第56話 樹人
ロココと名乗った葉族の子を連れて、チュートリアルの酒場へ向けて歩き出す。
予想以上に大きな巨人――根族の二人と劇場車が通れる道は多くないから、先導は必要だろう。
その道中、歩く俺の左隣を小走りでついてくるロココが、元気に話しかけてくる。
「カディスさんから、ヴァイスさんやルメールさんのお噂は聞き及んでいるのです!」
カディスの奴、どんな噂を吹き込んだのか。
「あのアルビオンの旅団長さんの信頼が厚いとなれば、自分達としましても心強い限りです!」
「まぁ、そう言ってもらえるとこっちとしても助かるが」
ペルムシエルの葉族。
噂には聞いていたが、実際に見ると何と言うか……想像よりも、メルヘンな外見をしている。
魔法の国の住人、と言われても違和感のない姿だ。
木の枝のような足も、葉っぱが集まったような手も、普通の人とは全く異なる。
身振り手振りでせわしなく動く指先から、機能としては人と変わりはないのだろう。
「やはり、珍しいです?」
「あ、悪いな。噂は聞き及んでいるが、実際に樹人を見るのは初めてでね」
俺の観察するような視線に気づき、ロココが小首をかしげる。
今までも何度もそういう視線は受けてきたのだろう。
特に気分を害するようなこともなく。
「そうでしょうとも。自分達も、すでに幾つか街をめぐりましたが……みなさん何とも柔らかそうでびっくりです!」
「……まぁ、彼等と比べられたら大分柔らかいだろうな」
後ろを歩く根族の二人に視線を向ける。
ゆっくりと優しく歩いてくれているにもかかわらず、一歩ごとに地面が僅かに揺れている。
その足はまるで大木のようであり、根が別れて作られたような指先が力強く石畳を踏みしめる。
根族の名に相応しい力強さと、その身から自然に放たれる圧に頬が引きつりそうになる。
……想像以上だな、根族。少なくとも俺が正面からやりあってどうにか出来る光景が想像できない。
「えぇ、根族の方々はペルムシエルの守護者!鉄の斧が欠けるともっぱらの評判です!」
「想像より硬いなぁ」
樵でも太刀打ちできそうにないな。
……ルメール、お前なら太刀打ちできそうだけど、俺の頭を叩いて自己主張しない。
彼らは護衛対象です。
「ところで、その……ヴァイスさん」
「……なんだ?」
ちらちらと俺を挟んだ右隣を気にしているロココ。
うん、俺もいつ聞かれるかとずっと思ってたよ。
「この方は、どうされたのです?」
「……あー、うん。ロココに一目ぼれ、かな?」
目を輝かせながら、ロココを見つめている那砂を横目に、俺は少しため息をついた。
「可愛い!!すごい、まるで妖精さんだよ優斗くん!!私、妖精さんに会ってみたくて!!」
「落ち着け那砂……アルビオンのソードスティードと同じ過ちはするなよ?」
「うぅ、でも!」
「でもじゃない」
うん、偉いぞ優斗。可愛いものやファンタジーな物に目がない那砂の手綱をしっかり握ってくれ。
「一目ぼれ!まさか、自分をですか!?」
びっくりしたのか、両手を上げて驚くロココ。
その可愛い動きに、隣から黄色い悲鳴が上がっているが無視しておこう。
「まぁ、少なくとも来訪者の感性的には可愛いからな、ロココさんは」
「ロココで結構です、ヴァイスさん。しかし、最初はよく不気味がられる自分達が可愛い、です?」
「可愛いです!!」
おぉ、優斗を振りほどいた。
……どこにそんな力があるんだ那砂。
「ポンチョみたいなお身体も、葉っぱの小さな手も、細い足も、何もかもが可愛いです!!」
両手の拳を握って力説する那砂に、両手を上げたままびっくりした顔で固まるロココ。
「それは、その。嬉しい、ですね」
照れたように少しほほを淡い桃色に染めるロココは、本当に嬉しそうだった。
「……ちなみに、来訪者の俺達は可愛いと思うが、ルメールとマリネはどう思うんだ?」
「ぼくは、よくわからないけど……隣に並んで座ってもいいかなと思うよ」
ビスクドールとして、結構綺麗と可愛いに厳しいルメールが隣でいいとは結構な高評価だな。
「わたしは、うーん。変わってるなぁ、とは思うけど……それぐらい?」
開拓団で育ってきたマリネからすれば、いろんな種族の延長戦にしか感じないか。
「十分です!お二人とも、好意的で大変うれしいです」
色々な視線を受けてきたであろうロココが、笑顔で応えてくれた。
流石にこのサイズの劇場車を停めるような場所は表にはないので、裏手の訓練場を利用する。
でかいと言っても二階建てぐらいなので、二階建ての酒場の裏手ならそこまで目立たないだろう。
とは言え、だ。
「……根族の人達は、酒場には入れそうにないよねー」
小さなマリネが、劇場車の前後に分かれて座った根族に思わず声が漏れる。
マリネの言う通り、一階は天井が高いとはいえ、根族の巨体は入り口をくぐれないし、多分床が抜ける。
「お気になさらず!もとより根族の戦士は外の方が心地よいですので!」
ロココの言葉に頷く二人。
どうにも、根族は寡黙らしく、基本的に葉族の従者が代弁をするらしい。
「それに自分達は、母なる大樹の恩恵なくば満足に眠れないのです!食事だけ頂ければ十分です」
だから、劇場車で寝泊まりする、って事だな。
その辺りはカディスがシンザキ宛の手紙に書いてくれていたので問題ない。
「うちの料理人が気合を入れてくれているんで、きっと満足してくれると思う」
「それは楽しみです!」
樹人の好みの料理についても、シンザキに向けの手紙に書いてくれていたらしく対応済みだ。
基本的に食事は何でも食べれるらしいが、好みとしては樹鹿の森産の素材が合うだろう、とのことだ。
「では、具体的な依頼の話もありますので、一同でお邪魔してもいいです?」
「あぁ、準備はもうできてるから、そちらのタイミングで大丈夫だ」
「でしたら!」
そういうと同時に、ロココが停車している劇場車に駆けよっていく。
ロココは先頭側に付いたドアに飛びつくと、ゆっくりと開いていく。
「みなさーん、到着です!ご飯を頂きましょう!」
「「はーい!」」
中から、ロココそっくりの葉族が飛び降りてくる。
一番先に飛び降りた葉族が、真っ先に階段代わりの木箱を入り口に積み上げる。
二番目に飛び降りた葉族が、その木箱に蔦を編んで作ったと思わしきマットを敷いていき。
三番目に飛び降りた葉族が、それをチェックすると、大きくうなずく。
そして何人もの葉族が躍る様に飛び降りてくる。
……いや階段使わないんかい!
思わず突っ込みそうになったが……どうやら階段は彼らのためではないらしい。
葉族が、劇場車の奥から誰かをエスコートしながら現れた。
小さな葉族と手を重ねながら現れたのは一見、器人のような少女だった。
淡く色づく白い髪と、花弁と葉を模したドレスに身を包んだ絶世の美少女。
だが、その美貌よりも目を引いたのは、その頭に咲き誇る一輪の大きな百合の花。
――花族
この世界で最も美しい種族の一つ。
今回の最優先護衛対象でもある、少女だった。
「皆様、この度はよろしくお願いいたしますね」
華やかな声と共に、にこりと花が咲くように笑った彼女に。
「……綺麗だ」
優斗が、自然とそう呟いていた。




