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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第59話 領主

「明日の案内はいいんだけど……今日はこれからどうするの?」


マリネの問いももっともだ。


まだ時刻は昼を過ぎたばかりで、休むには早すぎる。


「本日は、これから旧王都の領主様にお会いする予定になっております。本日お会いしていただけると、門の方で連絡をいただいたのです」


ユナリアの語る予定に、俺の脳裏には領主の姿が浮かんだ。


……まぁ、話の速い奴の事だ。樹人に会うのを一日も待てなかったというのはあるだろう。


「そう言えば、まだ領主にはあったことないな」


「そうですね、一度も見かけたことはないですね」


優斗と那砂もまだ会ったことはなかったな。


そもそもそんな簡単に会えるような相手ではないから当然なのだが……。


「うぅー、わたしは苦手だなぁあの人」


何度か会ったことがあるマリネが耳をぺたんと伏せる。


「なんて言うか、人間と話してるような気がしないんだよね……」


「マリネ、王や領主って言うのはそういうものだ」


「わかってはいるんだけどさー」


マリネがシンザキに窘められているが、マリネの言いたいこともよくわかる。


あいつはだいぶ“マシ”だが、普通とは明らかに違うからな。


「……そんなに、怖いお方なのですか?」


領主に会ったことがないのか、ユナリアが少し不安そうに首をかしげる。


「うーん、怖い……というか、明らかに違う何か、っていうか」


マリネがどう説明しようか悩んでいると。


食事を届けに行った葉族達が、扉を開けて戻ってくる。


陽気な彼らは足取りも軽く、食事が評判だったと褒めてくれていた。


ただ扉が開いたときに、明らかな違和感を感じた。


「……静かすぎる」


今は昼時だ。


この部屋は防音がしっかりしているから聞こえなかったが、飯時の酒場は常に騒々しい。


にもかかわらず、扉が開いた際に喧騒が聞こえてこなかった。


「どうされました?」


きょとんとした顔のユナリアに、俺はふっと笑いかけ。


「いえ、少し様子を見てきます。ユナリアさん達は彼らとここでお待ちください。ルメール、シンザキ」


「わかったよ」


「あぁ」


それだけで察してくれた二人が立ち上がる。


シンザキが、一度マリネに目配せをすると、警戒するために耳と尻尾を立てたマリネが頷く。


それを横目に見ながら、マリネ達にこの場を任せて俺は二人と共に部屋を出た。




少し奥まった所にある部屋から、速足で酒場に向かう。


恐ろしく静かだが、全く音がしないわけじゃない。


微かに、誰かが食事をしているようで、食器が立てる小さな音が聞こえる。


俺が先に酒場に踏み込むと。


「やぁ、ヴァイス。久方ぶりだな、その顔を見れたのは」


真っ先に出てきたのは、俺に対する皮肉だった。


まるで自分が、この場の主役だと言わんばかりに、堂々とした姿でふんぞり返った一人の女性。


片手でグラスに入った果実酒を揺らし、その死んだような瞳で楽しそうに揺れる果実酒を眺めている。


グラスと共に、肩まで伸びた金色の髪が揺れていた。


そりゃ、お前がいたのなら、酒場からは誰も居なくなるだろうさ。


震えている給仕を、まるで専属メイドの様に左右に控えさせているのは……。


「営業妨害だぞ、先触れぐらい出せよ領主様」


「ここは私の街だぞ。私がいつどこに居ようと自由だろう?」


旧王都という領域を支配する王級であり、この街の最後の砦。


動きやすいから選んだのであろう騎士服に身を包み、見るからに豪奢な鞘に収まった剣を帯びたその姿は。


先ほど話題に上がった領主、そのご本人だった。


「なんでいるの?」


「ここにいるのだろう、樹人の来客が。本日会うと伝わっているはずだが?」


なんだ領主か、と気の抜けたルメールの問いに、当然と言わんばかりに返してくるが。


「普通、領主が街の端っこの酒場に、先触れもなく、一人で乗り込んでくるのはありえんだろうが」


俺が半眼で睨むと、領主はけらけらと笑い返す。


「普通はそうかもしれんな」


「普通であってくれよ」


「それはつまらんだろう?」


全く感情を宿していない瞳の代わりに、口が弧を描き笑みを形作る。


……王や領主という存在は、“人格を宿す魔器”を何世代にも渡って継承し続けた貴族の当主だ。


魔器を継承する際に、今までの当主達の人格をその身に取り込むことになる。


そして、当主を務めるような存在の強力な自我が何世代にも積み重なった人格を取り込めば、当人の自我は塗りつぶされてしまう。


なので、この世界の貴族の当主というのは、総じて人間性の希薄な機械的な存在が一般的となる。


……そんな中で、眼こそ死んでいるし、喜怒哀楽の内、喜怒哀がほぼ死んでいるが、楽を忘れていないこいつは相当な変わり者だ。


振り回される周囲はたまったものじゃないがな!


「とりあえずシンザキ、代わってやってくれ。俺はユナリア達を呼んでくる」


「わかった」


領主という、この街の頂点の側に置かれた給仕の子がそろそろ限界だ。


「あと、楽しみなのはわかるが、もう少し領域を押さえてくれよ」


俺達は平気だが、お前の圧は慣れてない相手には重すぎるんだよ。


「仕方あるまい」


解放された給仕の子の代わりにシンザキに果実酒を注がせながら、本当に仕方なさそうな声が返ってくる。


「できれば初見で驚かせたかったのだがね」


外交問題になりかねないんでやめていただけます?

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