に崖上に回り込んでいた部下二人が、飛び降り俺の前に着地する。


「隊長!ここは我々にお任せを!」


「逃げる時間ぐらいならば!」


それぞれが、限界まで魔力を込めたことで、肉体が膨れ上がった姿。


獣人の戦闘形態だが、それでも稼げる時間は僅かだろう。


その僅かな時間を、部下が命を賭して稼いだ時間を俺が無駄にすることは許されない。


「すまん!」


脚に魔力を注ぎ込み、その場を跳び上がる。


劇場車の上に飛び乗り、そのまま崖に飛び移り、広場を囲う坂道を登っていく。


「我らが悲願のため、あの方の命を繋ぐが我らが使命!」


「器人に魔人何するものか!我らが牙を受けてみよ!」


背後から、部下の覚悟と誓いの叫びを刻まれながら。


全速力でその場から撤退を果たした。




合流地点に向けて走る。


既に先に逃げた三人の部下が向かっているはずだ。


人通りの少ない場所は調べてある。


そこを縫うように駆ければ、少なくとも奴らに追いつかれる前にはたどり着けるはずだ。


「隊長」


そこに、ファルム達との連絡の為に別動隊とした一人が合流してきた。


「首尾は?」


「……壊滅です」


あの三人が?


想定外の報告に、声が詰まる。


「エリオとベルンが想定外に時間がかかっていたため、人払いに動いていたファルム副長が突入。


 その後、戻ってきた酒場の男と、酒場の外に届く程の誓いの応酬があり……副長の気配が消えました」


歯を食いしばり、吐き出すような部下の報告に、動揺が隠せない。


馬鹿な。


ファルムが、負けただと。


先王の親衛隊に名を連ねた程の男が。


まさか、あの開拓団には、あの二人以外にもそれほどの猛者が居たというのか。


「……境界で根族を相手にした方が、まだ勝機があったか」


判断を誤った。


だが、今さら遅い。


ならばこそ。


方々に散った同胞達の為にも、我々と同じように殿下の為に動いている仲間達の為にも。


何かしらの成果は持ち帰らねばならぬ。


ファルム達の犠牲を無駄にしてならない。




合流地点が見える、最後の裏通りにたどり着く。


だが、おかしい。


合流地点に部下が見えない。


僅かに匂いが残っているにも関わらず、気配も感じられない。


そして、人通りの少ない裏通りを選んだが、誰一人いないのはどういうことだ。


「あぁ、ようやく来たな」


その、喜色しか籠っていない歪な声に、全身の毛が逆立つ。


先程まで、何の気配もしなかった場所に、木箱に誰かが座っていた。


肩まで伸びた金色の髪に、こんな裏通りには相応しくない豪勢な騎士服。


そして、見るからに豪奢な鞘に収まった剣を帯びた女。


「私を待たせるとは、中々の役者だな」


木箱から立ち上がり、こちらに向き直る。


「いや、本物の役者を襲いに来た相手にそれは皮肉になるか。どう思う?」


感情の全く宿っていない瞳の代わりに、口が禍々しい弧を描く。


「なぜ、ここに」


隣の部下から、かすれた声が漏れる。


「ここは私の街だぞ。私がいつどこに居ようと自由だろう」


当たり前の様に、景色が歪む程に圧縮された領域を纏う姿。


そんなことができ、街を自分のものだと公言できる者など一人しかいない。


「旧王都領主……!」


「ふむ、ラインドルフの子犬にも覚えられるとは嬉しい限りだ」


侮られている。


だが、むしろ相手を侮るべき規格外の化け物が、領主と言う存在だ。


歯を食いしばりながらも、問いたださねば。


「部下は、どうした」


領主がここにいて、部下の匂いが残り、姿が見えない。


「部下……あぁ、彼等か」


少し首をひねり、思い出したように手を叩く。


その無理に人間らしさを演じるような動きに、嫌悪感が沸き上がる。


「家に害獣が入り込んだのが見えたなら、家主としては駆除するしかないだろう?」


そう言って、両手を打ち合わせる。


「安心したまえ。私にも慈悲の心はある」


そう言って、柄に手を添えて。


「遊ぶのは、“ほどほど”にしておいたとも」


禍々しく弧を描く口が、より深く刻まれる。


怒りに全身が振るえる。


だが、これは挑発だ。


わかっている。


「隊長……耐えてください。そして、機会を」


部下が、震えながらも爪を伸ばす。


「……わかっている」


無様だ。


何が隊長だ。


部下に守られ、惨めにも程がある。


だからこそ。


生き恥を晒してでも生きねばならぬ。


「ほう、逃げられるかな?」


喜色を帯びた声と共に、豪奢な剣が抜かれる。


“王剣”


領主の、領域支配者の象徴たる魔器。


圧縮された領域が解放され。


離れたこの場所までも覆いつくす。


強く意識を持たねば、呼吸すらできぬ領域圧。


「少しは、楽しませてくれたまえ」


そう言って無造作に、その剣を振り抜いた。







「ふむ、一匹逃がしたか」


領主は鞘に王剣を収めながら、ガルドが逃げた先を目で追う。


点々と血痕が残り、建物を乗り越えて城壁に向かって続いていた。


あの速度ならば、既に旧王都内にはいないだろう。


それなりに深手を与えたが、獣人の回復力ならば数日で治ってしまう。


「折角の劇なのでね、私は心静かに観たいのだよ」


そう言う意味では、目的は達したと言っていい。


「しかし、中々に楽しめた」


外敵などここ何年も入り込んでいない。


久々に剣を振えた事に、彼女は大いに満足していた。


その結果。


裏路地に深い亀裂が走り、無人の家が数軒消し飛んだのは、些末な問題に過ぎない。


「……いや、流石に怒られるか?」


口煩い領主補佐達の顔を思い出し。


彼らのそんな小言も楽しいものだと。


ゆっくりと、散歩の途中だった領主は歩き出した。

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