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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第74話 両取り

リハーサル当日。


昼前には、中央広場に問題なく劇場車を移動できた。


既に領主が手をまわして受け入れ態勢を整えてくれたおかげで、広場に入るのもスムーズだった。


「壮観だな」


中央広場に備え付けられた舞台の上に、劇場車が停車している。


かなりの大きさの舞台だが、それに負けない大きさの劇場車の存在感がすごい。


劇場車の左右に仁王立ちする根族も相まって、一種の神殿のようにも思えるほどだ。


中央広場は坂道に包まれ、英語のCのような形状をしている。


ただ、穴あき部分である中央通り以外にも、領主の館に向かう坂道に掘られた通路も多く、入り口だけ警戒すればいい訳ではない。


その辺りの脇道の警戒を古参組に。


観客がいる場所にはペドロを始めとしたバッカス組を。


で、俺は舞台脇に陣取っている。


ちなみにルメールは、ちょっとある場所で置物になってもらっている。


万が一の備えだが、ルメールにしかできないので説得してどうにかお願いした。


……少し高くついたが、背に腹には代えられない。




葉族が小さな体に見合わぬ力強さで領主の奴が用意した椅子を運ぶ。


手際よく客席を見やすい形に整えていく姿には思わず感心してしまう。


用意された椅子の中でも、ひときわ立派な椅子を抱えたロココが見えた。


どこに配置しようか悩んでいる様子に見える。


「あー、ロココ。それは領主用だから、斜め後ろの、そう。少し高いそこだ」


後ろからだと視線の圧が、前にいると視線が領主に向いてしまうからな。


万が一、劇に熱中して貴族の圧が増したら、一般人は劇どころではなくなってしまう。


それを回避するために貴賓席があるのだ。


地球とは貴賓席の意味が根本的に異なるのが少し面白い。


「助かったのです!」


跳ねるように、大人一人分ぐらいはありそうな重量の椅子を軽快に運んでいく。


あの小ささのどこにあのパワーがあるのか非常に疑問だが、比較的魔人に近い生態の樹人だからそう言うものだと思うしかない。


そんなこと言ったら、ルメールなんて筋肉もないのにあのパワーだからな。


俺が時々助言をしながらのんびりと構えていると。


「ヴァイス様」


劇場車から葉族のお供を連れたユナリアが降り立った。


普段の花弁と葉を模したドレスとは違う衣装。


モチーフとしては、同じように花弁と葉を模しているのだろう。


だが、優雅さを印象付けるドレスとは違う、神聖さを強く感じ取れるその衣装は聖衣とでもいうべきか。


透けるような花弁が幾重にも重なり、大きな一輪の花のようであり、花束のようでもあった。


「こりゃすごい」


白百合の巫女、とでもいうぐらいしか俺の語彙力では表現できないのが残念だ。


「そうおっしゃっていますが、欠片も心乱れておられないのですね。少し、自信を無くしてしまいそうです」


そう言って淑やかに笑うユナリアに、俺は肩をすくめる。


「まぁ、俺は訳あってちょっとそう言うのには疎くてね。俺以外の男なら落とし放題だと思うぞ」


俺が周囲に目を向けると、俺以外の酒場の連中が全員ユナリアを見て呆けているのが見えた。


「ふふ、それで満足しておきますね」


俺には効果がないのは分かっていたようだ。


だが、俺以外には効果があるのでちょっと困っちゃうかな!


「お前ら!呆けてないで警戒!」


俺の号令で、我に返った面々が警戒態勢に戻る。


……ちらちら横目で見るぐらいは勘弁してやろう。


「この度の護衛、よろしくお願いいたしますね」


「あぁ、任せてくれ」


布陣に不安はない。


連れてきた面子も、今うちが出せる中では選りすぐりだ。


……なのだが、何かを見落としている気がする。


そんな疑念が頭の片隅から拭いきれない。


俺は、何を見落としている?


――胸騒ぎがする。




その時。




広場の端から、男の悲鳴が響き渡った。




■マリネ視点




「やっとひと段落だよぉ」


昨夜も凄かったけど、お昼の営業も大忙しだ。


何時も賑わっている酒場のみんなは護衛で出払っているけど、その分外の人が多かった。


今日はお休みのつもりだったけど、あまりの忙しさに思わず手伝っちゃった。


私が手伝っても手が足りなくて、お休みの優斗と那砂が手伝ってくれなかったら危なかったかも。


「マリネ」


奥から困った顔のシンザキが顔を出した。


「どしたのシンザキ?」


「……予定以上の減りで、夜の分の食材がいくつか足りん」


「わぁお」


長い事酒場で働いているけど、ここまで足りなくなるのは初めてだ。


でも、ちらりと奥のテーブルを見れば納得するしかない。


お客さんも多かったけど、一人物凄い食べるお客さんがいたのだ。


テーブルに山盛りになるぐらい注文したお客さんで、今も「うまいうまい」と言いながら食べてくれている。


あんなに大きな獣人は初めて見たけど、無邪気に美味しそうに食べているのをみると毒気も抜けちゃう。


「で、わたしが買い出しに行けばいいの?」


「いや、俺が行ってくる。マリネは店番を頼む」


確かに足りなくなった食材は、シンザキの目利きがあった方がいい食材があった。


それに、わたしも獣人のはしくれだけあって運べる量に自信はあるけど、シンザキはわたしよりずっと力持ちだ。


体格も違うし、運べる量が違う。


「うん、優斗と那砂とお留守番してるね」


「頼んだ」


そう言ってわたしの頭を優しく撫でると、シンザキは大きな袋を背負って酒場を出ていった。


「もう、子ども扱いなんだからさ!」


そう言いつつも、優しい手の温もりをもう少し感じたくて、自分の頭にそっと手を添える。


わたしが子ども扱いされているのは、十分わかってる。


シンザキもヴァイスも、酒場のみんなわたしよりずっと先を歩いてる。


まだ、わたしは全然そこに追いつけていない。


みんなの背中を見て歩いているだけだ。


だから、わたしは子ども扱いなのだと。


だけど。


……いつかは、その隣で胸を張れるようになるんだ。


それがわたしの目標。




「って、お仕事お仕事」


シンザキが休憩中の看板を立てて行ってくれたから、新しい人は来ない。


既に大きな獣人以外のお客は食べ終わって会計を終えていない。


優斗と那砂は、人のいないテーブルの食器を片付けてくれていた。


わたしは、食器の山が築かれている獣人の人のテーブルに向かう。


「空いてる食器下げますね」


「んぐ、うん。ありがとねー」


わたしがそういうと、一心不乱に食べながらも穏やかな声が返ってきた。


その時、入り口の扉が開く鈴の音が聞こえた。


「あ、すいません今日の昼営業は終わってま、す……」


振り返ったわたしの声は、最後には尻すぼみになっていた。


視界に入った姿に、わたしの尻尾は無意識に逆立っていくのがわかる。


「あんじょうすいまへんな。商い中やないのに入るんはマナー違反なんは重々わかっとるんやけどな」


片手で帽子を押さえた、長身の転生者。


酒場を軽く一瞥し、わたしを見つけると。


細い目が、うっすら開かれ。


その鋭い酷薄な瞳に、わたしは身体が麻痺したように動かない。


堂々と入ってきた男に、優斗が警戒するように前に出る。


「休憩中だ、帰ってくれ」


わたしを庇うような優斗の背中に、少しだけわたしは心が軽くなる。


「そないに怖い顔せんといてや。わい、二つほど探し物しとってん」


「手伝って欲しかったら、まずは大人しく酒場から出てもらおうか」


優斗が左手でガラティーンの鞘に手を添え、右手をいつでも抜けるように構えるのが見えた。


それでも、魔器を構える気配もなく、男は飄々とした様子で近づいてくる。


「気ぃ遣てもろて、おおきにな。でも、その必要はあらへんわ」


男が、そう言うと同時に帽子を放り投げる。


一瞬、わたし達の目がその帽子に引き寄せられ。


「ここにおったんやな、ベルン。その子や」


「わかったよ、兄貴」


後ろから、声が聞こえたと思った瞬間。


「えっ!」


わたしは、大きな手で両腕ごと掴まれていた。


「マリネちゃん!」


「行かせへんよ?」


駆け寄ろうとしてくれる優斗の前に、男が立ち塞がる。


その頭には、小さな獣の耳。


「もう隠す必要もあらへんな」


そう言って、男は隠していた大きな尻尾を袴から覗かせる。


「よろしゅうな、美味しい美味しいヤマネちゃん。テンのわいとも仲ようしようや」


そう笑う男の口からは、肉食獣特有の牙が覗いていた。


その完全に獲物を見据える捕食者の笑みに、わたしは声を上げることもできずに震える事しかできなかった。

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