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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第75話 襲撃

■優斗視点


油断だ。


マリネちゃんが狙われるとは思っていなかったとはいえ、獣人が相手になる可能性は聞かされていたのに。


……あんなに堂々と、無邪気に飯を食ってる相手が悪人だとは思えなかった。


いや、違う。


敵が全て、悪人とは限らない。


それにすら気付けないぐらい、俺がガキってだけの話だ。


「マリネちゃんを放せ」


ガラティーンに魔力を通わせ、青白い輝きを纏わせて突き付け、荒くなった言葉に意志を乗せる。


「そら聞けへんわ、残念やけどな」


青白く燃えるガラティーンを見ても、眉一つ動かさずに酷薄な目を向ける男に、内心焦りが浮かんでくる。


旧王都という領域内で、しかもここはチュートリアルの酒場という俺達に有利な場所だ。


にもかかわらず、飄々とした態度が揺らぎもしない。


まず間違いなく、格上。


「わいらはこのヤマネちゃんを、獣人の故郷であるラインドルフに連れて帰るだけや」


「ラインドルフなんて、知らない!わたしの故郷はこの街だよ!!」


悲痛なマリネちゃんの叫びに、ガラティーンを掴む手が怒りに震える。


俺の頭に、楽しそうにおっさんやシンザキさんと笑いあっているマリネちゃんの笑顔が浮かぶ。


「ベルン」


「わかったよ兄貴」


片手でマリネちゃんを掴んでいたベルンという熊のような大男の、もう片方の手がマリネちゃんの口をふさぐ。


必死に声を上げようとマリネちゃんが叫ぼうとしているけど、かすかな声しか届かない。


「ちびっ子の声はうるさくてしゃあないからな、これで静かになったわ」


肩をすくめる男に、俺の腹の奥から熱が上がってくるのが分かる。


「その手を放せよ」


自分のものとは思えない、低く荒れた声が漏れだした。


その声に、男は肩をすくめる。


「おぉ怖い怖い……で?」


男が大きく口を開いて嘲笑い、笑っていない目を向けてくる。


「一から十まで神様に用立ててもろた来訪者の甘ったれのガキんちょに、何ができんねん」


明確な悪意を込めて、挑発する男に。


返事代わりに踏み込み、突き出したガラティーンが青白い線を引き――



「あほやな」



視界から男が消える。


瞬く間に地に伏せた男から、反応できない速度で蹴りが放たれる。


下からの飛び上がるような蹴りが、俺の顎を打ち抜こうとし。


乾いた音が響く。


那砂が展開した結界が、火花を散らして蹴りを受け止めた。


「は?」


「させません!」


俺の背中から、頼もしい那砂の声が聞こえる。


「っ、これだから神授の魔器っちゅう奴は!」


ルメールさんとの訓練で、学んだこと。


何度も吹き飛ばされ、叩きのめされて、土の味を噛み締めてよくわかった。


格上相手に、俺程度が身の安全を考えていたら勝機を手繰り寄せる事は出来ない。


だから、俺は自分の身を守ることを完全に放棄する事にした。


相手だけを見て、相手だけを倒すことを考える。


我ながら馬鹿だと思うが、構わない。


俺には。


那砂が、自分の命を預けれる相棒がいるのだから。




俺は一切速度を緩めることなく、結界をすり抜け勢いのままにガラティーンを振り下ろす。


地に伏せたような姿勢の男を狙うも、その一撃は軽やかに避けられる。


そのまま人間業とは思えない身軽さで飛びのくと、テーブルの一つの上に着地する。


「甘ったれのガキっちゅうんわ訂正するわ。そない若さでそないなまでにガンギマっとる奴はそうおらへんからな」


テーブルの上で不良の様な姿勢で座りながら、俺と那砂を見定めるような視線を向けてくる。


「坊主一人やったら雑魚やったが、嬢ちゃんとセットなら厄介そうや」


「何が言いたい」


警戒を解かずに、何時でも斬りかかれるようガラティーンを構える。


「明確に、あんたらをわいの敵と認めたるわ。そんで、敵と認めて相対したからには名乗らんと格好つかへん」


にやりと笑った男の口から、鋭い牙が覗く。


「獣人はな、倒した相手を喰ろうて血肉にするんが作法でな。せやから、名前ぐらい知っといたらんと可哀そうやろ」


酷薄に開かれた目が、まっすぐに俺を見た。


獰猛な肉食獣に、獲物として狙われるとはこういう事かと。


明確な害意に、全身が泡立つ。


「わいはエリオ。ラインドルフからはるばるやってきた、名も無き密猟団の幹部さんや」


名乗っただけだ。


名乗っただけなのに、空気が変わった。


鬼王の様に領域が塗り替えられたわけでも。


収穫者の様に目に見える程に圧縮された領域を纏っているわけでもない。


その二人に比べれば、遥かに劣る。


だけど、決定的に違う事がある。


俺は敵でも何でもない存在として、見向きもされていなかった。


だが、エリオと名乗る男は、俺を見た。


俺に向けて明確に殺意を込めて、名乗ったんだ。


それだけで、ここまで違うのか。


その圧に一瞬、飲まれかけた時。



俺の背に、那砂の手が触れた。



その感触で。


それだけで、俺は自分がどうして立っているのかを思い出せた。


恐怖と緊張で震えて、冷たくなっている小さな手だ。


でもその小さな手が、何よりも俺の弱い心に火を灯してくれる。


俺には那砂が。


守るべき女の子であり、守ってくれる相棒が居る。


そして、目の前には救うべき大事な友達が、マリネちゃんがいる。


ならば、やることは一つだけ。


「俺は、優斗。チュートリアルの酒場所属の来訪者。お前を倒し、マリネちゃんを取り返す」


俺の啖呵に、エリオが獰猛な笑みを浮かべる。


その子はな、この酒場の宝物なんだ。


おっさんを、シンザキさんを、常連のみんなを笑顔にしてくれる大事な子なんだよ。


あんたらなんかに渡さない。


――絶対に、助け出す。

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