第71話 熱量
優しい優斗達に手加減されたおかげで、全員無事な連中を縛り終わる。
「まぁ、頑固者のお主の事はええじゃろ。それより、こやつらはどう見る?」
「まず間違いなく、ユナリア狙いの外の連中だな」
別動隊の中でも無事だった奴への尋問は終わっていて、一通り事情は分かっている。
ペルムシエルの花族は、一部の連中なら喜んで大金を支払う程に魅力的な存在だ。
世界で最も美しい種族の一つというのは誇張でも何でもないのだ。
だからこそ、今回のように誘拐を目論む馬鹿はいくらでも湧いてくる。
だが。
「こいつらは、熱が足りてない」
自分達で計画を企て、満を持して動いたのとは違う。
何者かに火を着けられて、その勢いのままに動き出したような浮つきがあった。
尋問の中で、リーダーが誰かに焚きつけられた、といった事を口走っていたのがいた。
うーん、そのリーダーくんが一番厄介そうだったから首を撥ねたのだが、手足に留めといたほうが良かったか。
「少なくとも、気は抜けないって事だな」
「元から気を抜く予定もあるまいて」
それはそう。
護衛依頼で、襲撃一回あったから後は大丈夫、等と考えるのは流石に馬鹿すぎる。
……いや、昔そうやって気を抜いた結果死んだクラスメイトが居たから、戒めただけだが。
「はぁ……ここだといつも以上に馬鹿な頃を鮮明に思い出しちまう」
「難儀な奴じゃのう」
それに、だ。
影も形も見えないし、尻尾も見せないが。
こっちをずっと見てた奴がいた。
俺が勘付いているのに気付いたのか、しばらくしたら気配が消えたが……。
間違いなく、こいつが本命だろう。
俺に気付かれないように距離を取って姿を隠し、勘付かれて身を引く速さ。
こりゃ、一筋縄ではいかないな。
□
「こりゃ、一筋縄ではいきまへんわ」
念には念を入れ、遠見筒を用いて隠れながらの観察。
にもかかわらず、勘付かれた。
あれだけの距離があったにも関わらず、一瞬視線がこちらを向いた。
その瞬間、その場を離れた判断は間違っていなかったと確信できる。
「まぁええわ。見たかったもんは見れたし、そんな相手が守りについてるちゅうのも収穫や」
帽子を深くかぶり直し、男は遠見筒を懐にしまうと、何事もないように歩き出して人ごみにまぎれる。
手に持った紙袋から、無造作にリンゴに似た果実飴を取り出すと、鋭利な歯で噛り付く。
大きな歯形が刻まれ、バリバリと飴をかみ砕く音が響く。
「……こないな味やったか?」
生前の地球で食べたりんご飴の味を思い出そうとし。
そもそも、りんご飴なんて言う上等な嗜好品を食べた記憶がない事に思い至る。
「そりゃ、知らへん味やなんぞわかるわけないか」
こちらでの生まれからすると、何とも食べ応えなく感じるものをあっさりと食べ終わると。
男は、裏路地の一つの扉の前で足を止める。
トン、トトト、トン。
奇妙な拍子で扉を叩くと、少し時間をおいて扉が開かれた。
開かれた扉にするりと男が入り込むと。
即座にその扉が締められる。
背の高い男が横を見上げれば。
背の高い男よりも更に背が高く、横にも大きな大男。
優斗が相対した大男すら、この熊の身体を持つ大男の前では、子供の様に見えるかもしれない。
「ありがとさん。ほい、お土産」
「ありがとなぁ、兄貴」
直立した熊のような様相の大男は、背の高い男を兄貴と呼ぶと、嬉しそうに紙袋を受け取った。
嬉しそうに紙袋から果実飴を取り出し、ぼりぼりと食べる大男を引き連れて、奥へと進むと。
光の届かない暗がりの部屋に、何人もの人影があった。
その中で、ソファに座るのは一人だけ。
狼に等しい顔を持つ、人狼というのが相応しい男が腕を組んで座っていた。
その背後には、人に虎の要素を合わせ持った男が、その背を守るように仁王立ちしていた。
「ボス、戻ったで」
「ご苦労、エリオ。首尾は」
エリオと呼ばれた長身の男は、帽子を脱ぎ、それを壁にかけるとボスと呼んだ男に向き直る。
エリオの頭には、小さくとも確かな獣のような耳が生えていた。
「あきまへん。焚きつけた阿保とはいえ、それなりの連中が瞬く間でしたわ」
ヴァイスとその仲間によって、容易く制圧されていった悪漢達を思い浮かべながら、エリオが首を振る。
「少なくとも、頭張っとったおっちゃんは、ボスとタメ張るんちゃいます?」
「なんと、それ程か」
虎の男がエリオの言葉に思わず唸る。
周囲の人影からもどよめきが広がっていく。
「どつきあいの強さは底が見えへんかったけど、少なくとも隠れて筒使うとったわいに気付くぐらいには、厄介やな」
「その状態にお前に気付くとは信じられんな」
唸る虎の男に対し、ボスと呼ばれた男は口元に手を当てて考え込み。
それを見て周囲が押し黙ると、静寂に包まれ切った頃にボスが口を開く。
「ペルムシエル以外の収穫はあったか?」
本来の目的である、ペルムシエルの花劇団。
それを避ける事を視野に入れたボスの言葉に、エリオは待ってましたと言わんばかりに笑みを深めた。
「あったで、とびっきりのが」
「ほう?」
エリオの脳裏には、一人の少女の姿が思い浮かぶ。
本能的に自分を避けた事で、確信を得た。
「こないな所で見るとは思わへんかったわ――ヤマネ族の生き残りがおるなんてな」
「おぉ、あの時に族滅したと思って居ったが、生き残りがいたのか」
エリオの言葉に、虎の男が懐かしむように頷く。
「見間違いという事はないのだな?」
虎の男の言葉に、エリオは手を振って否定する。
「ありえへん。テンであるわいが、大好物のヤマネちゃんを見間違うわけがあらへん」
――第一、ヤマネ族は誰よりも“よう知っとる”からな。
そう、エリオは心中で呟く。
「新王はんは、小動物系の獣人の保護にお熱や。絶滅したと思っとるヤマネちゃんの生き残りなんて、使い道いくらでもあると思わへん?」
「あぁ、悪くない」
ボスが、エリオの提案に、深く頷く。
「ファルム」
「おう」
ファルムと呼ばれた虎の獣人の男が、ドンと胸を叩き。
「エリオ」
「あいよ」
エリオが袴に隠したテンの象徴である尻尾を逆立て。
「ベルン」
「任せてよボス」
ベルンと呼ばれた熊の獣人である大男は応えると、残りの果実飴を一気に頬張る。
「明日、俺が他を引き連れて本命を狙う。お前達で、ヤマネ族を探し出して捕まえろ」
牙をむき出しにしたボスの言葉に、エリオとファルムが目を丸くする。
「なるほど、両取りするわけやな」
「どちらかが囮になってでも、確かな成果を持ち帰る。いいんじゃないか?」
二人が納得するのを確認すると、ボスは手を掲げて強く握りしめ。
「我等がラインドルフの、あるべき姿をこの手に」
静かに紡いだその言葉には、骨身まで焦がさんばかりの熱が込められていた。




