第77話 隠密
■ガルド視点
男の悲鳴が響き渡る。
広場外周の通路に居た開拓者の男の声だ。
虚を突き、喉元に噛みついたというのに悲鳴を上げるとは見上げたものだ。
溢れ出した血で気道が溢れ、悲鳴はすぐに止まる。
だが、それでもその目は死んでいない。
喰らいつかれながらも、短剣を逆手で抜き放った。
並みの相手なら一矢報いただろう、いい動きだ。
だが、相手が悪かったと思って逝け。
短剣を持った手を掴むと、そのまま握りつぶす。
口元が動き、最後に声にならない恨み言を残して、その男は息絶えた。
……末端がこのレベルとは、手ごわい。
口を離すと男の死体が崩れ落ちる。
残った男の血を飲み干し血肉へと変えながら、手拭いで口元を拭う。
「ボス、後は俺達が」
族の異なる五名の肉食獣人である部下達が、通路から現れる。
「任せたが、予想以上だ。無理をするな」
「はっ!」
連絡員を除いた部下は全員連れてきた。
手塩にかけて育ててきた自慢の部下だが、それでも五名しかいない。
ここにいる護衛の実力が、最低でこの男レベルだとすれば時間を稼ぐのが精一杯だろう。
ならば、時間をかけるわけにはいかない。
血の付いた手拭いを捨て、息を吐き。
限界まで領域を小さく纏い直し気配を消していく。
囮となるべく遠吠えを上げ始めた部下達にこの場を任せ、静かにこの場を後にした。
誰に気付かれることもなく、巨大な劇場車の裏手にたどり着いた。
馬車と言うよりも屋敷の様相の劇場車だ。
広場の舞台は崖の側にあり、それに沿うように停められている劇場車の裏手は死角になる。
誰もいないが、問題ない。
こちら側にも、前方部に入り口があるのは調べがついている。
すぐに扉にたどり着く。
これだけでも美術品として高値がつくだろう、細工の施された扉に手をかける。
リハーサルのためか、鍵はかかっていないようだ。
極めて精巧に作られた扉は、都合のいいことに音もなく滑らかに開いた。
……これが、ペルムシエルが誇る劇場車か。
踏み込んだ瞬間、以前訪れた事のあるペルムシエルと同じような領域が広がっていた。
木の匂いに溢れたペルムシエルの領域は、個人的にはあまり好みではない。
我らが故郷ラインドルフも大森林に築かれた国だからこそ、似て非なる匂いに馴染めない。
もっとも、それ故に支障は少ない。
想像以上に広い。
恐らく、長身な枝族が出入りする為に大きく作られているのだろう。
これならば問題なく動ける。
目指すは枝族。
間違いなく、ペルムシエルの果実の情報を持っている存在だ。
居住スペースは劇場車の後方にあったはずだ。
……順路的に、劇場部分の後ろを通らねばならぬか。
覗き込めば、舞台の裏側であるそこには、劇で使うであろう小道具やら布の人形やらがいくつも置かれていた。
そして、そこには舞台の準備を進める葉族が一人。
外の騒動にも気付かず、歌など口ずさみ呑気なものだ。
だが、邪魔だ。
気配を殺すのにも限度がある。
流石にこの距離を見つからずに通れるものではない。
……仕留めるか。
先程のように断末魔を上げられる真似はしない。
僅かに、牙に魔力を通す。
こちらに背を向けている葉族に音もなく近付く。
悪いが、死んでくれ。
大きく口を開き、その無防備な首筋に牙を突き立て――
「させないよ?」
――全身が総毛立った。
横合いから飛び込んできた何かの気配に、全力で飛び退く。
先程までいた場所に、俺と入れ替わる様にして人形が立っていた。
そう。
毛皮に覆われた、太ましい獣人のような、妙に愛嬌のある小さな人形の姿が。
「まったく、ヴァイスったらぼくにこんな着ぐるみ着させてさ。仕事とはいえ後で見てろよ」
背中に妙にでかい箱を背負った、小さな人形に入った何物かが、肩をまわしている。
地人でも収まりきらないような小さな人形。
ふざけた格好だ。
あんなものに入れるのは、葉族ぐらいだろう。
「ほら、君は逃げた逃げた」
「りょ、了解なのです!」
手を振る人形に、驚いた葉族が両手を上げて逃げ出していく。
だが、あれが葉族な訳がない。
葉族があんな、あんな馬鹿気た圧を放つはずがない。
「さて、と。こんな姿じゃなんだから、ご挨拶と行こうか」
何か金属が擦れるような音がする。
すると、その小さな人形の背中から手が伸びた。
そのままもう片方の手も飛び出し、人の頭が現れた。
俺は今、何を見ている?
そんな小さな人形に収まりきるはずのない存在が、まるで手品の様に姿を現していく。
最後に、足を引き抜くと。
そこには、これまたおとぎ話から飛び出してきたかのような、黒い洋装に身を包んだ小さな子供。
だが、その顔だけが後ろを向いていた。
「おっと、いけないいけない」
おどけるような声を上げながら両手で頭を掴むと、ぐるりとこちらに顔を捩じる。
美しい、作り物の少女の姿が、楽しそうに笑っていた。
「ぼくはルメール。“鉄槌人形”のルメール」
人形が背負っていた巨大な箱から、その異名に相応しい巨大な鉄槌を掴みだす。
「お初にお目にかかるね、お客さん。だけどまだ公開前なんだ、お引き取り願おうか」
軽々と巨大な鉄槌を背負った、陶磁器のような人形の少女の姿をした化け物がそこにいた。
『人形使い』に『鉄槌の』
そうヴァイスが語られるのも当然だ。
こんな化け物が仲間にいるのならば、そう呼ばれても仕方あるまい。
だが。
「ガルド。ラインドルフの密猟団が首領、ガルドだ」
「へぇ、大当たりだ」
大きく息を吐く。
もう領域を抑える意味はない。
全身に魔力を行きわたらせる。
牙を剥き出し、その一本一本に意志を込めていく。
一瞬たりとも気を抜くな。
あれは、そういう手合いだ。
「悪いが、死んでくれ」
牙を剥け。
あんな細い身体、噛み砕いて見せろ。
「悪いけど」
ルメールと名乗った魔人は、一度だけ小さく跳ね。
「死ぬのはそっちだよ」
着地した瞬間、膨れ上がった領域と同時に飛び掛かってきた。




