第58話 お願い
食後のデザートの、果実酒を甘く煮詰めたソースのかかったミルクアイスを堪能したユナリアが、最後の一口を食べ終わる。
名残惜しそうにスプーンを器に戻すと、満ち足りた笑顔で吐息が零れる。
「本当に、美味しくいただきました。噂以上の素晴らしい料理の数々でした」
「素晴らしかったです!」
ユナリアとロココの賞賛に続き、他の葉族達も思い思いに美味しかったと感想を述べてくれる。
「皆様方に美味しいと思っていただけたなら、それ以上の喜びはありませんよ」
いつも通りの声色でシンザキが応えるが、微かに口角が上がっているのはだいぶ嬉しいとみた。
「劇場車にお持ちできるように、同じ品を用意してあります」
「ありがとうございます。ロココ、お願いできますか?」
「お任せです!」
ロココが手を一回叩くと、半分ほどの葉族が椅子から飛び降りる。
「では、こちらへ」
シンザキが目配せをすると、給仕の子が彼らを案内していった。
彼らが部屋から出ていくと、会議に使うために音が漏れないよう作られた厚い扉が閉められた。
笑顔が緩んでいたユナリアの表情が、引き締められる。
「それでは、今回の御依頼のお話をさせていただきます」
「依頼の話なら、わたし達は出ていった方がいい?」
今回、護衛依頼には参加しないとわかっているマリネが声を上げる。
「いや、護衛とは別の頼みもあるから残ってくれ」
「そうなの?」
護衛には参加させないが、護衛だけが今回の依頼じゃないらしいからな。
「まず、私達ペルムシエルの花劇団がこちらに訪れましたのは、私達が人類種の仲間であると知ってもらうためなのです。
見ての通り、私達樹人は姿形も性質も、あまりにも皆様方と違います。
そこで、母なる大樹の成り立ちを劇として広めることで、樹人の事を理解していただきたい。
それが私達花劇団の使命なのです」
確かに、樹人は外見があまりにも違う。
花族は花が咲いた人、って言えなくもないが、他の三部族はあまりにも異質だ。
俺でも一度も見たことがないのだ、実際に見て知ってもらうのは効果的だろう。
しかし、大樹の成り立ち……いわば樹人の創世神話か。
しかも大樹ご本人の体験談だから信憑性は抜群だ。
結構興味がそそられる題材だな。
「そのために、母なる大樹はその枝を削り出し、このような形で私達を送り出してくれました。
ですが、領域支配者でもある母の枝から削り出された劇場車は、多くの者に目を付けられました。
普段はペルムシエルの樹上から降りない私のような花族がいる、というのも大きかったのでしょう。
この街にたどり着くまでにも、何度か襲撃を受けました。
境界であれば根族の戦士の方々は、十全に力を振るえますので、大きな問題にはなりませんでしたが……」
確かに襲撃するにも、人目に付く場所は避けたいだろうから、まずは境界で狙うだろう。
境界であればいくらでもごまかしがきく、というのもある。
境界を旅するのは一般論からすると自殺行為だからな、この世界。
ただ、根族があの体躯と圧で、木の身体を全力で振るうのであれば、並大抵の相手では話にもならないだろう。
劇場車も、領域支配者の大樹の削り出し、って事は傷をつけることですら難しいだろう。
安全な箱に、圧倒的な力の護衛。
確かにこれは、境界で襲ってもどうにもできないだろう。
「ですので、今回チュートリアルの酒場様にお願いしたいことは、まずは街の中での護衛です。
根族の方々では、腕を振るうだけで大変なことになってしまいますし、私達では樹人以外の方の判別がつきませんので……」
近づくものを全て追い払えばいい境界の護衛と、観客や人混みに紛れる悪意からの護衛では全く異なる。
それに、俺達はこの街の住人は見慣れているし、長年住みついていると領域も馴染んでくる。
住民とよそ者の判別は容易だ。
「その点は任せてくれ。古くからこの街に馴染んでいる古参連中なら、よそ者はすぐ見分けられる」
「ありがとうございます。護衛の日程としましては、基本は休息日を一日と、リハーサルを一日、本番が一日の三日間でお願いいたします」
「状況次第では延長もある、ってことだな」
「はい」
長旅の休養は必要だし、確かにリハーサルは大事だな。
本番が一日しかないが、広報が目的だから十分なのか?
「働き次第で、別件を頼むかもしれないと団長がおっしゃっておりましたが……」
「別件?」
……なんか引っかかるな。
樹人の貴族階級である枝族が、わざわざ別件を用意してある、と?
うーん、厄介ごとの匂いがする。
「申し訳ありません……私も内容は聞いておらず」
「いや、問題ない。よっぽどじゃない限りは応えられると思う」
よっぽどだったらお断りするって意味でもある。
貴族階級は癖が強いから油断ならないのだ。
「それと、これはペルムシエルの花劇団としてではなく、私個人のお願いになるのですが……」
急にユナリアの眼が泳ぎ、張り詰めた空気が緩みだす。
大人びた顔から、年相応の幼さが顔を見せる。
「その、初めての街ですし、休息日に観光の案内をしていただけないかな、と……」
泳いだ目には、好奇心の輝きがしっかりと宿っていたのが見て取れた。
俺達からすれば異文化異種族の樹人だが、樹人からしても同じこと。
特に外に出ない樹人の中でも、箱入り娘と言っていいレベルで保護されている花族なら、なおさらだな。
「えぇ、喜んでご案内しますよ」
俺は応えながら、手で隣を指し示す。
「この三人が、ね」
「へ?」
「俺達!?」
「あ、それで私達なんですね」
急に話を振られて驚くマリネと優斗と、何となく察していた那砂の反応が面白い。
「年も近いでしょうし、話しやすいかと。人柄は保証しますんで。もちろん、俺達も陰ながら護衛はさせていただきます」
「いいのですか?」
きらきらとした目で、三人を見つめるユナリア。
「あ、あぁ!任せてくれ!」
流石は花族の中でも劇団に抜擢されるだけあって、笑顔が中々の破壊力だ。
反射的に立ち上がって応えた優斗は当然として、同性のマリネと那砂も少しほほが赤い。
離れて見ていたシンザキですら、軽くため息が漏れているほどだ。
平然としているのは俺とルメールぐらいだろう。
流石は最も美しい種族の一つ。
中身を語る前に外身を整える大切さは、この世界でも通用する。
どんなに強い想いも、伝わらなければ意味はない。
そういう意味で、花族の美しさは一つの武器なのだろう。
あっさり絆されつつある三人を見て、俺はそう再認識していた。




