第53話 ペルムシエル
「この大陸の六つの主要国家は理解してもらえたと思う。で、重要なのは今回やってくるペルムシエルについてだな」
と言っても、俺も聞いた話程度しか知らないんだが……。
うろ覚えの記憶を引っ張り出していこう。
「中心となるのが、大樹ペルムシエル。遠目には山にしか見えない程に巨大な一本の大樹だそうだ」
「まさにファンタジーって感じですね!」
那砂の反応もよくわかる、俺も実際に見たい。
山のような大きさの木とか物理法則はどうした、と言いたいところだが、魔素の基本的な性質は液体だからな。
水以上に都合のつく魔素の中なら、どれだけ巨大であっても自重で崩壊とかはないのだろう。
「ペルムシエルにしか住んでない種族がいるんだっけ?」
「あぁ、マリネの言う通りペルムシエルには独自の種族である“樹人”が大半を占めてるらしい」
会ったことはないが、ペルムシエルに行ったことがある連中から必ず聞くからよく覚えている。
「樹人は大きく四つの部族に分かれているそうだ。
最も数が多く、子供程の大きさの葉っぱの妖精のような姿の葉族。
人の姿に近く、体から美しい花を咲かせる最も美しい種族の一つとされる花族。
動く巨木と例えられる、巨大な木の体を持った屈強な戦士の根族。
最も数が少なく、樹人を纏める指導種族と言われている枝族。
この四つの部族で構成されているのが樹人だな」
「同じ種族なのに、全然外見が違うんだな」
完全に別の種族にしか見えないらしいが、それでも一括りで樹人なんだよな。
「種族全体で役割分担をしているって事かもしれないですね。合理的な気はします」
「那砂の言う通りかもな。葉族や花族は戦う力がないが、その分根族の強さは凄まじいと聞くし」
枝族は表に出てくることがなさ過ぎて、強さはよくわからない。
「でもわたし、一度も見たことないんだよね樹人って。一応、隣の国なんだよね?」
「あぁ、何でも領域の依存度が高い種族らしくて、大樹の支配領域から長時間離れるのが難しいらしい」
俺達でいえば、酸素が満ちているような領域が快適だが、樹人なら二酸化炭素が満ちているような環境が快適なのかもしれない。
それに、器人は器が陶器のように頑丈で中身が漏れる事はないが、例えば魔人は器と精神の境目が曖昧で、外部の影響を受けやすい。
樹人も器人よりも魔人に近いのだとすれば、周囲の領域の維持は精神の消耗が激しいのだろう。
ちなみにルメールも魔人だが、俺と契約している上に本体が魔器という強固な器なので、問題ない。
その分、人形の体を動かす燃費が悪すぎる欠点に繋がるんだが、そこは仕方ない。
「……でも、今回興行に来られるんですよね?」
そこなんだよな。
隣国とはいえ、クシナド王国とペルムシエルはかなり離れている。
旅団長でもあるカディスの話だと、旅団だと一番近い街間でも数週間はかかるとの事だ。
少なくとも一か月以上かかる旅路に、領域依存度の高い樹人がどうやってやってくるのかは気になるな。
「元々花劇団はペルムシエルでも有数の観光名所だからな。今回それが興行に来るという事は、何らかの手段が用意できたのだろう」
「うん、わたしもお客さんから評判聞いたことあって、一度見てみたかったんだよね!」
無邪気に喜んでいるマリネに和みつつも、俺としては疑問が晴れない。
長期間樹人が大樹を離れられるだけの手段は、相応に希少だろう。
それに最も美しい種族の一つとされる花族、その上花劇団の団員ともなれば価値も高い。
それを抱えながら境界を越えて旅をするリスクを抱えてまで興行する意図はなんだ?
異世界だろうが悪い奴は存在する。
容易に心が隠せない世界だからこそ、悪意を秘めれる奴は強く賢しい。
それが、どうにも気になっていた。
「ところでさ、ヴァイス」
「なんだ、マリネ」
俺が考え込んでいると、何か気になったのかマリネが口を開く。
「樹人と、樹鹿の森とかって何か関係あるのかな?」
「……樹繋がりではあるが、流石に無関係だろ?」
確かに樹に関する種族である樹人と、樹と一体化した樹鹿の森の眷属達を思えばそんな気もするが……。
植物そのものの樹人と、樹と共生している動物の眷属達とは根本が違うと思う。
「やっぱそうだよね。うん、ごめんね変なこと聞いちゃって」
「疑問は大事だ。それに、もしかしたら何か関係があるかもしれないぞ?」
樹人と樹鹿の森が無関係ってのも、俺の推測に過ぎないからな。
でも、言われてみれば隣国という比較的近い距離で、主要国の一つに数えられる強大なペルムシエルと、ここ一帯で最も強大な領域支配者である樹鹿。
縁があってもおかしくはないが……。
……。
あー、やめやめ。
頭脳労働は担当外なんだ。
ペルムシエルの花劇団も、樹鹿の森の関係性も、俺が考えても仕方ない。
「どうしたヴァイス、全て投げ出したような阿保面晒して」
いつの間にか近くに来ていたシンザキが、何やら手紙のようなものを持って喧嘩を売ってくる。
「うるせぇよシンザキ。阿保は重々承知してるっての」
とはいえ、馬鹿で阿呆なのは事実だからな、否定できる立場じゃない。
「で、そっちから声を掛けるのは珍しいな、どうした?」
基本的に食事時は料理長としてもバーテンダーとしてもシンザキは多忙だ。
シンザキ以外にも厨房にも人はいるが、任せられるほどではないらしい。
マリネも最近は優斗と那砂と一緒にいるからシフトを減らしている分忙しいだろう。
「何、丁度いい話をしていたようだし、お前宛に名指しで指名依頼が来たからな」
「丁度いい話っていうとペルムシエル関連か……だけど、俺を名指し?」
俺はペルムシエルに伝手はないぞ?
「正確には、とある人物からの推薦があったそうだ。先ぶれの手紙もその人物からだな」
手紙をこちらに渡しながら、面白そうに目を細めているシンザキ。
手紙を受け取り、その人物とやらの名前を確認する。
――アルビオン旅団長 カディス
アルビオンに帰っていった友人の名前がそこにはあった。




