第8話 人形
午前中の訓練は区切りがよかったのであれで終わりにして、休憩時間を挟み午後から続きをすることに。
俺は休憩時間で買い物を終わらせ、昼飯を食うために酒場に戻ってきていた。
いやぁしかし、まさか那砂の方が想定外組だとは思わなかった。
神が来訪者に渡す神授の魔器は、出力としては意外と大したことはない。
出力は大したことはないのだが、精度と強度がやばい。
だから神授の魔器は武器よりも、それ以外のほうが上振れることが多々ある。
その中でも、セオリーから外れた想定外を選ぶのが居て、那砂は完全にそっち寄りだった訳だ。
人間、自分のためより大事な誰かのため、の方が想いが強くなりやすい。
そういう意味で、那砂の魔器はとんでもなく想いが乗りやすい魔器になる。
これはでかいなぁ。
そんな相棒がいるなら、優斗の伸びしろもやばそうだ。
ちゃんと導いてやれば、名を轟かせる開拓者になる日も遠くないだろうな。
さぁて、教えるためにもまずは飯と酒!
今日のランチはなんだろな、っと。
俺が意気揚々と酒場に入ると、今朝はなかったものが酒場の奥に設けられた台座に鎮座していた。
そう言えば、あいつが帰ってくるの今日だったな。
……って、那砂?
「ふぁ……なんで、異世界にこんな奇麗で可愛いビスクドールが……?」
台座に鎮座する巨大な鉄槌。
それにちょこんと座る、金髪ショートのビスクドール。
なんだっけ。
作ったやつ曰く王子ロリィタ、だっけか。
黒を基調にしたパンツスタイルのロリィタ服を着たビスクドールに、那砂がゆっくりと近付いていく。
あと少しで手が触れる。
そんな距離になった時。
「ぼくに、何か用?」
閉じられていたビスクドールの青い瞳が開き、那砂を睨みつける。
「ひゃぁっ!?お、お人形さんがしゃべった!?」
「しゃべっちゃ悪い?」
驚きのあまり腰が抜けた那砂の姿に、無表情ながら少し楽しそうな眼をするビスクドール。
「おい、ルメール。あんまりいじめてやるなよ?」
「知っていて黙っていたヴァイス、君も同罪でしょ?」
それはそう。
こうなるのわかっていて、あえて声をかけませんでしたとも。
折角の異世界びっくりを台無しにするような無粋は俺にはとてもできないね!
「どうした那砂!?」
二階から飛ぶように駆け下りてきた優斗が、那砂の元に駆けつける。
「奇麗で可愛いビスクドールさんが、目を開けておしゃべりされて!」
「何なら立つし歩くよ?」
ひょいと鉄槌から台座ごと飛び降りる。
「何言って……うぉ、まじだ!?」
声が聞こえたことで優斗がルメールを認識し、那砂を庇うように跳び退る。
「で、ヴァイス。これは?」
「あぁ、来訪者の優斗と那砂だ。昨日来たばっかりの来訪ほやほやの新人だよ」
「へぇ」
マリネに負けないぐらい小さいビスクドールのルメールが、那砂を庇い、目線の低くなっている優斗を面白そうに見下ろす。
「で、二人とも、よーく聞けよ」
俺は、台座の前で仁王立ちするルメールを強調するように横で片膝立ちになる。
「この子こそ、開拓団【チュートリアルの酒場】最強の開拓者にして、この街に住む魔人!」
俺のノリを察したルメールが、俺の立てた膝の上に座り、足を組む。
「戦闘用ビスクドール、【鉄槌人形】ルメールだ!!」
「わがいにしたがえ」
そこ、必死に覚えたのを意味も分からず言ってるみたいな棒読みだと意味ないでしょ!
どや顔してるけど、たぶん可愛いしか伝わってないぞルメール!
那砂の表情が完全に可愛いで固定されてる!
「……えっと、つまり?」
「お前らの頼りになる先輩だから、ちゃんと挨拶しろよってことだよ」
俺の言葉に納得したのか、優斗が那砂の手を引いて立ち上がらせる。
「那砂っていいます!ルメールさん、仲良くしてくださいね」
「……優斗だ、よろしく」
「ん」
姿勢を正して挨拶する二人に、満足そうに頷くルメール。
「ヴァイス、もういいよね?」
ルメール、興味がなくなるのはやくなーい?
もういいけど。
「大体そこの台座で大人しくしてるけど、近付くと起こすから用がないなら近付くなよ」
「ぼくが暇人みたいじゃないか、ヴァイス」
「まごうことなき暇人だろ、ルメール」
「ヴァイスがいるなら忙しいよ?」
俺にダルがらみをするのを忙しいに含めないでください。
「あの、ここの最強の開拓者っていうのは」
「それはノリじゃなくて事実でね、ルメールはマジで強いよ。殴り合いじゃ俺も勝てん」
見た目は子供なビスクドールなんだけどな。
この街でルメールより強いの、領主ぐらいじゃねぇかな。
「ふふふ、そんけいするといいよ」
「魔力消費激し過ぎて燃費最悪だけどな」
「……うるさいな」
どやったり拗ねたり、人形とは思えないぐらい忙しいなお前。
「とりあえず、顔見せは終わったし飯でも食うか」
俺はルメールの台座のすぐそばの席に座る。
丁度いいタイミングで、奥からマリネが出てくるのが見えた。
「おーいマリネ、日替わりランチと、腸詰とエールよろしく」
「はーい。って、ルメールちゃん帰ってきてるじゃん!おかえりー!」
席に座っている俺の背中によじ登っているルメールにマリネが気付く。
そりゃ気付くとも、何やってんのお前!?
「ただいま、マリネ。ぼくがいなくて寂しかったか?」
「あんまりー!」
「……そっか」
俺の背中の上でしょんぼりするんじゃありません。
「……最強?」
優斗くん、指をさすんじゃない。
気持ちはわかるが。
「まぁ、うん。間違いなく強いから、そこは信じてやってくれ」
「なんだヴァイス、何か不満か?」
「お前の行動が不安だよ」
当たり前のように俺の頭の上に顎を乗せるな。
「仲いいんですね」
「まぁ、それなり……ぃっ!?」
「そうなんだよ!」
勢いよく話すな、顎で脳天を抉るな!
舌噛むところだったでしょうが!
「ぼくにとってヴァイスはこの地で唯一の仲間で、心の奥で繋がった関係なんだよ」
「そうなんですね!」
那砂、たぶんお前の思ってるのとは違うぞ?
恋バナじゃないからな?
「心の奥で繋がった関係っていうと……その、恋人とか、そういう?」
「えと、まぁ、うん。そういう関係と言っても過言ではないね!」
「過言だよぉ!?」
何時俺がお前と恋人になりましたかね!?
「……過言、なの?」
「うぐ、そういういい方はずるくないかね」
くそう、甘えるような可愛い声出しやがって……!
誰だよ、俺の好みになるようにルメールの外見作ったやつ!
俺の来訪者の友人だよ畜生!
地球からの付き合いだからあいつ、俺の性癖全部知ってやがる!!
「まぁ、前向きに検討させていただきます」
「それ、しないやつだよねヴァイス。女の敵なの?」
わぁ、美味しそうなランチ!
蔑むようなジト目と言葉の刃もありがとうねマリネ!
ちくしょう、なんて威力だ。
「さすがに、流れでする話じゃないだろ」
「それはそうか」
うん、こう言うところ切り替え速いよねマリネちゃん。
おじさんはうれしいよ。心は痛いけどね!
……で。
俺はルメール乗せたまま食うの?
頭の上から肩の上に頭を乗せ換えたルメールが視界に映ったまま?
流石に食いづらいわ!