第7話 治癒
「異世界につきものの、即座に他人の傷を癒す治癒魔法」
俺は、起き上がって座りなおした優斗とその隣に寄り添う那砂に、興奮収まらないままに話を続ける。
「これは、不可能と言っていい。今の那砂のを例外とすれば、な」
「魔素が精神の思うままに姿を変えるなら、できそうな気はしますけど……」
ちゃんと覚えているようで素晴らしい。
余分な説明が要らないのは大歓迎だ。
「理由は単純明快で、拒絶反応が出るんだ」
それも命に係わるレベルのな。
この拒絶反応の理由はこの世界で生きていくのに重要だからしっかり説明しよう。
「ざっくりというと、魔素に干渉する精神は、ゲーム的にいうとMPのようなものなんだが」
マジックポイントならぬ、メンタルポイントってところだな。
「この世界では、MPは寝たら全快するなんてことはない。具体的には、血液ぐらい作るのに時間がかかる」
肉体の血液=器の精神と言ってもいいな。
「となると、減ったMPを回復する手段で何が思いつく?」
「血液と同じように、輸血みたいな手段ですか?」
生徒が優秀だと話が早くて助かるなぁ。
「そう、輸血が思いつくだろう。ただ、これはこの世界では絶対にやっちゃいけない」
「……なんでだ?」
「拒絶反応が出るからだよ」
血液には血液型があるが、精神にはそんな区分けはない。
そもそも、自分の中に他人の精神を受け入れられるわけがないんだよ。
「血液と違って、型がないからな。他人の精神が入り込んだら本能的に拒絶するのは止められない」
「あっ、だから精神で作る魔力で発動する魔法も、拒絶反応が出るんですね!」
「そう言うことだ」
これは、無意識だからな。
受け入れろ、って言われても無理なんだよ。
特に精神が肉体より強いこの世界だとな。
「だから、自分を癒すことはできても、他人を癒すことは不可能……の、筈なんだけどなぁ」
実際に、目の前で見せられるとチュートリアルの為に築いてきた知識にひびが入った気がする。
双子同士でも無理ってのは実証済みだから、他人は無理なはずなんだ!
「あ、あの。それなんですけど……」
「那砂、思い当たる節が?」
露骨に肩が落ちてる俺に、どこか申し訳なさそうな顔をした那砂。
「神様に、私が“優斗くんを癒して守れる力が欲しい”ってお願いしたんです」
「神様案件なら例外っ!!セーフ!!」
よっしゃチュートリアルの知識は守られたぞ!!
あっぶねぇ、俺のアイデンティティにヒビが入るところだったぜ。
……いや、こっちの世界だとこういうので精神やられると、マジで能力下がるからな。
マジで危なかったわ。
「神様がこっちに来る過程でそういう設計にしたなら、治癒できるのも納得だわ」
まじで神様連中の魔力を編む精度やべぇんだよ。
こっちに来てそれなりに経ったからこそ、あのやばさがわかるというか。
「そんで、癒して守れる力……ってことは、治癒能力以外にもあるのか」
「はい。ブローチには二つ能力があってですね……えいっ!」
那砂を中心に、丁度那砂の領域のサイズの半透明の結界が展開される。
……え、なにこれ?
完全に領域遮断されてんだけど。
物質化する結界とか、マジ?
「あー、これ声聞こえてる?」
「あ、はい。一定の音と光、それと優斗くんだけは素通しする結界だそうです」
その言葉に応えるように、優斗が結界から手を出し入れする。
わぁ、愛が重い。
うっそだろ、右も左もわからない異世界転移の時に、迷うことなく幼馴染のことしか考えない能力選んだの?
しかも、素通しって完全に信頼しきってるし。
……え、夫婦だったりしない?
幼馴染のレベルじゃないよね?
「えっと、うーん。とりあえず、強度確かめていい?」
「どうぞ!」
じゃ、遠慮なく。
とりあえず、いきなり鉄剣はまずいから……。
「ふんっ!」
渾身の、右ストレートォ!!
……。
…………。
痛ってぇ!?
嘘だろ、岩ぐらい砕ける俺の右ストレートで傷一つ入ってねぇ!?
「……ぐぐぐ、那砂に影響は?」
「とくには、何も……?」
まじっすか。
「これはちょっと、流石に確かめさせてもらうわ」
「はい!」
鉄剣を抜き、那砂や優斗に当たらない角度で突きを放つ。
魔力は練っていないが、それでも並みの魔獣なら仕留められるだけの一撃。
数えきれない程繰り返してきた、必殺の突き。
その切っ先と結界がぶつかり合い、魔素が火花のように瞬き。
鉄剣は結界と一瞬だけ拮抗し。
次の瞬間には弾かれていた。
……うぇ。
想像のはるか上の硬さと重さなんすけど。
俺の技でも、抜けるかこれ……?
「で、那砂に影響は?」
「ちょっと、びくってなったぐらいです」
その程度っすか……。
え、もしかしてこれ、愛の重さが強度に直結してる?
重いなぁ。
愛が重いなぁ。
ってことは優斗お前、これを当たり前に受け止めてんの?
……すっげぇ。
俺の中で優斗さんの株が急上昇した瞬間であった。
「なぁ、優斗」
「なんだよ」
「那砂、大事にしろよ……?」
「……?当たり前だろ」
うんうん。
那砂は能力的にも優秀だし、お前の未来のためにも、何よりも周りの為にも、二人で幸せになってくれ。
……この世界のヤンデレは、まじで化け物になりかねないんでな。
一瞬だけ魔器が読み取れた那砂の思念が、想像よりも深かったことに俺は背筋を震わせるのだった。