第80話 誓い
■優斗視点
――やっちゃえ。
確かに、そんな声が聞こえた気がした。
だから、俺達はそれに応えるだけだ。
「っ!?あかん!!」
エリオが叫ぶが、今さら気付いても、もう遅い!
「――これは、逆さの金魚鉢」
那砂が叫ぶ。
それと同時に、エリオとベルンの周囲に結界が構築されていく。
透明なその結界は、確かに逆さの金魚鉢のようだ。
那砂の神授の魔器に定められた、解放の言葉が紡がれていく。
「光である優斗くん以外の、全てを拒絶する硝子の器……」
玩具であった、那砂のブローチにはめ込まれた硝子と同じ色に結界が染まっていく。
完全に遮断された結界内からは、声も届かない。
慌てたエリオとベルンが壊そうと動いているが。
「――誰にも、私達の邪魔はさせません!」
締めくくりの言葉を那砂が言い終える。
覚悟を決めた那砂の結界は、そう簡単に砕けない。
そして、砕く時間も与えない!
俺は中断状態だったガラティーンを、もう一度構えなおす。
おっさんの教えを思い出せ。
必殺技は。
全身全霊、全力で!
「日輪の写し身よ!!その影を!!」
力を振り絞り。
那砂の言葉通り俺だけは素通りする結界に、俺の半身であるガラティーンを突き入れる。
今こそ、叫べ!
俺の全部だ、持っていけ!
「かの地に示せ――ガラティーン!!」
俺の持ち得る全精神を魔力に変換して注ぎ込んだガラティーンから、青白く燃える太陽が放たれる。
その太陽は、瞬く間に爆ぜ。
結界内を、青白い炎で埋め尽くした。
那砂とマリネちゃんと考えた、俺と那砂の合体技。
閉鎖空間で大爆発を起こすという凶悪な代物で。
これより威力を押さえたものですら、狼に試したら粉々の黒焦げになった。
なので、人相手には使うまいと思っていたが……そうも言ってられない相手だった。
これしか、勝ち筋がなかった。
だから、人を殺す覚悟を込めて撃ち出した。
全身を凄まじい倦怠感が襲ってきて、立っているのもやっとだ。
どさりと、那砂が倒れる音が聞こえた。
結界が解かれ、凄まじい熱風が酒場に広がっていく。
ガラティーンから放たれた爆炎は結界を通さないが、その分那砂にダメージが入ってしまう。
那砂曰く「優斗くんのだから受け止められる」とのことだが、それでも負担は大きいだろう。
だが、那砂を介抱するのは後だ。
「……優斗!」
ふらつきながら、マリネちゃんが駆け寄ってくる。
そして、今にも抱き着くようにして、砕けそうな俺の身体を支えてくれる。
「ありがとう……ありがとう、優斗」
涙声のマリネちゃんの声と、ぬくもりに、よくやったなと自分を褒めてやりたくなる。
「気にしないで、マリネちゃん。それに、確認しないと」
「……うん」
俺は震える足で、何とかガラティーンを構えながら、エリオとベルンを探す。
板張りの酒場の床は、結界のあった部分が円形に消し飛んでおり。
その中に、黒焦げになった巨体が横たわっていた。
その下敷きになるように、長い足も見えている。
ピクリとも動かないその人影からは、領域も感じ取れない。
人を殺めた。
そんな思いが浮かぶが、罪悪感とかは感じなかった。
そう思うことこそ、失礼だとそう思えた。
「勝ったの、かな?」
「あぁ。勝ったよ」
マリネちゃんの問いに、俺はそう返し。
「でも、このままじゃだめだ。那砂を連れて、外に行って助けを呼ぼう」
「うん、そうだね。他にもいるかもしれないし」
……確かにそうだ。
それに、不自然だ。
あれだけの騒動が起きているのに、誰も来ないのはなぜだ。
エリオと言う脅威を前に、狭まっていた思考が広がっていく。
嫌な予想が頭をよぎる。
俺の表情を見て、マリネちゃんも気付いたのか、顔が強張り。
そして。
「まったく、騒がしいと思って来てみれば……情けないじゃないか」
ゆっくりと、扉が開く音と共に、大柄な男が踏み込んできた。
知らない顔だ。
少なくとも、虎のような獣人の知り合いはいない。
「だが、エリオとベルンを退けるとは見事だ。敬意を表して、名乗りを上げよう」
穏やかな口調。
だが、その目は激情に燃えていた。
「俺の名はファルム。ラインドルフの密猟団の副首領を任されているごろつきよ」
自分を嗤うような口調だが、内容が剣呑すぎる。
一団の副首領を任されていた程の実力者。
そして、纏う雰囲気が、エリオなど比ではない領域圧が、それが真実だと物語っていた。
「部下二人の後始末は気が乗らないが、手を抜かずにやらせてもらおうじゃないか」
抗え。
虚勢を張れ。
最早熱を発することもできないガラティーンを構えて。
「……俺は、優斗。あんたの部下二人を倒した、来訪者だ」
時間を稼げ。
一秒でもいい。
「うむ、いい気概だ。獣人であれば、是非とも部下に欲しいぐらいだ」
獰猛な虎が笑う。
油断は見えない。
――逃げろ。
小さく、隣にだけ聞こえる声で呟き。
俺は、左手でガラティーンを振り上げた。
■マリネ視点
優斗の言う通りだ。
逃げなきゃ。
勝ち目があったさっきとは違う。
那砂が気を失って守りがなく、優斗は全てを出し切っている。
わたしがどうにかできる相手じゃない。
だから、助けを呼ばないと。
可能性を、掴むんだ。
今まともに動けるのはわたしだけなんだ。
だから、走るんだ。
優斗が雄叫びを上げるのを聞きながら、わたしは駆けだそうとし。
「よぉ……やってくれよったなぁ!」
後ろから、わたしの左腕が掴まれる。
「なん、で……」
そこには、左半分が黒焦げになりながら、血走った目でわたしを睨むエリオの姿があった。
「可愛い弟分が、庇ってくれへんかったらお陀仏やったで……この借りは、返さなあかんよなぁ!」
握りつぶす勢いで掴まれた腕が悲鳴を上げる。
でも、それ以上の恐怖で体が動かない。
「おぉ、生きていたかエリオ」
「ベルンのお陰でな。それに、ベルンも頑丈やからなんとか生きとる」
ファルムの方を見れば。
そこには、左手も折られ、ガラティーンも取り落とし、ファルムに顔を掴まれて吊り上げられている優斗の姿だった。
「……優斗っ」
「実に見事だったぞ。誇りたまえ、彼は記憶に残すに値する戦士だった」
「……まぁ、せやな。それは認めたるわ」
嬉しそうに語るファルムと、嫌そうに吐き捨てるエリオ。
それでも、優斗は最後まで抗った。
今も、抵抗の意志を捨てていない。
それに比べて、わたしはなんだ。
「まぁ、これで目的達成やな。残念やったな、ヤマネちゃん」
エリオはわたしを引きずって、ファルムの元へと歩みを進める。
抗え。
わたしの後輩は、最後まで戦ったんだ。
わたしの友達は、今もまだ諦めていないんだ。
わたしの憧れは、こんな所で挫けてたどり着ける場所にはいてくれない。
自由な右手で、わたしは給仕服のスカートに隠した、短剣に手を添える。
シンザキがくれた魔器の短剣。
器人の父親が、子に贈るようにと。
子のいないシンザキが、わたしに贈ってくれた短剣を。
孤児になったわたしを、拾った親代わりだからと。
自然と、口が動いていた。
「怯えて、逃げて、泣きついて」
そうだ。
わたしは、弱くて。
泣きながら逃げるしかなくて。
「ひとりぼっちを救われて」
そんなわたしを、シンザキが、ヴァイスが、みんなが救ってくれた。
「優しい人たちに守られて」
迷惑ばっかりかけている、見ず知らずの、種族も違うわたしを。
優しく見守ってくれた。
身を挺して守ってくれた。
「頼もしいあの人に育てられ」
ずっと、あの人の背中を見て育った。
「いつもその背を追いかけて……」
大きくて、頼もしい、わたしの道標。
わたしは、シンザキから授かった短剣を握りしめて、ボロボロの心に喝を入れる
怖くて見られなかったエリオを睨みつける。
怖いのがなんだ!
わたしは、マリネは!
「わたしは、あの人達の背中に追いつかないといけないの!」
あの、シンザキとヴァイスの家族なんだ!
二人のように、わたしもなるんだ!
優斗と那砂のように、わたしも抗うんだ!
「だから、わたしはもう逃げたりなんてしない!!
今逃げたら、二度とあの背中に追いつけないから!」
今まで、獣人のわたしには繋がらないと思っていた魔器に、想いが通う。
想いが溢れ、涙が零れる。
もう、泣かない。
情けない涙は、これでおしまい。
弱くて、逃げて、立ち向かうなんて考えなかったわたしとさよならするんだ。
この誓いの言葉を、嘘になんてしない!
わたしが腰だめに突き出した短剣が、エリオの胴体を深く突き刺す。
シンザキから教わった通りに、突き刺さったと同時に引き抜くために蹴り飛ばす。
「嘘、やろ……」
驚愕に目が見開かれたエリオから力が抜けて、蹴り飛ばされたまま倒れ伏す。
そのまま、即座に優斗を掴むファルムに向かって飛び掛かる。
踏み込んだファルムの領域は、敵うはずのない差を感じる。
でも、今は恐怖は感じない!
それで、十分!
「まさか獣人の身で魔器を振うか!」
「優斗を、離せ!!」
想いを込めた短剣を、全力で振り下ろす。
愚直に、全身全霊で!
「ぬぅ!」
ファルムは優斗を投げ捨て、わたしの短剣を腕で受け止める。
普通の刃なら通らないだろう強靭な毛皮に、一筋の傷跡をつける。
意志が乗った刃は、牙も爪もないわたしに応えてくれる。
それでも。
「見事だが……未熟!」
「あぐっ!」
振るわれた拳を避ける事なんてできず、吹き飛ばされる。
エリオの時よりも重い一撃に、全身が痺れて足が震える。
それでも、わたしが、わたしがやらなきゃ。
わたしが、抗わなきゃ。
「見事だったが、これで終わりにしようじゃないか」
わたしに向かって歩きながら、その手を振り上げる。
凶悪な爪が、魔力を纏って鈍く輝く。
でも、どうしようもない。
……ごめんね、シンザキ。
わたし、頑張ったよ。
わたしは、せめてその顔を思い浮かべようとぎゅっと目を閉じて。
扉が、鳴った。
どさりと、荷物が落ちる音が聞こえる。
「おう、てめぇ……俺の娘に、何してやがる」
涙が溢れる。
その声が聞こえただけで、心が温かくなる。
「シンザキ……」
「よく頑張ったな、マリネ」
驚く程優しい声に、想いが溢れそうになる。
「あとは、任せろ」
そう言いながら、わたしを庇うように立ちはだかった。
その背中は。
わたしが何より安心できるものだった。




