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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第58話 お願い

食後のデザートの、果実酒を甘く煮詰めたソースのかかったミルクアイスを堪能したユナリアが、最後の一口を食べ終わる。


名残惜しそうにスプーンを器に戻すと、満ち足りた笑顔で吐息が零れる。


「本当に、美味しくいただきました。噂以上の素晴らしい料理の数々でした」


「素晴らしかったです!」


ユナリアとロココの賞賛に続き、他の葉族達も思い思いに美味しかったと感想を述べてくれる。


「皆様方に美味しいと思っていただけたなら、それ以上の喜びはありませんよ」


いつも通りの声色でシンザキが応えるが、微かに口角が上がっているのはだいぶ嬉しいとみた。


「劇場車にお持ちできるように、同じ品を用意してあります」


「ありがとうございます。ロココ、お願いできますか?」


「お任せです!」


ロココが手を一回叩くと、半分ほどの葉族が椅子から飛び降りる。


「では、こちらへ」


シンザキが目配せをすると、給仕の子が彼らを案内していった。


彼らが部屋から出ていくと、会議に使うために音が漏れないよう作られた厚い扉が閉められた。


笑顔が緩んでいたユナリアの表情が、引き締められる。


「それでは、今回の御依頼のお話をさせていただきます」




「依頼の話なら、わたし達は出ていった方がいい?」


今回、護衛依頼には参加しないとわかっているマリネが声を上げる。


「いや、護衛とは別の頼みもあるから残ってくれ」


「そうなの?」


護衛には参加させないが、護衛だけが今回の依頼じゃないらしいからな。


「まず、私達ペルムシエルの花劇団がこちらに訪れましたのは、私達が人類種の仲間であると知ってもらうためなのです。


 見ての通り、私達樹人は姿形も性質も、あまりにも皆様方と違います。


 そこで、母なる大樹の成り立ちを劇として広めることで、樹人の事を理解していただきたい。


 それが私達花劇団の使命なのです」


確かに、樹人は外見があまりにも違う。


花族は花が咲いた人、って言えなくもないが、他の三部族はあまりにも異質だ。


俺でも一度も見たことがないのだ、実際に見て知ってもらうのは効果的だろう。


しかし、大樹の成り立ち……いわば樹人の創世神話か。


しかも大樹ご本人の体験談だから信憑性は抜群だ。


結構興味がそそられる題材だな。


「そのために、母なる大樹はその枝を削り出し、このような形で私達を送り出してくれました。


 ですが、領域支配者でもある母の枝から削り出された劇場車は、多くの者に目を付けられました。


 普段はペルムシエルの樹上から降りない私のような花族がいる、というのも大きかったのでしょう。


 この街にたどり着くまでにも、何度か襲撃を受けました。


 境界であれば根族の戦士の方々は、十全に力を振るえますので、大きな問題にはなりませんでしたが……」


確かに襲撃するにも、人目に付く場所は避けたいだろうから、まずは境界で狙うだろう。


境界であればいくらでもごまかしがきく、というのもある。


境界を旅するのは一般論からすると自殺行為だからな、この世界。


ただ、根族があの体躯と圧で、木の身体を全力で振るうのであれば、並大抵の相手では話にもならないだろう。


劇場車も、領域支配者の大樹の削り出し、って事は傷をつけることですら難しいだろう。


安全な箱に、圧倒的な力の護衛。


確かにこれは、境界で襲ってもどうにもできないだろう。


「ですので、今回チュートリアルの酒場様にお願いしたいことは、まずは街の中での護衛です。


 根族の方々では、腕を振るうだけで大変なことになってしまいますし、私達では樹人以外の方の判別がつきませんので……」


近づくものを全て追い払えばいい境界の護衛と、観客や人混みに紛れる悪意からの護衛では全く異なる。


それに、俺達はこの街の住人は見慣れているし、長年住みついていると領域も馴染んでくる。


住民とよそ者の判別は容易だ。


「その点は任せてくれ。古くからこの街に馴染んでいる古参連中なら、よそ者はすぐ見分けられる」


「ありがとうございます。護衛の日程としましては、基本は休息日を一日と、リハーサルを一日、本番が一日の三日間でお願いいたします」


「状況次第では延長もある、ってことだな」


「はい」


長旅の休養は必要だし、確かにリハーサルは大事だな。


本番が一日しかないが、広報が目的だから十分なのか?


「働き次第で、別件を頼むかもしれないと団長がおっしゃっておりましたが……」


「別件?」


……なんか引っかかるな。


樹人の貴族階級である枝族が、わざわざ別件を用意してある、と?


うーん、厄介ごとの匂いがする。


「申し訳ありません……私も内容は聞いておらず」


「いや、問題ない。よっぽどじゃない限りは応えられると思う」


よっぽどだったらお断りするって意味でもある。


貴族階級は癖が強いから油断ならないのだ。




「それと、これはペルムシエルの花劇団としてではなく、私個人のお願いになるのですが……」


急にユナリアの眼が泳ぎ、張り詰めた空気が緩みだす。


大人びた顔から、年相応の幼さが顔を見せる。


「その、初めての街ですし、休息日に観光の案内をしていただけないかな、と……」


泳いだ目には、好奇心の輝きがしっかりと宿っていたのが見て取れた。


俺達からすれば異文化異種族の樹人だが、樹人からしても同じこと。


特に外に出ない樹人の中でも、箱入り娘と言っていいレベルで保護されている花族なら、なおさらだな。


「えぇ、喜んでご案内しますよ」


俺は応えながら、手で隣を指し示す。


「この三人が、ね」


「へ?」


「俺達!?」


「あ、それで私達なんですね」


急に話を振られて驚くマリネと優斗と、何となく察していた那砂の反応が面白い。


「年も近いでしょうし、話しやすいかと。人柄は保証しますんで。もちろん、俺達も陰ながら護衛はさせていただきます」


「いいのですか?」


きらきらとした目で、三人を見つめるユナリア。


「あ、あぁ!任せてくれ!」


流石は花族の中でも劇団に抜擢されるだけあって、笑顔が中々の破壊力だ。


反射的に立ち上がって応えた優斗は当然として、同性のマリネと那砂も少しほほが赤い。


離れて見ていたシンザキですら、軽くため息が漏れているほどだ。


平然としているのは俺とルメールぐらいだろう。


流石は最も美しい種族の一つ。


中身を語る前に外身を整える大切さは、この世界でも通用する。


どんなに強い想いも、伝わらなければ意味はない。


そういう意味で、花族の美しさは一つの武器なのだろう。


あっさり絆されつつある三人を見て、俺はそう再認識していた。

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