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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第79話 窮鼠

■マリネ視点


涙で滲むわたしの目に、何度も何度も赤い飛沫が映し出される。


『本気で殺しにかかる』


そう宣言してからテンの獣人──エリオの動きが変わった。


獣の様に地を這ったかと思えば、格闘家の様に鋭い拳と蹴りが繰り出され。


縦横無尽に振るわれる爪と拳と蹴りに、優斗も那砂も対応しきれない。


致命傷はかろうじて那砂の結界で防いでいるけど、エリオもそれをわかっている。


即死しかねない重い攻撃と、避けられない軽い攻撃を織り交ぜている。


そして、那砂は重い攻撃を防ぐしかなく、軽い攻撃を防ぐ余裕なんて無くて。


優斗の全身に、幾重にも傷が刻まれ、流れ出る血が赤く染まっている。


「威勢のいい啖呵切ったわりに、わいにかすり傷一つも当てれへんなぁ!」


「うる、せぇ!」


エリオの拳が脇腹に突き刺さりながらも、優斗が負けじと愚直に剣を振るう。


傷口を抉る様な一撃に、優斗の顔が苦痛に歪むけど。


それでも、一歩も下がることなく優斗は前に出る。


拳が脇腹に刺さりながら、それでも上段に構えたガラティーンを振り下ろす。


「根性だけは認めたるわ!」


青白く燃え盛るガラティーンに触れないように、エリオが大きく飛び退る。


その一瞬の時間に、那砂が優斗の背中に触れて、ほんのわずかだけど癒しをかける。


外見上は何も変わらない程度の癒しだけど、ほんの少しだけ優斗の動きをよくしてくれる。




優斗は折れてない。


勝つことを諦めていない。


ガラティーンが纏う青白い炎は、最初の頃よりずっと白く、その熱を高めている。


その炎に負けない程の怒りがこもった瞳で、エリオを見据え続けている。


那砂も、いつ狙われてもおかしくない距離で、いつでも結界を張れるように構えている。


わたしは、何をしているんだろう。


あっけなく掴まって。


後輩に、友達に助けてもらうのを待っている。


声を出して応援する事すら封じられて。


何度振りほどこうとしても、このベルンという熊獣人の手はびくともしない。


わたしは、無様に泣くことしかできていない。


小さいころからそうだ。


わたしは、シンザキに、ヴァイスに、みんなに守られて助けられて生きてきた。


大事にしてくれて。


頼ってくれているけど。


それは、みんなが優しいからだ。


あの大きな背中で、わたしを導いてくれているからだ。


だから、わたしもそんな人になりたくて。


誰かを背中で導けるようになりたくて。


来訪者として何も知らない二人に、先輩として振舞っていた。


なのに。


また、わたしは二人に守られてる。


今は、二人の背中を見つめている。


強くなった二人と、一緒に隣を歩いていたつもりが、二人は先に進もうとしている。


こんなの、情けないなんてもんじゃない。


わたしは、あの人たちに追いつきたいのに。


このままじゃ、わたしはもう……。




情けなさが溢れて、涙になって零れ落ちた。


そんな情けない私を見た優斗が。


優しく笑った。


「大丈夫、マリネちゃん。すぐに、助けて見せるから」


ぼろぼろで、傷だらけで。


それでも、辛さを感じさせない優しい笑顔で。


「マリネちゃんはこの酒場が一番似合うんだから、どこにも連れてなんていかせない!」


同じように、那砂も優しく笑いかけてくれて。


その言葉に。


わたしの胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。


「はっ、友情ごっこもええけど、現実見ぃへんとな。ベルン!」


「いいの、兄貴?」


場にそぐわぬのんびりとした声が、わたしの頭上から降ってくる。


「想像以上に頑張ってくれはったからな、時間かけすぎてもうた。そろそろ終わらせるで」


「了解だよ、兄貴」


ベルンが両手で掴んでいたわたしを左手だけに持ち替え、塞がれていた口が解放される。


「優斗、那砂!わたし、わたし……!」


二人の名前を呼ぶのが精一杯で、想いが言葉にならない。


「大丈夫だ、マリネちゃん」


「うん、大丈夫だよ」


そう言ってくれる二人だけど、その表情は硬い。


エリオ一人でも辛かったのに、わたしで片手が塞がっているとはいえこの大男が加わるんだ。


このままじゃ、二人がやられるのも時間の問題なのは明白だ。


だったら、わたしがどうにかするしかない。


でも、どうしたら。




「いっくよー!」


ベルンが、のんびりとした掛け声で踏み出した。


ゆっくりとした動きだ。


でもその巨体は、そのゆったりと見える動きですら、一歩が大きく早さにつながる。


ゆっくりと、右手が握りしめられ。


強く、硬く握りしめられた拳に、周囲が歪む程の領域が纏われる。


「那砂っ!」


「どーん!」


わたしが叫ぶのと、大きく結界が張られるのと、ベルンの拳が振るわれたのはほぼ同時だった。


轟音が響く。


衝撃で、周囲のテーブルが粉々に砕け散る。


その余波で、離れているバーカウンターのグラスやお酒まで割れた音を響かせる。


「あぐっ!」


那砂が、膝をつく。


結界は割れなかった。


それでも、那砂は脂汗を浮かべてしまっている。


でも。


「らぁ!」


優斗は、信じて動いていた。


結界で止まったベルンの腕に向かって、ガラティーンを振り下ろす。


青白い炎を吹き上げたガラティーンに、壊れなかった結界に首をかしげていたベルンが慌てはじめる。


「うわぁっ!?」


「させへん、安心しぃ」


その言葉と同時に、横から駆け付けたエリオが、優斗を蹴り飛ばす。


何かが折れる音と共に、優斗が吹き飛ばされて那砂の近くまで転がっていく。


「優斗!那砂!」


「兄貴、助かったよ」


「弟分を守るんもわいの仕事や、気にせんでええ。しかし、今のはいいの入ったやろ」


嬉しそうなベルンの肩を、エリオが親しげに叩きながら、吹き飛ばされた優斗に視線を向ける。


「気のせいじゃ、ないか……?」


地面に血を吐き捨てながら、左手にガラティーンを構えた優斗が立ち上がる。


明らかにその右手が、おかしな方向に曲がっているのが見えた。


「おぉ、そこでそないな強がりができるのは素直に尊敬するわ」


「強がりに、見えるなんて……その目、節穴じゃねぇのか」


脂汗が浮かぶ表情で、それでも優斗はガラティーンを突き出すように構えて不敵に笑っていた。


そして、その隣には、同じように笑って立ち上がる那砂の姿。


「そうだよ、優斗くん。だって、二人がかりで……まだ私達程度に手間取ってるんだから、ね」


慣れない挑発をしながら、那砂がブローチを握りしめる。


「ほんまや、これは痛い所突かれてもうたな!」


驚いたようにそう言って手を叩いてエリオは笑い。


「なら、終わりにしよか」


一瞬で、冷徹な顔を浮かべ。


ふと。


優斗と、那砂と目があった。


覚悟を決めた、二人の目だ。


わたしが何をするのかに考えが及ぶ間もなく。


優斗が、叫んだ。



「日輪の写し身よ!!」



ガラティーンに、瞬間的に大量の魔力が注ぎ込まれ。


まるで太陽のような輝きを放ち始める。


「兄貴、あれ!」


「何しようとしとるかわからへんが――させへん」


二人の意識が、優斗に注がれる。


僅かに、わたしを握りしめる手の力が緩んだ。


――今しか、ない。


わたしは、ヤマネ族。


爪も牙もないけれど。


それでも、硬い木の実を砕けるぐらいの歯ならある!!


ありったけの魔力を、口に注ぎ込む。


生まれて初めて注ぎ込んだ魔力に、凄まじい痛みが走るけど。


二人の痛みに比べれば、なんてことはない!


その勢いのままに、全力でわたしを掴むベルンの指に噛みついた。


硬い毛ごと、その硬い肉にわたしの小さな歯が食い込んだ。


「わぁっ!?」


完全にわたしから意識が逸れていたベルンが、想定外の痛みに手の力が緩み切った。


わたしだって、獣人族だ。


全身に力を入れて、その手を振りほどく。


あとは、二人の所に──


「させへんよ」


「あがっ!?」


わたしのお腹に、エリオの蹴りが突き刺さり、優斗と那砂とは逆方向に蹴り飛ばされる。


痛いなんてもんじゃない。


わたしは脂汗を浮かべながら、痛みに体を丸めるしかできない。


これを、優斗は何度も受けて、折れずに立ち上がったんだと思うと、尊敬しかない。


でも。


わたしは、笑う。


優斗と那砂を見て、笑った。


わたしは知っている。


ずっと、二人がわたしを巻き込めないから、使えなかった切り札を。


でも、今わたしは吹き飛ばされて。


あそこにいるのは、エリオとベルンだけだ。


だから、わたしは小さく呟いた。


――やっちゃえ。


その小さな呟きに応えるように。


二人が小さく笑ったのが見えた。

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