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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第三章 ペルムシエルの花劇団
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第57話 歓待

「皆様、初めまして。ペルムシエル花劇団の副団長を務めさせていただいております、花族のユナリアと申します。この度は、よろしくお願いいたしますね」


気品と親しみを両立した、カーテシーのような美しい所作に思わず感嘆の声が漏れる。


階段を降りるときも、歩くときにすら指先まで洗練された動きは、見事というほかない美しさだ。


流石にルメールを乗せたまま返事はよろしくないな。


隣にルメールを下ろすと、精一杯の礼を持って返事を返す。


「美しい挨拶に対して、満足な返しはできず申し訳ないが……開拓団チュートリアルの酒場のヴァイスだ。ようこそ、チュートリアルの酒場へ」


「ぼくはルメール。よろしくね」


俺の見様見真似の礼とは異なり、口調こそ軽いが完璧な所作でルメールも続く。


黙っていれば美麗なビスクドールなルメールだが、実は外見詐欺と言わせないだけの動きができる。


俺とルメールの動きに、優斗達も各々が慌てて精一杯の礼をするのが見えた。


まぁ、心がこもっているから大丈夫だろう。


実際ユナリアも花が咲いたような笑顔で嬉しそうにしてくれている。


「来られるのは、葉族の方々とユナリアさんだけですか?」


「えぇ、劇場車の方は団長が残ってくださってますし……その、団長はあまり外を好まれず」


「団長様は偉大な母に近き枝族のお方!故に母なる大樹の枝より授かった劇場車を護っておられるのです!」


少し困ったように笑うユナリアに続き、ロココが興奮気味に語る。


……マジか、枝族も来ているのか。


枝族と言えば、ペルムシエルの貴族階級の種族のはずだ。


そして、この世界における貴族階級というのは、総じて大体が化け物と同義。


だが、それ故に支配領域から離れる事はまずないのだが……。


それだけ劇場車が重要で、それ故に外に出てこないのだろう。


とりあえず、今はそういう事と思っておこう。




十人ほどの葉族に囲まれるようにしてエスコートされるユナリアを連れて、酒場に入る。


だが、普段の酒場ではなく、奥まったところにある稀にしか使わない個室に案内する。


個室と言っても、会議に使ったりする場所で、二十人ぐらいまで問題ない広さになっている。


会議にも使える大きな長机にはすでに幾つか料理が運び込まれており、いつものバーテンダー姿のシンザキも控えていた。


……いや、いつものようだが、地味に新品下ろしてきたな?


こういう時の所作はシンザキも見事なものだ。


育ちの良さというか、教養の高さが垣間見えるんだよなこいつ。


「ようこそいらっしゃいました。開拓団チュートリアルの酒場の総料理長も兼ねさせていただいている、シンザキと申します。以後お見知りおきを」


「まぁ、ご丁寧に。ユナリアと申します。カディス様よりチュートリアルの酒場の料理の話は聞き及んでおりまして、とても楽しみにしていたのです」


ユナリアはシンザキに案内された席に、葉族にエスコートされながら見惚れるような美しい所作で座る。


打ち合わせも兼ねた食事なので、俺達も対面の席に着く。


料理は、樹鹿の森の素材を中心とした大皿料理だ。


ペルムシエルでは思い思いに料理を取り分けるのが主流とのことで、そちらに合わせたらしい。


見慣れぬ料理に歓声を上げている葉族と、それを見ておっとり微笑んでいるユナリア達に思わず和む。


シンザキが自ら食前酒をユナリアのグラスに注ぐ。


「樹鹿の森の果実から作った果実酒、その中でも特に素材に拘ったものになります」


「わぁ!カディス様から頂いた果実酒もとても美味しかったので、とても楽しみにしていたのです」


本当に楽しみにしていたのだろう。


そうなると年相応の素の顔が漏れ出し、美しさよりも可愛さが強く出るな。


給仕の手で他の面々にもグラスかジョッキに酒が注がれたところで、各々が酒杯を掲げる。


「では、バッカスにこの出会いを祝って」


「えぇ、母なる大樹にこの出会いを感謝して」


ペルムシエルにはバッカスは浸透していないので、信仰先は大樹になるようだ。


「是非、ご賞味ください」


「では、頂戴いたしますね」


美しい所作で果実酒の匂いを楽しみ、嬉しそうに顔がほころぶと、一口。


「……わぁ」


とろけるように笑顔が綻ぶ。


なるほど、最も美しい種族の一つというのは誇張でも何でもないな。


そう称されるだけの笑顔がそこにあった。


ちらりと気になって横を見ると、優斗が下を向いて悶えていた。


……まぁ、わからんでもない。


俺も、お前と同じ立場だったら、あんな笑顔を見たらそうなるだろうよ。


ただ、ちょっと那砂の目が怖いから頑張って耐えてほしい。


ちらちらと優斗を見てる那砂の顔が笑顔のままなのに、ハイライトが消えかかってる気がするんですよねぇ!


……とはいえ、この場でどうこうする事もできないので放置だ。


「これはとっても素晴らしいです!」


果実酒を飲んだロココが背の高い椅子の上で小さく跳ねていた。


「とても親しみのある風味が、とっても心地よいのです!」


「えぇ、本当に。私達はお酒を造る必要がないので、酒造の技術はないので、こうして親しめるお酒というのは貴重なのです」


「必要がない、というのは?」


少し興味がわいたので話題を振ってみる。


基本的にこの世界では水は貴重かつ、危険な代物だ。


少なくとも水は精神を受け入れやすいという性質があって、何が溶け込んでいるかもわからない危険物。


溶け込んでいる精神は熱しても壊れないから、酒造の過程で中身を酒という方向性で満たさなければ保存もできないのだ。


「母なる大樹からは、豊富な水が溢れているのです。それも、母の想いが宿っておりますから、そのままでも安心して飲めるのです」


「なるほど……根元の街で“雨”が降るのはそういうことだったのですね」


この世界は雨がない。


魔素に満たされた水中のような世界だから、湖などのまとまった水ならまだしも、雲はできない。


そうなれば当然雨も降らない。


だが、ペルムシエルの大樹の枝葉からは水が溢れ、それが零れ落ちて雨になるという。


酒の必要がないほどに水にあふれているなら納得だ。


「そうなんだ……でも水って美味しいのかな?」


この中で唯一、水を飲んだことのないマリネが、果実酒を口にしながら首をかしげる。


「美味しいですよ。味があるわけではありませんが、あのすっと染み渡る感覚は他では味わえませんから」


「そうなんだぁ」


酒以上の高級品だからな、飲める水は。


それが溢れているペルムシエルは少しうらやましいが……。


その所為で美味い地酒がないのなら、ちょっと長居はしたくないかもしれない。


「んで、シンザキ。今日の料理は?」


「あぁ、樹鹿の森の果実を果実酒で煮詰めて作ったソースを軸にしてみた。


 同じ森で採れた茸と根菜を炙って、この果実のソースで絡めた串料理。


 肉料理は旧王都の牧場から仕入れ、一口大のハンバーグにしてある。


 仕上げにソースと共にひと煮立ちさせて、旨味を閉じ込めた」


なるほど、とりあえず旨そうなことだけはわかった。


他にも樹鹿の森の素材のサラダや、いつも店で出している腸詰なども用意されている。


「この果実酒を使ったソース……とても、魅力的です」


果実酒を堪能していたユナリアが、料理の説明を聞いて吐息をこぼす。


「では、冷めないうちに頂くのです!」


ロココがそう音頭を取ると、葉族が一斉に料理に手を伸ばしていく。


ユナリアも、美しい所作ながらも素早く取り分けていった。




ひとまず詳細は省くが……。


文字通り、満開の花が咲いたような笑顔が見られたとだけ語っておこう。

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