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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第76話 愚直

■優斗視点


俺が踏み出すのと、エリオがテーブルを蹴り壊して跳びあがったのは同時だった。


テーブルが砕ける音を聞きながら、頭上のエリオに向かってガラティーンを切り上げる。


空中なら……。


「跳んどったら避けれへん……なんてのは甘すぎるで!」


俺の浅知恵なんてお見通しだと、エリオは身体を捻って当然のように避けてくる。


その勢いのまま身体を捻り、空中から蹴りを放ってくる。


「やっ!」


それを予想していた那砂の結界がその蹴りを受け止めようと展開し。


エリオが、結界に“着地”した。


「なっ!?」


「どあほ」


頭上に居たはずのエリオの姿が掻き消える。


姿を追おうとした瞬間、硬質な音と共に俺の左脇腹に激痛が走る。


「ほんま厄介やな、お嬢ちゃん!」


下を向けば、地に伏せて右腕を振り抜いた格好のエリオと、俺の腹の前に展開された結界。


振り抜かれたエリオの指からは鋭利な爪が伸び、その爪は鮮血に濡れていた。


結界を足場に、下に跳んで俺の腹を切り裂こうとしたエリオの一撃を、後ろからそれを見ていた那砂が結界を張って防ごうとしてくれたのか。


「ごめん優斗くん、防ぎきれなくて!」


「十分!」


那砂の結界がなければ、まともに腹を裂かれていたことを考えれば掠り傷だ。


それに。


俺は那砂が癒せる範囲なら、どれだけ傷付こうが問題ない!


切り上げたままのガラティーンを、両手で握り直し。


一歩踏み込み。


領域を纏わせ、青白い炎を吹き上げたガラティーンを振りしめ。


「怯みもせんのかい!」


怯むわけにはいかない。


あの時、俺は鬼王に目に物を見せたんだ。


この程度で怯んでいたら、鬼王に顔向けできないんだよ!


小細工は通じない。


小細工を通せる程の実力が、経験が俺にはない。


だから、愚直に、全力で!


「行くぞ、ガラティーン!」


振り下ろすだけだ!


青白い炎を吹き上げるガラティーンを全力で振り下ろす。


「いい気になるなや!」


ぞくり、と背筋が冷える。


エリオの右手の爪に、見える程に濃い魔力が集まり。


振り下ろされたガラティーンの腹に、魔力を纏った爪が叩きつけられた。


「ぐっ!」


ガラティーンが弾き飛ばされるかと思う程の衝撃に、剣筋を維持できない。


剣筋が逸らされ、勢いのままに床板を叩き割る。


「あっつ!」


毛が焼けるような嫌な匂いと共に、エリオが飛び退いた。


距離が空いた事で、圧が緩み。ようやく自分が呼吸を忘れていたことに気付いた。


ゆっくりと息を吐き、呼吸を整え、緊張で硬くなっていた心を落ち着ける。


距離を取ったエリオは、ガラティーンを弾いた右手を熱そうに振って冷やしていた。


「なんちゅーもん振り回しとんのや……青白い炎やなんて、何見れば覚えれるんや」


「……収穫者だよ」


呼吸を整える時間の為にも、青い炎の由来を強く思い出すためにも収穫者の名前を出した。


あの時見て感じた炎の色と熱は、俺の中にしっかりと刻まれている。


収穫者の炎を越える。


それを目標の一つにして鍛えているのだから。


「マジか、わいでも知っとるレベルの割者見て生き残ってるんか」


「だから、あんた相手じゃびびってやれないよ」


あんたは間違いなく俺より強いが、あんたより強い相手はよく知っているからな。


「……大真面目に大口叩けるっちゅう事は、割者相手に生き残ったんは冗談じゃなさそうやな。そりゃ、怯みもせぇへん訳や」


呼吸は整った。


収穫者を強く思い出せたことで、格上相手にするのに余分な恐怖は振り払えた。


……ただ、話題は間違ったかもしれない。


折角侮っていてくれたのに、今は見定めるような視線に変わっていた。




「ほな、いくで」


言い終わる頃には、既に眼前にまで近づいてきた。


袴で足元が見えないからか、まるで滑るような動きに反応が遅れる。


「昔取った杵柄や、存分に味わってや」


右の掌底が眼前に迫る。


即座に那砂が結界を張ってくれ、顔を打ち抜かれるのは免れた。


だが、結界に当たる寸前に引き戻された右手に視線が釣られ。


「がっ!」


「脇がお留守や」


さっき切られ傷付いた左脇腹に、エリオの右膝が突き刺さる。


傷口を抉るようにねじり込まれ、声にならない激痛に息が止まる。


だが、ここで止まれば終わりだという直感が身体を動かす。


奥歯を噛み締め、息を吐き、あえて踏み込み前に出る。


「らぁっ!」


バットのように、横なぎにガラティーンを振り抜く。


捻った脇腹が泣けるほどに痛いが、これはかすり傷だと言い聞かせる。


エリオはその長身から予想できない程の低さに一瞬でしゃがみ込み、避けると同時に両手を振るう。


魔力が込められた両爪が輝き、胴体を両断しそうなほどの勢いで振り抜かれる。


だが、結界によって阻まれ、結界と爪がぶつかり激しい火花を散らす。


「うっ!」


那砂の結界に入ったダメージが大きかったのか、小さく那砂が悲鳴を上げる。


結界は非常に強固で、生半可な攻撃は防いでくれるが無敵じゃない。


使うたびに那砂は消耗するし、魔器の延長線だからか那砂の心と直結している。


強すぎる攻撃を受ければ、那砂に痛みが届いてしまう。


「ほぉ?無敵っちゅう訳やないんやな」


「痛いだけで、割れないかもしれませんよ……!」


那砂の強がる声が聞こえる。


その強がりに、エリオが口角をあげるのが見えた。




「ほなら、試してみよか!」


右の爪に力が籠められるのが見えた。


そのまま、俺の胴体めがけて爪を振るうのが見える。


収穫者の攻撃でも一撃は耐えた那砂の結界を割れる程とは思わないが……。


「させるか!」


那砂に苦しい想いをさせてたまるかよ。


振り抜いたままのガラティーンを、今度は下から掬うように切り上げる。


「なんてな?」


振り抜かれた爪に込められた魔力が弾け、閃光を放つ。


それ程強くはないが、室内で薄暗さに慣れた目には十分な明るさに、一瞬視界が真っ白になる。


同時に、強く感じていたエリオの領域圧が低くなる。


「那砂!」


狙いは那砂か!


俺が那砂の名を叫ぶのとほぼ同時に、何度か聞いた硬質なものがぶつかり合う音が響く。


「なんやそのチート装備は!」


まだ視界は戻らないが、聞こえた悪態に向かって踏み込み、ガラティーンを突き出す。


視界はなくとも、領域の感触で大体の位置は把握できる。


だが流石に当たる訳もない。


地面を蹴る音と、避けると同時に振るわれたであろう爪が、俺の左腕を深く切り付ける。


「くっ」


「優斗くん!」


気付けば、那砂が半球状に展開した結界の中にいた。


那砂は狙われた瞬間、自分を中心に半球状の結界を展開して防いだようだ。


そしてそのまま俺を引き込んでくれたらしい。


「ほんま、これやから来訪者は好かんねん。立派な道具を自慢げに振りかざしおってからに」


俺を支えてくれる那砂の手から、暖かなものが流れ込んでくる。


どういう原理か、他者の魔力には拒絶反応を起こすはずだが、俺の身体は那砂の魔力を拒絶しない。


那砂の魔力が集まり、俺の傷口を埋めていく。




「……ほんま、どないなっとんねん忌々しい」


距離を取ったエリオが、苛立ったような視線を向けてくる。


那砂のお陰で気にならない程度まで腕と脇腹の傷は癒えた。


俺が立ち上がると、消耗を抑えるべくすぐに結界が解かれる。


俺は那砂を背に、もう一度ガラティーンを構えた。


「……立派な道具だけで、何とかなる世界じゃないだろ」


おっさんが居なければ、庇護してくれる誰かが居なければ、俺も那砂も早々に死んでいた。


結局、この世界で大事なのは心の強さだ。


それを、俺はあの背中で学んだ。


折れない強さを教えられた。


「実力も経験もあんたには遠く及ばないけどな」


虚勢を張れ。


声に出せ。


強がりでも、言葉にすればそれは俺を少しだけ強くしてくれる。


思い出せ。


俺は今、何のために立っているのか。


マリネちゃんと目が合う。


何時も元気に輝いている目が、涙で歪んでいる。


握るガラティーンに力が籠る。


「想いの強さなら、あんたなんかに負けねぇんだよ!」


大事な人を守り救う以上に、心を奮い立たせるものなんてねぇんだよ!


俺の言葉に、一瞬エリオが細い目を大きく瞬かせ。


すぐさまに、獰猛な笑みを浮かべる。


「よう啖呵切ったな……ええやろ。そこまで言うんなら――わいも本気で殺しにかかったるわ」


飄々とした声から一転、底冷えするような低い声に思わず息を呑む。


だけど、だから何だと自分に言い聞かせる。


これぐらい乗り越えなくて、あの背中に追いつけるわけがないのだから。

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