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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第72話 前夜

■那砂視点


ヴァイスさんに後始末を任せた後、私達は旧王都の街並みを巡った。


まず最初にカギミヤさんの洋裁店。


二人を見たカギミヤさんが目を輝かせて、二人の服を作らせてと頼み込んできた。


お金はいらないからと凄まじい圧を見せるカギミヤさんに、二人の滞在時間は短いと伝えると一瞬動きが止まったけど。


カギミヤさんは色々と悩んだ末に、何とか間に合わせて見せるからと、二人に採寸をさせて貰っていた。


採寸に慣れているユナリアさんは自然体だったけど、ロココは初めての経験で楽しそうでよかったな。


……そういえば、ロココ達葉族の人達は葉っぱのポンチョみたいなのを羽織ってるけど、あれは服なのかな。


もしかして、体の一部だったり?


少なくとも採寸の時に脱いだりはしてなかったな。


……今度機会があったら聞いてみようと思う。


あと、作業部屋の奥にルメールさんが座っているように見えた。


ただ、カギミヤさんのお店にはルメールさんそっくりの人形もいるから、動かなかったしもしかしたら別人?かもしれない。




次に、ヴァイスさんが愛用しているっていう鍛冶屋さんをマリネちゃんが知っていたので、そこで鍛冶を見せてもらった。


高温に熱せられた炉に、二人とも怖がっていたけど、それでも好奇心には勝てなかったのか、優斗くんに隠れながらじっと見つめてた。


……ちょっと、朝よりユナリアさんの距離感が近い気がして……それが、すっごく気になるけど、ユナリアさんはお客さんだから仕方ない。


うん、お仕事だもんシカタナイ。


なんて思ってたら、妙に怯えた顔のマリネちゃんに体を揺すられたけど、あれはなんだったんだろう。


そのあと、鍛冶師さんの小さい娘さんがお勧めする武器を手に取ってみた。


基本的に器人は魔器しか武器にしないけど、武器以外を魔器にしている人の護身用だったり、一から魔器を作る人のために置いてある見本があるみたい。


そう一生懸命説明してくれる女の子の、お父さんの仕事を手伝おうとする姿は可愛かったけど、お勧めする武器はだいぶ本格的だった。


本当に真剣にお父さんの仕事を見ているのだとわかって、小さいからと子ども扱いはできないなと思った。


……一番子供っぽかったのは、色々な武器を前に目に輝かせていた優斗くんだったと思う。


頼もしい優斗くんも格好良くていいけど、こういう可愛い優斗くんも見ていて嬉しい。


じっと見つめていたら、ユナリアさんと目が合って、すっごく優しい顔で笑いかけられた。


『那砂さんの大事な人をとったりしないから、安心してください』


その笑顔に、昨日の夜の言葉が思い出される。


……本当に、安心していいんだよね?


朝よりも距離感の変わったユナリアさんに、私の胸は不安で溢れそうになる。


優斗くんは本当に格好よくて可愛いって気付いたユナリアさんが、優斗くんを連れて行ってしまう。


そんな想像をすると、ぎゅっと胸が痛くなる。


私には、その言葉を信じるしかありませんでした。




酒場に戻ると、扉を開ける前から聞こえる喧騒に扉を開ける手が止まる。


少しだけ開けて中を見ると、想像以上に賑わっていた。


今までにない喧騒に、面食らってしまいます。


「あっ、もしかしてユナリア達の噂聞きつけた人達かも……みんなは裏から個室に向かって。わたしは手伝ってくる!」


状況を見たマリネちゃんが、私達に指示を出すと慌てて厨房の奥に走っていく。


確かに、この中にユナリアさんとロココを連れて行ったら大変なことになりそう。


マリネちゃんに言われるように、裏口を通って昨日も使った個室に向かう。


すると、そこにはヴァイスさんが待っていた。


一人でテーブルに座って腸詰を食べていたので、そのまま私達も席に座っていく。


「よう、今日はおつかれさん」


「いえ、ヴァイスさんこそお疲れ様です」


私達が席に着くと、ヴァイスさんは用意してくれていた果実酒をグラスに注いでくれる。


「マリネは……あれを見たら放っておけなくて手伝いに行ったか」


「はい、見た瞬間飛んでいっちゃいました」


あれ程賑わっているのは、アルビオンの旅団の人達が泊まっていた時以来です。


「さて、余計な騒動はあったが、観光は楽しめたかな?」


「はい!皆様のおかげで、とても楽しい休日を過ごすことができました」


「そうなのです!ロココもみんなにいいお土産が買えたのです!」


ヴァイスさんの言葉に、ユナリアさんとロココがとても嬉しそうに返事をしてくれて、私もようやく肩の力が抜けた気がします。


ロココが自慢げに取り出した石のアクセサリーを、「お、いい趣味してるな」と返すヴァイスさんにロココも満足げです。


「やっぱりお前達に案内を任せて正解だったな。すっかり仲良くなったみたいでおっさんは嬉しいよ」


「別におっさんが居てもよかったと思うけどな」


優斗くんの言葉に、ヴァイスさんが嬉しそうに笑う。


「気持ちは嬉しいが、俺が居たら遠慮がでちまうだろ。それに、俺も俺で忙しいからな」


ヴァイスさんが渡してくれたグラスが全員に行きわたると、ヴァイスさんが木のジョッキを掲げた。


「では、バッカスに今日の無事を感謝して」


「はい。母なる大樹に今日の無事を感謝して」


ヴァイスさんのいつもの言葉に、ユナリアさんが返す。


私も飲みなれた果実酒を一口飲む。


酒精が殆ど感じられない、ジュースのような自然な甘みのある果実酒が体に染みわたっていく。


――お酒を飲むと、一日の終わりを感じられる。


そう語っていた優斗くんのお父さんの言葉を思い出した。




ヴァイスさんが用意してくれたナッツを摘まみながら、今日の出来事を報告していると。


「はーいみんな、お待たせ!」


ウェイトレス服に着替えたマリネちゃんが、大皿を三枚も持って現れます。


両手と尻尾を使って器用に。


危なげのない動きは、流石としか言いようがないです。


「ちょっと昨日程の凝った料理は少ないけど、味は保証するから!」


鳥の照り焼き、焼き野菜、そしてそれを包むために薄く焼かれた生地が山盛りです。


色とりどりのソースも一緒。


こっちの世界に空を飛ぶ鳥はいませんが、その分地面を駆ける鳥ならいるみたいで、この鳥もその類だと思います。


料理を置くと、マリネちゃんが厨房に戻ろうと踵を返そうとして。


「マリネ、明日の予定を話すから少し時間大丈夫か?」


「別に大丈夫だよ。シンザキからは呆れられてたし、何なら飯食ってから戻ってこいって言われてたけど」


うん、なんか光景が目に浮かぶ気がするよマリネちゃん。


マリネちゃんが席に着いたのを確認すると、ヴァイスさんが小さくうなずく。


「明日は、花劇団のリハーサルだ。昼前までに劇場車を中央広場に移動させて、本番さながらの配置を試す」


「はい。劇場車を展開してのリハーサルこそしませんが、それ以外は本番を想定した動きになる予定です」


ヴァイスさんの説明に、ユナリアさんが続く。


劇場車は、展開することで側面が開き、本当の劇場のようになるとのこと。


色々なギミックもあるらしくて、その話を聞いた私達は期待が大きく膨らんでいる。


「護衛には俺、ルメール、ペドロとバッカス組、他の古参も動員する。お前達は酒場で待機していてくれ」


「別に、わたし達も護衛についてもいいんじゃないの?」


マリネちゃんの言葉に、私と優斗くんも頷く。


「劇のリハーサルの護衛は、そのまま本番当日の護衛のリハーサルも兼ねる。護衛に回れば、劇を集中して見れなくなるぞ?」


「うっ、それはやだなぁ。折角だしじっくり見たい」


今日一日で仲良くなれたからか、マリネちゃんもユナリアさん達の劇をずっと楽しみにしている。


それに、私達だと護衛しても劇に夢中になってお仕事にならない気がする。


「マリネちゃん、素直に明日はお休みしよ。それに、リハーサルついていったら、多少のネタバレも入っちゃうかも」


「うっ、それもやだ」


私がユナリアさんに視線を向けると、ユナリアさんも少し困ったように頷く。


「そうですね。展開練習も行いますし、多少は劇の内容に触れてしまう事にはなると思います」


「……なら、休む」


ユナリアさんの言葉に、休む方に天秤が傾いたマリネちゃん。


「そうだな。俺も、まっさらな状態で見たい」


「私も」


優斗くんと私もマリネちゃんと同じ気持ち。


この世界で初めての劇だから、最も楽しめる状態で観たい。


そんな私達の言葉に、ユナリアさんが心から嬉しそうに。


「みなさまのご期待に応えられる、最高の劇に仕上げてまいりますね」


見てるこっちが蕩けるような、甘い笑みを浮かべてくれた。


……わ、私でも動揺するような魅力的なのはやめてください!


机に突っ伏して悶える優斗くんを横目に、私は違う意味で不安になってしまうのでした。

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