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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第81話 父親


現れた新たな脅威。


その者が纏う圧を感じたファルムは、迷わなかった。


全力で踏み込み、瞬く間に懐に飛び込むと、渾身の爪の一撃を叩きこむ。


魔獣ですら一撃で屠るだけの魔力を込めた、利き腕である右の最速の一撃。


だが。


爪撃に負けぬ速度で振り抜かれた何かに、渾身の一撃は打ち払われる。


「ぬぅ!」


ファルムは右手に受けたその衝撃と痛みに、思わず顔をしかめる。


シンザキの左手には、鉄色の魔器が握られていた。


それは、鈍い棘が敷き詰められた鉄色の鈍器。


鈍器とすれば、然程大きくはない。


だが元々の用途からすれば十分に大型の“肉叩き”


「硬そうな肉だが、何発か叩けば柔らかくなるだろう」


料理人であるシンザキならばおかしくはない道具だ。


だが、それが魔器としての輝きを放つとなれば話は変わる。


お返しとばかりに、肉叩きが逆手に振り上げられる。


肉を叩くどころか、骨を砕く勢いに、踏み込んでいたファルムは仰け反るようにして躱し。


「おらぁ!!」


ドスの効いた声と共に、正面を向いたままの蹴りがファルムの胴体に叩きこまれる。


「がっ!」


的確に鳩尾を打ち抜いた蹴りが、酒場の奥に向けてファルムを蹴り飛ばした。


そのままシンザキは追いかけ、動けない優斗と気を失っている那砂を拾い上げ。


「マリネ、優斗と那砂を引きずって入口まで下がれ!」


言うと同時に、マリネに向かって投げ飛ばす。


「う、うん!」


マリネは慌てて二人を受け止めると、入口を背にするように飛び退いた。




蹴り飛ばされながら、当然のように受け身を取ったファルムがゆっくりと立ち上がる。


「よもや、これほどとは」


距離が離れたその場から、感嘆の声を上げると、僅かに目を閉じ。


――その僅かな時間で、纏う空気が切り替わる。


ゆっくりと目を開けば。


その姿は、先程までとは別人のようだった。


「まさか、これほどの猛者が隠れているとは思わないじゃないか」


静謐さすら感じさせる立ち姿。


シンザキも、その空気に襟を正して向かい合う。


「密猟団等という低俗な仮面を被って、勝てる相手ではなさそうだ」


その威厳すら感じる構えに、シンザキは静かに先を促した。


「聞こう」


「かたじけない」


礼と共に、ファルムが纏う空気が変わる。


「我が名はファルム。ラインドルフ先王陛下の親衛隊が一爪にして、殿下の未来を託されし者が一人!」


覚悟の込められた名乗りに、ファルムの領域が呼応する。


全身に魔力が満たされ、全身の筋肉が膨れ上がる。


「先王陛下の無念を晴らすため!殿下の未来を切り拓く為!」


領域が震え、獣が唸るような響きが周囲に広がっていく。


膨れ上がった肉体が、領域を纏うことでその威容を何倍にも大きく膨れ上がらせる。


「悪鬼非道と罵られようと、突き進むが我が誓い!」


周囲に広がっていく響きと反比例するように、領域は圧縮され。


「故に、ここで食い破らせていただく」


静かに、だが強くその牙を剥いた。




「名乗るのは、お前だけだとは思わねぇよな」


シンザキは、首元のネクタイを引くようにして緩め。


ファルムの威容に欠片も動じることなく。


「俺はチュートリアルの酒場の料理長兼――」


強く、一歩を踏みしめる。


「開拓団【チュートリアルの酒場】開拓“団長”シンザキ」


その名乗りに、ファルムの顔が僅かに引き攣る。


そして、続けて覚悟が紡がれる。


「ひとつ盃、親子の契り――」


その瞬間、シンザキを包む領域が鉄色の輝きを帯び、重く沈むように空間を押し潰す。


初めて聞くシンザキの誓いに、マリネの胸が不思議な程に震えていく。


「二つ包丁、心を宿し」


鉄の如く重い領域に、床板が耐えきれずに悲鳴を上げる。


ゆっくりとシンザキが腰から抜き放った包丁が、鉄色に染まる領域の中で一際の輝きを放つ。


「三つ命は、娘のために」


“娘のため”


その一言で、より領域は重く、硬く沈んでいく。


――こんなにもわたしのことを想ってくれている。


マリネは自分に向けられた言葉に。


目に見える程の想いに、その視界が涙で霞んでいく。


「四つ誓いは、守りの道よ」


鋼と鋼が打ち合うような甲高い金属音が魔素を震わせる。


その音は。


背中を見つめるマリネには安堵を。


相対するファルムには戦慄を刻み込む。


「五つ仇なす者あらば――」


シンザキの眼光が、真っすぐにファルムを射抜く。


ファルムが、無意識のうちに一歩後ずさり。


無意識だからこそ、その醜態に驚愕の表情を浮かべる。


「血を割き、肉断ち、骨の髄までバラしやしょう」


シンザキが、腰だめに包丁を構えた。


鋼の領域が、その包丁に追従していく。


「おうてめぇ……舐めた真似しやがって!


 俺の娘を泣かせた代――命で払えや!!」


――その誓いは、鋭く、硬く。


最愛の娘を背にした父親に、勝てる相手などいないのだと告げていた。




「貧乏くじを引いたか」


皮肉気にファルムが笑いながら。


だが臆することなく右手を引き絞り、その身に纏う領域全てを魔力で満たしていく。


「はっ、貧乏だろうと骨の髄まで取り立てるに決まってるだろうが」


ドスの効いた声でシンザキは姿勢を低くすると、その包丁一本に魔力を注ぎ込む。


一瞬。


二人の領域圧によって震えていた酒場が、互いに限界まで領域が圧縮されたことで静寂に包まれ。





「――立ちはだかるもの全て食い破れ!【バグ・ナク】!!」


ファルムの必殺の爪が弧を描き振り下ろされ。


「――五つの契りを束ね、貫き通す!【一心】!!」


シンザキの必殺の包丁が魔力を束ね、一直線に銀光を描く。


二人の必殺の一撃が、交差し。


閃光が酒場を包み込んだ。




「……侮っていたつもりは、なかったのだがな」


硬質な音と共に、ファルムの爪が砕け散った。


誓いを乗せた一撃を砕かれ、その衝撃に血を吐き膝をつく。


「奪おうとする畜生が、子を想う親に勝てるわけがないだろう」


静かにそう語りながら、魔力を解き放ち鈍い輝きを浮かべる包丁を鞘に仕舞い込む。


「……道理だな」


誓いも、必殺の一撃も、己が象徴である爪すらも砕かれたファルムからは、あれ程の圧は最早なく。


その巨体も、今は見る影もなくやつれ果てていた。


だがそれでも、その表情はどこか憑き物が落ちたようであった。


「だが、いい一撃だった。言い残したいことがあれば、聞こう」


既に戦士として死んだファルムに、静かにシンザキが問いかける。


「……部下の命だけは」


マリネに刺され意識が朦朧としたエリオと、倒れ伏したまま微動だにしないベルンに視線を向ける。


「命以外は保証できんぞ」


シンザキがエリオを睨みつける。


向けられた圧に、エリオがびくりと震える。


「それで、十分だ」


どの様に扱われようと、返り討ちにあって命が残るならば十分だろう。


「終いだ、ファルム。名は覚えておく」


「……感謝する」


――すまん、ガルド。満足して逝く俺を許してくれ。


戦士として戦い、死ぬ。


叶わぬと思った願いが叶った幸運を噛み締め。


シンザキが魔器を構えるのを確認し、ゆっくりと目を閉じ。


想像よりも穏やかに、ファルムは最後を迎えた。

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