第6話 覚悟
鉄剣に意志を通し、魔素を染め、刀身に魔力が伝う。
「稽古をつけてやる、お前が何したって届かないから思いっきりやってみろ」
「言ったな……!」
俺の挑発に、ガラティーンの切っ先の震えが止まる。
既に間合いとしては一歩で届く距離。
迷うことなくその一歩を踏み出した優斗が、両手でガラティーンを振り上げる。
片手で振り下ろした鉄剣で、完全にガラティーンを押し止める。
……なるほどね。
振り上げた姿勢で固められた優斗の顔に焦りが浮かぶ。
まさか、両手で押し負けるとは思わねぇよな?
その隙だらけの胴体に、優しく目で追える程度の速度で蹴りを放つ。
「こんのっ!?」
おぉ、地面を転がったし、ぎりぎりだったが、ちゃんと避けれたのは評価高いぞ。
昔同じ事したら、変に避けようとしたことで蹴りが鳩尾に刺さって崩れ落ちた奴もいたからな……。
優斗が起き上がり、体勢を整え即座にこちらに向かってガラティーンを構える。
「一回切り結んでみて、どうだ?」
「……岩でも切ったのかと思った」
まぁ、“重さ”には自信はあるからな。
「それに……あんたが、ヴァイスが想像以上に化け物だって、わかった」
「おう、俺もお前が馬鹿まっすぐな奴だってよくわかったよ」
魔器は、意志を伝えて魔素に干渉する道具だ。
そして、魔剣は意志を乗せて道を切り開く武器だ。
ってことはだ、武器には意志が乗る。
そして、意志を伝える武器である魔器と魔器がぶつかり合えば、だ。
「達人は剣を交えれば相手を理解するってあるだろ。あれ、こっちじゃ日常だよ」
「嫌な日常もあったもんだな」
俺もそう思う。
とはいえ、これがあるから敵対した相手とそのあと仲良くなるとかもあるんだよな。
昨日の敵は今日の友、ってのは滅茶苦茶多い。
酒場に所属してる開拓者の古参連中は大体そうじゃねぇかな。
何より敵も味方もみんなバッカスは大好きだからな、酒を酌み交わせばもう友人って訳だ。
「んで優斗。今お前は切り結んで、こいつはやばいってなった訳だが……これが実戦だったらどうするよ?」
圧倒的な実力差がある相手と、切り結ぶほどの距離にいるわけだ。
状況としては最悪に近いな。
「……逃げる?」
「死ぬな、それは」
相手によるが、大体その状況で消去法で逃げを選ぶのは最悪だ。
「逃げ腰になったら最後、魔器に込めた意志まで弱まって、へし折られてさよならだな」
鋼の意志で俺は絶対に逃げる、生き延びてやる!ってぐらいだと話は変わってくるけど。
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「覚悟を決めるんだよ」
「覚悟……?」
まともに戦ったら勝てない、逃げようとしたら死ぬ。
だったら、一矢報いるしかないだろ。
「死に物狂いで、腕の一本でも道連れにする覚悟をもって挑め」
「んな、そんな簡単に言うなよな……」
俺の剣の重さを知った今だから、怖気づくのはまぁ仕方ない。
でもな。
そうすりゃ、相手は格下相手に無駄な被害を恐れて見逃してくれるかもしれない。
もしかしたら、気圧された相手を一方的に倒せる可能性だってある。
「それに、覚悟を決めろって言われてもよ……」
「なに、お前の場合は単純だよ」
俺は、心配そうにじっと優斗を見守っている那砂に視線を向ける。
「お前が死んだら、那砂は死ぬぞ。死ぬか、もっと酷い目に合うことになる」
「……那砂が?」
優斗が、那砂に視線を向けて、二人の視線が交差する。
どうせ今後も一緒にいるだろうから、その可能性は高いだろうな。
「人が相手でも、魔獣が相手でも、可愛い女の子が無防備に倒れてたらどうなるかはわかるだろ?」
「……それは、絶対になしだ」
だろ?
考えうる限りの最低最悪で、そんな未来はなしだろうよ。
「お前の剣には、お前とお前の大事なものが乗ってんだよ」
そんな過去を経験してる俺は、そんな未来をなしにしたくて仕方がないんだよ。
幼馴染を救えなかった経験なんて、お前には必要なんてないだろ?
「もう一回構えな、優斗。くそったれな未来は嫌だろ?」
「……当たり前だろ!」
来訪者として、先輩として。
俺の剣が重い理由、しっかりと学んでくれ!
「まぁ、合格かな」
「……どう、も」
精魂尽き果てて、地面に大の字で転がって動けなくなった優斗に合格を言い渡す。
うむ、気合十分意志十全!
ガラティーン君も少し重くなったし、初めてのまともな切り合いでこれなら十分だろ。
まぁ、その分視野が狭くなって足元がお留守になったのはよくないけどな。
「一時間は、ぶっ通しで、やりあって……汗一つかいてねぇのかよ」
「俺としては、お前が一時間も粘ったことに感心してるよ」
十分持てばいい方だよ。
まぁ、それだけ那砂の嬢ちゃんが大事ってことなんだろうな。
……幼馴染は、大事だよなぁ。
「優斗くん、大丈夫……!?」
一度も目をそらすことなく見守っていた那砂が、倒れた優斗に駆け寄ってくる。
何度も転がされて、時々鉄剣の腹でぶっ叩かれた優斗は結構ぼろぼろだ。
那砂は、躊躇うことなく膝まづくと、倒れた優斗の手を握る。
「今、“治す”から!」
「……ふぁっ!?」
ちょ、何言った今!?
俺が動揺しているうちに、那砂の胸元のブローチが輝き、暖かな光に包まれた優斗の傷が癒されていく。
「ありがとな、那砂」
「いいよ、これぐらいしかできないし」
いい雰囲気を出してるところ、申し訳ないんですがぁ!!
「治癒能力っ!?」
マジかよ、とんでもねぇな嬢ちゃん!
「……どうしたんだよ、おっさん」
「何か、おかしかったですか?」
あぁ、そうか。
異世界になら当たり前にありそうって思ってるんだろうな。
だがな!
俺は、自分でもオーバーリアクションだと思いながらも、大きく手を広げて叫ぶ。
「……この世界にはな、治癒魔法なんてもんは存在しないんだよ!」
「「え?」」
お互いが仲良く見つめ合って息ぴったりですねぇ!
こっちはそれどころじゃないんですけどね!