第73話 始動
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朝日が差し込む裏路地、獣人達が拠点としている家の奥。
そこでは、ソファに座った狼男が、首飾りを手に取り眺めていた。
何十本もの大きさの異なる牙を紐で結んだだけの、簡素な首飾り。
「また見ていたのか、ガルドよ」
そこには、ファルムと呼ばれた虎の獣人が、ボスと呼ばれた狼の獣人――ガルドに静かに語り掛ける。
「あぁ。こういう日こそ、焚きつけねばならぬ」
「……ふむ」
痛ましそうに見つめるファルムに、ガルドは首飾りと同じ形をした牙を剥き出しにして笑う。
「それで、どうした」
「あ、あぁ。なに、お前一人でいいのか、とな。俺も付いていった方がいいんじゃないか、と思うんだが」
ペルムシエルの花劇団への襲撃を、ガルド一人で行う。
部下が何人かはついていくが、彼らは幹部に比べれば実力が何級も劣る以上、陽動にしか使わないだろう。
「お前が居れば心強い。だが、エリオがあそこまでいう相手だ。俺一人の方がやりやすい」
「確かに、それもそうか」
一応の納得の返事をしたファルムだったが、それでもその顔には疑問が拭い切れていない。
「それにだ」
「ふむ?」
そこに、ガルドが皮肉気に牙を向いて笑うと。
「ヤマネ族相手だ、エリオの悪い癖が出ないとも限らない」
「なるほど、それなら納得だ。折角捕まえても無事でなければ意味がない」
今度こそ納得がいったと、ファルムは苦笑いを浮かべる。
そこに、扉が開いた音と共に、二人分の足音が聞こえてくる。
「おまっとうさん。朝飯買うてきたで……なんや、わいの顔になんかついとる?」
ベルンを引き連れたエリオが、玄関から大量の紙袋を抱えて現れる。
「いや、なんでもない」
「なんや二人して仲よう笑いあってからに。わいらはのけ者かいな、なぁベルン?」
エリオはわざとらしく肩をすくめて、後ろを振り返って弟分に同意を求めるが。
「兄貴、それよりも朝飯、朝飯!」
「……しゃあないやっちゃな」
無邪気に食事を強請るベルンの姿に毒気を抜かれる。
「ボスらには馴染みはあらへん味付けやろうけど、ここの飯はどれもええ感じやったで」
エリオがテーブルに買ってきた食事を並べていくと、並べたそばから各々が掴みとっていく。
紙に包まれたホットドッグや肉串を、それぞれが豪快に頬張っていく。
「……悪くない」
「うむ、肉そのものはそれなりだが、味付けや下処理が丁寧じゃないか」
「うまいうまい」
自分の選んだ食事に喜ぶ面々に、エリオは細い目を更に細めて頷いた。
「せや、買い物ついでに護衛の連中について調べてきたで」
エリオが自分もホットドッグに嚙みつきながらそう語ると、ガルドが咀嚼しながらその先を促す。
「護衛についてるんは、開拓団『チュートリアルの酒場』っちゅーふざけた名前の連中や」
「ふむ、初心者への指導に積極的そうな名前じゃないか」
ファルムの言葉に頷く。
「せやな、そういう面もあるみたいや。旧王都でも結構有名みたいで、それなりに話も聞けたわ」
「注意点は?」
ガルドの言葉に、エリオが指を二本立てる。
「まず、目的のヤマネ族の子や。みんなリス族やと勘違いしとったけど、マリネっちゅう名前で、酒場で開拓者兼ウェイトレスしとるらしいで」
「ほう。という事は、花劇団の護衛に居なければ、酒場に居そうだな。探す手間が減ったじゃないか」
ファルムの言葉に頷きながら、エリオが指を一つ折りたたむ。
「ほんで、わいが昨日見たおっさん。チュートリアルの酒場の頭張っとる開拓者みたいやな。なんやけったいな異名が付きすぎてて、いまいちどないな戦いかたするかまでは、ようわからへんかったけど」
「奇妙な異名、と言うと?」
「それっぽいんが、『人形使い』、『鉄槌の』、『採取人』、『鉄剣』、『猪頭』とかやな」
その異名の数々に理解できないとガルドが眉を顰める。
「少なくとも、何らかの魔器使いとしかわからんな」
「あとは、地元のチンピラくんからも聞こう思ったんやけど、わいが誠心誠意“お願い”しても、だーれも口割らへんかったわ。腸詰馬鹿って言うとったから、知ってはいるみたいやったけど」
「ふむ、少なくとも口を割らないぐらいには恐れられている、という事か……しかし、腸詰馬鹿とは?」
ファルムが疑問に首をかしげていると、エリオが思い出し笑いをするように口を歪める。
「よっぽど腸詰が好きなんやろな。なんせ、ヴァイスブルストなんちゅうけったいなのを名前にしとるぐらいやし」
「お前がそう笑うという事は、そっちの言葉か。意味は?」
ガルドの問いに、エリオが馬鹿にするような声色で答える。
「ドイツっちゅう国の言葉で、“白い腸詰”って意味ですわ。よっぽど好きか、意味を知らへんかのどっちかやろなぁ」
「腸詰、か。くははははは!」
まさかの名前に、ガルドが珍しく口を大きく開けて笑い出す。
「我ら肉を喰らう獣人を前に腸詰を名乗るなど丁度いい。この牙で食い散らかしてやるまでよ」
狼の顔を持つガルドが、牙を剥き出しにして凶暴な顔を見せ、立ち上がる。
ガルドは一人ずつ部下達の顔を見回す。
既にこの場の全員は食事を終えて、ボスであるガルドの言葉を待っていた。
ガルドは、凶暴な笑みを浮かべ。
「さぁ、獲物を狩りに行くぞ」
生粋の狩人である彼らは、静かに応え。
気配すら消した彼らは音もなく出ていくと。
誰も居なくなった部屋には、何の痕跡も残されてはいなかった。




