第61話 会合
迎えに行ったら那砂が何やら面白いことになっていたが、流石に領主を待たせるわけにもいかないので放置しておく。
大体、ユナリアの美貌にデレデレしてる優斗への嫉妬心をユナリアに見抜かれて、ってところか?
樹人で唯一性別が存在するのが花族であり、同時に他の人間種と子をなせるのも花族だけだという。
それ故に、生まれながら魅了という能力に特化しているらしく、言ってしまえば天性のサキュバス系種族な訳だ。
その中でも、外交を任され、劇団の副団長まで務めるほどの上澄みであるのがユナリアだ。
男女の機微を察する力もお手の物って事だろう。
とは言え、だ。
そう言うのが通用しない相手がこの先に待っているので、ユナリアには是非気を強く持ってもらいたいところだ。
ユナリアとロココの二人と、優斗達三人を連れながら俺はそんなことを思っていた。
「お連れしましたよ、領主様」
「あぁ、ご苦労だったねヴァイス。帰ってもいいぞ?」
「お前がいるのに帰るわけないだろうが」
この短時間の間に、いつの間にか用意させたハンバーグを優雅に口に運びながら、俺に帰れとおっしゃる。
若者をお前の前に無防備に置いて帰ったら罪悪感で死ねるっての。
「お初にお目にかかります。ペルムシエルの花劇団、副団長で花族のユナリアと申します」
「ペルムシエルの花劇団、従者長で葉族のロココと申しますです!」
二人そろって美しい所作で、上位者に向ける敬意の礼を行う。
「あぁ、気を楽にしてくれたまえ。私が、ここ旧王都の領主だ。領主に名など意味はないのでね、気軽に領主と呼んでくれ」
死んだ目に、笑みの形に弧を描く口で、そんな言葉を吐き出すが……。
少なくとも、気を楽にできるわけがないだろう。
事実、ユナリアもロココも、表面上はとりつくろえているが、その指先が微かに震えているのが見て取れる。
優斗と那砂も、そのあまりの異質さに、礼をすることで視線をそらし、固まっている。
支配領域の中に座する王級。
それは、言ってしまえばあの鬼王すら凌駕する化け物だ。
もちろん、鬼王のような化け物じみた耐久性はないのだが、少なくとも出力に関しては上回る。
領域を追われ、配下を多く失った鬼王と違い、領域も配下も十全な王級とはそれだけの存在なのだ。
そして何より、感情豊かだった鬼王とは違う。
こいつは、喜怒哀楽の内、楽以外が欠落している。
楽が残っているからかろうじて人間性が垣間見えるわけだが……。
だからこそ、それが必要だと判断すれば、笑顔で話しながら首を跳ねるのではないか。
そう思わせるだけの、異質さがぬぐい切れないのだ、こいつの笑顔には。
……まぁ、本当にただの親切心の可能性もあるんだけどな、こいつの場合。
裏があってもなくても、浮かべる笑顔がまったく一緒だから性質が悪いのだ。
「……わたしの友達と、お客さんをいじめないでくれる?」
むすっとした顔で、マリネが領主とユナリア達の間に入り込む。
間にマリネを挟んだことで圧が下がったのか、二人が少し大きく息をついたのが見えた。
「おや、前見たときはあんなに小さくて、私を前にすると泣きじゃくっていたマリネが、立派になったものだね」
「う、うるさいな!とにかく、もう少し抑えるなりなんなりしなよ!」
本当に楽しそうに笑う領主に、昔の自分をばらされて赤面したマリネが声を荒げる。
「やれやれ、幼子にこうも頑張られては仕方あるまい。少し面倒ではあるが……これでどうかな?」
面倒と言いながら、あっさりと領域を圧縮して見せる。
その分、身にまとう領域が視認できる程に密度を増しているあたり、その化け物具合が隠しきれてないが。
「さて、改めてようこそ、ペルムシエルの花劇団殿。クシナド王国旧王都は君達を歓迎しよう」
「ありがとうございます、領主様、そう言って頂けたこと、本当に嬉しく思います」
改めて席を設けるでもなく、普段飲み食いしているテーブルで、そのまま話し合いの場が設けられた。
近すぎるのはユナリア達に負担が大きいので、二つのテーブルに分かれての話し合いとなる。
「先触れの手紙で大体は把握している。花劇団によるペルムシエルの創世神話の劇、大いに結構。全面的に協力しようとも」
「あ、ありがとうございます」
先に話が言っているとはいえ、あっさりと協力してくれると言われてユナリアが少し動揺している。
……あー、うん。せっかちなんだ、こいつ。
そして楽しいことが大好きだからな、こういったイベントは大歓迎なんだ。
「宣伝も任せてくれたまえ。そして、私も是非見学させていただくと“大々的に広めておく”よ」
一瞬、俺に視線が向けられた。
あぁ、わかるとも。
正直助かるよ、領主様。
──これで、本番当日に襲撃はなくなった。
何せ、領域支配者が直々に観覧するのだ。
そんな日に手を出せば、どうなるかなどこの世界の住人なら子供でもわかっている。
となると、休息日とリハーサルの日が要注意だな。
「それは大変光栄です。領主様に最高の劇をお見せすることを、母なる大樹に誓いましょう」
「とても楽しみにしていると、団長殿にもお伝え願えるかな?」
「はい、必ず」
自身に溢れた笑顔で大樹に誓うユナリアが気に入ったのか、領主が笑い返す。
……まぁ、今にもとって食いそうな笑顔にしか見えないんだがな。
怖いんだよ、お前の笑顔。
「興味があれば、私の屋敷に来るといい、歓迎しよう。この場末の酒場も悪くはないがね」
「場末で悪かったな」
「褒めているだろう?」
悪くない、って誉め言葉か?
俺が眉をひそめていると、俺を見ながら、少し領主が珍しい笑い方をした。
困ったような笑い顔に、俺は少し懐かしさを感じてしまう。
「こんな“もの”になった私に、減らず口を叩くのはお前ぐらいのものだよ、ヴァイス」
「あぁ、礼儀がなってなくて悪いね、領主様。それに、それはお互い様だろ」
お互いに十年来の付き合いだ。
領主になる前のこいつを知っている身としては、その言葉は少し重い。
「さて、ユナリア殿」
俺達のやり取りをぽかんと眺めていたユナリアに、普段通りの声に戻った領主が話しかける。
「君達は私にとっても客人であるし、彼等とも正式な依頼として護衛を頼んでいる立場なのだろう」
誰かが、ごくりと息をのんだ音が聞こえた。
「私も彼等との縁が深いのでね。最大限の便宜は図らせていただこう」
笑うことをやめた瞬間、感情を一切含まない目が、その顔から人間性を消し去っていた。
「ただし」
領域が揺らいでいない。
それでも、確かな圧が酒場全体を震わせていた。
「そちらが相応の厄介事を持ち込む以上、万が一の際は領主として相応の対応はさせていただく」
「……勿論、です」
益よりも害が勝れば切り捨てる。
そう暗に語った領主の言葉に、ユナリアはどうにか震える声を絞り出した。
「それに、君達は運がいい」
「……運、ですか?」
少し柔らかくなった声に、思わずユナリアが聞き返す。
「少なくとも、彼等を引き当てたのだ。私にそう言わせるだけのものを持っていると保証しよう」
そう言いながら俺を見る領主の口が、楽しそうに弧を描いた。
勝手にハードル上げないでもらえますかね!?




